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2008年3月19日 (水)

サッカー批評 38

 表紙いっぱいに岡田監督の大きな顔写真。「『岡田武史』なんて、知らない」という白抜き見出し。オシムの成果の継承を望むべくもない岡田監督の就任という事態に、「代表への興味を失った」「前のように熱くなれない」といった文章をいくつかのブログで見かける。岡田監督の手腕に対する疑問というより、就任時の理由として挙げられた「オシム監督の土台を大切にそこから積み上げられる人」という言葉に対する懐疑とそこから派生する協会への不信感がそこにはある。
 冒頭の記事はまさにその疑問に答えるべく、小野技術委員長のインタビューで始められる。そして語られるのが、「オシム監督の土台」とはオシムサッカーの継承ではなく、「日本サッカーの日本化」というオシムサッカーのコンセプトの継承であった、ということ。そのコンセプトの下で、岡田監督が考える日本化されたサッカーづくりが目指されている。そしてオシムと微妙に異なるその方向に対して、多くのブロガーたちが懐疑的になっているのだ。果たして日本サッカーは既に日本人の手で日本化できるだけのノウハウや経験を手にしているのか。確かに半信半疑なことこの上ないが、今となっては祈るような気持ちで岡田監督に託すしかない。
 今号全体を流れるもう一つのテーマが、監督やGM、フロントといった選手を支え、チームをマネジメントする影の主役たち。中でも降格・残留を経験した柏レイソルと横浜FCの対照的なチーム戦略やJFLの門番としてアマチュアを守るHONDA FCのチーム・フィロソフィーに関する記事が興味を引く。
 また、ガイナーレ鳥取のタイ人監督、ヴィタヤ・ラオハクルの記事やアルゼンチン審判事情なども興味深い。日本未翻訳洋書を紹介するOverseasで紹介された「THE OUTCASTS! The Lands That FIFA Forgot」も面白い。

●たぶんオシムさんも「私はここまでやりましたよ。これからはあなたたちでできるでしょ」と言っている気がするのです。(P014)
●先日、オシムさんの見舞いに行った時に、こうおっしゃっていました。「現場は明日を見ている。社長は今日を見ている。しかし、親会社は昨日を見ている」と。(P047)
●「夜明け前」の時代にあって、実は本田技研こそが「ホームタウン」にこだわり続け、ためにプロ化を断念したのである。(P091)
●英国の属領だが独立した行政府を持つマン島、英国とアルゼンチンが領有権をめぐって争ったフォークランド島、タンザニアに併合されたザンジバル、独立を主張するコソボなど、まずサッカーチームを作って国際試合に出場することから国際社会の一員として認められたいと願う地域が世界には数多くある。(P115)
●他者とは、自己に先行して存在しているのだ。(P132)

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