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2009年4月

2009年4月29日 (水)

ニュータウンの再生-行政とまちづくりの論理

 4月25日(土)に(社)都市住宅学会中部支部の講演会が開催された。テーマは「ニュータウンの再生」。内容は、「高蔵寺ニュータウンの現状と再生に向けた取り組み」についてNPO法人高蔵寺再生市民会議代表の曽田忠宏氏から、「桜ヶ丘ハイツにおける住民主導の団地再生の取り組み」について桜ヶ丘ハイツまちづくり協議会の河崎典夫氏から、それぞれ講演があり、会場も含めた意見交換が行われた。
 高蔵寺ニュータウンの現状と取り組みについては、当日は女子学生が大勢参加していたことから、曽田先生が急遽、大学の講義のように平明な内容に切り替えられたこともあり、従来、私が認識している内容と大きく変わることはなかった。
●参考
「ニュータウン人・縁卓会議in高蔵寺」
「ニュータウンの再生・活性化」
「名古屋とその近郊の
高齢者施設と住宅地(高蔵寺ニュータウン)」

 近況としては、一昨年より準備を進めてきたNPO法人高蔵寺再生市民会議がいよいよNPO法人として認可される運びとなり、5月にも創設記念講演会を開催するとのこと。詳しくは「高蔵寺ニュータウン再生市民会議--高蔵寺どんぐりs--」へ。
 高蔵寺ニュータウンの今後に向けて、例えば千里ニュータウンでは、府・市・UR等関係者が集結して千里ニュータウン再生指針を作成したように、高蔵寺ニュータウン再生マスタープランの策定が必要であり、今回設立したNPO法人高蔵寺再生市民会議が、住民サービス機能に加え、政策提言機能を果たしていきたいという趣旨の話があった。
 一方、桜ヶ丘ハイツのまちづくりについても、「可児市桜ヶ丘ハイツの住民主導のまちづくり」で報告したとおり、昨年の秋に河崎さんから話を伺っており、基本的にはその繰り返しだった。しかし大学教授であった曽田先生とは違い、急な方向転回はされなかったので、用意されたレジュメに沿い、住民活動を通じた感想や考察を披露され、触発される点も多かった。
 地域は、(1)暮らしの場、(2)地方政府、(3)自然に支えられる流域の3つの性格を有する。まちづくりには、地域のこだわりや愛着が不可欠である。「移」動支援、「食」料・「職」場、「住」居の「い・しょく・じゅう」に対して、「助け合い・支え合い・分かち合い」による地域のセーフティネットづくりが重要。また、住民参加には、順番に回ってくる自治会役員などの「義務的参加」、迷惑施設建設反対運動などの「目的的参加」、こんなまちにしたいと取り組む「共感的参加」の3つがあり、いずれも必要であること。特に義務的な自治会活動を経て地域を知ることは重要である。
 また現代は、"生きる""働く""暮らす"がバラバラに引き裂かれ、「かけがえのなさ」を失った社会になっていると指摘し、人間が受け身の消費者として生活する「観客社会」から能動的に生活者として活動する「参加型社会」への転換が必要だと訴える。
 桜ヶ丘ハイツのある可児市は2004年に「市民参画と協働のまちづくり条例」を制定しており、これに基づきまちづくり協議会を設立したが、それが逆に市役所に「市民まかせ」の風潮を生んでいるのではないかと指摘。3~4年で担当者が異動し、退職間近の幹部職員は逃げの一手になりがちな行政のあり方に対して強い思いを吐露された。
 会場からも、分け与えられた「住民参加」、住民まかせの「住民主体」を超え、「住民主導」が必要だ、という意見があり、行政=研究者=事業者=住民の4者が連携した体制の提案があった。
 これらの意見ももっともだと思うが、その根底には多分に「他者」である「行政」の特性に対する理解の不足があるように思う。
 行政というのは、徴税機能を持つ収奪機関であり、法に基づき権力を行使する支配機構である。そうした組織目的に向けて業務を効率的に執行するため、ヒエラルキーのはっきりしたツリー構造の組織となっており、意志決定や事務執行においてネットワーク型の住民組織とは異なる習性がある。
 この権力組織に所属する公務員自身、社会状況が大きく変化する中で、自らの権力と責任をどう扱うべきか困惑しているというのが現状ではないか。ルールに則って機械的に権力を行使し業務を遂行できる分野は得意だが、多くの分野でルール自体が揺らいでいる。
 こうした状況の中、政策の方向を定めるのは、首長であり議会であり住民であるが、同時に職員自身もこれまでの職務遂行上の課題をよく認識しており、提案主体の一つになりうる。事実、政策立案能力は公務員の重要な資質・能力の一つとして期待されている。
 会場からは「議員との関係はどうか」と問う質問もあったが、首長・議会・行政・住民という4者間における政策決定や政策手段と実務の執行体制等の関係とあり方がまだ十分明らかになっていないのが現状ではないか。社会の変化の中で、まだしばらくは全国の自治体で試行錯誤が行われ、次第に定着していくのだろう。まだその過渡期だと思う。
 いずれにせよ、両ニュータウンとも、住民の手による活動が進められており、今後の展開に興味が尽きない。ますますの活発化を期待したい。

