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2008年12月

2008年12月25日 (木)

自然な建築

 「自然な建築とは、場所と幸福な関係を結んだ建築のことである」。こう主張する著者が、最近、設計・建築された8つの作品を紹介しつつ、自然と建築の関係について論じていく。8つの作品のテーマと名称は、以下のとおりである。

・ 水:タウトの日向邸に隣接するある企業のゲストハウス(静岡県熱海市)
・ 芦野石:石の美術館(栃木県那須町)
・ 大谷石:ちょっ蔵広場(栃木県高根沢町)
・ 杉:広重美術館(栃木県那珂川市馬頭)
・ 竹:グレート(バンブー)ウォール(中国万里の長城)他
・ 日干し煉瓦:安養寺収蔵施設(山口県下関市豊浦)
・ 山頂:亀老山展望台(愛媛県今治市)
・ 和紙:陽の楽家(新潟県柏崎市高柳)

 石、土、木、竹、紙など自然素材を使用しているが、隈研吾の言う「自然な建築」はこれらの素材を使用しているだけにとどまらない。石の格子や隙間をつくる石の壁、広重の雨のように細かい杉の格子、切り取られた山頂を復元し埋め込まれた展望台、雨や風に耐える和紙の外壁と茅葺きの屋根。どれをとっても魅力的な造形だ。同時に、場所の地形や地域性を踏まえつつ、地場の材料と技術を生かしていく。しかもこれらの自然素材を、時に応じ鉄骨などの既成材料や技術と組み合わせ、柔軟に生かしていく。自然原理主義には陥らないと本書の後半で述べている点はご愛敬だが、こうした姿勢も重要であろう。
 「自然とは関係性である」。そして自然な建築とは、その自然との関係性を熟慮した建築のことである。こうした著者の建築観が、作品紹介と豊かな文章能力により余すことなく表現されている。確かにこうした建築は、その中で生活する人間にもやさしく豊かにするだろうと思う。できればすぐにでも見に行きたいと思うが、残念ながら著者の建築した作品はどれも遠方だ。ぜひいつか機会を得て実作をみてみたいものだ。

●不安定なものほど、うわべの固定化によっては救われない。不安定なものがもっとも必要としているのは柔軟性のはずである。固定化は不安定なものに不自然な足枷をはめるだけである。・・・コンクリートとは消えゆく不安定なもの達の、断末魔の叫び声である。(P9)
●あるものが、それが存在する場所と幸福な関係を結んでいる時に、われわれは、そのものを自然であると感じる。自然とは関係性である。自然な建築とは、場所と幸福な関係を結んだ建築のことである。場所と建築との幸福な結婚が、自然な建築を生む。(P13)
●自然の本質もまた、何かを待ち続けることである。自然とは凝結していない。・・・自然に内在するおそろしくゆるやかな時間表からみるならば、すべては流動的であり、何かを待ち続けているのであり、すべては粒子なのである。(P36)
●自然とは何かを問うことは、時間とは何かを問うことだし、生とは何か、死とは何かを問うことにもつながるのである。(P174)
●最も必要なのは、胸をはれない、という現実をしっかりと見つめることである。そのうしろめたい、胸をはれない現実を認めた上で、そこに対して現実的な解決策を練り上げていくことである。その現実認識にしか、建築の望みはない。その胸のはれなさからスタートするのが、本当の意味での自然な建築であると、僕は考えている。(P209)

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2008年12月18日 (木)

