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2009年12月

2009年12月26日 (土)

ドイツ流街づくり読本

 筆者は新潟に生まれ、ドイツに渡って建築事務所に就職し、ドイツの大学で学び、ARCHITEKTの称号を取得してドイツで建築家として活躍をしている。ドイツで建築活動を行う中で、ドイツの都市計画を知り、日本でその意味が十分に伝わっていないことを痛感し本書を執筆したと言う。
 「街づくりと民主主義」と題する第1章は、欧州の都市計画の思考方法、街づくりを支える国民意識やおらが町の建築や町並みに対する住民意識などを論じる。総論に匹敵する部分である。
 「欧州における都市の変貌」と題する第2章では、都市再生の実例を多く紹介している。そして第3章が「ドイツの都市計画」である。
 F-プラン、B-プランに代表されるドイツの都市計画は、もう十分知っているつもりでいたが、建設法がまずあって、その精神の中で建築許可制度があり、必要に応じてF-プラン、B-プランが策定されているという基本的な構造については初めて教えてもらった。だからF-プラン、B-プランが絶対ではなく、策定されていない地域も多くあり、また計画や建設法が金科玉条ではなく、建築家のデザインがさらにその上を超えることを許容し、かつ期待している、という記述は興味深い。
 そして第4章では、新潟の街を素材に、実際にB-プランを提案してみせる。新潟市は地震の際に訪れたが、詳しく知っているわけではないので、提案の妥当性などは十分には理解できないが、空港や新幹線、航路などの大きなインフラ・フレームから、一街区の計画づくり、建設計画図の提示まで、きちんと作業をしているので、その点ではわかりやすい。
 それにしても、やはり住民意識がベースにある。これまでのようにドイツの都市計画を形だけで理解していたのではその差は埋まるどころか、別世界だという声をよく聞くという記述はよくわかる。その点では、ドイツ都市計画の意味や神髄を理解してほしいという著者の意図は伝わってくる。そして改めて、その違いは大きいと感じざるを得ない。

●自由であるための義務は自由であることの権利に優先するという認識は、これを勝ち取ってきた民主主義にはあるが、与えられた民主主義には欠落しているのである。(P40)
●住居と労働の場所が一緒であることや、建物の細分化、小型化という流れだけを見れば、都市はストラクチャーを再び中世のディメンションに戻していくのではないかと言えるかもしれない。中世都市は人間のスケールで造形されていたから、ある意味でこの流れは都市が「人間都市」へ再生することなのかもしれないし、・・・本来のあり方に回帰するということなのかもしれない。(P93)
●建設法34条の基本は、「新たに計画する建設物が周辺地域の既存の健全な居住環境を保全し街区の景観に悪い影響を与えることなく、むしろ街区の特性に適合し、さらに公共の利益に反してはならない」ということである。(P114)
●建設法34条は、規律としては一般的な性格であるため、自治体がある地域の都市形成に強い政策意志をもって計画指導を行いたいときには、より具体的な指針計画が必要になってくる。これに対応するのが、自治体主導で作成される建設指針計画である。これは土地利用計画図(F-プラン)と建設計画図(B-プラン)で構成されている。(P122)
●ドイツ連邦建設法による立法者側からの許可条件も、さらにB-プランの都市計画決定事項も、個人的な見解に基づいているので、その法的根拠を超えるような創造性のある提案は、誰が行っても受け入れられて当然と言うことができるであろう。・・・創造性のあるデザインを要求するB-プランの本質は、行政側に制度にとらわれない柔軟な対応を要求している一方で、建築家には、・・・社会的根拠をもって精度を超えることのできるデザインを問うている。(P132)
●都市デザイン、または街づくりとは、その地域の特徴を生かしながら一つ一つの建物を関連づけながら建設して、その結果として形成された異なった特徴のある地域を都市のビジョンという大きな枠の中で、都市施設や交通網などの基盤要素を土台にしながら組み合わせていくものであると言える。(P135)

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2009年12月25日 (金)

