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2008年11月

2008年11月24日 (月)

可児市桜ヶ丘ハイツの住民主導のまちづくり

 「各務原の景観まちづくり」を見学した後、続いて可児市桜ヶ丘ハイツに向かった。ここは、住民主導で地区計画の策定や様々なまちづくり活動が展開されており、今期の都市住宅学会で学会賞を受賞することとなった地区である。推薦をされた名城大学の海道先生の案内により、まちづくり協議会の副会長である河崎さんにお話を伺い、地区を見学させてもらった。
Imgp6074 桜ヶ丘ハイツは、不二企業(株)という民間ディベロッパーが開発を行った、計画面積300ha、1973年より入居が開始され、現在の人口が約9500人の大規模戸建て住宅地である。企業の方針により、60〜100坪とゆとりのある敷地、芝生舗装の歩道、自然石積みの擁壁など非常にレベルの高い住宅地開発が行われ、開発途中には私も見学に来たことがある。しかしその後、開発途中で企業が倒産。未着手の土地が競売にかけられ、今後の動向が非常に不安定な状況でもある。
 1997年に開発企業が経営難から近隣センターにパチンコ店の誘致をしたことから、住民のまちづくり活動が始まった。最初は「桜ヶ丘ハイツのまちづくりを考える会」が1998年に発足し、10名ほどの有志で定例の勉強会が始められた。その後2002年に「まちづくり懇談会・桜ヶ丘」となり、「桜ヶ丘ハイツまちづくり協議会」が発足するまでの4年半、ほぼ2ヶ月に1回のペースで会合が開かれ、地域の様々な問題を議論・検討していった。
Imgp6062 この間、基本的に役員が単年度任期である自治会の中に、年度を越えた活動を行う地区計画プロジェクトチームが設置され、地区計画の策定が検討された。もともと桜ヶ丘ハイツのうち、桜ヶ丘と皐ヶ丘の2地区は開発業者により建築協定が定められていたが、その後地区計画が都市計画決定された。1993年から入居が始まった桂ヶ丘は、当初より地区計画が決定されていたが、プロジェクトチームにより見直しが検討され、2007年に改訂された。改定後には、近隣センターの用途制限の他、フレンドリー・ガーデンという沿道1mの植栽規定などが定められている。
 「桜ヶ丘ハイツまちづくり協議会」には、移動支援、集う場つくり、開発計画の各視点からまちづくり検討と活動を行う3つの部会がある。移動支援グループでは、2008年1月から、可児市及び多治見市内を範囲に、会員制の移動支援活動を始めた。またお休み処担当では定例的にお休み処を開設し、お茶・お菓子とおしゃべりなどの交流会を開催している。
Imgp6068 現在、桜ヶ丘ハイツで最大の課題は、欅ヶ丘問題である。桜ヶ丘、皐ヶ丘と桂ヶ丘の間に横たわる約70haの欅ヶ丘地区は、開発企業が倒産後、競売にかけられ、土地ブローカーの所有になっている。一時は大規模ショッピングセンターという話もあったが、まちづくり協議会欅ヶ丘部会が中心となり、欅ヶ丘地区まちづくり計画(案)をまとめ、市と協議を進めていくうちに、商業者から撤退の申し出があった。その後、隣接地に大規模な配送センターを建設する計画が出て、現在、協議会が中心となり交渉を進めているところである。
 以上が、桜ヶ丘ハイツ内を見学後、桜ヶ丘公民館で河崎さんに伺った話に、海道先生による学会補足資料を参考にまとめたまちづくり活動の経緯と現状である。
 桜ヶ丘ハイツに着いたのが遅く、もう夕闇も迫る時間だったため、河崎さんに同乗してもらい、バスを走らせながら各地区を案内してもらった。さらに桂ヶ丘ではバスを降り、芝生歩道を踏みしめながら、フレンドリー・グリーンなどの地区計画の成果を実感した。
Imgp6071 各務原から続いた見学会の後、多治見駅前の居酒屋で、河崎さんも同席して交流会が開かれた。河崎さんは名古屋天白区の出身で、この春に定年を迎えたそうだが、まちづくり協議会の他、2006年に行政・市民・議員らで設立した地域づくりフォーラムの代表を務め、また「可児市めだかの楽校」という環境活動にも中心的に関わっている。退職しても毎日忙しいと楽しそうに笑う。
 桜ヶ丘ハイツが住宅地として非常にレベルの高い整備がされていることは知っていたが、これほど活発で多様なまちづくり活動が展開されていたとは知らなかった。まだまだこれからの街である。なお一層がんばっていってもらいたい。