住宅200811

 (社)日本住宅協会が発行する「住宅」という機関誌がある。この11月号は、「特集/まちなか居住」として、弘前大学の北原教授の「まちなか居住の課題と展望」と題する論文を筆頭に、国土交通省市街地建築課による「街なか居住施策の概要」や国土交通政策研究所の古本氏・山本氏による「高齢者の街かな居住に関する研究報告」、富山市、金沢市、福井市、飯田市及び高松市でのまちなか居住施策の紹介が掲載され、なかなか読み応えがあった。また、ホームレス支援とハウジングに関する調査と実践報告が2編載せられており、これらも興味深かった。
 まず、特集のまちなか居住である。北原先生からは、「まちなか居住」施策が中心市街地活性化策の亜流として登場してきた経緯を述べた上で、まちなかの住環境やライフスタイルについて、本当の意味での検証がなされてきたのかと課題を突きつけている。「高齢者の利便性を全面に押し出すことで、『住みやすさ』の本質を矮小化している」(P4)という指摘は手厳しい。続く国土交通省市街地建築課の説明の中で、「徒歩や公共交通が主な交通手段である高齢者にとって」という表現が出てきて、思わず心の中で「どんだけーっ」と叫んでしまった。
 さらに北原先生は、まちなか居住を進めた結果生じる郊外住宅地の空洞化についても、同一視野の中で課題として取り上げている。結論として、これらの課題を解決していくためには、持家信仰や賃貸市場への偏見、住み替えライフスタイルの勧めなど、日本人の居住観の根底からのシフトが必要であると指摘している。
 その是非に対する批評は置くにしても、「まちなか居住」礼賛一辺倒の風潮に対して、立ち止まって考える必要を指摘した意義は大きいと思う。
 もう一つ、ホームレス関係の記事が興味深い。国立保健医療科学院の板東氏による「住宅政策と福祉政策の連携」と題する調査報告は、住宅セーフティネットの対象者として、ホームレス・生活保護世帯の居住実態を報告するとともに、住宅施策における低所得者対策が公営住宅やあんしん賃貸支援事業等だけでは全く不十分なことを指摘している。その上で、生活支援の必要性や居住歴を踏まえた新しい居住水準の提案、生活保護制度等と連携した住宅施策の見直しを提言している。拝聴に値する。
 また、さいたま市を拠点に、ホームレスや生活困窮者の支援をしている特定非営利活動法人ほっとポットの藤田代表の投稿は、地域の空き家を活用したホームレス支援事業「地域生活サポートホーム」の報告をしており興味深い。下記で引用した「ハウスレス」と「ホームレス」の解釈は、この記事中で引用している北九州市でホームレス支援を行う奥田氏の著書からのまた引用であるが、住宅だけでなくいかに生活支援が重要かを物語っている。
 こうした体制をいかにして整えることができるか。今、図らずも「離職退去者」(非正規雇用者等で解雇等により住宅を失う人たちをこう呼ぶそうです)をいかに救済するかが問題になっているが、その延長線上には、ホームレスや生活困窮者の居住対策をいかに構築するかという問題が横たわっている。それを構想するための重要な手掛かりの一つと言える。

●弘前市のスーパーマーケットの跡地に建てられたマンションを見て、単純に疑問を抱いた。「ここに住む人は、どこで肉や野菜を買っているんだろう。」まちなかのライフスタイル提案を伴う形で「まちなか居住」の器が用意されていかなければ、それは単に居住空間のまちなかにおける拡散でしかないのである。(P4)
●これまで我が国が全く経験してこなかった、核家族時代の住宅地の持続性という問題が、「まちなか居住」の進展とともに、次第にシビアに顕在化しつつある。(P5)
●「まちなか居住」は住宅政策で片づけられる代物ではない。都市全体をマネジメントする発想で、まちなかと郊外を視野に入れた政策が、今こそ必要となってきているのである。
●生活保護受給者は、毎月の家賃が生活保護によって担保されているので、家賃滞納の心配が少ないことから、生活保護受給者を専らターゲットとした賃貸住宅市場が形成されている地域も見られる。(P52)
●「私たちは『ハウス』を物理的概念として理解し、『ハウスレス』を『物理的困窮状態』とした。これに対して『ホーム』は、『関係の概念』であり帰属の場所、共同体を示す言葉であるがゆえに、『ホームレス』は『関係における困窮状態』を示す言葉と意味づけた」・・・奥田の定義によれば、「物理的困窮状態」を解消しても「関係における困窮状態」を解消しなければ、どこで生活していようとも「ホームレス」状態である(P58)