日本と欧州における社会住宅のストック・フローの差から考える持家政策を見直すべき理由

 住宅供給は社会主義国でもない限り、原則として民間が経済活動として行うものだと思ってきた。しかし、「民間非営利組織による住宅事情」について研究報告をされた海老塚良吉氏の論文「英米独仏における社会住宅の供給組織の動向:1998年度都市住宅学会」(かなり古いですが)によれば、アメリカを除けば、社会住宅の全住宅に占める割合は、ストックで8~23%、フローで17~26%を占めると言う。
 社会住宅をどう定義するかにもよるが、公的な資金援助の入った賃貸住宅と考えれば、日本で言えば公営住宅やUR賃貸住宅などの公共住宅と公的融資を受けた賃貸住宅が相当すると思われる。フローについてH20年度の住宅着工統計の資金別内訳を見ると、公的資金住宅が約1割である。ストックについては、H20年の住宅土地統計調査で、公営・UR等を合計した住宅数が約6%となっている。
 ただし公的融資住宅数は、住宅金融公庫が機構に組織再編され、業務内容が直接融資からフラット35に移行して以降、大幅に減少したが、それ以前は持家住宅の建設の1/2近くは公庫融資を利用していた。また現在においても、フラット35には公的資金が投入されているし、減税措置も広い意味で公的資金が投入されていると見ることができる。
 こうした状況を平山先生などは持家政策として批判しているが、インフレ状況下では持家取得は住生活の安定につながるので、過去には成り立つ政策であったのだろう。
 日銀等のデフレ宣言はショッキングな事態として報道されたが、デフレ自体は経済的には必ずしも困る状況ではないという意見もあるようだ。人口減少時代を迎え、今後、経済は穏やかなデフレ基調になると見られる。
 しかしこのことを住宅政策として見れば、デフレ状況下では、無理して住宅を取得したものの結局は債務返済不能に陥る世帯が従来以上に発生すると考えられる。また、これまではインフラ効果で投入費用以上の効果を持った持家政策が従来のようには効かなくなると思われる。
 日本と欧州の社会住宅の割合の差は、こうした経済成長の違いを反映していると言えるのではないか。人口・経済が安定的に推移してきた欧州で、社会住宅を中心とした政策が取られてきたことは、日本の住宅政策の今後の方向を示しているのかもしれない。債務返済不能世帯が最終的には賃貸住宅居住になると考えれば、賃貸住宅施策を中心に施策構築を図るというのは当然の方向と考えられる。

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2009年12月18日 (金)

地方分権とナショナル・ミニマム

 地方分権改革推進委員会が公営住宅の入居基準を地方で独自に定めることができるよう改正するよう勧告を出した。当初、単身者入居も認める方向で報道されていたが、最近は収入基準も地方で定める方向の議論が出ているようだ。
 先日の都市住宅学会のワークショップでも、ナショナル・ミニマムとリージョナル・ミニマムが話題となったが、国が収入基準を緩和し地方に委ねるということは、低所得の住宅困窮者の救済については、国交省としては手を引く、施策対象としない、ナショナル・ミニマムとは考えない、ということなのだろうか。
 もちろん公営住宅としてはということで、国としては生活保護制度の住宅扶助として低所得の住宅困窮者対策は継続するだろうし、生活保護世帯だけでなく、現在の公営住宅入居資格のある低所得者に対しても、別途、家賃補助制度を創設する考えなのかもしれない。
 公営住宅の収入制限を撤廃し一般住宅化すれば、現在、公営住宅において深刻になりつつある高齢化やコミュニティの衰退等の問題は解決の方向に向かうはずで、先日のワークショップでも「公営住宅の社会住宅化」は、欧米でも取り組まれている望ましい住宅政策として評価する声が多かった。しかし、当然、家賃補助制度の導入とセットの話である。
 どういう形で公営住宅の一般住宅化と家賃補助制度の導入を円滑に移入・移行していくかは大きな問題であり、いまだに具体的な提案を聞いたことがない。韓国は来年度から一部住宅バウチャー制度を導入するようだが、あまりの少額ゆえに批判も少なくないようだ。韓国の経験が参考になるだろうか。
 移行モデルの提案もなく、収入基準を地方委任してしまうのは、あまりに国として無責任な感が否めない。定住対策として公営住宅を建設できるようにしてほしいという要望がある、という話もあるが、それは地域優良賃貸住宅の直接建設型として建設すればいいし、既存の公営空き家の地優賃への転用も可能だ。
 地方分権改革推進委員会勧告を契機に、一般住宅化をめざしたいというのはわからないではないが、例えば家賃補助制度を地域住宅交付金の基幹事業とするなどの制度改正と同時に進めるなど、住宅施策全体をにらんだ政策の一環として進めるべきではないか。正直、賛同半分、危惧半分のアンビバレントな気持ちだ。

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2009年12月15日 (火)

格差社会の居住貧困

 日本住宅会議からは隔年で「住宅白書」が発行されている。2007-2008のテーマは「サステイナブルな住まい」だから、「居住貧困」がテーマになるとは世相が大きく変化したものである。「居住貧困」という概念は、早川和男先生の「居住福祉」からつながる住宅問題の中でも一貫したテーマである。しかし今回の不況の中で、従来の狭小劣悪居住や公営住宅不足といった視点から、ホームレス問題がさらに深刻化したことに加え、住宅ローン破綻や外国人の居住問題、母子・父子世帯や若中年単身等の居住問題の多様化、さらには欠陥住宅問題、郊外戸建て住宅地の空き地・空き家、マンション管理問題などさらに多様な問題が先鋭化し、深刻化して表に浮かび上がってきた。
 全部で52人の執筆者による5~8ページ程度の小論文が集められ、これらの多様化する問題に関する実態報告(実態編)と施策提案や施策要求が綴られた展望編に加え、海外編として、アメリカ、英国、ドイツ、フランス、オランダ、デンマーク、韓国、中国の最新住宅事情報告がされている。
 執筆者の立場も主張の方向もてんでバラバラではあるが、多様な問題の所在と解決への一つの展望が示されており、網羅的ではあるが全体を理解するには役に立つ。中には、これまで思いもしなかった視点や課題理解のための枠組の提示などもあり、興味を抱かせる。
 それにしても海外編を読んでも、居住貧困に対する対策は経済のグローバル化や新自由主義政策の結果として世界各国で発生しており、必ずしも欧米型であれば大丈夫というわけではない。もちろん居住に対する基本的な権利認識が確立されていないわが国において、現状に対して有効な手だてを講じることの難しさは欧米の比ではないということは理解したが、日本の社会全体と同様、大きな転換が要請されており、かつ非常に困難な仕事であることを思う。相当に大変である。

