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2008年1月19日 (土)

東京奇譚集

 文庫版が12月1日に発行。内田樹の「村上春樹にご用心」を読んだから、次はこの本。全部で5編の短編集。最初の「偶然の旅人」は鼻梁をなでる癖のある二人の女が同じ病で入院手術する偶然の話。面白く心に染み入るけど、期待したほどもなくあっさり終わりを告げる。村上春樹ってこんなんだったっけ、と思う。
 2作目「ハナレイ・ベイ」。おしゃれでいい話。3作目「どこであれそれが見つかりそうな場所で」。でも結局見つけることはできずに話は終わる、中途半端感。「日々移動する腎臓のかたちをした石」。主人公の書く小説と現実の恋人との離合がシンクロする。そして最後の「品川猿」も、名前を忘れるという現在と寮生活時代の過去が猿を媒体にしてつながるという話。
 全てを読み終えてみると、5編には共通の通奏低音が流れており、そのことは1作目の最初に書かれていた。人生に何らかの影響をもたらしたり、または何の影響もなかった「不思議な出来事」。時や場所やときに小説と現実など全く別のところで進行している事柄が偶然のようにシンクロするという物語。その後、何もなかったかのように時はまた日常を継続している。これを内田先生のように、雪かき仕事と邪悪なものとの邂逅と捉えるのも分かるけど、必ずしも邪悪ではない「不思議な出来事」。でもオカルトでもない。人生ってそんなもの、という感覚。

  • 実のところ僕はオカルト的な事象には関心をほとんど持たない人間である。・・・まったく信じないというのではない。その手のことがあったってべつにかまわないとさえ思っている。ただ単に個人的な興味が持てないというだけだ。・・・ただそれらの出来事をとりあえずあるがまま受け入れて、あとはごく普通に生きているだけだ。(P16)
  • 偶然の一致というのは、ひょっとして実はとてもありふれた現象なんじゃないだろうかって。つまりそういう類のものごとは僕らのまわりで、しょっちゅう日常的に起こっているんです。(P47)
  • 彼女にわかるのは、何はともあれ自分がこの島を受け入れなくてはならないということだけだった。・・・私はここにあるものをそのとおり受け入れなくてはならないのだ。公平であれ不公平であれ、資格みたいなものがあるにせよないにせよ、あるがままに。(P90)
  • この世界のあらゆるものは意思を持っているの・・・彼らは私たちのことをとてもよく知っているのよ。どこからどこまで。・・・私たちはそういうものとともにやっていくしかない。(P166)

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コメント

「東京奇譚集」を読んでいただきましてありがとうございます。
私が一番好きなお話は「品川猿」です。
表紙カバーの猿の絵も気に入ってもらえると嬉しいです。
(´・ω・`)ノENOKI

投稿: eno | 2008年1月20日 (日) 10時01分

コメントいただきありがとうございます。

 作者又はその関係者からコメントをいただくのは初めてで、とてもうれしく思います。

 表紙カバーの絵も素敵だな、とは思っていましたが、村上春樹ということで購入しましたので、じっくり鑑賞することまではありませんでした。帯を外して改めて見ると、精緻な植物の描き込み、魅力的な猿の表情など、なかなか素晴らしい作品でした。改めて気付かせていただきありがとうございます。

 作品の中では「品川猿」は私も好きなものの一つですが、「ハナレイ・ベイ」もなかなかいいかな、と思っています。榎さんは「品川猿」が一番好きで、だから表紙カバーも猿の作品になったんですか。なるほど、本作成の舞台裏をほんの少しかいま見たようで、楽しく思いました。

 これからは表紙カバーも気をつけて見ようかな。コメントどうもありがとう。

投稿: Toshi-shi | 2008年1月22日 (火) 23時33分

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