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2008年12月14日 (日)

デンマークの公営住宅制度

 愛知教育大学の小川正光先生からデンマークの公営住宅制度について話を伺った。先生は数年前にデンマークへ留学し、今年も調査訪問をされているが、今回はデンマークの公営住宅法の話が中心である。その前段で、デンマークの自治制度や住宅事情について伺う。
 デンマークの人口は5百万人強.2007年に自治体改革があり、5つの県、98の市に再編された。基本的な自治業務は市が担当し、県は国の助成金と市の負担金により広域的な業務のみを受け持つ。当然、公営住宅制度は市が担当する。
 ただし、住宅を建設しているのは、市議会の許可を得た公営住宅組織である。公営住宅組織には、独自の資本によるもの、共同出資された協同組合、保証金により設立された保証組織の3種類がある。これらの公営住宅組織が、市が定める計画に沿って、住宅補助金を得て、許可された住宅の建設や改修と運営等を行っている。
 住宅の所有関係は、2007年現在で、持家:1920千戸(71.6%)、公営住宅組織515千戸(19.2%)、組合住宅195千戸(7.3%)、自治体53千戸(2.0%)だそうである。この中に民間借家がないのは、民間に賃貸住宅業という業種がなく、個人的な賃貸は持家の中に含まれていると考えていいのだろうか。いわゆる一般企業も、独自資本による公営住宅組織として、市議会の許可を得て賃貸住宅の建設・管理を行っているようであり、もちろんその建設戸数や規模等は市議会のコントロール化にある。賃貸住宅は市場原理では建てられない、ということだろうか。
 2005年現在の公営住宅組織の数は771。概ね団地ごとに設けられている支部が7,909という。住宅規模は共有部分も含めて50~90㎡が約2/3というからそんなに広くはない。全住宅でも60~150㎡が80%とおっしゃっていた。家賃は平均1㎡当たり595クローナ(50㎡で月約5万円)というから必ずしも安くない。これは前回のオーストラリアのときもそうだったが、先生いわく、社会保障が充実しており、例えば高等教育も含めて教育費は無料なので、相対的に全般的に物価は高目なのではないか、とのことだった。
 公営住宅には家族住宅と若者住宅、高齢者住宅の3種類がある。面積は、家族住宅と高齢者住宅が110㎡以下、若者住宅が50㎡以下と決められているが、団地全体の平均に対する制限なので、実際はけっこうバラエティがあるようだ。各戸には上下水道を備え独立したトイレ、浴室、台所を設置することとされており、共同台所のコレクティブ・グループホームについては、別途、市の認可を得る必要がある。高齢者住宅については、バリアフリー規定が付け加えられている。ちなみに高齢者の定義は、デンマークでは67歳以上の年金受給者というのが一般的なので多分それではないかとのことだった。
 さて、入居者であるが、高齢者住宅は市議会が待機リストを管理し、リスト記載後2ヶ月以内に住宅を紹介することとなっている。家族住宅と若者住宅は公営住宅組織が待機リストを整備するが、若者住宅については市が紹介することも可能としている。また住宅問題の解決のために空き家の1/4を市が借り上げることのできる規定もある。高齢者及び障害者については、住宅を自由に選択する権利を有するとされており、持家で生活してきた方が公営高齢者住宅の入居を望むときは2ヶ月以内にかなえられることになっている。
 デンマークでプライイェムと呼ばれる老人ホームやケア付き住宅は、現在、各戸に台所等を持つ「住宅」として改造等が進められており、既に8割方終了しているという。今は若者住宅の整備に力を入れているとのことで、ユニークなデザインの写真を見せてもらった。この背景に何があるのかわからないが、高齢者住宅の整備がほぼ完了しつつあり、今までシェア居住などをしてきた学生の居住水準に問題意識が移ったということだろうか、とおっしゃっていた。
 公営住宅組織や支部組織の理事会等に必ず居住者が入っていることなど、住民民主主義の規定があることなども興味深い。その他、保全・修繕費用の積み立てに関する規定、住宅建築等を支援する独立法人「全国建築資金」や欠陥改善のための補助を行う独立法人「欠陥建築基金」に関する規定、これらの機関を活用した融資や補助金等の規定、さらには住宅の売却の試みに関する規定などもある。また試験的試みという章があり、新しい取り組みに対して規定からの逸脱や補助金の支給を規定している点も面白い。
 今回は、「デンマークの公営住宅法を読み込む」という点に力点が置かれ、日本との比較や社会的・文化的背景との関係など、発展的な議論まで時間が及ばなかった。国民の大半は持家に生まれ、独立して若者住宅に住み、結婚して公営家族住宅から持家を取得し、高齢となって公営家族住宅に居住するというデンマークならではの居住すごろくがあるのだろうと思われる。日本の居住すごろくは、持家偏重で批判されたが、それが実現可能となる社会的基盤や制度を作っていくことで、公営住宅制度の役割もより明確になるのではないだろうか。家族住宅・若者住宅・高齢者住宅と分けるあたりにその可能性が見て取れる。
 今回もまたまた大変興味深い事例を知ることができた。次回はイギリスの予定。ますます楽しみだ。