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2009年4月19日 (日)

豊川稲荷門前のまちづくり

4669 豊川稲荷門前のまちづくりについては、『あいちまちづくりシンポジウム「地域が担うまちづくり・まちおこし」』で、豊橋技術科学大学の松島先生と「(株)豊川まちづくり そわか」の鈴木代表取締役から話を聞いた。その時に「何やら元気な取組みが豊川で行われている。一度見に行かなくては!」と思ったが、建築学会東海支部都市計画委員会恒例の春の交流会が豊川で開かれるというので、喜んで参加した。
 当日は豊川稲荷寺宝堂にて、豊川市建設部次長兼まちづくり推進課長の荘田さんから、「豊川稲荷表参道地区の都市計画の見直しについて」と題して、これまでの経緯と現在の活発な地域活動の状況について報告があり、ついで豊橋技術科学大学の松島准教授から「豊川稲荷門前の景観整備事業について」研究室の活動を中心に話を伺い、その後、まち歩きを楽しんだ。
4693_2 東海道の脇道・姫街道と伊奈街道の交差部に位置する豊川市は、1441年室町時代前期に開創された豊川稲荷を中心に発展し、戦前には海軍工廠もできて旧街道が拡幅整備されてきた。都市計画法制定に伴い、駅北側から豊川稲荷門前に至る表参道も現道幅員6mのところ12mに都市計画決定された。しかし整備は進まず、時代の変化に伴う商業環境の変化から、昭和55年には商業近代化計画が策定され、表参道も観光客を対象にした商店街振興を目指し、電線地中化と景観整備が提案された。しかし都市計画に基づく道路拡幅については、30年近く権利制限をしてきたことから、住民ワークショップにおいても、計画どおり拡幅すべきという意見と、現道のままにすべきという意見の両論が出され、まとまる気配がなかった。
 こうした状況に、二代目の若手経営者の中から、「ハード整備をすれば本当に経営状態はよくなるのか? 商業意欲の高揚の方が大事じゃないのか。」という意見が出て、「まずは自分たちでできることから始めよう」とソフト先行のまちづくりがスタートした。
4701 そこで行われたのが「元気軒下戸板市」。ただでさえ狭い路上に戸板を並べ、さらに人密度を上げてにぎやかさを演出。これが受けて、平成15年から毎月1回「いなり楽市」を開催するようになる。大道芸にフリーマーケット、そしてチンドン屋に市民主体のダンスやブラスバンド。市からの補助金は拒否し、イベント業者に委託することなく、すべて商店街店主たちの手作りで実施。年々盛大になり、今では2万人近くの人でにぎわう。そのためのミーティングも毎週木曜日に開催。毎回深夜まで語り明かし飲み明かしているという。
 都市計画道路の方はさまざま検討した結果、平成19年についに計画廃止。地区計画を制定し、地区施設道路として位置づけ、風格のあるまちなみ形成を進めることとしている。このため、住民主導で景観整備基準も制定。平成18・19年と松島研究室の下に社会実験を行った結果、平成20年度から景観補助を始めている。
 以上が荘田氏の話。続いて、松島先生から。
4713 平成18年度から実施した社会実験は、18年度はカバン屋、19年度は酒屋を対象に、研究室の学生たちにより、実測、住民投票による外観決定、そして工事を行い、さらに売上高や視線調査などを行い、結果の評価をしている。また店主参加のワークショップも開催し、景観整備ガイドラインの作成や補助制度の大要(補助率1/2、補助上限200万円=>実際には150万円で決定)を決めている。
