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2010年8月

2010年8月26日 (木)

日本版グリーン・ニューディール政策への提言

 「ドイツの省エネリフォーム政策」で紹介した村上敦氏の本を読んでみた。本と言っても一般の書店やAmazonなどでは流通しておらず、以下の販売サイトからダウンロード購入した。

○イオルウィズ「日本版グリーン・ニューディール政策への提言」

 ちなみに、こういう形ですべての書籍も販売してもらえば、専門書ももっと気楽に購入することができるのにな。電子書籍化はこういう形から普及していってほしいと切に願う。

 『「フィードインタリフ思想」が経済を活性化する』という副題が付けられている。「フィードインタリフ」とは、再生可能エネルギーからの固定電力買取制度のことだが、ここで「思想」という言葉が付け加えられているのは、単なる補助金制度や優遇制度というだけではなく、買取費用を売却する電気料金に上乗せすることで、税金等の投入をせずに自然エネルギー転換をしていることを指していると思われる。

 ドイツのフィードインタリフ制度について、非常に詳細に報告されており、毎年度、買取価格の改定が行われ、また政権交代等により不安定な状況にも見舞われている実態が包み隠さず紹介されている。その点で正直だが、同時にこれまでの成果の絶大なことも紹介されており、説得力がある。

 日本でもようやく昨年11月から同様の制度が実施されているが、ドイツに較べると微温的で、今のところドイツのような爆発的な効果は出ていないのが実態ではないか。

 加えて著者が力説するのが、グリーン・ニューディール政策は雇用効果が第一に考えられるべきだという点。フィードインタリフ制度の導入により、ドイツの自然エネルギー関連の雇用は爆発的に伸びており、工業生産量と工場従事者を増やすのではなく、取付工事などの価格当たりの手間を要するもの、すなわち雇用をより多く創出する事業に取り組むことが、グリーン・ニューディール政策上の重要なポイントだと指摘する。加えて、輸入エネルギーを減少させ、国産の自然エネルギーに振り替えていくということは、自国の国富の海外流出を防ぎ、内需を喚起するという経済的な効果も大きい。

 最後の第6章では、先のエントリーで紹介した内容であるが、グリーン・ニューディールによる雇用効果として、リフォーム事業の活性化が効果の大きいことが力説されている。

 また第6章の最後は、2009年に環境省が公表した「緑の経済と社会の変革」(日本版グリーン・ニューディール)に対する評価と提案となっている。辛口の批評になっているのは言うまでもないが、批判に留まらず提案を行っている点が興味深い。中でも、「拡大生産者責任」について、効果と意義を書いており、なるほどと納得する(内容は以下の引用のとおり)。

 日本の現在の政治状況は、昨年末のコペンハーゲンでの環境サミット以降、マスコミの「政治とカネ」報道や普天間問題、そして参議院選挙後の民主党内紛等により、実質ストップしている感がある。円高問題から経済対策の必要が叫ばれているが、グリーン・ニューディールはどうなってしまったんだろう。目先ではない先を見通した経済対策が求められるが、本書はそのための重要な示唆をしているように思うのだがどうだろうか。

●中・長期的な視野で見てみると、ドイツはこの〈再生可能エネルギー法〉によって、現在の私たちがコスト負担(毎月最大35ユーロ/世帯/月)して投資を行うことで、未来の子どもたち世代のために安価な再生可能エネルギーによる社会を構築しようとしています。私たち工業先進国で生活する人間は、誰でも多かれ少なかれ、本来は自身で負担しなければならないはずの自身で引き起こした問題を、他の地域(とりわけアフリカなど南の第三世界)、そして将来の世代にツケや負の遺産を回していることは異論の余地がありません。そうした「ツケの先送り社会」という問題を考えたとき、私が知る限りでは唯一この〈再生可能エネルギー法〉、フィードインタリフは、将来の世代へ「ツケ」ではなく、「恩恵」をもたらすために投資を行うモデルなのです。まさに人類が発明した偉大な制度といえるのではないでしょうか。(P46

●すべての再生可能エネルギー産業の市場規模は、255億ユーロ(約3.3兆円)という大きな産業に成長しました。当然、この一大産業を支えるためには、膨大な雇用を必要とします。2007年末までにドイツでは、およそ25万人の雇用がこの分野で創出されました。ドイツ環境省の調査によると、少なくともこのうちの60%分の雇用が、フィードインタリフの恩恵であることが分かっています。つまり法律ひとつで、7年間で15万人分の職場を創出したのです。フィードインタリフは、グリーン・ニューディール政策の基本だという私の意見も、この数字で納得できるのではないでしょうか。(P53)