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2008年12月11日 (木)

建築雑誌 200812

 今月の建築学会誌「建築雑誌」で、「環境共生を巡る7つの論点」と題する特集をしている。「解題1:事実はまま常識に背馳する」というタイトルが付けられたリードから情動的な地球温暖化対策に対する疑念を掲げているが、続く各パートでも、最近の環境対策に対して批判的な対談や論文が並ぶ。
 「地球温暖化は二酸化炭素のせいなのか?/渡辺正・東京大学教授」「リサイクルの功罪/安井至・科学技術振興機構上席フェロー」。これら2つは談話のため、批評的な会話が交わされたという印象だが、その後の4つの論文では、情緒的な環境対策に対して実証的かつクールにその効果や対応を吟味している。「えっ、そうなの!」とその内容に正直驚いた。
 「ヒートアイランドの功罪」(執筆:鳴海大典・大阪大学講師)では、ヒートアイランド対策の費用便益評価という視点から、ヒートアイランドは、エネルギー・資源側面では、住宅においては冬季影響が優勢して総量減となること。また人間健康の面でも、疾患に応じ増減があることを明らかにして、必ずしも「ヒートアイランドを悪」と断定することはできないと評価を留保している。
 続く「緑はどこまで都市を冷やせるのか?」(執筆:成田健一・日本工業大学教授)では、緑のカーテンの蒸散作用による気温低減効果はほとんどなく、日射を遮る効果しかないこと。また屋上緑化も、断熱材がない建物ならまだしも、通常の50mm程度の断熱材を挿入した建物では付加的な断熱効果はほとんどなく、気温低下効果もほとんどないとし、結局アメニティ向上の効果しかないと結論付けている。
 田中俊六東海大学教授の「屋上緑化とヒートアイランド」でもほぼ同様の結論だが、冷房排熱が高温化の原因とする説に異議を申し立て、さらには冷却塔の方が屋上緑化よりはるかに蒸散効果を有していると主張する。
 結局我々は、環境対策という美名の下にムダな投資や計画を重ねているのではないか。もちろん「もう屋上緑化や壁面緑化はやめた」という脊髄反射的な反応をするのではなく、求められるのは、人間心理面やアメニティ上の効果を考え、適材適所で採用する姿勢だろうが、いずれにせよかなりショッキングと言うか、興味深い特集だ。