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2008年11月22日 (土)

若者が希望を持てる社会づくり

 「少子社会日本」や「希望格差社会」などを著し、報道ステーションなどのTVでも活躍する社会学者の山田昌弘氏の講演を聴いてきた。「若者が希望を持てる社会づくり」というタイトル。
 「希望」とは精神的なものであり、お金の多寡に左右されるものではない。希望を持てる社会は「努力が報われることが期待できる社会」であるとし、(1)努力しなくても報われる既得権者の存在と、(2)努力しても報われない人の存在が社会の停滞と荒廃を募らせると言う。そしてここ10年の経済改革で前者の打破は目指された(結局生き残っている)ものの、後者については放置され、いくら働いても仕事と生活が評価されない人々が増えていると指摘する。今さら言うまでもない非正規雇用者やワーキングプアのことである。
 この要因は、工業経済からポスト工業社会(ニューエコノミー)への構造転換にある。ニューエコノミーの時代、豊かな社会ではほとんどのモノが充足され、生活必需品の「安いもの」か+αのある「欲しいもの」しか売れなくなる。そうすると、+αの欲求に応えられる創造的作業か、パソコンやロボットの補助としての定型作業労働しかなくなってくる。仕事の二極化だ。そして後者の仕事、すなわち検品、仕分け、データ打ち込み、清掃、配膳、運搬などのスキルアップが不要でマニュアルどおりに働けばよい仕事に対する非正規化が起きた。
 これは世界的な流れであるが、日本的特徴として、(1)短期間に浸透したこと、(2)欧米では移民等が非正規雇用についたが、日本では若者にツケが回ったこと、(3)親が若者の生活保障をするパラサイト社会であった、の3点を提示。特に3点目が政府の対応を遅らせ問題の顕在を隠してしまったと指摘する。
 現在においても基本的にツケを先送りしている結果、(1)将来に不安を抱える若者が結婚しない未婚化・少子化の進行、(2)パラサイト社会がもたなくなる社会の底抜け、(3)格差の固定化、(4)希望を持てない人の行き場としてのバーチャル領域への逃避やひきこもり・ニート化、自己破滅型犯罪の増大を生み、さらに今後は、パラサイトしていた老親の死亡に伴い、(5)中高年パラサイト・フリーターの大量発生が危惧されると指摘する。
 これらの問題に対して、格差の出現を止める政策から生じた格差を是正する政策を積極的に実施していくことが不可欠だと主張。リスク社会に適合した社会保障システムの形成や旧来の間接的な公共事業ではなく直接雇用する形の公共事業(福祉サービスなど?)等を提案した。
 また、希望格差の縮小に向けて「希望のセーフティネット」という言葉をあげられた。これは、非正規でも希望が持てる環境づくりが必要という意味で、具体的な解説はあまりなかったが、例えばアメリカでは教会が一定の役割を果たしているといった話があり、格差社会を前提にした新たな人生観を提唱するものと言える。もっともこれには階層社会化を固定化するものとして批判もあるだろうが、社会の安寧化・安心化に向けてはあり得る方策と言うべきか。
 もうひとつ、単純労働の従事者として、誰を想定するべきか。最近、経団連が移民の導入促進を提言しているが、山田氏は高齢者の活用を提案された。さて、この部分をどう解決するかで日本の将来も大きく変わると思われるがどうか。

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2008年11月21日 (金)