●かつては地価が高いから住宅が狭い、といわれていた。しかし地価が下がる時は景気も悪い時であり住宅の販売価格も下げざるをえず、多くの場合、供給する面積も狭くなる。地価対策として、容積率のアップにより住宅の供給を増やしながら、需要と供給のバランスから地価を下げることも考えられた。しかし、容積率を上げることにより短期的には地価がそれに応じて高騰し、バブルを引き起こした。(P47)
●住所がないと雇ってもらえないので、居所と雇用がセットになった仕事を探さざるをえない。・・・こうした就労は、・・・仕事が終了すれば雇用も居所も失う不安定な雇用である。「居住が保障されていない」から安定した居所を確保する機会と交換に不安定な就労と居住を手に入れざるをえないのである。(P56)
●グループホーム等の火災を踏まえた建築指導の強化という流れの中で、障害福祉現場への影響の大きさを十分に把握しないままに、一方的に「寄宿舎」としての用途変更手続きを求める自治体が増えてきている。寄宿舎としての建築基準を満たすためには、二つ以上の直通階段、界壁の設置、一定以上の廊下幅・階段幅など、あまりにもハードルが高く、小規模な民家を転用してグループホームを開設することは難しくなってきている。(P217)
●現在の社会福祉施設は、援護を必要とする人びとに対し養護する立場でサービスを提供しているが、今後は、援護を必要とする人びとの個性を伸ばし、できることを増やしたり維持したりするために、施設が活用されるべきではないだろうか。(P230)
●これまでごく教科書的には、都市における市街地の拡大は都市活動の集積とその活発化によってもたらされると考えられてきた。しかし、今日の地方都市の現象は、中心市街地が空洞化しているのもかかわらず、市街地の拡大が進行しているのである。つまり、都市活動が市街地拡大のプッシュ要因になっているのではない。現実は農業・農家・農地の側からのプル要因が、市街地拡大をもたらしているということである。(P270)
●社会住宅ストックの拡大が民間賃貸住宅市場を衰退させ、HAによる供給および管理には競争原理がまったく働かない状態であった。そのため、コスト削減やサービス向上がされず、改革が必要とされたといえる。しかし、改革によって低所得層の空間的集中が社会問題化し、別途その対策コストが必要になっている。むしろ、住宅が社会政策(労働市場や所得再配分、社会保障)、あるいは都市政策の文脈の中で再検討される段階にあったといえる。(P315)

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2009年12月14日 (月)

公営住宅自治会支援ビジネスを始めませんか

 公営住宅の入居者が高齢化、低所得化し、自治会の運営が困難になってきている。UR賃貸住宅などでは、家賃の中に共益費相当分も含まれているため、入居者は家賃さえ払っていれば、共用部分の清掃やエレベータの管理などは住宅事業者がやってくれる。URであれば住総合生活(株)が、民間であれば家主さんや管理会社が行っている。
 しかし公営住宅の場合は、入居者自らが行うことになっている。行政は住戸を貸与するだけで、その管理運営にかかる経費は住戸内であれば個々の入居者が、共用部分であれば入居者で組織された自治会が負担する仕組みだ。
 これは、自治会がきちんと機能していた時には、UR子会社が会社経費も含めて共益費を徴収するのにくらべて、安い分担金で済むし、共益費徴収と自治会活動を契機に団地のコミュニティの醸成にもつながり、住民にとっても意義のある仕組みだったはずだ。
 また従来は、駐車場が少ない中、増え続ける違法駐車対策として、敷地内や団地周辺の空き地を駐車場にして貸し出す業務も自治会が実施し、その収入を共用部分の管理費や自治会活動経費などに充当してきた自治会も多かった。しかし最近は共同住宅建設時に相応の駐車場確保を義務付ける自治体も多く、駐車場料金は自治体が家賃とは別途に徴収することが多い。
 一方、最近の経済の低迷により、家賃の滞納も増加し、同時に共益費も滞納する入居者が増えてきた。家賃の滞納は自治体が困るが、共益費の滞納は自治会が困る。十分に共益費を集めることができないと、廊下の照明はおろか、エレベータまで停止せざるを得ない事態となりうる。
 こうした状況の中で、自治体に共益費徴収を要望する自治会が出てきた。しかし、一方では駐車場収入などをうまく活用する自治会もあり、また徴収・維持管理業務に従事させる人員確保の問題や事務費を上乗せして共益費を徴収することへの理解など、共用部分管理と共益費徴収を一律に自治体へ移管するには、すんなりとはいかない問題がある。
 とは言っても、自治会としてはいつまでも待っていられない状況にある。なかなか決断をしてくれない自治体のお尻を叩くより、共有部分の管理業務や共益費徴収を肩代わりしてくれる業者があれば、そこに委託する方が早くないか。
 ということで、今、私は、不景気の中、本来事業の業務量が減って困っている業者の方に、新しいビジネスを始めませんか、と言っているのだが、なかなか手を挙げる業者がいない。おまえが始めろって? 今の仕事をクビになったら考えてみたいと思っています。いや、真剣に。

