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2008年5月 1日 (木)

郊外の社会学

 先に読んだ「団地が死んでいく」では、「郊外団地を救うのはコミュニティ」という一般論が述べられていた。「コミュニティを再生する」とは耳に快い言葉だが、現代社会における郊外団地において「コミュニティ」とはなんだろうか。我々は郊外をいかに生きているのか。
 本書では、郊外生活の実質的な貧しさやコミュニティの希薄さ等による郊外問題の発生を述べる、三浦展の『「家族」と「幸福」の戦後史』や宮脇檀の『都市に住みたい』などを再三引用しつつ、こうした今やステレオタイプと化した郊外観を批判的に検証していく。そして、郊外都市である町田市の旧地主の子どもとして育ち、現在はつくばエクスプレス沿線の典型的な郊外住宅地に新住民として暮らす自身の経験を引きながら、現代社会と郊外居住の関係をじっくりと紐解いていく。
 郊外とは何か。それは、都市や農村にかつてあった伝統や地縁を持たず、それらのしがらみの先に合理性や先進性といった「いまだ来たらぬ」夢や未来を期待する場所。都市との間の中心/周縁性と、マイホームという「家庭」家族と田舎とつながり続ける「家」家族という二重関係の中に生きる存在。失われたコミュニティの再生という神話や広告の心地よいコピーライトといったメディアの言説に確信的に踊らされることにより自らの存在を肯定しようとする生き方。
 我々の多くは既に郊外で長く生活を続け、その中で生まれ育ち独立して新たな生活を始める郊外二世までが生まれている。地方で暮らし続ける人も多くは郊外居住者と変わらぬサラリーマン生活を送り、そうでない者もすっかり大衆消費社会の中で生きている。いまや郊外生活は現代日本人全員の標準的な生活様式であり、現代社会の生き方そのものである。副題の「現代を生きる形」というタイトルがまさにそのことを示している。
 こうした認識の下で、現代社会の生き方を語り、住まい方を明らかにする。そこには郊外こそが諸悪の根源といった郊外蔑視ではなく、郊外も含め現代社会の病巣や矛盾を真摯に見つめようとする冷静な社会観が伺える。読んでいて発展性を感じる楽しい書物だ。

●確固とした伝統も歴史もあらかじめあてにできない場所で、それでも他人とかかわり、自己の幸福や満足を希求し、さまざまな打算やごまかしも織り交ぜながら、人は他者たちとある関係のつながりを作り、そのつながりが時のなかで折り重なっていく。そんな人びとの空間的かつ時間的なつながりのさまざまな形や様相が「社会」である。(P037)
●かくして郊外という都市の周辺であり、都市と農村や地方の間である場所は、かつてあったものが「もはやないこと」と、新たに到来すべきものが「いまだないこと」の間の両義的な場所として現れる。(P066)
●郊外は中心都市との関係において郊外たりえる。だがここで見てきたように、都市に出てきた人びとが営む「家庭」家族を中心とする「マイホーム」の空間である郊外もまた、「いなか=故郷」や、郊外のなかに古い地層としてあり続ける「家」家族との関係のなかにもある。(P131)
●こうした町内会の祭りや盆踊りは、・・・かつてあった村や地域の祭りや、明治以降に地域のイベント化した運動会をモデルとして、そこにたしかに「地域」があることを演出し、上演するイベントなのだ。(P138)
●共異体=共移体を生きる人びとにとって、共通の文化や環境は地域の中にではなく、地域を越えたメディアや大衆消費文化のなかにあるのである。(P180)
●郊外を生きるとは、郊外という具体的な場所と社会で、現代の社会を生きるということだ。(P206)
●郊外とは、互いに異なる属性や利害をもつ人びとが、たまたま住むことを選んだ場所であり、広い領域を日々移動しながら共にある、共異体=共移体化した社会における住まい方と生き方の場所である。(P218)
●かつてそこにあったものも、そこで起こり、生きられたことも”忘れゆく場所”であること。互いに互いを見ない場所や人びとの集まりや連なりであること。そこに郊外という場所と社会を限界づけるものがあると同時に、人びとをそこに引き寄せ、固有の神話と現実を紡ぎ出させてきた原動力もある。そんな忘却の歴史と希薄さの地理のなかにある神話と現実を生きることが、郊外を生きるということなのだ。(P221)

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