各務原の景観まちづくり

 都市住宅学会中部支部の見学会で、岐阜県各務原市と可児市を見学した。秋の午後からの見学会で、明るい時間が短く、駆け足で巡ったものの可児市に着く頃はもう夕闇が迫り、あわただしい半日となった。まずは各務原の景観まちづくりから。
 まず最初に、「学びの森」横の那加福祉センターで、各務原市景観計画の概要を伺う。人口約15万人の各務原市は、名古屋市、岐阜市へのベッドタウンでもあり、県内第2位の工業出荷高もあり、さらには市域に自衛隊基地も抱えることから、人口も順調に増加し、財政的にも比較的ゆとりのある自治体と思われる。
 現在3期目を迎える現市長のリーダーシップの下、平成18年4月に景観法に基づく景観計画を策定した。濃尾平野の最北部に当たり、北に山、南は木曽川に挟まれ、東西に中山道が走る多様な自然と文化を備えた市の特徴を生かし、市内全域を森・まち・川・田園と歴史の4つの風景区域に分け、テーマと方針を定めている。市内全域に地区に応じた高さ制限をかけるとともに、高さ20m超・延べ1,000m2超の大規模建築物等に対する届け出制度を規定している。また、テクノプラザ、グリーンランド柄山の2つの景観地区と、9つの重点風景地区を指定。テクノプラザ景観地区では景観協定も締結している。各務原の景観基準の特色に一つに、色彩ガイドラインをマンセル表色系で明確に定めていることが挙げられる。重点風景地区内における新築・増改築等は届け出・審査が義務づけられ、さらに景観アドバイザー、景観審議会といった制度も整備されている。また、中山道鵜沼宿の歴史的建造物のうち15物件を景観重要建造物に指定しており、修景整備に対する助成も行っている。また、県を隔てた木曽川対岸の犬山市と木曽川景観協議会を組織している点も特徴の一つだ。
Imgp6033 「学びの森」は、まっすぐに続く並木道が「冬のソナタ」のロケ地となった春川市南怡島の並木道とそっくりだということで話題になった。ちょうどイチョウが黄葉のまっさかりで、美しい景観を見せていた。来月にはイルミネーションが飾られ、多くの人を集める。各務原市は韓国春川市と姉妹都市提携をし、各務原キムチなども積極的にPRしている。
 「学びの森」そして隣接する市民公園や中部学院大学ともども岐阜大学の跡地で、全部で12.3haほどもあり、有効に活用し、都市ビジョンである「公園都市(パークシティ)かかみがはら」づくりを進めている。市民公園の西に流れる新境川沿いには桜並木が整備され、春には30万人近くが訪れるという。
Imgp6039 市の北西端になるグリーンランド柄山地区は、積水ハウスが分譲している面積4.3ha、126区画の戸建て住宅地で、景観地区に指定されている。分譲時から宅地裏路地を利用した電線地中化や壁面後退と緑化など、景観に配慮した整備がされていたが、それを将来とも担保するため、既に一部住民が居住していた状況ながら、住民協議を重ね、景観地区に指定した。ただし景観地区として定められる事項は、高さ・色彩、壁面後退、敷地面積、意匠形態に限られるため、景観形成ガイドラインを作成し、緑化や外構についても自主規制を行っている。東に聳える権現山を背景に、グリーンランドにふさわしい自然豊かな景観が美しい。
Imgp6043 次に、同じく景観地区に指定されたテクノプラザ地区の横を通り過ぎ、「瞑想の森 市営斎場」に向かう。設計・伊東豊雄建築設計事務所、周辺環境デザインを石川幹子が担当。西側に広がる山並みに合わせ、雲のように漂うシェル構造の白い屋根が特徴だ。外壁はほとんどガラスで覆われ、建物に面して配置された池と一体化している。室内も、流れるような曲面天井にリジッドな大理石壁面。その足下はゆるくアールを描いて床面と一体となっていく。グランドピアノが置かれ、コンサートが催されたこともあるとのことだ。
 斎場を出て、市の中心街路を東に向かう。沿道7kmの区間にイチョウ並木が美しい。剪定はしない方針を市長が宣言し、電線には防護チューブが巻かれている。落ち葉の掃除は、市も年4回実施するものの、基本的に市民管理とし、ゴミ袋の無料配布を行っている。また屋外広告物規制もしており、市民ボランティアのビューレンジャーが張り紙剥がしの活動を行っている。
Imgp6050 各務原市の西端から東端まで、30分近くも車を走らせ、ようやく鵜沼宿へ。重点風景地区として、「宿場町としての歴史的まち並みの再生」をテーマに、風景形成基準を定めるとともに、まちづくり交付金を活用し、菊川酒造(株)本蔵など景観重要建造物の修景や町屋館の整備、脇本陣の復元等の整備を進めている。時間がなく、町屋館の見学しかできなかったが、2階のむくり天井など見所の多い建物である。江戸時代は旅籠を営み、昭和39年までは郵便局として使われていた商家で、濃尾地震で倒壊した後、明治末に再建されたもの。今回の整備に伴い、主屋を1mほど曳家し、付属屋・離れともども登録文化財に指定されている。旧中山道の市道鵜698号線は非常に交通量が多く、駐車場からの横断もままならない。再生計画では水路を復元することとしており、住民との協議が進められている。
 以上、非常に早足で各務原の街を西から東まで通り過ぎた。景観計画では、村国座や晩松園(旧川上別荘)、ごんぼ積み集落地区などが重点風景候補地区に挙げられており、まだまだ多くの見所がありそうだ。また機会をつくって見て回りたい。