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2009年12月 4日 (金)

学会大会というものに参加して

 私は学部卒で、卒業論文も書かずに(卒業設計だけで)卒業したので、学会大会なぞトンと縁がなかった。就職後、必要があって(というか、恥ずかしいことに、割引価格で参考書籍が購入できるという特典につられて)建築学会に入会し、誘われて見学会や講演会に参加し、なぜか支部の委員もやらされたが、学問的な必要や関心があったわけではない。
 昨年からは都市住宅学会にも入会を誘われ、今年に至って、名古屋で大会があるというので実行委員にさせられ、見学会の実施と講義室の準備運営を担当することになった。
 見学会の様子は前に報告したとおり。個人的な関心も絡め、非常に有意義な見学会であった。
 私が担当した講義室では、2日目に博士論文コンテストと、引き続き、論文発表会が。3日目には午前中に論文発表会があり、午後からはワークショップが開催された。また2日目の論文発表会の後には、別の大講義室で表彰式やシンポジウムが開かれ、夜には懇親会にも出席した。
 初めての学会大会は、外部の者から見ると、驚くこと、興味深いことがいっぱい。学問世界の厳しさと閉鎖性を実感する3日間であった。
 2日目の午前中。博士論文コンテストには、計7名の博士号取得者が集まり、10分の発表時間、10分の質疑応答で進められた。10分ではさすがに短く、研究内容がよく理解できないものもあったが、そこは専門家の集まり。厳しくも的確な質問を浴びせ、発表者を問い詰めていった。「この研究のどこに学問性があるの?」「この施設を研究対象とした理由は何?」「課題に対する解決の方向はどう考えるのか?」などなど。
 私からしても、同様の疑問を感じたものもあれば、こう答えればいいのにと思ったり、第三者からすればなかなかスリルのあるイベントではあったが、学問の世界で生きていくのは大変だと実感した。
 2日目、3日目に開催された論文発表会は、コンテストに比べればまだやさしい。そもそも参加者が少ないし、会場から手が上がらないと司会者が適当に質問を投げかける。司会者のほうが大変だったかもしれない。しかし発表者の緊張具合も相当なもの。修士課程を終了し就職後、大会に合わせ修士論文の発表をしている者もいれば、社会人博士や修士、中には大先生による発表もあり、この場合は内容の如何に関わらず、報告者を立てた質問が飛ぶ。正直、あまりに当たり前の内容に、何の役に立つのかと思ってしまったけどネ。
 発表会終了後、会場の其処彼処で発表者に寄り添って感想やアドバイスを述べ、名刺交換をする姿が見られた。こうした場でのつながりが一番の成果なのかと思った。
 夜の懇親会で、見学会にも参加された発表者と会話する機会があり、家族への負担や日常業務との両立の大変さなどを聞かせてもらった。それでも博士号取得をめざすというのは、それだけのステイタスに魅入られるのか、はたまた退職後の就職先対策か。いったん大学等で教員採用されれば、社会的地位を得て他人からも尊敬され、研究生活も比較的安楽に見えるのかもしれないが、最近の大学の先生は休講もほとんど許されず、事務作業も過重で、加えて出来の悪い学生を相手にするのはなかなか大変なようだ。
 2日目午後はシンポジウムである。この大会では「環境と共生した住まいと暮らし」と題して、名古屋市内でグリーンフェローという環境共生ビルを建設し12年になるという牧村さん、足助で定住生活を始めた南山大学経済学部の荒井先生、「ドイツ社会の環境共生の姿」というタイトルで、ドイツにおける環境法制や政府施策、エコ住宅地の現状報告等をされた滋賀県立大の水原先生という順番でパネラー報告がされた。
 荒井先生には足助で一緒に苦労したし、現状を知っているだけになおさら楽しく興味深く話を聞いたが、他の方もそれぞれ興味深い報告だった。その後、元愛知工業大学の曽田先生のコーディネートの下、コメンテーターとして明海大学の大杉先生から家族法の観点で、笠島淑恵氏から建築家の観点でそれぞれコメントがあったが、既にお三方からの報告の後で、さらに2つの視点からのコメントであり、論点が拡散してわかりにくい印象。曽田先生が何となく強引にまとめてしまったけど、大変でした。
 3日目のワークショップは別途報告したとおり。
 大会を通じて、非常に多様な課題やテーマについて研究し切磋琢磨している姿を見られたことが一番の収穫。中には何の役に立つんだろうという研究もあるし、内容について理解できていないことを指摘されれば返す言葉もない。ただ、研究者にだけ通じる学問的な態度や雰囲気というものがあり、一般人からすれば理解のしがたいこだわりやマインドが流れていると感じたのも事実。総じて言えば「学問の世界も大変だ」ということに尽きるが、なかなかに興味深い3日間ではあった。

