« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月

2008年8月29日 (金)

市全域 避難勧告

 昨日の豪雨はすごかった。わが家は先週の落雷でドアホンに外灯、湯沸し器と一部のパソコンがいかれてしまい(Homepageが更新休止中なのはそのせいです)、未だにテンヤワンヤしていることもあり、落雷のすごさに恐れをなしていたが、一夜明けてみれば、岡崎市では1名死亡、3名不明、浸水被害は数百戸の大被害。岡崎方面の電車も土砂崩れで運休となり、時間どおりに出勤できない同僚が続出。テレビも全国中継で放映され、遠方から安否を問う電話が入ったりする騒動。でも実は被害は案外局地的で、平成12年の東海豪雨に比べればはるかに軽微な災害と言える。
 それにしてもびっくりしたのは、避難勧告が出された区域が異常に広かったこと。なかでも岡崎市に全域避難勧告が出ていたのには驚いた。人口34万人、いったいどこへ避難するのか、と一瞬思ったが、「全員よそのまちに避難しろ」というわけではなく、「市内の避難所に行ってください」ということだろう。それにしても34万人全員を収容できるだけの避難所が確保されているのだろうか、命令ではないにしても極力従うべきなのだろうか、それとも「不安な方は避難所を確保したから来ていただいていいですよ」という程度の意味なのか。避難勧告が出された中で、店を開いたり営業活動してもいいのだろうか、などなどいろいろと疑問が浮かぶ。はたして今日1日、岡崎市内がどういう状況だったか、市民がどう行動したのか、実に興味がある。
 このところ、災害にあたり、避難勧告が遅れたことを非難する報道や風潮が多々見られるが、こうした前例を踏まえ、岡崎市は責任追及を恐れ、早め・広めに避難勧告を出したというのが実態ではなかったか。我々は避難勧告をどう捉えればいいのだろうか。避難勧告の意味が問われる。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

ほんとうの環境問題

 「ほんとうの環境問題」というタイトルと、池田清彦の名前に惹かれて購入してしまった。しまった! 養老孟司の名前を借りて、洞爺湖サミットに合わせて出版されたトンデモ本の一つ、という括り方もあるかなあと思うけれど、内容がトンデモ話という訳ではない。しかし、対談や談話を書き起こしたような内容で、洞爺湖サミットを契機に少し環境問題に関心を持った一般読者向けの大衆本という体裁。
 「環境問題とはつまるところ、エネルギーと食料の問題である。」(P5)とか「実は環境問題とはアメリカの問題なのです。・・・簡単に言えばアメリカ文明とは石油文明です。」(P16)といったフレーズにはなるほどと切れ味のよさを感じる。「ほんとうの環境問題」というタイトルもまさに二人の問題意識を示している。環境貢献という心地よい言葉ではなくて、本当のところ今を生きる自分がすべきこと、できることを、環境問題を離れて考えるとき、そこにこそ「ほんとうの環境問題」が立ち現れるような気がする。人間の生と環境の関係として。

●環境問題とはつまるところ、エネルギーと食料の問題である。・・・未来のエネルギーを確保するためにどういう戦略が必要なのかこそが、日本の命運を左右する大問題なのだ。地球温暖化などという些末な問題にかまけているヒマはない。(P5)
●実は環境問題とはアメリカの問題なのです。つまりアメリカ文明の問題です。簡単に言えばアメリカ文明とは石油文明です。(P16)
●環境問題にはある種の「流行」のようなものがある。・・・とにかくいまは、CO2による地球温暖化が環境問題における最大の「流行」になっているのだ。(P43)
●世の中は変わる。そのなかで、ベストの方法を考える必要がある。そのためには原理主義的にならないで、バランスを考えてやっていかなくてはならない。(P110)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月27日 (水)

異邦人

 内田樹の構想主義に関する本を読んでいると、カミュの名前が何度も出てくる。そこでついに「異邦人」を読むことになった。名作をろくに読まずこの年になったけれど、若い頃に読んだ名作をどこまで理解してきたか心もとない。もっともこれだけくっきりしたストーリであってみれば、当時熱狂的に迎えられたということも理解できるし、年相応の理解が可能だろう。
 不条理が問題なのではない。不条理とどうつきあうかが問題なのだ。そしてそういう社会の捉え方、生き方が構造主義的かもしれない。
 サルトルは若い頃読んだが、今となっては何も覚えていない。今になってサルトルとカミュの論争を読むのは、人生の無駄だろうか。少し興味を覚えた。

