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2008年3月21日 (金)

東京の果てに

 昨年2月に愛知県でも愛知県住生活基本計画が公表された。この作成に少なからず関わってきた立場から反省するに、この本をもう少し早く読んでいればよかった。もっとも2006年10月では既に各県も計画の内容はほとんど固まっていたに違いないし、そもそも国もそういう方向になかった・・・。
 昨年の住宅セーフティネット法以来、公営住宅のあり方について考えている。本書でも日本の住宅政策の方向に対する批判が書き連ねられている。しかし明確な方向の提示はないようだ。そもそも最初の入口が間違っている。しかし現状で新しい入口を選択するのはほとんど不可能に近い。出発地点を変える必要がある。
 「東京の果てに」というタイトルから、いわゆる東京問題を扱った書籍だと思い込んでいた。神戸大の平山さんが東京まで殴り込みに行ったかと。もちろんベイエリアを中心に一部の「ホットスポット」でのみ展開される東京の都市政策は異常と言える。それが何によってもたらされ、何を生み出すか。その点も的確に暴いていく。しかしこうした東京独自の問題だけでなく(もちろんその反作用としての地方問題はあるとして)、東京に起きている問題はそのまま地方、いや日本全体の問題でもある。第2章の「再生と分裂」は「ホットスポット」の対極にある「コールドスポット」の問題を明らかにする。
 そして第3章「梯子を登る」では、これまでの住宅双六と公営・公庫・公団の住宅施策の3本柱に代表される「住宅のメインストリーム」が不安定化し、一極集中の「東京の世界都市化」戦略と同様に視点に立つ「住宅システムの市場化」によりズタズタと破断されていく状況を描き出す。まさに全国における住宅政策の問題である。
 「東京の果て」は至る所に現れている。第4章で扱う墓地の問題も然り。それにしても、現代都市に現れているこれほど多様な問題を、不安定化する社会のもとでの都市の多様性という視座のもと、総合的に見抜き統合する手腕は、「平山洋介、ただ者ではない」という感を改めて持った。
 最後に、第3章で取り上げられた「ベビーブーマー/ベビーバスター」という視点と調査結果を非常に面白く読んだ。私も平山氏と同じベビーバスター世代として。

●都市に生成する空間が深みをもっているのは、複数の欲求と声が絡み合っているからである。・・・この複数性と複雑性は都市にとって大切な価値である。(P9)
●都市再生のための政策はメガ・プロジェクトの建造を突出させ、空間の分裂を促した。・・・しかし、東京の空間分化は市場経済だけでなく、政策介入によって拡大した。”ホットスポット”に大量の援助を与え、”コールドスポット”をいっそう冷却し、都市の空間と経済を切り分ける、という人為の力が東京改造を形づくった。(P144)
●不平等を望ましくない状態とみなし、その緩和のための資源投入に社会が同意する、という前提があってはじめて不平等は社会問題に転化する。・・・住まいを「自由な選択」と「私的な消費」に委ねるのであれば、そこから生じる差異が社会問題と認められるとは限らない。住宅資産のキャピタルロスを持家購入のタイミングを誤った「私的な消費」の不運とみなす考え方がある。(P181)
●地方政府が望むのは、中間層の住宅市場を拡張し、納税力と消費力を備える人口を確保する方向性である。・・・公営住宅は低所得者を呼び寄せ、税収の伸びに寄与せず、福祉関係の財政支出を増大させる。・・・セーフティネットを縮小する圧力が高まるなかで、住宅政策の分権化が進むのであれば、低所得者向けの施策はいっそう減退せざるをえない。(P226)
●将来の予測可能性が低下し、不確実性が増しているからこそ、都市の多元性を尊重し、その複雑さとの交際を深めるべきではないか。(P263)

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