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2010年2月

2010年2月27日 (土)

鵜沼宿にふたたび

 高校時代の友人が神戸からやってきた。実家が各務原にあり、どこかまちあるきをしたいというので、鵜沼宿を歩いてきた。
 一昨年の秋に行ったときは、学びの森(冬ソナ公園)や瞑想の森(斎場)などを見学し、可児の桜ヶ丘ハイツへ向かう途中に寄ったため、時間がなく町屋館しか見学できなかった。今回は旧中山道の通り沿いに数100m余りを往復した。
6617 町屋館前には1年半前には工事中だった長屋門が復原され、奥が駐車場に整備されている。町屋館は元旅籠の古い商家を修復整備したもの。無料公開しているのがうれしい。ガイド・ボランティアさんから展示品を一つずつ懇切丁寧に説明をしていただいた。急勾配の箱階段や2階のむくりのついた天井、武藤酒造と手書きされた徳利瓶などが興味深い。
 展示品の中に中山道鵜沼宿の絵地図の写しがあり、往時は街道の中央に水路があった様子が描かれている。前に訪れたときには、これを復原したいという話があった。今は交通量の多い道路だが、ぜひ実現してもらえるとうれしい。
6609 町屋館を出て西へ歩く。菊川酒造は昨年秋に亡くなった元国会議員、武藤嘉文が社長を務めた醸造会社で、通りに面して黒壁の蔵が美しい。その西には格子窓の商家が数軒並ぶ。いずれも登録文化財に指定され、よく保存されている。
 西の端には小さなポケットパークが設けられ、宿場の入口を示している。東に戻りつつ、現在工事中の脇本陣の西隣にある二ノ神社への石段を上っていった。脇本陣の中が良く見える。木曽川まではまだ距離がある。宿場と川の間には田園地帯が広がっていたはず。今は住宅と田畑が混在し、遠く霞んでいた。
6613 町屋館の東側の町屋は現在、修景工事中。「店舗にされると聞いている」とガイドボランティアさんが言っておられた。大安寺川の橋詰には柳が植えられ、いい雰囲気を醸している。脇本陣が整備された頃、もう一度来ようと思った。

●参考
フォトアルバム「鵜沼宿にふたたび」
「各務原の景観まちづくり」
「中山道鵜沼宿町屋館」

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2010年2月26日 (金)