●その政策がグリーン・ニューディールと呼ぶことができるか否かは、資源に支払うお金の循環(というより放出)を最小化し、人に支払われるお金の循環を最大化することであると私は考えています。/それに加えて、安全保障やエネルギーの安定供給という理由、大義名分である気候温暖化対策という理由があるからこそ、このグリーン・ニューディール政策は意義があるのです。さらにもう一つ、大きな意義がここには隠されています。それは、この経済分野はまだはじまったばかりであり、国内市場、世界の市場がまったく飽和していないことです。(P66)

グリーン・ニューディールという政策の本質は、定義を行えばごく簡単な一文であらわすことができると私は考えています:「あるお金の流れが発生するとき、あるいは発生させるとき、できる限り多くのそのお金の流れが、人の労働賃金として幾重にも支払われる経済政策をグリーン・ニューディール政策と呼ぶ。」・・・ここで最も注目しなければならないポイントは、そうした自然エネルギーの促進は、“鉱物・エネルギー資源に流れるお金を最小限に抑えて、国内の人の労働賃金へのお金の流れを最大化”するところにあるのです。(P107)

●エネルギー・リフォームに対する助成プログラムで特筆すべきことは、CO2削減1トンあたりにかかる投資コストは国の立場からすると、「マイナス58ユーロ≒マイナス7,500円」と算定されていることです。つまり、通常の公共が行う温暖化対策は、CO2削減のためにコストが発生しますが、エネルギー・リフォームの分野では、利益が発生するのです(!)。(P173)

●拡大生産者責任とは、商品を使用する市民やその市民が居住する自治体にリサイクルの責任、つまり分別の義務や回収など膨大なコストが発生する責任を課すのではなく(これは単に、「排出者責任」と呼ばれます)、その商品を提供する企業に分別から回収、リサイクルまでの責任を拡大して課すものです。これを行うと2つの利点が同時に得られます。まず1つは、企業側に直接コスト負担がかかりますから、・・・企業は商品の低価格化を実現するために、市場原理で商品のリサイクルにかかるコストを下げようと努力します。・・・次に、リサイクル産業の確立です。・・・1ヵ所で大量に同素材の物質が分別されるため、その素材が中古素材となって新品の素材市場と同じように流通が確立されるようになります。(P193)

(電子書籍だと引用が楽なので、ついつい長文ごと引用してしまいます。村上さん、お許しください。)

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2010年8月22日 (日)

小海町高原美術館

 814日。お盆の週末の真っ最中。今だ続く高速道路1000円の割引制度を活用し、中央道長坂ICから国道141号を北上する。松原湖入口を左折して、松原湖畔を通り過ぎたところに小海高原美術館はあった。

Dsc01005  地上1階地下1階の建物は、駐車場から見ると、低く長いコンクリート塀があり、真ん中に入口がある。灰色の無機質なコンクリート塀ながら、格子状のスリットや植栽が壁面を飾り、また塀自体も高すぎず、意外なほど威圧感がない。

 中央に「小海高原美術館」という箱文字が置かれ、衝立の左右に開かれた入口から中にはいると、2mほど隔てた向こう側に同じような灰色のコンクリート壁。左右対称に掲示ケースが並び、右の突き当たりに美術館、左の突き当たりにレストランの入口が見える。

 まずは右側の美術館入口に向かう。自動ドアをくぐり、前室を左に入ると、エントランス・ロビーが広がる。右にカウンター。こぢんまりしたロビーに置かれた机の上に絵葉書などの美術グッズが置かれ、その先は吹き抜けとなって、外から明るい光と緑が目に飛び込んでくる。

Dsc01010  ちょうど平山郁夫展をやっており、受付の女性に「館内は写真撮影禁止です」と注意されたので、画像はなし。ロビー奥の細いながらも明るいスロープのガラス面が向かうべき道筋を示す。緑の牧草のその先はやはりコンクリート打放しの塀が左右から視線をさえぎり、塀と塀の間には高木のアイストップ。塀の上からも風に揺れる林の木々の緑が見える。光に誘われて、外部の緑を気持ちよく感じながら、スロープを下っていく。途中で折り返しつつ、重力に身をまかせていつしか地下の展示室に引き込まれている。