●「ゆっくり行くと、日射病にかかる恐れがあります。けれども、いそぎ過ぎると、汗をかいて、教会で寒けがします」と彼女はいった。彼女は正しい。逃げ道はないのだ。(P21)
●結局において、ひとが慣れてしまえない考えなんてものはないのだ。(P119)
●このしるしと星々とに満ちた夜を前にして、私ははじめて、世界の優しい無関心に、心をひらいた。これほど世界を自分に近いものと感じ、自分の兄弟のように感じると、私は、自分が幸福だったし、今もなお幸福であることを悟った。(P127)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月23日 (土)

現代思想のパフォーマンス

 神戸女学院大学文学部の二人の英才、難波江和英氏と内田樹氏とによるソシュールを始めとする6人の現代思想家(他に、バルト、フーコー、レヴィ=ストロース、ラカン、サイード)の解説書である。解説書であるが、案内編、解説編に加え、実践編が加わっている。解説された各思想を映画や小説評論に適用することで、今まで漫然と読んでいた作品がいかに違った映像でくっきりと見えてくるかを実践し示している。
 まえがき、あとがきでも書かれているが、基本的に現代思想に関心を持つ学生や院生を対象に、現代思想への誘引を目論んでいる。今まで読んだどの解説書よりも非常にわかりやすく書かれている。しかし「新書版のためのあとがき」の最後には、「中には、かなり単純化した解釈を施しても見せたものもある。でも、それはその解釈で『解釈を終わらせる』ためではむろんない。そうではなくて、読者の中に『そんなわかりやすく書いていいんですか、ほんとに?』という懐疑を誘発するためなのである。その懐疑から、みなさんのパフォーマンスは開始されるはずである。」(P430)と書かれている。そう、あくまでよくできたプロバガンダ書なのである。
 そう言われても、若いみなさんと違って、この年になってこの本を読んだ私としては、新たなパフォーマンスを開始する元気はないが、いつまでも書棚に並べて、何か疑問が出たときに振り返る本として重宝することになると思う。よくできた本である。

●夢は、わたしたちが知らなかったことを教えてくれるのではなく、わたしたちが知っていたにもかかわらず、知らないと思いこんでいたものを思い起こさせてくれる。(P65)
●わたしたちは「あるがままの事実を見ている」のではなく、「解釈された意味を読んでいる」。そのことを絶えず自分に言い聞かせておかなければならない。「ソシオレクト」と「神話」の檻の幸福な囚人でありたくないなら、わたしたちは自分たちとはちがう解釈の仕方でも世界は「読める」という事実を絶えず思い起こさなくてはならない。(P110)
●分析医のところに来る患者はある意味で「石化」している。患者は経済活動ができないか、コミュニケーションができないか、愛を成就できないか、(レヴィ=ストロースの言う)「交換の三次元」のどこかで停止している。治療とは、患者をその停止状態から動かし、交換の運動に巻き込むことである。(P313)
●鏡に映ったイメージは、どう言いつくろうとも「私そのもの」ではないからである。つまり、人間は「私ならざるもの」を「私」と誤謬することによって「私」を形成するのである。「私」の起源は「私ならざるもの」によって担保されており、「私」の原点は「私の内部」にない。これが人間的事況である。(P315)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月19日 (火)

空間<機能から様相へ>

 ヤマトインターナショナル東京本社で鮮烈なデビューを遂げ、梅田スカイビルで驚愕を集め、JR京都駅のコンペで社会的な批評の嵐を巻き起こした建築家・原広司の建築評論集。それらの建築作品の前には、「集落の教え100」などの世界の集落調査からの建築評論が話題となった。1975年に公表された「均質空間論」に始まり、「<部分と全体の論理>についてのプリコラージュ」(1980年)、境界論(1981年)、「機能から様相へ」(1986年)、「<非ず非ず>と日本の空間的伝統」(1986年)の5つの建築・空間論が収録されている。1987年に刊行された同名の著書から一部論文を省き20年ぶりに文庫本として再刊されたもの。
 現象学や構造主義等の哲学的考察を駆使し、建築実学の経験を踏まえ、著者独自の空間論を展開している。最初の「均質空間論」は近代建築がその理想故に機能を失い、均質空間に陥っていく過程を見事に描き、よく理解できる。その建築的窮状を、世界の集落調査から類推・抽出された空間形成の原理を部分から全体に広げていくことで救い出そうとする意図も理解できる。そしてたどり着いた「様相」とは何か?
 「境界論」あたりから難解な表現が多くなってきて、ほとんど理解したとは言い難いが、人間の意識や感情をベースにして空間を作っていくことの正当性を述べていると理解していいのだろうか? 近代建築の「機械」に対応する位置に「エレクトロニクス装置」を配置しているが、その時点ではゲーム的仮想現実やGoogle的世界観は達成していなかったはずであり、今の時点で様相や意識が形づくる建築はどうあるのだろうか。「エレクトロニクス装置」ではないような気がするのだが・・・。