 外観デザインは昭和レトロ。市内に住む琺瑯看板コレクターの協力も得て、レトロまちかど博物館をテーマに景観整備を進めている。また、まちづくり会社そわかの拠点「いっぷく亭」内にサテライト・ラボを開設し、地域に入ってのさまざまな活動や研究を続けている。
 「専門家の役割をどう考えるか」という質問に対して、「住民だけの時は景観整備までは進まなかった。専門家として実例を示すことで、次の一歩に踏み出せたのではないか。」と語っていたが、それはそのとおりだろう。しかし、社会実験で整備した店舗が必ずしもよい景観とは言えない。
4717 復元をするのではなく、レトロに整備している。すなわちニセモノを造っているのであり、表層のみの仕事だ。「外観からは瓦葺きに見える」ということを改修の工夫点として紹介していたが、「それでいいのか」と若干疑問。「昭和レトロ」をキーワードに、住民や来客の好感度を指標にした景観整備を進めるとすれば、今後も時代や意識の変化に対応し、常にフレキシブルに改修していくことが求められる。そうした姿勢が景観ガイドラインにどう表れているかと質問したが、「最終的には住民協議会で承認されればOKという柔軟な内容にしている」という答え。
 景観の善し悪しは結局は住民意識に拠ると思えば間違ってはいないが、今ひとつ十分には議論し考えられていない印象。松島先生がよいと言えばよい、ダメと言えばダメといった、専門家まかせになっていないだろうか。6月には映画監督の想田氏を迎え、景観ワークショップを計画しているそうだ。結局、松島先生はデザイナーであり、運動家なのだとナットク。稲荷門前に続いてもう一つの商業中心地区・諏訪地区の整備構想にも関わろうとしているそうだが、すべて松島先生に丸投げでほんとうに大丈夫か?=>豊川市
4721 この後、まち歩きに出る。豊川市まちづくり推進課の山本主査の軽妙な案内の下、豊川稲荷(正式には豊川閣妙厳寺)の見所、総門の小さな表札、本尊である千手観音を祀る妙厳寺本堂と守護神であるダキニ真天を祀る稲荷本殿、奥の院、100体はあるという霊狐塚などをめぐる。
 続いて門前表参道に出て、平成18年度社会実験のカバン屋・キング堂、20年度に改修したせんべい屋・手焼堂、シャッターをペイントしたHIKOSAKA邸、19年度社会実験の富岡屋酒店、そしていっぷく堂などを見て回る。それらは画像のとおり。
4723 続いて、ひとりで豊川駅や閑散とした歯抜け商店街の駅前通り、地区内の狭く魅力的な路地などを見て回る。最後に、5時半から懇親会。初代おかみさんの会・会長を務めた和食処松屋のおかみの口上を聞きつつ、おいしいお酒を飲む(ちなみに私はほとんど下戸なので、大して飲めない)。地元商店主たちの意識と取組みが商店街再生には一番の特効薬であり最も重要なものだと改めて痛感。若手商店主たちの活動が今の活況を生んだし、今後もそれがすべてのベースである。それをうまくサポートするのが専門家の役割だと思う。次は「いなり楽市」の日に来てみよう。
4719
【参考】
豊川市の中心市街地(2000.6.29)/中心市街地すまい研究会

●マイフォト「豊川稲荷門前のまちづくり」もごらんください。

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2009年4月 7日 (火)