 平山作品はこれはこれでまた素晴らしい。青の深さ、赤の深さ、陰の深さに引き込まれる。

 19977月末開館なので、もう13年が経つが、一向に時間を感じさせない、安藤忠雄らしい作品。

 展示室を抜けると地下ラウンジがやさしく迎える。23組のイスとテーブルが置かれ、薄型ディスプレイがビデオを流す。この日は平山画伯愛用の品々が一画に展示されていた。

Dsc01019  出口へはスロープを戻るか、エレベータに乗る。スロープの途中に展示室の入口があり、展示室のフロアが次第に下る構造になっていたことがわかる。気持ちよく下りつつ作品を鑑賞する仕掛け。

 美術館を離れて、今度はエントランス通路向かいのレストラン「花豆」に向かう。地元で採れたてのふんだんの野菜を包んで食べるトルティーヤが美味しい。席に着き外を眺めると、展望台が見える。薄い屋根、薄い壁で囲まれた3段棚のような建物。レストランに向いた1面以外は全て無機質なコンクリート打放し壁に包まれている。

 レストランを出て外部を回って展望台にたどり着く。階段と踊り場しかない展望台。折り返しつつ3層を駆け上がると最上階。しかしここから見る美術館の外観は格別。

Dsc01026  細長いコンクリートの箱の手前に、円形に張り出す展示室。屋上は牧草に覆われ、また展望台も美術館本館も牧草の中に置かれている。背後には豊かな森と八ヶ岳の峯々。レストランの上に高くそびえる2本の排気筒が唯一のシンボリックなモニュメント。といってもただ高く細くそびえるばかりだが。

 今回の旅行では、続いて茅野の藤森照信作品を廻るつもりだったが、諏訪湖の花火大会のせいでこれだけしか見ることができなかった。しかしその不足を補って余りある安藤作品。気持ちのいい建物を見せてもらった。

●参考
フォトアルバム 「小海町高原美術館」

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2010年8月21日 (土)

ぼくらが夢見た未来都市

 全部で9章構成。五十嵐が建築家の描いた未来都市とその思想を紹介し、磯がSF小説やアニメ、映画などで表現された未来都市を紹介する。

 大阪万博とそれに向かう1960年代。丹下健三や黒川紀章などの""建築家が発表した東京計画。ルネサンスからル・コルビュジエ、アーキグラムに至る欧米近代ユートピアの紹介。そして磯崎新の海市やMVRDVによるコンピュータやネット環境を駆使した現代の未来都市。

 4つのテーマに分けて、五十嵐が様々なメディアに発表した評論を集めた奇数章に、磯が書き下ろしで偶数章を付け加えていく。最後の第9章は、愛知万博に寄せて書いた五十嵐の評論集だ。

 第1章「大阪万博と1960年代」と第2章「未来のふたつの顔」では、輝かしい未来とともに既にディストピアが批判的に表現されていたことが紹介される。

 個人的に最も興味があったのが、第3章「東京をめぐる想像力」と第4章「未来都市としての東京」。拡大発展の時代の丹下計画、黒川計画。そして時代の変化とともに、縮小する東京計画が描かれる。東京はいつまでもメタボリズム都市だ。

 これらのある意味、顔なじみの未来都市に対して、今や未来都市はコンピュータを駆使した世界の中にある。「ノンスタンダードの都市」という言葉すら知らなかったが、都市はまるで植物のように動物のように成長し衰退し移動する。それがドバイや上海で既に現実になっている。都市づくり、建築づくりの手法がすでに変化し始めている。

 未来とは何だろうか? 未来は現在の延長にあるのではない。未来は計画の先にあるのではなく、未来は現在に接続し、現在の中に含まれている。未来都市という言葉や概念に未来はあるのだろうか。それはタイトルにあるように「夢見た」言葉であり、真実は夢の中にはなかった、ということかもしれない。

 これから建築を学ぶ青年はこの事実を知っているだろうか。たぶん現在の変容点を細心の注意で見詰めているだろう。現在の、これからの生き方までも考え、見つめ直す気にさせる1冊だった。

●思想家のミシェル・フーコーが1966年に提示した・・・エテトロピーは混成系の場であり、すでに現実の周辺に存在する。・・・それは未来学の単純な時間概念を信じない。・・・時間は絡みあい、未来は現在に含まれ、過去も同じ場に重なっていく。折りたたまれた時間を内包する、都市。(P31)