●所詮、設計は、言葉と空間の鬼ごっこなのだ。(P3)
●わかりやすく言えば、近代建築が行ったことの総体は、ミースが座標を描き、コルビュジエがその座標のなかにさまざまなグラフを描いたという図式によって説明される。建築のモデルらしく言いなおせば、近代建築とは、「ガラスの箱のなかのロンシャン」となる。(P21)
●ヒューマニズムから民主主義にわたる人間像にあっては、人間はみな同じであるとする平等の原理がアプリオリに設定され、この原理を具体化してゆく過程は自由の概念にまかされる。・・・平等の原理にたいしては、あらゆる人が立つ空間を均等にすることをもって応答し、自由の概念にたいしては、機能を捨てることによっていかなる関係も初源的に規定せず豊かな空間の変化の可能性だけを対応させた。そして両者は不可分一体に表現された。(P62)
●私たちは基本として、領域を明快に定義あるいは、規定しようとする場合はエンクロージャーを、領域を不明確に規定し領域館の相互浸透をはかる場合はフロアを、これら二者の同時存在をはかる場合にはルーフを、それぞれ表現手法として諸部分の関連性に対して適用して全体のあり方を仮構する。(P209)
●抽出された事項の多くは、事物の状態や空間の状態の見えがかり、外見、あらわれ、表情、記号、雰囲気、たたずまいなどと表記される現象であり、・・・これらの表記が指し示している空間の現象を、様相(modality)と呼んでみたい。(P241)
●近代建築:機能-身体-機械 / 現代建築:様相-意識-エレクトロニクス装置(P260)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月10日 (日)

こんな日本でよかったね

 副題は「構造主義的日本論」。それはそのとおりだが、「『構造主義』がわかるとちがう日本が見えてくる」という帯はいかがなものか? 確かに内田樹が説く教育論や格差問題、日本辺境論などは面白いが、だから構造主義がわかるというものでもない。しかしメディアが報じる偏見的社会観を疑い、ウチダ的視点から社会を見直すのは、社会に対する視座を客観的なものとし、精神衛生上もよい。
 「404 Blog Not Found」で小飼弾氏が「著者自身が、日本という構造による受益者なのに、その負担を「他の日本人」、もっと具体的には「著者より若い日本人」に求めているようにしか読めない」と書いているが、確かにそうした読み方もあるだろう。何より帯を批判しているのには同感。でも、そんな日本の中でどう生きていくのか(どう変革するのかではなく)と考えたら、内田氏の構造主義的社会観は大いに参考になると言える。

●人間が語るときにその中で語っているのは他者であり、人間が何かをしているときその行動を律しているのは主体性ではなく構造である、というのが本書の主な主張であります。(P005)
●言葉には現実を変成する力がある。・・・言葉によって足元から揺り動かされる経験に比べれば、作者の意図なんかどうだってよい。(P028)
●「金のことをつねに最優先に配慮する人間」は私の定義によれば「貧乏人」であるので、格差社会の是正のために「もっと金を」というソリューションを提示し、それを支持する人々は、論理的に言えば、これまでもこれからも未来永劫に「貧乏人」であり続ける他ないと思うからである。「格差社会論」に基づく社会改良政策はますます「金で苦労する人」を増やすだけだろう。(P115)
●「誰の責任だ」という言葉を慎み、「私がやっておきます」という言葉を肩肘張らずに口にできるような大人たちをひとりずつ増やす以外に日本を救う方途はないと私は思う。前途多難だが、それしか方法はない。(P177)
●おおかたの人は誤解しているが、願望達成の可能性は、本質的なところでは努力とも才能とも幸運とも関係がなく、自分の未来についての開放度の関数なのである。・・・未来の未知性に敬意を抱くものはいずれ「宿命」に出会う。未来を既知の図面に従わせようとするものは決して「宿命」には出会わない。真に自由な人間だけが宿命に出会うことができる。(P210)
●悲しい話だが、正義の実現と無償の贈与は両立しない。正義は「奪われたものを奪い返す」ことを求める。だが、無償での贈与は正義に悖る。正義は「赦すこと」を許さないからだ。(P227)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 8日 (金)