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2009年12月 3日 (木)

公共住宅の課題と再生

 11月27~29日で都市住宅学会大会(名古屋)が開かれ、最終日の最後のプログラムの一つで、ワークショップ3「公共住宅の課題と再生(理念・事業・制度)」が開催された。コーディネーターを東海学園大学の三宅先生が務め、パネリストは国土技術政策総合研究所の長谷川洋氏、神戸大学大学院の平山洋介氏、和歌山大学の山田良治氏という顔触れである。
 冒頭、三宅先生から企画趣旨の説明された。
 日本の住宅政策は住生活基本法の制定など、量から質へと大きく舵を切ったと言われるが、その方向はまだ十分見えていない。H20年住宅土地統計調査の速報によれば、公営住宅は全国計約201万戸であり、機構・公社住宅と合わせて約5.9%と前回H15年調査の6.8%に比べ、大きく減少している。
 こうした中、公共住宅、中でも公営住宅では、低所得者や高齢者、外国人などが集住し、コミュニティや団地運営などの管理面の問題が見られるようになってきている。これに対して、住宅行政では十分な手を差し伸べられず、「困った人ばかりが集まり、困ったことが起きている」自己矛盾の状態になっている。これは戦後60年の矛盾が集積した結果であり、このボタンの掛け違いを解くのはかなり大変なことである。こうした問題意識から、中部支部では昨年、公共住宅部会を設置し、有志で勉強を進めているが、その一貫として本日のワークショップを企画した。今後につながる議論ができればいいと考える、といった内容。
 トップバッターの長谷川先生からは、「公営住宅施策の課題と全国自治体における取組み」と題して、ワークショップのタイトルに即し、公営住宅「理念・制度」に係る課題、公営住宅「事業」に係る課題と整理して報告が行われた。
 (1)国及び地方公共団体における財政制約の増大、(2)住宅困窮世帯の増加・多様化、(3)高経年ストックの増大、(4)既存入居者の高齢化の進行等を背景に、住宅政策全体の中での公営住宅の位置づけ、所得再分配のあり方が問われている。公営住宅の「福祉住宅」化は必然であるとする立場から、「低所得者対策」と「住宅弱者対策」は切り分けて検討すべきではないかと問題提起をされた。公営住宅は「低所得者対策」を主とすべきという趣旨と聞いた。
 続いて、公営住宅「理念・制度」に係る課題として、「真に公営住宅を必要とする者への的確な供給」という観点から、住宅困窮度をポイント採点し入居者選考をする東京都の事例や、各地で取り組まれている定期借家制度の活用事例などを紹介された。
 また、公営住宅「事業」に係る課題として、長寿命化方策によるストックの長期活用と計画的な更新、コミュニティの高齢化・衰退に対するコミュニティ・ミックスの取組みなどが提案され、具体事例として北海道釧路町型コーポラティブハウジングの報告があった。
 また最後に、地域の政策課題への対応として、全国の各自治体で様々な取組が行われていることの紹介があり、ナショナル・ミニマムとリージョナル・ミニマムとの整理が必要だと問題提起された。
 2番手の平山先生は、近著「住宅政策のどこが問題か」でも注目を集めており、先生を目当てに参加された一般参加者も多かった様子。平山先生からは「住宅セーフティネットの政策論」と題して報告があった。
 1990年代半ば以降のネオリベラルな政策転換により、市場重視の政策が展開された結果、セーフティネット機能が圧縮され、かえってセーフティネットが必要とされる状況になってしまったと、最近の状況を総括した後、日本型住宅保障の枠組として、政府セクターに加え、家族や企業が担ってきた役割が大きかったと指摘する。親の持家というシェルター、生前贈与、持家相続。また企業による家賃補助や寮・社宅など。
 公営住宅のシェアが5%程度でやってこれたのは、家族や企業が補完してきたからだが、家族の不安定化や企業の福利厚生の縮減により、今後政府セクターへの期待がより高まると予測される。従来、セーフティネット機能を市場と政府との二項対立で考えることが一般的だったが、今後は市場の外も見ていくことが必要という指摘をされた。
 一方で、公的住宅保障も次第に圧縮されてきている。入居収入基準の低下に加え、資産把握の必要性がたびたび議論に上ったり、定期借家の導入や入居継承の限定など。また、高齢者や障害者、母子世帯、DV被害者、子育て世帯等を優先入居対象にすることに対して、公営住宅対象の「カテゴリー化」という言葉を用い、対象世帯の救済効果以上に、公営住宅制度を守る手段として機能していると批判する(まさにそのとおり!)。公平性の論点から制度対象を限定していく論調(例えば大阪府橋下知事の公営階層10%論など)に対して、対象を絞ることで需給関係の調整を図っていると批判的だ。
 地方分権議論の中で公営住宅が取り上げられることがあるが、そもそもナショナル・ミニマム政策である公営住宅は分権には向かないのではないか。自治体にとってインセンティブのある制度になっていないとも指摘していた。
 さらに最近の民間賃貸居住の不安定化についての指摘。所得低下、低家賃住宅の減少(全国消費実態調査の再分析による年収低下に反して家賃の上昇を示すデータは興味深い)の中で、民営借家経営がプロフェッショナル化し、家賃保証会社が台頭して「追い出し」問題の発生や滞納履歴のデータベース化の動きが出ており、今後ますます公営住宅需要は高まりこそすれ、弱まることはない。
 従来、政府は持家取得を促進する政策を中心として、住宅ローン減税や贈与税操作、フラット35の拡充(フラット50)、長期優良住宅優遇、リフォーム減税などを進めてきたが、今回、こうした政策に対して反応が鈍い状況が見られる。日本の持家率は全体としては上昇しているが、40歳以下の持家率は着実に低下しており、高齢者の増加により見かけ上、持家率が上昇しているように見えるが、実質は低下しているのではないかと言う。