●工業化時代におけるスタンダードの建築から情報化時代におけるノンスタンダードの建築へ。イメージのレベルではなく、コンピュータの導入によって建築の構成システムが根本的に変容する方向性がここに示されている。メガストラクチャーの未来ではなく、ナノテキのレベルでも変化するような建築が新しい未来として想像されるのだ。(P164)

1950年代、1960年代の未来都市的デザインは、今では「レトロフューチャー」、すなわち、懐かしい未来と呼ばれたりする。これは、来るはずで来なかった未来を慈しむ、という態度だ。/しかし、上海やドバイで我々が直面しているのは、来るはずで来なかった未来が、じつは来てしまった、という事態である。/夢の未来都市が実現。素晴らしい! いや、果たしてそうだろうか。それは目覚めてもまだ夢のなかにいるような体験なのではあるまいか。覚めることのない夢は、普通、悪夢と呼ばれる。悪夢のような未来都市の時代に、ぼくらは今、突入しようとしているのである。(P211)

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2010年8月12日 (木)

建築士2010年8月号から 「斜面住宅」と「建築士試験」

 先に、愛知建築士会の会報から目に止まった記事を引用したので、今度は日本建築士会連合会の会報「建築士」から。目に止まったのは2つ。一つは巻頭のOPINIONから鮫島和夫先生の「高層住宅VS斜面住宅 どちらが安全安心?!」。もう一つは速水清孝氏の連載講座「還暦を迎える建築士法」の「第10回:誰を建築士とするか」。

 前者は、タイトルのとおり、高層住宅と斜面地住宅でどちらが安全・安心かと問うものだが、答えは「長崎住まい・まちづくりトラスト」代表という筆者の肩書きから想像できるように、「斜面地住宅の方が安全・安心」というもの。

 「え!何で?」と思うが、筆者がグラバー園の直上に住み、グラバー園の斜面エレベーターを利用して行き来をしているという下りを読めば、なるほど。斜面住宅を、高層住宅を横に倒して各住戸を接地したものと考えれば、利便性は変わらず、安全性のみが向上していると言う。

●ウォークアップ可能な標高40mに一本のクルマ道、水平方向400mに1ヶ所のコミュニティ・エレベーター、あとは現在のヒューマンスケールの横道と坂段を改良してネットワークを組めば、長崎の斜面住宅地は「自然環境と眺望付きの快適な設置型集合住宅」の集合に生まれ変わる。(P02)

 課題はコミュニティ・エレベーターの設置と運営の経費だろうか。高層住宅のエレベーターが住宅の建設費に含まれ、住宅管理費に含まれていることを思うと、斜面住宅のエレベーターも町内会で負担しなければいけない。でもそれは、新開発の斜面住宅地でなければ、かなり難しいかも。グラバー園の斜面エレベーターを設置した長崎市ならではの政策かもしれない。

 もう一つの注目記事「還暦を迎える建築士法」では、最初の一級建築士試験問題の最後の1問が掲載されている。あなたはどれが正解だと思いますか?

問:「あなたが或る一級建築士事務所の管理者であつたとする。もし或る人が或る建築物の設計を依頼してきたときに、それがあなたの事務所の技術的能力からみて到底出来そうもないものであつたならば、あなたは次のうちのどの処置をとるか」

1.あなたの知っている他の有能な建築士を紹介する。

2.引受けた後知り合いの有能な建築士にやってもらう。

3.引受けて設計をまとめあげた後、他の有能な建築士にやってもらう。

4.不明な点は建築主事に相談し、建築基準法に完全に適合するように注意して設計する。

5.責任をもって引受け、大いに勉強して完遂に努力する。

 私なら・・・1.を選択しますが、正解は何でしょう。あれ、正解が載ってないんですけど・・・。CPD研修だからですか?そんな。

 ちなみに巻頭の見開きページ「四季住景」で紹介されている「栗山の角寄せ倉」も興味深い。一見、角材柱が接して並べられて壁になっている造りの倉の写真。実は柱は4本に1本で、間の3本は半柱だそうだが、それにしてもびっしりと柱が並んでいる。しかも柱材はクリ。よっぽど貴重なものが収納されていたのだろう。日光山地の山里、栗山村ならではの倉造りだそうだ。

 普段はほとんどパラッと見ては捨てている「建築士」だが、じっくり読むとそれなりに面白い記事も載っている。8月号は特に面白かった。

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2010年8月10日 (火)