シルバーピアという仕組み

 東京都営住宅のシルバーピアを見学してきた。そもそも見学に行くまでシルバーピアとは何かがわかっていなかった。シルバーハウジングに関する調査研究の一環として行ったもので、シルバーハウジングとは、生活援助員(ライフサポートアドバイザー=LSA)による見守り・安否確認等の福祉サービスが付いた住宅のこと。東京都はLSAを住み込みとしているとは聞いていたが、この住み込みの生活協力員(「生活援助員」と微妙に異なる)のことを東京都ではワーデンと呼ぶ。ワーデンがいる高齢者向け住宅のことを、東京都ではシルバーピアと呼んでいる。
6589 今回見学してわかったことは、シルバーピアはシルバーハウジングに先駆けて東京都が取り組んだ高齢者向け住宅であるということ。今回は港区の港南四丁目第3アパートを訪問したが、港区ではシルバーハウジング以前に、区が独自で取り組んだシルバーピア(高齢者住宅)が4住宅あり、その後、都営住宅の建替に併せて、都がワーデン住戸と団らん室を設置することとなり、それ以降は都営住宅内でシルバーピアを整備している(他にUR住宅が1棟)。
 他の道府県では、住み込み型はほとんどなく、通勤型、訪問型が主となっている。通勤型は住宅内の事務室に駐在して福祉サービスを行うもの。訪問型はデイサービス等に駐在し、福祉サービスを訪問して行うものを言う。
 介護保険制度導入とその後の制度改正により、生活援助員派遣事業は地域支援事業の中で、他の地域見守り事業(配食サービス等)や福祉用具・住宅改修支援事業等と一括して介護給付費の2%を上限に国から助成を受ける仕組みとなった。このため、他の事業需要も大きいことから、生活援助員派遣事業に対する市町村福祉部局の予算計上は年々厳しくなってきていると聞いている。
 こうした状況を踏まえ、今後のシルバーハウジングのあり方を考えたいというのが今回の調査目的の一つだが、シルバーピアにおける福祉サービスというのは私がこれまで理解していたシルバーハウジングのそれとは違う次元のものだった。
 見学後に話し合った見学者の一人は、「東京都は急増する高齢者に対して高齢者住宅を供給することが第一の目的であり、高齢者ばかりの住宅に若いワーデンが住み込み、見守りをすることを理想とした」という意見があった。シルバーハウジングは、ワーデンが果たしている言葉にできない多くの役割の中で、明示できる個別のサービスだけを抜き出し、サービス提供者としての生活援助員を配置している。こうした「人が先か、サービスが先か」という視点は、この種の高齢者住宅にとって決定的な違いを生んでいると思われる。
6597 そう、ワーデンは極論すれば何もしていない。「良き隣人」である。年に4回の書類の手渡しと1回の機器点検を除いては、義務的に入居者と会う必要性はない。しかし彼女らは入居者全員(この住宅の場合は50名)の顔を覚えており、団らん室に常駐して窓から見える入居者の姿を確認し、様子がおかしければ訪問して必要な世話を焼く。日頃から包括支援センターとは連絡を取り、介護状況等を熟知するが、いらぬお節介はしない。
 各住戸には押しボタン式の緊急通報システムとリズムセンサーによる安否確認システムが整備されており、日中は団らん室に連絡が入り、ワーデンが駆けつける。夜間は原則として警備保障会社で対応するが、この住宅の場合は午後10時から朝の6時まではワーデン宅に連絡が入るようにしているそうで、「良き隣人」として十分以上の役割を果たしている。
 団らん室は、シルバーピア入居者であればいつでも利用可能で、ほとんど毎日、麻雀や趣味の教室などに利用されている。入居者がメンバーに一人でもいればOKで、一般住戸に住む高齢者も一緒に利用している。ワーデンから特にイベントを仕掛けることはない。
 ここも他県のシルバーハウジングと違うところで、神戸市などコレクティブ住宅ではかなり積極的に定期的なイベントを実施しているそうだが、その他ではイベント参加者が少なく次第に行われなくなり、団らん室があまり使われていない例も多い。
 東京都以外の一般的なシルバーハウジングでは、生活援助員の業務は福祉サービスの提供と捉えられており、その業務内容と量が定められている。ところがその入居者は自立生活のできる高齢者を前提としているため、頻繁な安否確認を拒否する高齢者や、逆に過剰な家事サービスを要求する高齢者などがいて、設定している福祉サービスとの間に齟齬を来たすことが間々見られる。また生活援助員自身がその齟齬に耐えきれずやめていく人も多いと聞く。
 シルバーピアの場合は「良き隣人」として一緒に生活していることが求められている。業務内容は決められているが、その頻度や量は定めていない。この結果、入居者の福祉サービス要求との狭間で悩むワーデンはいるとのことだが、過剰なサービスを入居者に強要することによるトラブルはない。安否確認は必要に応じて行われ、定期的に行うことはない。人間関係として自然である。
 ただし、住み込みのワーデンの確保は大変なようである。都では住み込み型以外も認めるよう要綱の改訂をしており、今後は通勤型のシルバーピアも増えてくるのかもしれない。しかしその時、シルバーピアの良さはどうなるだろうか。日中だけでも常駐していれば十分機能は果たすのか。これだけの人件費(委託費)を確保できることがそもそも東京都内でしかできないのかもしれないが・・・。

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2010年2月21日 (日)

「都市縮小」の時代

●21世紀は「都市縮小の時代」である。人口減少を前提とした都市の新しい「かたち」が問われる。都市の広がり、自然との関係、別の言い方をすれば、暮らし方、働き方の見直しが迫られるということである。(P18)

 第一章の書き出しの文章である。

●縮小都市は新しい都市文明論として考えるべきである。(P35)

 という文章も見られる。これはドイツの縮小都市研究チームのリーダーである建築家オズワルドの考えとして紹介されたものだが、人口減少に伴う都市縮小は、先進諸国の都市に広範に発生する共通の現実的な課題として捉えられる。現にアメリカのいくつかの都市では「賢い衰退」政策が実行されている。「都市規模の創造的縮小」である。
 本書は、第一章で「都市縮小」の世界的な現状と施策動向を概観した後に、第二章でアメリカの諸都市の、第三章では東ドイツ地域の諸都市の現状を報告する。
 後者では必ずしも政策的にうまくいっているわけではない事例もあるが、その翻弄される姿は他人事でなく心を揺さぶられる。 第四章は日本の事例である。ここでは、福井、釜石、飯塚、長崎、泉北の各都市が報告されている。課題に気付いたに過ぎない状況の町から、新たな政策が着実に結果を出しつつある都市まであるが、どれもこれが決定打ではあり得ない。都市の現状、置かれた状況、住民の力、歴史、自然環境など、同一の都市は一つとしてないからだ。
 都市縮小が現実の課題として眼前に迫っている。既に始まった都市も多い。このことをよく理解して現実的に対応することが求められている。本書を読むとそのことがよくわかる。都市は新しい時代に入っている。

