季刊サッカー批評 39
特集は「日本サッカーの十戒 いまサッカー界が守るべき10の戒律」。その1「選手生命をJリーグが奪ってはいけない」。我那覇のドーピング事件だ。先日、CASの裁定により、Jリーグ側の間違いが明らかにされ、我那覇側が全面勝訴した。しかしその経緯や真実については、裁定後のマスコミを読んでもほとんどその実態は報道されていない。謝罪に値するどんなひどいことをしたのか。それが明らかにされなければ、謝罪で済む問題かどうかもわからない。潔く謝罪した、という勘違いさえあり得るではないか。その点でも、この記事の意義は大きい。
その3「リーダーたる者、晩節を汚すべからず」。佐山一郎氏による「我らが非凡人会長、その高すぎる熱の功罪」は、川渕会長の特異な性格と行動力がいかに日本サッカーを率いてきたか、今も君臨し続けることの功罪も含めて描く。「後継者づくりの要諦は、まずゆずり葉よろしくその「私」がすっきり立ち去ることでしょう。」(P036)。同時に置かれている「各国サッカー協会の会長事情」も興味深い。どこの国も会長が全てではないが、日本の会長は全てになりたがっていないか?
ユーロ2008、そしてW杯アジア3次予選、さらには北京五輪を目前に控えた時期に、戦力や戦術等と一切関係のない記事ばかりで構成してしまうのは、いかにも「サッカー批評」らしい。そしてだからこそ楽しい。
- 私は本稿の冒頭で、この件は「ドーピング問題」ではないと断じた。ではいったいこれは何なのか?私はこの事件を、現在の日本サッカー界の腐敗部分が凝縮された「我那覇冤罪事件」だと認識している。(P019)
- メディアに目くじら立てて腹を立てるのではなく、物事は斜めから見て本当のことが分かるということを、例えば、「この局はこういうバイアスがかかっている」とか、「ここはこういうスポンサーがついている」とかそういうことを楽しむ時代なんですよ。(P080)
- 最近のJリーグ周辺の事件や不祥事の騒がれ方を見ていると、あまりにナイーブな過敏症・潔癖症じみてる気がしてならないんだが。ニック・ホーンビィ的な「政治的正しさとフットボール的正しさは別物」くらいの偽悪的リアリズムも必要なんじゃないか。(P113)
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