ドイツの省エネリフォーム政策

 愛知建築士会の会報「愛知の建築」に、前々号から、ドイツ在住の環境ジャーナリスト・村上敦氏による建築講座「省エネを進めるドイツの建築」が連載されている。3回目の20108月号は、「ドイツ既築のリフォームの現状と制度について」。

 環境対策については、省資源・省エネルギーの観点から推進すべきものとは思うが、昨今の地球温暖化を巡る報道などを見ると、本当のところどこまで推進すべきものかと疑問に思う。欧州先進諸国の経済戦略として、排出権取引を有利に進めるための京都議定書であり、温室効果ガス削減目標だという話もある。こうした状況の中で、日本も遅ればせながら、鳩山前政権下から25%削減を目標に掲げ、オバマ大統領のグリーン・ニューディール政策に学び、日本版グリーン・ニューディール政策を進めようという動きも見られる。

 日本における建築物の環境対策としては、省エネ法の改正強化、CASBEEの普及活用、住宅版エコポイント制度などがあり、他に太陽光発電設備設置補助や太陽光発電買取制度がある。これらはいずれも”純粋”に環境貢献を目的とし、建築主や利用者に経済的なメリットが生まれるよう制度設計上の工夫をしているが、新築・増築を行う時に合わせて検討すべき事項というのが、建築主にとっても、また行政側からも実情ではないだろうか。

 私もそうした”常識”にすっかり浸っていたが、この記事を見て目を開かれる思いがした。小見出しは「資源やエネルギーにではなく、雇用にお金を循環させる」。つまり、ドイツが省エネ改修政策を熱心に進めているのは、「地球温暖化対策ではなく、雇用対策である」というのである。少し引用してみよう。

●資源やエネルギーよりも人手にお金が回りやすいこのリフォーム市場に10億円の投資が行われると、手工業者に2.5万人分の雇用効果が発生するといわれているからだ。東西ドイツの統一以降、一貫して比較的高い失業率を抱え続けているドイツでは、自然エネルギーの分野とこの省エネ改修の分野はまさに新しい「雇用になる木」であり、疲弊している地域経済を活性化する将来性ある新産業だとみなされている。

200万人超の雇用を抱えるドイツの建設産業において、資源やエネルギー、建設機械にお金が回る大規模工事ばかりを推進したのでは公共の財政は火の車となる。同じ金額を投入しても、より細かな人手のかかるこのリフォームの分野を強くすることこそが、地域社会を強くすることに繋がり、同時に失業率が低下することから社会福祉費用の支出を低下させ、税収増が期待できる。

 なるほど。内需を活用し、内需を活性化させる経済対策という意味か。続くパラグラフも引用しよう。

●日本と同じように少子高齢化傾向が著しいことから国内需要は停滞し、インフラ整備がすでに完了しているため意味のある大規模工事がもはや存在せず、製造業ではグローバル化で生産性の向上のみが生き残りの手段となっているのがドイツ社会の現状である。このような状況下では、省エネ改修などのグリーンジョブを推進する手段のみが、社会に効果がある経済政策であるという認識が2005年ごろから急速にドイツ社会に広がっている。

 このまま日本の経済学者や政府関係者に読ませたい。

 これに続いて、ドイツの省エネ改修推進策の説明になるのだが、補助金や低利融資だけでなく、「省エネ政令」によって厳しい省エネ基準を義務付けていることが特徴である。しかも、2007年から「エネルギーパス制度」が導入され、新築・中古を問わず、不動産売買時にエネルギー性能の提示が義務付けられた。

 こうして経済対策の一環として省エネ改修が進められ、建築物取引市場を通じて環境にやさしい建築物が整備されていく。グリーン・ニューディールの神髄が見られるではないか。最後にもう一度、連載記事の最後のパラグラフを引用しよう。環境対策に対する根本的な考え方に相違があることを認識する。

このように幅広い政策を束ねることで、年間100万戸を超えるといわれる省エネリフォーム市場がドイツには出現している。日本では、ばら撒きとも批判されている住宅版エコポイント制度がようやくはじまったが、結局は建材・機械・電気製品の購入を推進させることが目的とされてしまっている。ドイツのこの分野の政策は、日本とは比較にならないほど進んでいる。

 ちなみに、村上敦氏のオフィシャルサイトには、他にもいろいろな話題が掲載されている。私もブログをしばらく追いかけようと考えている。

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2010年8月 5日 (木)