●「ヒートアイランドは悪者か否か」という問いに対して我々が"客観的に"白黒を判定することは非常に難しい。(P012)
●ヒートアイランドの対策効果をエリアの平均気温低下量で評価するならば、緑化に過大な期待をするのは間違いである。むしろ局所的なクールスポットを創造し、体感温度を下げる方策として緑を考えるのが妥当である。(P015)

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2008年12月 5日 (金)

「200年住宅」法に対する危惧

 「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」いわゆる「200年住宅」法が成立した。2月に閣議決定したものの、今春の波乱国会の中で継続審議となり、ようやく11月28日の今国会で成立した。さすがに法文には「200年住宅」ではなく「長期優良住宅」としているが、かつてセンチュリー・ハウジングというプロジェクトがあったので、100年じゃなくて200年という安易なネーミング。まだ認定基準がはっきりしないが、200年の耐久を保障できる内容となるかは大いに疑問。
 そもそもこの日本に、200年以上経過した住宅は数えるほどしかないが、現在検討中の認定基準がこれらの希少な住宅の構造等を参考にしている気配はない。住宅という個人所有・管理の建築物が200年という年月を耐え抜くためには、構造駆体の耐久性や可変性などの物理的な性能や適切なメンテナンスなどだけでなく、政治や経済社会環境の荒波に耐え追従できることが大切である。そのためには地域で愛され尊重される建築物であることが必要であるが、今回の法律がそこまでのことを考慮しているわけはない。
 先日読んだ「家づくりの知恵」でも、吉田桂二は「本当に残り続ける200年住宅の条件は?」と真剣に考え、『長寿命の家にする要諦は「愛すべき家にする」のが大前提でなければならぬ。』と書いているが、そこまで真剣に考えている形跡はない。結局、現在の住宅性能評価で最高ランクの耐久性や耐震性等を求めるとともに、定期的な点検・補修計画やその履歴が蓄積された住宅履歴書が整備されていることを求める程度ではないか。それで本当に200年保つのか。本当なら、景観法で景観重要建造物の指定をしたり、せめて都市計画道路指定などで取り壊さない覚悟くらいは欲しいところだ。200年住宅認定住宅の公表くらいはやってもバチは当たらない。
 しかし結局本音は、住宅の建設促進である。ほどほどの性能の住宅を認定して箔を付け、税制優遇や建築確認の特例の優遇措置を講じ、供給の促進を図る。そして認定申請や基準適合は、地場の大工・工務店には難しくても、大手住宅メーカーにとっては容易なこと。かつて、住宅性能評価制度の時も同様の企みをしたが、評価費用に見合った優遇策を講じることができなかったため、消費者に対しての大きなアピールポイントにはならなかった。しかし今度は違う可能性がある。特に建築確認の特例は、通常の民間確認機関等による確認申請をバイパスして、行政庁によっては手数料も免除され、認定を受けることができる。ハートビル法にも同様の規定があるが、こちらは住宅のため、普及すれば影響は大きい。
 「200年住宅」の必要性として、環境への配慮が上げられている。しかし日本の人口は既に減少局面に入っているのである。世帯数は依然として増加しているとはいえ、本当に環境に配慮するなら、新規に建設する住宅もさることながら既存の住宅の長期利用こそが重要である。一方で建築基準法の改正以来、増改築が非常にやりにくくなったと聞く。その上にこの経済の低迷である。これからの時代、新築住宅の建設促進を図るよりも他にやるべきことがあるような気がする。いずれにせよ、この法律が思わぬ副作用を起こさないかという危惧がしてやまない。

 1年半ほど前に書いた、「200年住宅の意味」も合わせてご笑覧ください。

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2008年12月 2日 (火)

