こんな日本でよかったね
副題は「構造主義的日本論」。それはそのとおりだが、「『構造主義』がわかるとちがう日本が見えてくる」という帯はいかがなものか? 確かに内田樹が説く教育論や格差問題、日本辺境論などは面白いが、だから構造主義がわかるというものでもない。しかしメディアが報じる偏見的社会観を疑い、ウチダ的視点から社会を見直すのは、社会に対する視座を客観的なものとし、精神衛生上もよい。
「404 Blog Not Found」で小飼弾氏が「著者自身が、日本という構造による受益者なのに、その負担を「他の日本人」、もっと具体的には「著者より若い日本人」に求めているようにしか読めない」と書いているが、確かにそうした読み方もあるだろう。何より帯を批判しているのには同感。でも、そんな日本の中でどう生きていくのか(どう変革するのかではなく)と考えたら、内田氏の構造主義的社会観は大いに参考になると言える。
●人間が語るときにその中で語っているのは他者であり、人間が何かをしているときその行動を律しているのは主体性ではなく構造である、というのが本書の主な主張であります。(P005)
●言葉には現実を変成する力がある。・・・言葉によって足元から揺り動かされる経験に比べれば、作者の意図なんかどうだってよい。(P028)
●「金のことをつねに最優先に配慮する人間」は私の定義によれば「貧乏人」であるので、格差社会の是正のために「もっと金を」というソリューションを提示し、それを支持する人々は、論理的に言えば、これまでもこれからも未来永劫に「貧乏人」であり続ける他ないと思うからである。「格差社会論」に基づく社会改良政策はますます「金で苦労する人」を増やすだけだろう。(P115)
●「誰の責任だ」という言葉を慎み、「私がやっておきます」という言葉を肩肘張らずに口にできるような大人たちをひとりずつ増やす以外に日本を救う方途はないと私は思う。前途多難だが、それしか方法はない。(P177)
●おおかたの人は誤解しているが、願望達成の可能性は、本質的なところでは努力とも才能とも幸運とも関係がなく、自分の未来についての開放度の関数なのである。・・・未来の未知性に敬意を抱くものはいずれ「宿命」に出会う。未来を既知の図面に従わせようとするものは決して「宿命」には出会わない。真に自由な人間だけが宿命に出会うことができる。(P210)
●悲しい話だが、正義の実現と無償の贈与は両立しない。正義は「奪われたものを奪い返す」ことを求める。だが、無償での贈与は正義に悖る。正義は「赦すこと」を許さないからだ。(P227)
| 固定リンク
「日々の書斎(閉架)」カテゴリの記事
- 食糧がなくなる!本当に危ない環境問題(2008.11.10)
- アキハバラ発<00年代>への問い(2008.10.31)
- ブログ論壇の誕生(2008.10.19)
- ナイチンゲールの沈黙(2008.10.02)
- 治療塔惑星(2008.09.27)


コメント