住宅手当制度の創設

 欧米では住宅困窮者に対する施策として住宅手当の支給が一般的である。日本では昭和26年に公営住宅制度が創設されて以来、低所得者向けには低家賃の住宅を直接供給しており、住宅困窮者個人に直接住宅手当を支給することは行ってこなかった。この間、「石より人へ」のスローガンの下、公営住宅施策から住宅手当支給制度への転換が何度も提案され、また検討されてきたが、国は一貫として施策転換を否定してきた。その理由もどこかには正式な見解が挙げられていたかとは思うが、今想像するに、日本の民間賃貸住宅の水準が低く良質な住宅整備と同時に行う必要があること、大きな政策転換は国民や地方自治体等の混乱を招く恐れがあること等が考えられる。
 しかし、イギリスの公営住宅制度や欧米各国の社会住宅制度等を比較すると、公共住宅の整備と住宅困窮者に対する住宅費用扶助は明確に区分されており、同一部局で担当しているのは少ないように思われる。
 このところ近在の研究者の方々から公営住宅制度のあり方について勉強させていただいているが、この整備と費用扶助の明確な区分は、より望ましい公共住宅制度を考え実現していくためにも、重要なポイントであると同時に、変革を妨げる大きな隘路であると感じる。
 今日の朝日新聞朝刊に「補正 財政出動10兆円超」という大きな見出しの下に、「仕事・家 失う人に手当 低所得者向け半年間」という中見出しが躍っていた。失業者に対して最大6ヶ月間住宅手当を支給するというもので、支給額は単身者で全国平均約3万4千円と報道されている。
「asahi.com:失業者に住宅手当 最大半年の方針 生活費貸与も」
 これだけの支給があれば、民間賃貸住宅への入居は十分可能であり、現在の公営住宅等を利用した暫定的な一時利用にくらべても大いに効果があると思われる。と同時に、「一時のシェルター対策が住宅施策を混乱に陥れる恐れ」で指摘したとおり、現在の対策が公営住宅制度本来の仕組みを歪め、矛盾を堆積しつつある状況を危惧していただけに、こうした対策が可能であれば、もっと早期に取り組むべきであったと思う。
 しかし同時に、今回、住宅手当制度に踏み込むということは、別の意味で住宅政策全体に大きな影響を与えると思われる。
 まず今回の方針に対して考えられるいくつかの疑問点がある。支給期間は6ヶ月間に限定される。ということは、多くの民間事業者(大家)は定期借家制度を活用することが予想される。そうしないと、住宅手当打ち切り後に居住権をタテに円滑に退去してもらえなくなる恐れがある。仮に定期借家契約により法的に退去要請ができるとしても、この経済状況では、多くの失業者が不法なまま居住を継続する恐れがあり、住宅手当支給が6ヶ月を超えて延長されることも考えられる。
 住宅手当の額が民間賃貸住宅の家賃との関係で一定程度自己負担を求めるのかどうかわからないが、仮に全額住宅手当でカバーされるとなると、無収入でも一定程度の家賃は徴収する公営住宅よりも経済的に有利になる。現在、公営住宅は離職者であっても10数倍の倍率の抽選を経ないと入居できない状況だが、民間賃貸住宅であれば空き家はいくらでもあるので、大家の理解が得られればすぐに入居できる。そうすると多くの失業者がまずこの住宅手当制度を利用し、期間満了後、公営住宅への入居を希望するということが予想される。しかし依然公営住宅は高倍率であり、ほとんどは不法居住を続けるか、または退去を余儀なくされる。数ヶ月前の状況を半年繰り延べるだけである。そして半年後はちょうど年末。また派遣村騒ぎが発生するかもしれない。結局、住宅手当制度自体が延長される可能性もある。
 新聞によれば利用者は18万人程度と想定されている。この根拠がどうなっているかわからないが、大家側の不安を取り除くことができれば、もっと利用者は増える可能性がある。住宅手当制度が住宅セーフティネットとして認知される可能性もあり得る。
 そうなると、現在の公営住宅制度との政策的な整理が問題となってくる。低所得者向けに自治体が提供する住宅としての公営住宅と民間賃貸住宅に居住する低所得者のための住宅手当制度の2本立てになる可能性がある。そうなれば、次は住宅整備と住宅費用扶助の制度の分割であり、その先には、公営住宅の廃止とNPOや住宅協会等による社会住宅制度への移行の展望が開かれてくる。
 日本の住宅政策のためにはこうした展開が必要である。そのためのほんの小さな針の穴にすぎないかもしれないが、住宅政策の大転換の最初の一歩になるかもしれない。今後の住宅手当制度の顛末を注意深く見ていく必要がある。

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