 こうした中、10月から厚労省が失職・住宅喪失者に対する住宅手当(ただし6ヶ月の期間限定)を始めたが、今後の動向が注目される。ただし民主党政権は必ずしもこうした状況に対して興味がないようで不安だと言った後、全体を総括し、公営住宅施策を住宅市場との関係だけでなく、もっと広い文脈で考える必要があるのではないか、という指摘でまとめられた。
 最終報告者は山田先生である。山田さんは経済学者という立場から「土地・住宅の公共性と公的管理」と題して報告をされた。公的管理・介入の根拠としての「公共性」はどこにあるか、という観点である。その際の重要な視点として、「市場の外・内全体から見る」ことと「建物は土地と一体で存する」という2点を挙げた後、「土地・住宅の公共性」とは「所有または利用(管理)に関わる社会的共通利益性」と定義した上で、公共性の問題として、アフォーダビリティ問題と土地空間の公共性の2つを挙げられた。
 前者については、イギリスのスラム対策、20世紀初頭の家賃高騰等によるアフォーダビリティ危機などの歴史を振り返り、公営住宅の供給と内需喚起の経済対策などの政策が取られてきた。また土地空間の公共性に対しても、1947年の都市農村計画法に始まる都市計画・空間政策が行われてきたと言う。
 これに対して、日本の場合は、イギリスが200年で経験したことを戦後のわずか50年で経験することとなり、その結果、公営住宅政策は戸数主義が前面に出て、現実後押し型の成長主義的介入が行われ、アフォーダビリティ対策が後景に配する状況になっている。また土地市場の突出が格差拡大を呼び、アフォーダビリティ問題を先鋭化させていると指摘。さらに建築自由の法制度が土地空間の公共性に対しても十分介入できずにいると批判された。
 こうした状況を踏まえ、アフォーダビリティ問題に対して、住宅政策は「与件対応政策」として公営住宅が供給されてきたが、「与件変革政策」すなわち経済構造の変革を考える必要があるという提言があった。理想は「アフォーダビリティ問題が発生しないこと」という言葉は斬新だったが、要はアフォーダビリティ問題は、住宅費支払能力と住宅供給との相克で生まれており、市場・経済政策により支払能力能力の向上を図る視点も重要であるということだ。
 最後に、土地空間の公共性に関して、景観に対する価値変化により社会的共通利益性が生じてきたと指摘した上で、日本型「建築不自由の原則」の確立が要請・提起される時代になってきたと、自身が最近最も関心を持っている事項についての話で締めくくった。
 多様な視点からの報告で、若干論点がばらけかかったが、この後、会場からの質疑応答により、さらに議論は興味深く展開した。
 まず会場から、「公的住宅だけでは限界がある。CDC's等の社会住宅で対応する方向が必要ではないか」という意見があり、「最も望ましい住宅政策はどうあるべきと考えるか」という直截な質問があり、「低所得施策と福祉施策の境界領域をどう考えるか」という指摘があり、「公的住宅のターゲットは結局どこなのか」、「高優賃・高専賃との棲み分け」等について質問が出された。
 長谷川さんからは、「公営住宅の1種・2種を廃止したことが間違いだった。ナショナル・ミニマムとリージョナル・ミニマムの2段構成は必要だと考える」という言葉があり、「公営住宅・NPOやコ・ハウジングなど多様な住宅供給が必要ではないか」と応じられた。「生活保護制度の住宅扶助費との整理が必要になるが、現状、公営住宅は家主に対する補助であるが、入居者を直接支援する家賃補助制度の導入は必然と考える」という趣旨の発言があり、もっと多様かつ効果的に住宅政策を展開していくためには「政治家に住宅政策ファンを増やすことが必要。住宅問題はありませんという首長がまだまだ多い」と興味深い提言がされた。
 平山さんからは、ノン・マーケットの住宅をどう確保していくか、どう再編していくかが問題だという指摘に続いて、「住宅困窮とは何か。最低居住水準が実質意味がなくなった現在、新たな基準が必要ではないか」という重要な指摘がされた。「望ましい住宅政策は?」という質問に対しては、短期的には20%にも上る民間空家の活用が適当だが、借上公営は地方自治体にとって建設事業に比べれば有利な事業ではないと指摘。中長期的には社会住宅と家賃補助を併用する外国の事例を理想に掲げた。
 「高齢者など福祉階層を1ヶ所に集めることが問題である。団地型施策の解体が必要ではないか」という会場からの意見に対して、「神戸の復興住宅では後期高齢者が5割を超える住宅もあり、入居基準をこれ以上下げることは非常に問題である。しかし上げるなら、民間市場はノン・マーケットも含めて考える必要がある」と答えられた。
 山田先生から、「アフォーダビリティ問題の観点からは公営住宅は必要なくなることが最も望ましい状態である。公営住宅だけを見るのではなく、住まい・まちづくり政策として全体的に考えることが必要ではないか」。また、望ましい住宅政策について、ドイツ型社会住宅を挙げ、直接供給はバッファとして考えるべきだと指摘された。また「インフレの時代には持家化が必然だが、昨今のデフレ状況下では、持・借とも不安定になる。常に市場全体を見ていく必要がある」と重要な指摘があった。
 会場から「UR機構住宅はどう見るか」という質問があったが、長谷川さんが「URは公営と民間の昼間とは限らない。低家賃の機構住宅がセーフティネットに果たしている役割も大きい」と応じて、全体の討議が終わった。
 最後に三宅先生から「公共住宅は、社会住宅の方向をめざしミックス居住によるコミュニティの健全化。プラス家賃補助制度によるセーフティネット機能の充実」という方向が示されるとともに、「政治家を味方につける、というのは重要な方針ですなあ」というお笑いの中でワークショップが終わった。
 厳しい経済・社会情勢の中で、公共住宅の問題もいよいよ看過できない状況になっている。そのことを一層感じざるを得ない2時間であり、非常に有意義であった。