韓国における集合住宅供給とリモデリング

 都市住宅学会中部支部の講演会で、椙山女学園大学客員研究員にして、韓国で大韓住宅公社住宅都市研究員研究委員や韓国建設交通省中央建設技術審議委員などの要職を務めてきた趙美蘭(Jo Miran)氏から、韓国の集合住宅供給のこれまでの経緯と、氏が提唱し韓国で爆発的なブームとなっている「リモデリング」という手法の内容と実態について話を伺った。
 趙先生からは日本語で話していただいたが、東大で博士号を取得後、韓国に帰国し15年を経過しているということもあり、微妙な表現の部分でうまく理解できなかったり、ハングル語混じり一部中国語風の日本語が表記されたパワーポイント資料で意味がわからない部分もあったが、丁寧な説明で楽しく聴講した。
 世界に二つしかない「人工の森」のスライドから始まり、「国土の70%が山である韓国」で、山から墓地、竹林、家、内野原、小川、外野原、河川と連なる風水に基づいた囲繞性とリズム感のある伝統的な都市構造や、自然を取り入れ開きつつも微妙に目隠しを入れる韓国伝統の家屋や都市の様子をスライドで見る。それは豊かで美しい光景であり、国土と伝統を愛する趙先生の気持ちが伝わってくる出だしであった。
 中庭に突き出す煉瓦積みのオンドルの煙突がしゃれていて、「このモチーフを生かした集合住宅も建設されています」という話に続いて、現代的な韓国集合住宅のいくつかが紹介され、おもむろに韓国の集合住宅建設の経緯を語るパートに移っていく。
 先生によれば、韓国の経済的側面から見た住宅建設の時代は、朝鮮戦争後、7つの時代に分けられると言う。1961年までの初期建設の時代、1962~1972の工業化・近代化とともに大韓住宅公社等の公的部門により集合住宅団地が積極的に建設された時代、1973~1979年の高度成長とアパートブームの時代、さらに1980~1986年の経済沈滞と住宅建設不振の時代を経て、1987~1996年の経済好況と住宅市場の成長、1997~2004年の経済危機の克服と乱開発の時代、そして2005年以降現在に続くバブル経済に伴う住宅不安の時代。この時代区分に従って詳細に解説されたわけではないので、それぞれの時代の内実をしっかりと把握することはできなかったが、朝鮮戦争後、急激なソウル集中が起こり、公的セクターに十分な資金留保がない中、大韓住宅公社が中心となって、建設前に分譲代金を受け取る「先分譲制度」と言われる方式により、大量の集合住宅建設と団地開発が行われたことがわかる。また初期には、集合住宅への居住が毛嫌いされ、芸能人や学者等に率先して住んでもらうようなキャンペーンが行われたという話も面白い。
 スライドでは、1957年に韓国で初めて民間自力で建設されたジョンアム・アパートや1962年建設の国内最初団地型アパートであるマーポー・アパート、清渓川(チョンゲチョン)の河川改修と高架道路建設に伴う再開発により1969年に建設されたサンイル・アパート、1969年建設のジョンロ市民アパートなどを見せてもらった。いずれも今は撤去されたと言う。いずれも日本以上に近代的な姿をしており驚いた。
 1979年の通貨危機、第二次オイルショック以降、韓国経済が低迷し、住宅建設が不振に陥る。こうした状況の中で、壁式コンクリート構造の集合住宅が多く建設されるようになり、4階建て以下の連立住宅(韓国ではアパートと言えば5階建て以上の修道住宅を指す)や多世帯住宅(200坪以下の小規模集合住宅)、多家口住宅と呼ばれる区分所有できないタイプの住宅などが登場した。その後に続く1987年からのソウルオリンピックに向けた経済好況の時代には、建設目標200万戸の5箇年計画が策定され、爆発的に住宅建設が進められた。この時期には、外国からPC工法の住宅設計図面を大量買い付けし、中身もわからないまま大量に建設したり、海砂の使用など劣悪な施工が横行した。また政府もインフラ整備の予算がないため、住宅開発業者に道路や公園整備を義務付けつつ、こうした民間の住宅大量建設を後押しした。