逆接の民主主義

 「逆接」とは「逆説」ではなく、対立する語句を結びつけるという意味。通常の民主主義を乗り越え、「民主主義以上の民主主義」を提案する。それは、対立する両者の問題解決を図るために、第三者的委員会方式を導入し、かつ当事者は委員会には直接コミットせず、媒介者を通じることで、当事者が必然と信じていた者を偶有的なものへと転じ、客観的な判断・結論に導くというもの。読めばそんな気もするが、提案が非常にテクニカルなのに対して、これをラカンやロールズ、ジジェック等の思想を総動員して証明していくのは、かなり難解。それでも、民主主義の限界やグローバル化批判には納得する。
 そもそも雑誌に連載した社会・思想に関する時評をまとめたもので、(1)北朝鮮を民主化する、(2)自衛隊を解体する、といった具体的な問題に、筆者なりの具体的な提案をしている。例えば、前者については、「北朝鮮難民を積極的に受け入れることにより、北朝鮮の民主化をめざせ!」、後者については、「自衛隊を解体し、内紛地帯に飛び込み難民に直接援助をする部隊Xをつくれ!」と提言する。
 そしてその筋道で、ハーバーマスとデリダの論争やキリスト磔刑の意味を問う。その理論展開を追うのがとても面白い。なかなか刺激的な論文である。

●真の赦しは、・・・未だに謝罪していない者への赦し、赦しえない者への赦ししかない(P86)
●民主制は、多数者による少数者の支配の制度化であって、決して、すべての被支配者の合意によって支えられているわけではない。・・・民主的な政治過程の核心的な特徴は、合意の創出にあるのではなく、非合意の可能性を留意している点にこそある(P103)
●制度化された社会秩序の中で位置づけをもたず、公認の誰の意思をも直接には代表しない、排除された他者を、普遍的な開放性を有する社会の全体性と妥協なく同一視してしまうこと、これが・・・来るべき民主主義の基本的な構想である。・・・「われわれ」の共同体の中に侵入している「他者」こそ、今述べた、逆接的な民主主義の開放性をもたらす「排除された他者」以外のなにものでもない(P233)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 6日 (水)