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2009年12月 1日 (火)

「白壁・主税・橦木」の町並み保存活動

 都市住宅学会全国大会(名古屋)の見学会で名古屋市の白壁・主税・橦木町界隈を歩いてきた。最近、通勤帰りにこの界隈を歩いていくこともたまにはあり、見慣れた景観ではあるけれど、改修し一般公開後、まだ入館したことのなかった建物に入ることができた。またこの地区で町並み保存活動を実践している白壁アカデミアの牛田さんから最近の町並み保存活動の状況を聞かせていただき、大変有意義な半日となった。
6415 出発点は地下鉄「市役所」駅の出口。帝冠様式の名古屋市役所に愛知県庁、第9代名古屋市長・大喜多寅之助の旧邸である愛知県議員会館、旧名古屋地方裁判所の名古屋市市政資料館、カトリック主税町教会などを巡り、2時頃に最初の入館施設である旧春田鉄次郎邸に着いた。
 隣の春田文化集合住宅は外からしか見られないが、きれいに手を入れたお宅が垣間見える。旧春田鉄次郎邸は1階がフレンチ・レストランとなっており、見学できるのは主に2階の空間。ただし2階も1室はデザイン事務所が借用している。
6413 春田鉄次郎は陶磁器貿易商として財を成した人物で、武田伍一設計のこの建物は大正13年に造られ、平成11年に当主のご好意で(財)名古屋都市整備公社に貸し出され、一部が転貸しされている。レストラン部分の洋間の装飾がすばらしいと言われるが、2階の洋室も天井の漆喰模様やアールの付いた壁面との取り合わせ部分など、優美なやさしさにあふれている。
 続いて訪れたのが隣に建つ旧豊田佐助邸。豊田佐助はトヨタ自動車の現社長の祖父である喜一郎氏の父であり発明王の豊田佐吉の弟で、豊田紡績の社長を務めた人物。立派な鉄製の門の正面に洋館風の建物がデンと座り、その奥左手に和洋建築が並んでいる和洋併設の取り合わせが面白い。天井換気口の鶴に「とよた」のマークや格天井風の漆喰模様が質実剛健な感じがする。和室の金箔の襖の豪華さに目を見張り、2階の障子桟のデザインも面白く見た。
6417 ここで、牛田さんからこれまでの活動の経緯と現状について伺う。白壁・主税・橦木町の町並み保存については、昭和60(1985)年に名古屋市教育委員会が町並み保存地区保存計画を策定、原則2階以下、伝統的デザインの採用等を内容とする修景基準を定めている。
 私が初めて愛知建築士会主催の町並みウォッチングに参加したのは平成7(1995)年だから、もう14年も前のことになる。そのときには牛田さんも参加していたのかもしれないが、私はその後も時々この地区を訪れては、さまざまな活動の展開や町並みの変わりように驚き、また感心してきたに過ぎない。
 当時は井本邸と呼んでいた鐘木館の活動。白壁アカデミアによる講演会や研究活動。名古屋市による旧春田鉄次郎邸と旧豊田佐助邸の保存活用の取組み。そして二葉館の移築復元。こうしたある意味派手な活動の陰で、白壁・主税・橦木町地区にはマンション建設の波が押し寄せ、牛田さんたちによる地道な保存活動が続けられていた。
6431 牛田さんの話は白壁景観裁判から始まった。平成14(2002)年に積水ハウスが地区内に8階建て高さ30mのマンション計画を立てた。これに対して住民らは高さ20mを越える部分の建築禁止を求める仮処分申請を行い、これが名古屋地裁で採用されたのだ。しかしながら結局この仮処分は、積水ハウスが計画を7階建て高さ約25mに譲歩したことで住民の申し立てが取り消され、現在はその変更計画に即した建物として、地区内に聳え立っている。