●縮小都市化するインナーシティに溢れる空き地を、目障りな邪魔ものとは見ない。可能性をはらむ土壌と考える。ではデトロイトでは、なにがはじまっているか。社会変革型の都市農業運動である。(P69)

●サステイナブルであることは、状況に対して変わることなく断固一環として継続することではなく、むしろ変化に十何、かつ多様に対応し得ることである。その意味で、ライネフェルデが展開してきた縮小都市政策は、真にサステイナブルシティ戦略だった。社会主義フォーディズムのプレハブ集合住宅/建物を、その建築的条件と社会的ニーズを勘案して改修、解体、減築、転用のいずれにするかを柔軟に使い分けてきた。(P132)

●日本では、産業政策は霞ヶ関の専売特許ではない。地方都市政府もあの手この手の企業誘致策を用意し、地方版の産業政策を繰り広げている。こうした都市政策は、グローバルに縮小都市の動向を眺めても世界に先行している。対外輸出可能な都市施策である。/釜石の課題は、「鉄の町」から「鉄、機械、エコ、水産、観光……の多様な貌の町」へとローカルアイデンティティを再編し、それを「釜石の希望」として地域社会が共有しあうことである。(P167)

●日本の集合住宅は壁式構造やラーメン構造となっている。減築、大幅改築には、手間とコストが嵩む。また、建築基準法には減築の考え方がない。これまで新築、増改築の拡張主義できた世間の考え方をそのまま反映しているが、縮小都市の時代を迎えて建築基準法の改正も今度の課題となる。(P198)

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2010年2月10日 (水)