松本市中町・蔵造り通

Photo このところ恒例となった車山高原避暑旅行は、少し趣向を変えて、中央道・諏訪ICを通り過ぎ、長坂ICから国道141号を北上。泉郷や清里、野辺山を通って松原湖から八ヶ岳に向かい、稲子湯からスタート。秘湯の一つに挙げられる温泉は、小さな内湯に石を積み上げた仕切りをはさんで夫婦二人きり。のんびり湯船に浸かり、家から持参した調理パンを食べる。
 麦草峠で時間をつぶし、夕方に車山高原に入る。暑かった名古屋を脱し、涼しさを満喫。「今年は例年よりも涼しく、7月始めまでストーブを使っていた」というオーナーの言葉がうらやましい。信じられない。地球温暖化はどこに行った!
Photo_2 翌朝、霧ヶ峰から八島湿原に向かい、涼風の中をしばし散策。ニッコウキスゲはもうほとんど終わり、ヤナギランのきれいな赤紫の花房が群生して緑の高原を彩っている。足下にはハクサンフウロやツリガネニンジン、ノアザミ、キンバイソウ。シシウドやチダケサシの白い花が目の前を遮り、ウグイスが鳴き交わす。
 美ヶ原高原美術館で食事を取り、須栗渓谷を通って、美ヶ原の西側まで回り、聳えるパラボラアンテナをながめる。2000mの高地はさすがに涼しい。いつまででもいたくなるが、そうもいかずそろそろ帰途へ。帰りに松本市へ寄る。
Photo_3 まずは開智学校。明治9年(1876年)築の擬洋風建築物は、唐破風に天使が舞い、水色のベランダ手すり壁に白い雲がまぶしい。この明るさが爽やかな気候によく似合う。続いてこの日お目当ての中町商店街に向かう。
 中町の中ほどにある中町・蔵シック館は、明治21年に建築された大禮酒造の建物を移築・復元したもので、通りに面して井戸のある広場と土蔵造りの喫茶室が整備され、母屋は広場を抱えて少し下がって整備されている。母屋の正面は黒壁に杉玉が下がり地味な雰囲気だが、妻面は白壁になまこ壁がめだつシックな外観。中に入ると豪壮な木組みが目を見張る。きれいに手入れされた中庭がよく見える喫茶室でまずは一服。
Photo_4 松本市は街なみ環境整備事業による地区整備に積極的に取り組んでおり、現在も3地区で事業実施中。中町地区は昭和63年から13年にかけて事業を実施し、既に完了している。中町・蔵シック館は地区のまちづくり拠点施設として整備されたもので、移築・復元等に国費が投入されている他、公衆トイレの整備や電線地中化、広場整備等も行われている。また、市のまちなみ修景事業による民間建築物のファサード改修補助(補助率2/3、300万円以内)も行われており、多くの建物で修景整備が行われ、特徴ある景観を形成している。
04 大橋通まで抜けた交差点には井戸のあるポケットパーク。そこから見返す景観もなかなか風情がある。ただし、ウィンドーショッピングを重ねた妻が言うには、なぜかアジアン小物の店や高価な古美術・民芸店などが多く、松本らしい土産物や食料品店などが少ないのが不満とのこと。元々は酒造業や呉服問屋などが多かったようだが、今は松本駅と松本城との間にあって、必ずしも観光客だけを相手にするのではない、個性的な店舗の並ぶ商店街をめざしているのだろうか。松本城などとの連携をねらい、市内循環バス・タウンスニーカーの運行や無料貸自転車・すいすいタウンを実施しているのも面白い。
Photo_5 妻の足がなかなか進まないので、一人でまちを歩き回ることにする。なまこ壁に挟まれた狭い路地を入っていくと、老朽化した小公園に面して中町神明宮。年季の入った鳥居が雰囲気を醸している。女鳥羽川沿いに戻り一ツ橋を渡ると、川向かいに立派な建物がそびえる。旧松本市役所跡に建設された市営上土住宅。1階は空き店舗になっていた。そのまま進むと、絵地図に「大正ロマンの街」と書かれた下町会館と東門の井戸がある。このあたりにも土蔵造りや雰囲気のある古い民家・商家がいくつもみられる。道を巡って戻ってくると、辰巳の庭公園。ここにも井戸が整備され、家族連れが涼を取っている。さらに道を進むと、なわて通り商店街にいたる。
Photo_6 松本城から下る大名町通りが女鳥羽川を渡る千歳橋(かつては大手橋と言っていた)から東の旧松本市役所にかけてのなわて通りは、大正期から戦前にかけて大層にぎわったようだが、女鳥羽川の氾濫等もあり次第に活気を失っていた。平成に入り女鳥羽川整備事業計画が策定され、再整備が政争の的になった時期もあったようだが、平成10年から整備事業が始まり13年に新店舗が完成。今のなわて通り商店街が再生する。「かえる大明神」を祀り、カエルをイメージキャラクターに新しい路地商店街としてがんばっている。妻と合流し、明治10年創業という蕎麦屋「弁天本店」で食事をし、サンドイッチを買って帰路につくことにした。
 今日も暑い。標高1500~2000mの車山高原の涼しさ、標高800mの松本の清々しさがなつかしい。そして松本の街は思った以上に元気だった。いいなあ。名古屋は今日もむちゃくちゃ暑くて元気も出ないんですけど・・・。
 マイフォトもごらんください。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月 5日 (火)