 こうした状況を受け、牛田さんたちは「白壁・主税・橦木」町並み保存地区の住環境を考える会を結成。平成17(2005)年に「まちづくり憲章」を定め、住民に配布するとともに、主要な施設等に提示してきた。
6429 しかし、平成18(2006)年には大京が15階建て高さ47mのマンション計画を立て、住民説明を始めた。平成13(2001)年に名古屋市では広告・景観審議会条例が施行されており、これに基づき開催された審議会で大京の言い分は委員の不興を買い、結局、この土地は地元地権者の一人が購入し、現在はコインパーキングとなっている。
 牛田さんに言わせれば、この地区の住民は戦後近所付き合いがほとんどなく、コミュニティのない町だったと言う。しかしこうした事態が続く中で、ようやく地元住民からも町並み保存活動に主体的に参加しようとする人が現れ始める。平成20(2008)年から名古屋工業大学兼田研究室の協力を得て、地域の有力者を代表とする「白壁・主税・橦木まちづくり提案」発起人会が設立され、景観法の基づく都市景観形成地区の指定を住民提案するアクションを起こそうとする活動が動き始めた。そして今年に入り、住民の半数以上や公的施設管理者からの同意書を得て、名古屋市も地区指定に向けて動き出したという状況である。
6435 「コミュニティのない町だった」という言葉も強烈だが、そうした中で住民の心を動かしここまでに至ったというのは、心底、その活動の粘りと継続性に感心する。とは言っても、14年前に比べ、かなり雰囲気も変わってしまったことも事実。パーキングも増えたし、低層とはいえRC造打ち放しの建物や周囲をクリーム色の壁で囲まれた結婚式場もあり、高さ規制だけでは必ずしも武家屋敷町らしい景観が守られているとは言い難い。町並み保存の難しさを感じずにはいられない。
 豊田佐助邸を出て、次は鐘木館へ向かう。鐘木館の歴史について語り始めるとキリがないのでここでは省略。有志で共同賃貸していた時期を経て、現在は他の施設と同様、市が借り上げ、NPO法人に指定管理を委託している。きれいに改修された室内は、一部喫茶に利用され、和室は貸室として利用されている。また2階展示室のサンルームや浴室もきれいに整備され、瀟洒な雰囲気。玄関ホールのステンドグラスや2棟ある黒壁の蔵もいい感じだ。
6439 外に出るともうだいぶ薄暗くなってきた。二葉館に着いたのはもう閉館間際の4時40分。ステンドグラスや廻り階段と飾りランプなどを楽しむ。この後、URの賃貸住宅アーバニア主税町とともに残された主税町長屋門、モーニングパーク主税町を通り、白壁筋を西に戻って、料亭・か茂免、マンション白壁ハウスに残された旧豊田家の門・塀、料亭・樟、さらに鐘木筋に戻って大森家住宅、伊藤家住宅を見つつ、すっかり暗くなった道を地下鉄駅まで歩いた。
 改めてすばらしい町並みを、その保存に向かう努力の跡ともに振り返ることができた。景観形成地区の指定を受け、さらにその活動が広がっていくことを願って止まない。

●参考
 まちなみ・あれこれ:「白壁・橦木町界隈ウォッチング」
 まちなみ・あれこれ:「NAGOYA 文化のみち」

●マイフォト「「白壁・主税・橦木」の町並み保存活動」もごらんください。

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