砂糖をまぶしたパス
副題は「ポルトガル語のフットボール」。タイトルの「砂糖をまぶしたパス」とは、ブラジルやポルトガルで言われる「どうぞ点を取ってください」というような絶妙なパスのこと。著者の市之瀬敦氏は、現在、上智大学外国語学部准教授を務めるポルトガル語学の先生である。同時に、サッカーファンには、多くのポルトガル関連のサッカー状況を披露する著作や記事の執筆者として知られる。私も市之瀬氏の書かれた記事は読んだ記憶があるが、こうして本としてまとまったものを読むのは初めて。だが、とても楽しくあっと言う間に読み終えた。
全体は3部構成。第1章の「独裁者はサッカーがお好き」では、20世紀中期のほぼ同じ時期に独裁政権を経験したブラジルとポルトガルにおけるサッカーと政治の関係が語られる。しかし、必ずしも暗い筆致ではなく、ポルトガル・サラザール時代における他のヨーロッパ諸国に取り残された植民地政策とサッカーの関係など、ヨーロッパの辺境の小国にして大航海時代を誇りに持つ悲哀やユーモアすら感じられる。
第2章の「三角パスが通った!」とは、ワールドカップ・ドイツ大会で初めてポルトガル語圏の国が3カ国そろったことを示す。ブラジル、ポルトガルにアンゴラだ。世界でポルトガル語を公用語にしているのは、わずか8カ国だけという。上記3カ国に加え、モザンビーク、ギニア・ビサウ、カボ・ベルデ、サントメ・プリンシペ、そして東ティモール。ギニア・ビサウはまだしも次の2国は聞いたこともなかった。いずれもアフリカの国。最後の東ティモールは、最近インドネシアから独立したことは知っていたが、ポルトガル語圏とは知らなかった。こうした国々を紹介しつつ、ワールドカップ・ドイツ大会を振り返り、ついでにブラジル人ジーコが率いた日本代表の戦績とジーコとのすれ違いに触れる。
最後の第3章は「サッカーを規定する言葉」。タイトルほど大袈裟な話ではなく、ポルトガル語にまつわるサッカー話をいくつか披露。なぜブラジル人選手はニックネームで呼ばれるのか。セレソンの意味。ポルトガルの外国人選手と国外に帰化したポルトガル選手などなど。どの話題も楽しく興味が尽きない。
最後には、いよいよ始まるユーロ2008やワールドカップ南アフリカ大会、さらに次回アンゴラで開催されるアフリカ選手権での各国の活躍にも心と筆が飛ぶ。これを読んだ後、ポルトガル・サッカーを見ると、楽しさが倍増すること間違いなし。でも、クリスティアーノ・ロナウドのことが全く出て来ないのは何故かな。デコやナニは出てくるのに。どうしてだろう。
●ポルトガルをだめにしたと言われる三つの「F」についての話はご存知だろうか。・・・聖母マリア出現の奇跡が起こったファティマ、国民的歌謡ファド、そして国民の情熱あるいは娯楽フットボールのことである。ポルトガルの20世紀のおよそ半分を支配した独裁者サラザールは、ファティマの奇跡によりカトリック信仰を深め、主の前で従順になるように国民に求め、傷ついた心をファドにより癒し、そしてフットボールで日ごろのストレスの発散を可能にしたのである。(P52)
●1960年代を通し、ポルトガルは、・・・植民地支配を続けるために、・・・植民地戦争を戦った。それと平行して、・・・ポルトガル植民地帝国における人種間の融和を世界に向かって誇示するために、アフリカ選手を数名起用した多人種代表チームをイギリスに派遣したのである。(P58)
●2002年大会ではやはりアフリカ代表のセネガルが旧宗主国フランスといきなり対決したが、同じようなことがアンゴラとポルトガルの間でも起こったのである。いきなり、旧宗主国と旧植民地国が対戦することになったのだ。しかも、試合が行われる都市がケルンと決まったのである。・・・語源はラテン語のコロニア。・・・「植民地」という意味である。(P112)
●結局ジーコが日本代表にもたらしたのは「自由」というよりは、むしろ「解放」だったのではないか・・・すなわち、選手を縛りつけた前任者フィリップ・トルシエからの解放である。そして解放という言葉で思い浮かぶのが、かつてポルトガルによる植民地支配を終わらせるためにアフリカ人が戦った「解放闘争」である。・・・残念なのは、解放闘争に勝利し、独立を達成したアフリカの人々が、手にした「自由」の意味をよく理解できず、国作りに失敗してしまったように、ジーコ・ジャパンもナショナルチームとしてまとまれないままで終わってしまったことである。「海外組」と「国内組」の融和の失敗というのも、旧植民地にありがちな西洋派と土着派の対立を思い起こさせるではないか。(P130)
●「東ティモールの選手たちはブラジル人のようにプレーし、ポルトガル人のように敗れる」(P143)
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