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2008年11月18日 (火)

オーストラリアの公共住宅施策

 今年度、都市住宅学会中部支部の中に公共住宅部会が設置され、公営住宅を始めとする公共住宅制度の抱える課題や将来的なあり方等について検討を始めている。先週はオーストラリアのニューサウスウェールズ州における公営住宅施策について、話を伺った。報告いただいた椙山女学園大学の村上先生は、このところ毎年、シドニーに一定期間滞在し、さまざまな調査を重ねているそうで、その中の公営住宅施策編ということで「さわり」だけの報告だったため、現状や背景、州毎の違いや全国的な仕組みなど深いところまではわからなかったが、基本的な方向と概要はお伺いでき、彼我の違いを実感した。
 シドニー市(人口30万人)を含むニューサウスウェールズ州の基本的な公営住宅施策は、①直接供給を行うPublic Housing、②州が土地を所有し、運営は民間やNPOが行うCommunity Housing、③融資等の支援を得てNPO等が供給・管理を行うAffordable Housingの3種類がある。Public Housingは30年ほど前に自治体所有から州政府へ売却の動きがあり、1996年自由党政権下では公的住宅施策はあまり積極的に取り組まれてこなかったが、昨年の労働党政権以降、Affordable HousingとCommunity Housingの推進体制が強化されてきた。よって全体の戸数等は明らかでないが、Public Housingは州所有という形でまだ相当数存在し、最近になってAffordable HousingとCommunity Housingが数を伸ばしてきているという状況のようだ。(州全体では持家6割、民間借家2割、公的借家1割とのこと。)
 入居階層は、Public HousingとCommunity Housingが年収29,000ドルの第1区分、年収43,000ドルの第2区分を対象とし、Affordable Housingでは年収75,000ドルまでを対象としている(1ドル90円換算位が生活実感とのこと)。家賃は、規模や立地にかかわらず、年収に応じ、第1区分では所得の25%、第2区分では27.5%、第3区分では30%と決められている。ちなみに日本では概ね所得の1/6程度で設定されているはずで、年収240万円の世帯の家賃が年間60万円(月額5万円)というのは相当に高額という印象であり、その文化的、経済的背景等がわからないとなかなか理解しがたい。
 シドニーでは、調査当時(金融危機前)、住宅価格や家賃がいたく高騰しており(100m2で1億円のコンドミニアム等)、東京並みの状況だとのことであり、市民の理解は得られているのだろう。Public Housingは先着順で待機リストが数万人、入居できるまで2~3年はかかり、紹介された住宅の入居を拒否すると、リストの一番後ろに回されるとのことだった。
 施策の是非はさておき、公的な住宅セクターは直接供給から撤退し、民間やNPOに委ねていくという欧米と同様の方向付けがされている点が興味深い。前回の同部会では、公営住宅におけるコミュニティの崩壊がテーマとなり、福祉施策との連携の必要が話題となったが、民間・NPO主導の住宅供給を進めていくと、福祉施策はどういう形で関わっていくことになるのか。福祉施策は本来、居住形態に関わらず実施されるべきものであり、日本のシルバーハウジングプロジェクトや安心住空間創出プロジェクトのように公営住宅・公共住宅に限って取り組まれるというのは、モデル的な意味合いとは言え、ややおかしい。欧米の住宅供給の民間・NPO移行がこのあたりの問題をどう考えているのか確認をしていきたい。
 またAffordable Housingの推進にあたり、NPOへの出資や無利子融資等が行われ、家賃助成等はされていないようだが、入居管理の公平性や厳正化に対する公的関与の状況などもいろいろな背景がありそうで興味深い。日本の特定優良賃貸住宅の経験では、地方部において、入居審査が嫌われて民間普及が図られなかった前例があるが、なぜ欧米では普及していくのか(例えば審査がNPO任せで厳しくないとか)。経済的、社会的、文化的な背景をきちんと評価することが必要に思う。
 次回以降、デンマークやイギリスの公営住宅施策についてお聞きする予定としている。今後が楽しみである。