第17回愛知まちなみ建築賞

 愛知まちなみ建築賞の表彰式が愛知芸術文化センターで開催された。会場に空きがあるので何人か出てくれないかと言われ、翌日が休みのこともあり、午前中で何とか仕事にキリをつけ出席した。
 今年度の受賞は全部で7点。主催者あいさつ、表彰式、選考委員長である早稲田大学の有賀先生の講評の後、設計者による作品紹介が行われた。
 「e-生活情報センター『デザインの間』」は、星が丘の交差点にオープンした中部電力のショールームで、隣接する星が丘テラスと並んで星が丘地区のセンスの向上に寄与している。吊り構造で支えられた木の屋根と通りに対してオープンなガラス壁面が印象的だが、屋上緑化されているとは知らなかった。有賀先生からの仮設性についての質問に対して、「仮設建築物とは考えていない。恒久的に利用してもらいたいと思っている」と返答されたが、星が丘テラスとともにこの地区の性格を方向付けるプロトタイプとなりうる建築物かもしれない。
 「岩倉小規模多機能ホーム・ちあき」は岩倉駅の東、五条川との間に建築されている。岩倉城址の枡形に面して建つ商家を改修してデイサービスやショートステイ等の複合高齢者福祉施設としたもので、白壁や虫籠窓などがきれいに復元されている。
 「M-HOUSE」は、間口5m奥行き25mの細長い敷地に建築された住宅作品。設計者自身も「最初は道路かと思った」と語ったこの超変形な土地に、鰻の寝床のような細長い建物を建てたわけだが、2階部分を微妙にずらし、また平面的にも左右を途中でくねらせて、外部性を敷地内に取り込むことで、明るく魅力的な住まいに仕上げている。空間構成の妙を感じさせる作品である。
 当日、会場に来て、式次第を眺めていたら、「岡崎市図書館交流プラザ Libra」の作品発表者の氏名に見覚えのある気がした。会場を見渡したところ、特徴あるもじゃもじゃ頭、高野洋平くん。彼との出会いは、阪神淡路大震災の翌年に震災復興活動の見学に行った際に彼のおとうさんも同行していた頃に遡る。おとうさんとも初対面だったが、そのときに彼も同行していたという。ほとんど記憶がないのだが、当時はまだ学生だったらしい。その後、安住の会の活動にも顔を出すようになり、延藤先生とも懇意にしていた。まさか彼がこの建物を担当していたとは知らなかった。
6378 郵便局後に建設されたこの建物は、延藤先生の協力を得て、構想段階から市民参加により設計が進められており、どういう建築物ができるかと注目していた。昨年秋に偶然この施設内で会議があり、初めて見学する機会を得た。広い敷地に広がる低層の建物で、大きさの割に入りやすく明るいフレンドリーな印象。建物内部を高く明るい通路がうねうねと幅を変えながらエントランスから奥まで通り、左右に図書館や会議室等が並ぶオープンな造りになっている。
 しかしこの通路が外堀の形状を模しているとは知らなかった。また、建物の低さは岡崎城から大樹寺までのビスタラインを遮らないためのものであり、屋根にはそのライン上に太陽光パネルが設置され、天守閣から眺めたときに大樹寺の方向を示す装置となっているという。「こうした工夫や設計意図を施設のホームページに掲載してください」と審査員から要望があったが、ぜひそうしてください。
 「醸庵」は同じく岡崎市内で300年以上続く造り酒屋の店舗・事務所として建築された。無骨な設計者が慣れない説明をされたが、岡崎匠の会のメンバーが中心となり、石工の街・岡崎の御影石や三州瓦、三河産の檜、地元書家の筆になる暖簾など地域の力を結集して作った伝統的な建物で、最初は下手な説明だなと思っていたが、次第にその心意気に圧倒され、胸が熱くなってきた。有賀先生からも、「地元の材、地元の技に加え、将来の維持に当たっても、地元の力が重要である」という講評があった。地元の思いが伝わる作品である。
 「florist_gallery N」は名古屋市内に建てられたフラワーショップ兼ギャラリー兼住宅。延面積103m2と小さなRC造3階建ての建物だが、フルオープンな1階の明るい外観に屏風状に折り曲げた壁(床も折り曲げているとのこと)がうまく収まりしゃれた外観になっている。
 最後の「みなと医療生活協同組合 宝神生協診療所」は羊羹状のチューブの何ヶ所かに切れ目を入れてずらした平面構成。何となく卒業設計の形状のような気もするが、対面するトラックターミナルに対する緩衝とズレ面からの採光等に配慮した形態だという。
 久し振りに愛知まちなみ建築賞の表彰式に参加した。各作品をここまで丁寧に説明してくれるのはうれしい。実は第1回を立ち上げたときに担当していた。3つの選考基準は当時私が提案したもの。それが今も使われ続けているのはやはりうれしい。入賞者に送られる陶器製の銘版は、日展作家である水野教雄氏の手による。知人に紹介され、先生の工房に作品の作成を依頼に行ったときのことを思い出す。当時の上司が主催者代表であいさつをしていた。上司にとっても感慨深い表彰だったに違いない。いつまでも続けばいいな、と思った。

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2010年2月 5日 (金)

