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2008年5月25日 (日)

集合住宅物語

 同潤会青山アパートを筆頭に、全部で39の集合住宅が訪問記録と豊富な写真で紹介されている。上下2段組み348ページの大部だが、半分近くは写真なので、思ったよりは早く読み進めることができる。
 それにしても楽しい。冒頭の青山アパートや同じ同潤会の鴬谷アパート、清砂通アパート、大塚女子アパート、さらに旧東京市営古石場住宅や旧徳田ビルなど、既に取り壊されてしまった建物も多く取材・掲載されている。清砂通アパートの屋上から両国の花火見学をしている写真など衝撃的なものも少なくない。もちろん植栽の豊かさや手入れの行き届いた古さは、懐かしさと人間的な温かさを感じる。
 しかし、取り上げられる住宅は戦前の古いものばかりではない。新しいものでは代官山ヒルサイドテラスや中銀カプセルタワービル、桜台コートハウスなども取り上げられている。1980年代初頭完成までを対象に、その後の住みこなした結果を追っている。

●集合住宅とは、建築をそのままのものとして見ることができないビルディング・タイプである。問題を探らざるをえない面倒な建築。住む人にとっては戦わざるをえないやっかいな建築。だからこの先につながる。(P348)

 また、集合住宅といっても、同潤会や公団などのRC造の団地タイプのものばかりではなく、寮や下宿、長屋、店舗併用住宅、テラスハウス・タイプのものや老人ホームまで人が居住するものならほとんどを網羅している。なかでも興味を引いたのは「スペイン村」。もちろん三重県のテーマパークではなく、戦前に建築された低層木造集合住宅だが、紹介文によれば5棟の建物が思うがままに組み合わされ「窓と壁がとりとめもなく増殖し、ふしぎな家のイメージの迷路に入りこむ気分になる」という。
 他にも、谷中の西河さんが居住する(写真にもその姿が写っている)谷中四軒長屋など私も見てきたものもいくらかはあり、うれしさを覚える。代官山ヒルサイドテラスは今度ぜひ見てこようと思った。もちろん取り上げられた全てが一度は見てみたいと思わせる。もう見られないものも多いのが残念だが・・・。

●この時点(関東大震災後)で創出しようとした集合住宅については不燃不壊の性能に加えて、新しい都市建築としての意匠が不可欠のものとして求められたにちがいない(P28)
●再開発せざるをえない。高密度になるのは必至である。当然、この75年前の集合住宅団地をはるかにしのぐ空間の仕掛けが用意されていなければならないのだが、そこがなかなか見えてこないままに「新しさ」だけを頼りに東京が変身していく。(P29)
●平坦な埋立地、直線直角の道と路地、均一の街区、木造二階建ての長屋、植木鉢、これらは人間的環境をめざすという現代の計画手法がむしろ回避してきた、あるいは採り入れようのない要素である。つまりどちらかといえば非常なほどの配置計画と、そこに住み着くための歳月とが合わさったとき、人が集まって住む光景の本来性が現出する。(P101)
●円や四角の窓は、いまみたいにただの開口部ではなく、このころの街ではそれがまさに記号としての窓でもあることで新しい驚きを見る者に呼びさましたのである。(P124)
●日本の社会は金でまわっている。けれどもほんとうに必要なのは知恵なのだ、と村上さんはいう。町づくりは人間がいちばん大切なのに、阪神大震災を見なさい、町にいた人たちは帰ってこない。帰れない。人間がいなければ町にならない。(P261)

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