オランダの社会住宅

 オランダの社会住宅を他国に紹介する英語版著書を翻訳したものである。オランダの社会住宅制度をざっと要約すると以下のとおりとなる。

  • オランダの住宅の内訳は、持家が52%、民間賃貸住宅が12%で、残り36%が社会賃貸住宅となっている。
  • 社会住宅の供給事業者のほとんどは住宅協会である。住宅協会は、低所得者層に低家賃住宅を供給すること等を目的とする公益法人で、国が認可する。住宅協会の規模は管理戸数100戸以下のものから25000戸以上のものまでさまざまであるが、標準的には、事務局の上に、非常勤の理事会があり、入居者代表も理事会に参加して、協会の事業を監督する形となっている。
  • 住宅協会は以前は国からの建設補助及び低利融資と運営補助金により運営されてきたが、1990年代以降、国からの融資残高と今後受け取る予定の運営補助金が相殺され、国からの融資や補助がなくなり、現在は、自己資産となった住宅資本を元に、住宅ストックの一部売却や住宅賃貸収入、他事業投資収益金等により、財政的に自立した事業運営を行っている。
  • 住宅協会の建設資金等の融資は、社会住宅保証基金の信用保証の元、銀行から借り入れる。社会住宅保証基金は保証に当たり、財政アセスメントを行う。財政状況に不安がある場合は、中央住宅基金が救済をする仕組みとなっている。
  • 社会住宅居住者のうち、基本ターゲットグループ(複数世帯で年収246万円、安心世帯で194万円以下)の居住者は55%で、残りはそれ以外の収入のものが住む。収入の変化に応じ、退去を求められることはない。
  • オランダの社会住宅の家賃は2000年データで平均320ユーロ(48000円)。平均居室面積は61㎡である。
  • 社会住宅または民間借家の家賃は、政府が規則で定める「住宅格付けシステム」により計算された適正最高家賃以下としなければならない。このシステムは一般に「ポイントシステム」と呼ばれ、面積や設備、住宅タイプ、周辺環境等の合計ポイントで計算される。
  • 社会住宅または民間借家に入居する世帯は、世帯構成、年齢、課税対象額、実家賃額に応じて家賃補助を受け取ることができる。家賃補助を受ける世帯の最低自己負担額は166ユーロ(24900円)となっている。最高適正家賃から、世帯の状況によって別途計算された適正自己負担額を差し引いた額が家賃補助される。補助対象となる最高家賃は541ユーロで(81150円)で、この額を超えると家賃補助の対象とはならない。
  • 社会住宅の入居者の募集と決定は、従来は地方自治体が待機リストにより決定する方式が一般的だったが、必要度判定の不透明性等から、最近は広告モデルと呼ばれる方式が増えてきている。これは、空家募集の詳細を新聞等に公表し、それに適合する入居資格を持つ希望者を募るもので、重複する場合は待機時間や現住宅の居住歴など公開された客観的な基準で決定する。

 理想的とされるオランダの社会住宅制度だが、住宅協会の経営自立に伴い、そのシェアは次第に落ちており、持家化を促す傾向の上にある。入居者決定方式についてもまだ試行錯誤がされているようである。

 家賃補助制度が前提としてある社会における制度であり、日本ですぐに真似するのは相当に困難である。ただし、最低自己負担額が想像以上に高額であることには驚いた。この家賃を負担できない世帯に対しては、別途、生活を支える仕組みがあるということだろう。家賃補助制度が単独で存在しているのではなく、社会制度設計全体の問題であることがわかる。

 近く、訳者の角橋氏を迎え、講演会を予定している。その際に、本書を読んで感じた疑問などを確認することにしよう。

 イギリスやデンマークの状況などを勉強し、社会住宅制度については概ねの状況を理解してきた。これらの国はいずれも人口が中小規模であり、住宅供給と家賃補助が別セクターの仕事として実施されてきた経緯を持つ。

 日本は歴史的に家賃補助制度を持たず、かつ約10年前の公営住宅における応能応益家賃制度という限定された歪な形での家賃補助制度(それも公営住宅入居者にとってはかなり理想的・優遇的な)を導入してしまったという経緯が現在の混乱をもたらしている。これを修正するにはかなりの腕力と工夫が必要だろう。今後は、人口が1億人を超える国における生活保護と家賃補助制度の状況を勉強する必要があると感じた。

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