オランダの持続可能な国土・都市づくり

 オランダの国土づくり・都市づくり、そして同時に行われる住宅政策を、オランダの干拓の歴史から遡って、20世紀オランダモデルの達成、さらにグローバル経済下の21世紀における新たなモデルの模索に至るまで、総括的に論じた書籍である。難しく、かつ広範なテーマながら、全11章を各章20ページ程度に小気味よく分節して記述されており、読みやすくよく理解できる。
 1・2章は国土づくりの歴史である。干拓・治水の方法から都市のタイポロジー、そして干拓と治水で培われた文化遺産としての「計画と合意を重んじる精神風土」と「空間形成をコントロールする制度」を説明する。後者はプランニング技術と土地公有、統合的アプローチとネットワーク思想である。
 以下は、具体事例の検証と一般的制度の説明というセットで、都市成長管理、住宅政策、環境再生計画が説明されている。最初の都市成長管理については、3章でアムステルダムの都市拡張計画が、都市の成立した13世紀に遡り、時代区分別に都市拡張と計画管理手法について解説する。19世紀までの原初的成長期から始まり、1920年までの系統的成長期、1950年までに集中的成長期、戦後のニュータウン政策に代表される計画的分散期、そして最近のコンパクトシティ期である。
 4章は、アムステルダム、ライデン、ハーグ、ロッテルダム、ユトレヒト等で構成される多心型環状都市「ラントスタット」に見る成長管理の事例である。中央にグリーンハートと呼ばれる緑地を抱え、28~75万人都市が機能分担しつつ連携するオランダ独自の都市構造をつくりだしたラントスタット・ドクトリンが説明されている。
 これらを踏まえて、5章ではオランダの都市空間制度についてその特徴が解説されている。EUから始まり、国、州、地方自治体まで、それぞれが計画をつくり、それぞれの責務や政策の中で協議が重ねられる。分権国家オランダでは自治体が土地利用に関しては最も規制的でかつ権力を持っている。その時に起動するのが、オランダ独自の調整システム、協議型プランニング・システムである。これは、「垂直調整」と「水平調整」から成り、各セクター、各政策のマトリックスの中で同時並行的に協議・調整が図られていく。
 この干拓に由来する合理的・分権的協議の場では、次の3つの計画理念が共有されている。一つは「ルール&オーダー」(規則と秩序)であり、2つ目に計画理念を共有するための「プランニング・ドクトリン」であり、どのようにプランニングを進めるかという「戦略的プランニング」である。
 本章の最後では、日本で通常行われる「プロジェクト・プラン」と「テクノクラート型プランニング」と比較して、「戦略プラン」「ソシオクラート型プランニング」の優位性が解説されている。
 6章は住宅政策の解説であり、7章で問題団地と言われた大規模高層住宅団地ベイルマミーアの再生事例を紹介する。オランダの住宅政策は社会住宅を中心に一時はそのストックが全住宅の42%、賃貸住宅の80%近くを占めるまでになった。政府は社会住宅建設に財政支援を行うとともに、公共・民間を含めた賃貸住宅居住者に対して家賃補助を行ってきたのである。しかし、増大する住宅支出と「2つのミスマッチ」と言われる、高額所得者の低家賃住宅入居と低額所得者の高家賃住宅入居(家賃補助される)の問題が顕在化し、抜本的な見直しが迫られるようになってきた。21世紀以降の住宅政策の変革については、11章で詳述されている。7章は、大規模団地再生にオランダ独自の計画手法がいかに活かされたかという事例である。
 8章、9章は自然環境再生計画に関する制度体系と、ヘルダースバレ地域における再生事例の報告である。ここでもオランダ独自の計画手法が十全に活かされている。農業と自然環境が対立するステークホルダーとして同じテーブルの上で協議を重ね、ウィン・ウィンの関係を作り上げていく報告は刺激的でもある。
 10章では、20世紀までのオランダモデルを支えたものとしての政策3要素、プランニング・ドクトリン(イデー)、公共介入(ツール)、ガバナンス(パワー)を、3章から9章までの事例や政策別にマトリックスで整理し、その効果を論じる。しかし時代は次第にその政策に路線変更を迫ってきた。
 最後の11章は「21世紀型オランダモデルの模索」である。ここではまだ変化しつつある政策の現状を述べるまでに留まっているが、関係者に対するインタビューなどにより、肯定的・否定的、両者の意見を収め、今後の評価に向けた視座が据えられている。
 全体的に非常に論理的でわかりやすい。かつオランダ都市計画・住宅政策・自然環境計画の到達点とその魅力がよく伝わってくる。多くの教訓と示唆に富む内容だが、日本が直接取り入れるには背景も歴史も違いすぎる。だが、こうした達成点とさらに続けられている不断の努力を見ることは大いに励まされることでもある。よい本である。

●都市機能の分散は都市間の孤立を招きがちで機能面で効率的とはいえない面もある。そこで都市機能を統合する複合都市圏の考え方が取り入れられるようになった。すなわち主要4都市に異なる機能を分担させ、それぞれをネットワークで繋いで、全体として都市圏全体に相乗効果を発揮させようとする考え方である。つまり分散させながらネットワークで結び、結果として都市圏全体の機能強化を図るのである。(P35)
●オランダが「統一分権国家」といわれる意味するところは、「統一国家ではあるが分権を旨とする国家」なのである。(P102)
●オランダは過去1世紀半にわたって住宅問題について真摯な取り組みを行い、今日では世界的に注目されるアフォーダブルな住宅建設の王国を築いてきた。・・・それを支えたのは・・・都市計画の中に住宅地計画をきっちりと組み入れるという、オランダ独特のプランニング思想である。・・・このようにして蓄積されてきたオランダ住宅政策の伝統が、1980年代以降、世界的潮流となった新自由主義の流れの中で見直しを余儀なくされ、その中心的役割を担ってきた住宅協会が民営化されることになった。(P138)
●解決すべき課題は”農業と自然・環境との矛盾”(農業vs自然・環境)の解決にある(P207)
●日本の場合は、プランニング・ドクトリンは、経済施策や景気振興を優先させる”理念なき”実務主義である。公共介入は最近の規制緩和や民間活力の活用に見られるように減退しつづけ、都市空間のカオスを招いている。ガバナンスにおいては、住民参加を形骸化したトップダウン方式が幅を効かせている。(P231)

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