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2008年11月16日 (日)

オレンジの呪縛

●これはオランダのフットボールについて語った本だが、読み進めていくうちに、アート、建築、雌牛と運河、アナーキスト、教会画家、ユダヤ教、空港など、フットボールとは無関係に思われるものがたくさん出てくる・・・それはこの本が、オランダのフットボールではなく、オランダのフットボールに対する「考え」を述べるために書かれたからである。(P017)

 序章冒頭の書き出しが、この本の内容と性格を十全に表されている。そしてこういう本を読むことが、サッカー本フリークの一番の楽しみだ。そしてもちろん、オランダ・サッカーへの愛情に溢れている。しかし実は、筆者のデヴィッド・ウィナーはイギリスのフリー・ジャーナリストにして、アーセナル・ファン。もっとも最近のアーセナル・サッカーとオランダ・サッカーの親和性は高いかもしれない。
 オランダ・サッカーと言えば当然、70年代前半のトータル・フットボールとクライフを中心に展開する。しかしこの本では、それをただ礼賛するのではなく、トータル・フットボールが生まれた社会背景や歴史、文化、国民の気質を探り、関係性を追求する。特にオランダの構造主義建築やスキポール空港の空間構成、オランダの都市づくりなど、建築・都市計画に多く言及されるのも嬉しい。
 そのために、歴代の選手、監督は言うに及ばず、哲学者、建築家、ランドスケープ・デザイナー、画家、バレーの振付師、歴史学者、パフォーマーなど、さまざまな人々に取材し、さまざまな声が紹介される。そしてそれらが見事に構成され提示される。
 各章の章番号がまた面白い。ユニホームの背番号で表示され、最初は5、次いで7、もちろん14は欠かせない、10、2、11とその背番号を背負った選手に関係する内容が書かれる。そして最後は5/6。これは2000ユーロ・イタリア戦のPKの結果だ。それも外した割合。
 示唆に満ち、ユーモアに溢れ、愛を感じる。今でもサッカー本最高の本は「サッカー狂い」と思っているが、それに匹敵する好著だと言える。

●「クライフには」とスミーツは続ける。「60年代の両面性、ベビーブーム世代の両面性を感じ取ることができる。権力の古い体質に反発する一方で、個人の利益というものに敏感だった。(P052)
●フットボールというものは、選手が本能に従って、心の底から楽しんでプレーするときが、最も美しくなるんだ。(P075)
●オランダ人は、空間をコントロールするプレースタイルを築いた。フェルメールの絵画では真珠が印象的な輝きを放つが、この画家の本質はその一転にあると言ってもいい。絵のすべては真珠の部分に集約されているし、フットボールのすべてはファン・バステンのオーバーヘッドキックによるゴールに集約されている。(P092)
●オランダのフットボールにおけるチームワークは、選手の平等性に基づいている。(P135)
●「ある日、ドクターが私のサインをくれと言ってきたから、私も代わりに彼のサインを求めたんだ。・・・私たちはファンを必要としていたし、ファンも私たちを必要としていた。お互いに支え合っていたのさ。」(P190)
●「オランダのフットボールの歴史は、『クライフ前』と『クライフ後』に時代分けすることができるだろう(P380)

