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2007年7月12日 (木)

コレラの時代の愛

 「コレラの時代」とはコレラが流行し多くの人々の命を奪った時代。19世紀末から20世紀初頭にかけて、いまだ各地で内戦が続くコロンビアのある町で、50年の長きに渡り一途な恋慕の気持ちを持ち続けた男性フロレンティーノ・アリーサと、その初恋の相手であるフェルミーナ・ダーサ、そして彼女の夫であるフベナル・ウルビーノ博士のそれぞれの愛の人生を描く。今から1世紀も前の時代。遠く離れた異文化とまとわりつくようなねっとりと暑いコロンビアの風土。そして50年待ち続けた末の老いらくの愛。その全てが、今この時代、この国で読むにはあまりに違いすぎる。しかし、50年の時を超えてようやく二人の心と身体がつながるラストシーンは、その微妙な心の震えとと身体の変化に、胸が痛むような哀しい感動を覚える。そして人間にとっての愛の意義と偶然に左右される人生のはかなさを思い知る。それは、どの土地、どの時代にあっても、また死に至るまでの人生のいつの時においても変わらない・・・。「コレラの時代の愛」は大人の愛の物語である。

  • 人は老いを感じはじめると、自分が父親に似ていることに気づくのだということに、彼はそのとき思い当たった。(P246)
  • どのような人間も結局のところ、彼女が心の中でこうあってほしいと思っていたとおりの人間だった。町自体がそうで、いい町とか悪い町といったものは存在せず、彼女が心の中で作り上げたとおりの町でしかないのだ。(P317)
  • 二人はともに長い人生を生き抜いてきて、愛はいつ、どこにあっても愛であり、死に近づけば近づくほどより深まるものだということにようやく思い当たったのだ。(P498)

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