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2007年11月

2007年11月28日 (水)

人口学への招待

 いよいよ人口減少時代に突入し、少子高齢社会が現実のものとなってきた。少子高齢化が社会に及ぼす影響には私も少なからず興味があるので、これまでも「少子社会日本」を始め、何冊かの本を読んできたが、それらはいずれも社会学や経済学の立場から少子高齢化の影響を考察したものだった。本書は、人口推計や社会状況と人口構造の関係などを扱う「人口学」の専門家である筆者による人口学の入門書である。
 人口学という分野があること自体知らなかったが、統計資料を駆使した人口推計だけでも十分奥が深く、さらに人口推移や出生率の変化等の要因分析に至ってはいまだ解明されていない部分も多く、現在さらにさまざまな研究が進められていることがよくわかった。
 合計特殊出生率の算出や期間出生率、コーホート出生率、調整合計特殊出生率といった概念、生命表や定常人口、人口モメンタムなど、人口学の基礎的知識について分かりやすく解説するとともに、「多産多死」から「少産少死」に至る人口転換の要因に関する理論「人口転換論」や「第2の人口転換論」、さらに5つの社会経済的理論の紹介や出生率、結婚行動の予測とその困難さなどが詳しく解説されている。終章は「人口減少社会は喜ばしいか」と題して、多くの社会経済学者の論に対して冷静な批評を行なっている。人口減少は(大きな負の人口モメンタムの下)もう既に引き止められない勢いで進行しており、人口崩壊すら絵空事でないというのが現実である。我々はこうした状況の中でどういう未来を描いていけるのか。10年、20年の未来はまだしも100年、200年の未来となると、正直、想像の埒外ということを思い知らされる。

  • 人口学では、人口の年齢構造の変化は出生率の変化の影響が大きく、死亡率の変化によるところは小さいというのが定説である。(P27)
  • 少子高齢化の最大の要因は出生率の低下である(P28)
  • 現代の人びとは際限なく生きることができるものと錯覚しているようである。同じような錯覚が、日本人の間で人間の再生産、つまり自分と同じものを再生させる欲望を忘れさせ、少子化を推し進めているのかもしれない。(P123)
  • 逆モメンタムの計算値は、日本人口の将来についていくつかの教訓を与えている。日本人口の将来推計の場合、人口減少がはじまった最初の10~20年間の減少は緩慢である。しかし次第に減少のペースが速まり、急速に減少していく。それは決して持続可能な状態ではなく、極言すれば一国の衰亡あるいは「人口崩壊」への道である。(P248)
  • 合計特殊出生率が2.0に上昇したフランスは、1世紀にもわたり出生促進政策を国是として行なってきた。・・・昨日今日になって人口・家族政策をはじめたわけではないのである。(P258)

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2007年11月24日 (土)

春日井・下街道・坂下宿

 高蔵寺ニュータウン自治会連絡協議会主催のニュータウン・ウォーキングがあったので参加した。高蔵寺NTの中心、東部市民センターに朝9時に集合、9時30分出発。参加者は60~70歳の高齢者を中心に50名ほど。同行し解説していただいた郷土史家の村中治彦先生を先頭に、キリッと冷え込む秋晴れの空の下、ニュータウン内を西に向かって歩き出す。

 続きは、(遊)OZAKI組 まちなみ・あれこれからどうぞ。

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2007年11月17日 (土)

日本の霊性

 「越後・佐渡を歩く」という副題のとおり、哲学者・梅原猛が新潟県・佐渡島を旅行した紀行文にして、日ごろから氏が研究し心に蓄えてきた越後・佐渡への思いを書き連ねている。
 国宝・火焔土器に代表される縄文文化の栄えた地域であり、親鸞、日蓮、良寛、白隠がこの地で苦闘する中で新しい宗教思想を生み出した。さらに、上杉謙信や河井継之助、山本五十六、田中角栄といった軍人、政治家、また、会津八一、坂口安吾、川端康成といった文学者など、各地をめぐる中で出会い思考する先達はいとまがない。
 梅原猛の前書「天皇家の"ふるさと"日向をゆく」も読んだが、別に梅原猛を追いかけているわけではなく、たまたま私も越後地方には興味があった。ずいぶん前に読んだ水上勉の「寺泊」に心を引かれ、その後機会があれば一度訪ねたいと思いつつ、いまだ果たしていない。寺泊の心まで寒くなるような哀切のこもった風景に本書の霊性が重ねられ、ますます越後への関心は深まるばかり。

  • 越後は縄文時代以来霊性の国であり、親鸞、日蓮、白隠、良寛などの「霊性」を成熟させ、開花させたのである。今回の旅はまさにこの地に隠れたさまざまな霊性を探る旅であった。(P37)
  • 日本人のつき合いのこつはすべて他人と自己との間に厳しく、しかも美しい線を引くことにあるといえるかもしれない。(P129)
  • 釈迦といい、孔子といい、ソクラテスといい、イエス=キリストといい、世界の四聖といわれる人はいずれも著書を残さなかった。・・・これは大変重要なことである。彼らが人類史上における第一級の人間であるとすれば、多くの著書を残したのは第二級の人間であるといえる。(P185)

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2007年11月 5日 (月)

出発は遂に訪れず

 終戦直後の昭和21年から37年にかけての表題作を含む9作品を集めた短編集である。「死の棘」に描かれた精神の病に苦しむ妻とそこに追い込んだ自身への自責の念やそれでも起こしてしまう理不尽な行動と悔悛などにつながる「帰巣者の憂鬱」や「廃址」「マヤと一緒に」、また終戦直前、特攻隊の隊長として、ついに発令されなかった突撃命令を待つ不安定な心象風景を描く「島の果て」や「出発は遂に訪れず」などが含まれる。
 「死の棘」ではその特異の体験からの心理描写が際立っていたが、これらの短編集でも筆者の優れた描写力がふんだんに見られ、遅まきながら再評価した。「夢の中の日常」や「兆」など、夢とうつつの境の見分けが付かないような作品も見られ、これらからは吉行淳之介や安岡章太郎などを思い起こし、時代を感じた。

  • この辺でぷつりと切断されてしまうきまぐれな人間関係を、橋の上から投げ棄てられておちて行く莨の吸がらを見送るような気持ちでいた。すぎなのつなぎめのような。(P74)
  • 未知の領域がいつも立ちはだかり、不安のざわめきが瀰漫している。(p180)
  • やりかけて中途になっているはたらきは、未遂で終わったその断面がなまあたたかくふやけ、いったん氷結させられたためいっそうはね返って手のほどこしようのない症状を示してくるにちがいない。(P364)

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