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2008年11月10日 (月)

食糧がなくなる!本当に危ない環境問題

 今や日本の環境問題の第一人者といった感もある武田先生が、今度は「本当に危ない環境問題」と題して、食糧問題について書いた。アメリカ主導のバイオエタノールは、アメリカの石油政策、食糧政策から出た自国主義の産物で、地球にやさしいどころか、最貧国に飢餓をもたらす最悪のシナリオだ、ということを訴える。そしてその打撃を最も強く受けるのは、北朝鮮よりも穀物自給率の低い日本だ、と警鐘を鳴らす。
 こうした着眼点はいいと思うし、第2章の「地球温暖化が食糧危機を救う!」というのも、この人の持論で許せる範囲だが、次第に止まらなくなり、「食品添加物よりも食品そのものが危ない」とか「農薬は本当に危険だったのか?」といった主張になると、ホンマかいな、という感じが否めない。
 私の専門に多少は近い地震や原子力発電所の耐震設計になると、言わんとすることはわからないでもないし、大筋はまちがっていないが、筆が走り過ぎてそこはちょっと、と言いたくなる。本当の専門家ではないので、専門家ならそうは書かない、考えないという基本的な認識のズレが気になる。
 この人がネットで強く否定されるのはこうした部分なんだろうなあ。一般庶民向けにTV出演や講演をしている方が合っているのにと思う。

●アメリカは、まず国内の油田を掘るのをやめて外交に走った。「外交努力」によって自国の石油を消耗せずに、他国から調達しようとしたのだ。資源というものは長期間、安定的に得ることだから、大切なことは、自分の世代の損得ではなく、子供のためにうごくことでもある。(P20)
●すべての食糧は油である、そういう時代になったのだ。(P88)
●奇人にとって貯金は良いことだし、借金は悪いことだが、国全体としてみれば、誰かが積極的に借金しないと、お金は回らないし利子もつかない。貯金に利子がつくということは誰かが借金して新しい事業を展開することであり、節約とは全く違うのだ。(P128)

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2008年11月 8日 (土)

フランスの景観を読む

 フランスの景観・都市計画制度を、全体的な思想から制度の詳細に至るまで、丁寧に説明し、非常にわかりやすい本である。景観・保存・規制という言葉がタイトルに並ぶが、フランスの都市計画制度全体がそれらの言葉で説明されうる体系となっている。それは建築・文化遺産・都市計画が一体的に文化省所管となっていることからも窺われる。
 フランスの「建築に関する法律」第一条の引用から始まり、基本的なところで日本との考え方の違いを説明した上で、(1)歴史的建造物の保存、(2)通称「マルロー法」と言われる保全地区と修景事業の制度、(3)景観に重要な影響を及ぼす屋外広告物と看板に対する規制、(4)土地占有計画から地域都市計画(PLU)に移行した都市計画の各制度を概説し、さらにパリ市やディジョン市の実例を挙げて、各制度を懇切丁寧に説明していく。
 全国4万件に上る歴史的建造物の周辺500mに建築規制がかかる保存制度やマルロー法に基づく詳細な規制もさることながら、筆者が特に驚きと賞賛を表すのが広告と看板の規制である。公共のポスター掲示板も一般の広告と同じ広告物として定義され、その啓示場所や規格が定められている。また壁面や突出し看板、地上立ちの広告、光を使用した看板・広告など、その形状により細かく立地と形状が定められており、またそれが当然と受け止められているところは、まさに文化の違いを感じざるを得ない。
 都市計画についても同様。壁面交代や高さ規制が主で、建ぺい率、容積率はあまり重視されていないことは、日本のように規制の意味を忘れて数値を守ることだけが求められる社会から見るとうらやましい限りだ。日ごろから私自身も考えていたことであり、こうして実践されている国のことを紹介されるとうれしくもなり、また、うらやましい。
 本書はフランスの景観・建築規制に関する本であるが、同時に日本の同様の制度を考える上でも、大いに参考になるものである。

