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2008年7月 9日 (水)

ゆく都市 くる都市

 今、都市・建築に関するエッセイを書かせたら、誰が一番うまいだろうか。それほど多くの本を読んでいるわけではないが、橋爪紳也は関西の雄の一人と言えるだろう。この「ゆく都市 くる都市」は2006年度の1年間、毎日新聞に週に一度連載してきた文章をまとめたものということで、筆者ならではの都市・建築に関する視点や見方が、一般向けにやさしく綴られている。
 筆者が取り上げる都市の断片は、タワー、遊園地、路地と広場、ビジネスセンター、水辺空間、そして金沢や釜山・上海等の新しい都市づくりを紹介する創造都市の6編。現在の都市の様相を切り取るにあたり、筆者の独創性と炯眼が窺われる。
 タワーでは通天閣や名古屋テレビ塔の今昔を紹介し、タワーの持つ近代性と現代性を描写する。遊園地では浅草の花屋敷の盛衰を眺めつつ、日本人にとっての娯楽と遊園地の意味を問う。路地と広場では、ノスタルジーを語り、法善寺横町の再生を紹介する。ビジネスセンターに都市の文化の源泉を見、大阪の水辺空間の利用に関わるさまざまな活動を紹介しつつ、縁辺であった水辺空間の再生・復権を考える。そして最近元気な世界の都市群を、「創造と想像」というキーワードで謳う。
 都市の見方、都市に対する愛情が伝わるエッセイであり、筆者の博識・博覧強記ぶりを実感する。あっという間に読み終わってしまった。そして頭にあまり残っていない。ところで住宅はどうあるべきか。

●戦後にあってもわが国の遊園地は常に米国の成功例を意識してきた。わが国における遊園地の盛衰は、私たちがアメリカ文化といかに向きあい、受容し、また時に抗い、日本人の嗜好に合うように咀嚼したのかを反映する。だとすれば首都圏域や京阪神で、あいついで遊園地が閉園している今日の状況は、コニーアイランドに由来する米国流の遊園地のあり方を、少なくともこの国の人々は消費し尽くしたということなのだろう。(P40)
●創造力が想像力を高める。同時に新たな創造が次代の想像力の源泉となる。この循環が滞ることがない限り、都市という「文明の装置」は消耗され尽くされることはなく存在し続けることだろう。都市はいつの時代にも、新たな創造を思い描きつづける人々の想像力の所産である。(P171)

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