 趙先生はその後の1995年頃に帰国し、大韓住宅公社で住宅改修により住み易い住宅に改造するリモデリングを提唱したが、この時期の劣悪な住宅のリモデリングは基本的に行うべきではないと言っている。しかし、政府が建替を原則禁止したため住宅価格が高騰し、かつて750万円位で分譲された住宅が今は中古で1億円近い価格を付けるなどの状況になっており、無理なリモデリングが横行していると指摘された。
 韓国では戦後急速な都市集中が起こり、ソウルの人口は1960年の約250万人から1991年には約1,100万人まで急増した。その後は漸減が続いているが、依然全国の1/4の人口が集中している。ソウルの住宅は集合住宅形式がほとんどで、ストックベースで2/3、フローベースでは8割以上に上る。これらのほとんどは分譲住宅で賃貸住宅はほとんどない。ただし、分譲されたもののうちの多くはチョンセと呼ばれる保証金方式の賃貸住宅として市場に供給される。チョンセとは、分譲価格の半分程度の保証金を預け、住宅を賃貸するもので、貸し主は保証金を運用して家賃相当の利益を得る仕組みとなっており、退去時には保証金を全額返還する。こうした独特な習慣の中で、次に説明するリモデリングが活発に取り組まれている。
 趙先生からは、先に、最近のリモデリングの事例が批判的に紹介され、その後で先生が初期にパイロット・プロジェクトとして取り組まれたオサン外人賃貸アパートとマポーヨンガン・アパートの事例報告があったので若干わかりにくかったが、先にパイロット・プロジェクトについて紹介する。これら二つの事例では、複数の住棟で約3ヶ月毎にころがし方式により改修工事が行われ、2戸1改善やメゾネット形式からフラット形式への改造などの大胆な間取り変更と内装工事や外部空間の改修が行われ、非常にきれいになったことが示された。こうした事例が「LOVE HOUSE」というテレビ番組で放送され話題となり、リモデリング・ブームが巻き起こった。
 民間で取り組まれた事例では、バルコニー部分を内部化して居室にしたり、高層の片廊下を潰して居室にし、2戸ごとにエレベーターと階段を設けるなど、非常に大胆な改造が行われている。構造的な信頼性や駐車場不足が深刻な中でさらに高容積化することへの批判など、趙先生からは「本来建替をすべき住宅がリモデリングされており、非常に不安だ。」と訴えていた。
 最初は、ようやく最近になって都心を中心にリノベーション・ブームが起きつつあるが、地方では依然としてスクラップ・アンド・ビルドが主流の日本の現状に対して、リモデリングが広く普及する韓国を先進的事例として紹介する内容かと思っていたが、その批判的な論調に少しびっくりした。居住の安全性や伝統からの乖離などの問題はわからないではないが、なぜ韓国ではリモデリングがこれほどまでに普及したのか、逆に興味がある。チョンセの伝統や供給者中心の大規模事業に国民が慣れていること、また大都市集中が続き住宅高騰に歯止めがかからない状況など、韓国独自の文化と法律体系、社会経済的な背景の中で起こっている現象だと言え、これを日本にそのまま移入することは難しいのかもしれないが、今後、築年数の経過した分譲マンションが加速度的に急増する日本において、研究する価値があるかもしれない。もっとも既に2戸1改善や増築などは公営住宅や公団住宅などで20年以上も前から取り組まれており、また最近は全面的改善(トータルリモデル)に取り組む自治体も出ている。分譲マンションにおいてこうした手法に取り組むには、住宅所有や又貸しの状況、チョンセの習慣など、日本では難しい状況が多くあるような気がする。
 今回、趙先生の講演を受け、これを契機にこれまでほとんど知らなかった韓国の住宅事情についてHPなどで少し勉強させてもらった。最後の質疑応答の中で、国によってトイレの形式もすごく違うことなどを例に、文化の違いとそれを反映した住宅施策の難しさが話題となったが、実にそのとおりであり、日本の現状と国民感情や文化に根ざした住宅施策が必要なことを実感した。

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