●フランスの・・・「建築に関する法律」の第一条・・・「建築は文化の表現である。建築の創造、建設の質、これらを環境に調和させること、自然景観や都市景観あるいは文化遺産の尊重、これらは公益である」(P2)
●近代都市計画の意味を理解しようと思うなら、それが否定しようとした既存の歴史的な都市を理解する必要がある(P31)
●フランスにおける歴史的建造物の保存制度で画期的なのは、その周辺環境の保存である。1943年に歴史的建造物の周囲半径500mについて、あらゆる建設を規制する制度が導入された。(P39)
●フランスでは文化省が文化遺産とともに建築も担当するようになった。日本では、・・・今後も文化庁が建築を担当するようになることは考えられない。建築を学び、教える者としては、「建築は文化である」と認識され、文化庁が建築を担当する日がいつか来てほしいと思う。(P92)
●保全地区は、あくまで個別の文化遺産を中心として保存を行う制度であり、その結果、全体として歴史的な市街地が再現されるという論理に立脚している。したがって日本でよくいわれるような、景観や環境の保全が最初にあるのではない。・・・保全地区は都市にある文化遺産を一つひとつ保存あるいは修復することにより、歴史的市街地という大きな文化遺産を再生させる制度となっている。(P128)

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2008年11月 3日 (月)

建築半丈記

 著者の永井規男氏は、関西大学の名誉教授にしてNPO法人古材文化の会(旧・古材バンクの会)理事長でもある建築史の先生である。本書も、先に読んだ吉田桂二氏の「家づくりの知恵」と同様、建築の先達によるお気楽なエッセイ集である。
 建築史の学者らしく民家や町並に関する蘊蓄もあるが、そこから日常の暮らしや自身の楽しいエピソードに筆が走ることも多い。それもそのはず、本書は関西大学内の研究所ニュースに連載執筆してきたエッセイを大学の退官記念にまとめて出版したもので、読者も比較的身内を想定していたと思われる気楽さが軽く読みやすい感じに仕上がっている。何と言うことはない話の連続だが、肩の力を抜いて読み進めることができ、好ましい。

●昔は冬でも家中にはひとつの火鉢と炬燵だけというのが当たり前だったから、親が小言を言う機会をむざむざ与えることを承知のうえで、子供どもは親のいる火鉢のまわりに集まったものだ。・・・いまは一家団欒のないことが問題になっているが、この問題の解消はきわめて簡単、暖かいのは居間だけにしておけばよいである。(P009)
●家蓋付のカーテンで囲ったのを、われわれは豪華な寝床の見本のように思っているが、あれも実態は寒気防ぎの苦肉の策だった。われわれのご先祖様が蚊の侵入を防ぐ策として蚊帳を考案したのと同じ類いである。(P056)
●ダウン族(しゃがみこむ若者たち)は、ダウンすることで大人と違ったことをして見せているつもりだろうが、知らず知らずに先祖の伝統への回帰を見せてくれているわけだ。・・・こう考えると、茶髪にして日本人離れを気取っていても、じつはダウン族こそまさにアジア的伝統を引き継いでくれている貴重な種族だということになる。(P091)

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2008年11月 2日 (日)

タマネギと冬野菜を植付け

Hatake0811 毎年この時季になると、JAへ行ってタマネギの苗を買ってくる。今年も「もみじ」を100本と紫タマネギを30本。しめて950円は少し高い。
 コマツナを全て採り入れ、サトイモも収穫。その後に、キャベツとブロッコリーの苗を植える。タマネギは、ナスやニガウリのあった場所に平畝を作って植え込む。久し振りに腰が痛くなった。

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