福祉国家デンマークのまちづくり

 デンマークのまちづくりや社会制度が最近注目されだしたように思う。スウェーデンなどの北欧圏の中でも、さらに特徴的な社会体制が整備され、共同参加による民主主義により国民の幸福度の高い国家が実現しているという。昨年、デンマークへ留学した某先生の話では、公営住宅は「みんなの住宅」として整備され運営されているという。近いうちにデンマークの公営住宅制度についての詳しい話を伺う機会があるものと期待しているが、その予習の意味も兼ねて、本書を手に取った。
 著者は、西洋思想史を専門とする名古屋大学准教授の小池直人氏と都市計画が専門の熊本県立大学准教授の西英子氏。専門の違う二人の研究者がたまたまデンマークで出会い、お互いの研究を交換する中で、この魅力ある一冊の本が完成した。建築・都市計画分野から書かれる北欧の社会福祉・住宅問題・都市計画の専門書には、すばらしい社会制度についての紹介はあっても、その歴史的・思想的背景まではわからないことが多い。その部分を小池氏がデンマークの思想史等を解説することでカバーし、デンマークの魅力的で理想的な共同市民社会がいかに成立してきたかを明らかにする。
 デンマークのまちづくりの現場では、ガバメントとガバナンスが両立して「コ・ガバナンス(共治)」が実質化されておる。このための共同市民性に基づく社会関係資本が形成されている。それは、19世紀から続く協同的生活慣習の中で育まれ、両大戦による経済的・社会的(デンマークは一時ナチスドイツに占領されていた)苦境を市民共同性の中で乗り越え、現在の民主社会主義体制を実現してきている。
 新自由主義が蔓延し疲弊する各国を尻目に、1970年の自治体改革、2007年の再編を経て、デンマークはさらに変革を遂げようとしている。筆者たちの目は特に今回の再編がデンマークに及ぼす影響について、冷静で客観的な態度を守りつつ、その背景にある民主主義哲学に対して畏敬の念を崩していない。
 「みんなの住宅」と呼ばれる非営利セクターにより供給される「非営利住宅」を始めとする住宅政策やコペンハーゲン・コムーネ等で展開される地域再生事業など、具体的な社会制度の紹介もあり、多面的にデンマークの社会の実相と理論的背景が解説されている。なかなか興味深い本である。

●私たちは政治ということばでしばしば、(1)自由で平等な人間の結びつきというヨコの関係と、(2)支配と服従というタテの関係の二つの面を混乱しながら思い浮かべる。・・・前者の面を「ガバナンス(自主統治)」、後者を「ガバメント(政府統治)」と呼ぶことにしよう。(P20)
●「過剰に所有する者がほとんどおらず、過少に所有する者はなおさらいない。そのとき、私たちは豊かさを得ているのだ。」(P51)
●住宅は、たんに建てて住むハコモノではなく、よりよく住み、人と人とのつながりを維持する場、コミュニティへと質的変化を遂げていく。居住者は、たとえ借家であっても、一定の政治的役割をもって管理運営に参加し、居住環境の改善に取り組む共同市民であることには変わりがない。このデンマークのテナント・デモクラシーは、生活形式の民主主義のあり方を私たちに具体的に示している。(P87)
●私たちがデンマークに定着している民主主義を考察してみると、自由と平等の理念が結合しているだけでなく、もう一つの理念がそれらをしっかりと結びつけ、良好に機能させていることがわかる。それが私たちの主張してきた市民的つながりである。あるいは「共同」や「共生」といった概念で表現できる。(P167)
●デンマーク社会主義は1937年に、それらを国家レベルの綜合福祉法に統合し、たんに貧者、病者、困窮者などの社会の底辺層だけでなく、国民「みんな」を対象とする普遍的(ユニバーサル)な福祉制度として確立したのである。(P178)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 3日 (日)

パレード

 「センセイの鞄」のサイドストーリー。センセイとツキコさんの、暑い土曜日の昼下がりのひとときに、ちゃぶ台を挟んで寝転びながら語る昔話。子どもの頃、みんな、あなぐまやろくろ首や砂かけばばあなどの妖怪に守られながら育っていた。そしていじめに悲しむ天狗。なつかしくあたたかくほっこりとした川上ワールドが広がる。
 でも、そろそろ卒業してもいいかな、と思った。あたたかいだけではない世界に向けて。ありがとう、川上弘美さん。

●「天狗たちはツキちゃん次第なんだからね。今の関係を大事にしなさいよ。」(P41)
●突然、わかってしまいました。ゆう子ちゃんは、何かをあきらめたのです。悲しいとかくやしいとか、そういうのを捨てていたのです。祖母が息をするのをやめたのと同じように、ゆう子ちゃんは感じるのをわざとやめてしまっていたのであう。(P58)
●昔の話は、なかなかいいでしょう。センセイが言った。・・・センセイのてのひらから伝わってきた温かなものが、センセイにふれていないのに身内からわきあがった。(P74)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »