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2010年9月

2010年9月21日 (火)

「オランダの社会住宅」訳者の角橋氏に聴く

 「オランダの社会住宅」の訳者で「オランダの持続可能な国土・都市づくり」の著者である角橋徹也氏の講演を聴く機会があった。私が幹事を務める都市住宅学会東海支部公共住宅部会主催の講演会の講師になっていただいたもので、角橋氏へのアポイントメントから終了後の懇親会とその後のやりとりまで対応させていただき、大変勉強になった。

 講演は、角橋氏の熟年留学後に執筆した2冊の本の内容をなぞるもので、前半、「オランダの持続可能な国土・都市づくり」をベースにしたオランダの国土、歴史、文化等に関する説明があり、その後、オランダの住宅事情、政治状況から、社会住宅制度の内容、運用、住宅協会の状況等の詳細に入っていった。

 内容をたどるのは、先に紹介した2冊の本とダブるので省略し、レジュメに書き留めたメモを参考に、特に心に残ったことを記しておきたい。

 まず、オランダの干拓の歴史と社会状況・人口動向の変化等が語られたが、「干拓の文化=協議の文化」というメモが残されている。まさに2冊の本を通して書かれていたことで、「協議の文化」からオランダの社会住宅は生まれ、支えられている。逆に言えば、それがない日本で単純に導入しても成功は難しい、ということかもしれない。ひとえに社会制度は国民の民度に支えられ、反映するものだ。

 1901年に住宅法が制定されるが、これは1875年以降の人口急増を背景にしている。特にオランダは第一次世界大戦に参戦しなかったため、戦争被害による停滞や都市破壊などもなく、劣悪な民間開発が急速に進む中で、都市計画法と一体となった住宅法が制定された。すなわち、1万人以上で20%以上の人口増加している自治体に都市計画の策定を義務付け、都市計画は建築家が主導し、美観・景観に配慮した都市づくりと住宅供給が進められた。また1920年代は赤いウィーンと呼ばれた社会・共産主義の時代で、西欧各国で低所得者向けの社会住宅の供給が始まった。アムステルダムに今も残る1920年代に建築された社会住宅は大変美しいものだと言う。

 第2次大戦後は、民間賃貸住宅の家賃が凍結され、その後衰退した。「社会住宅のマクロ経済化」とパワーポイント・データのタイトルに書かれていたが、住宅政策は常にオランダの政治課題として挙げられ、国民の関心も高い。また、土地事情も日本と大きく異なる。干拓で作られたオランダの国土は、その多くを政府や自治体が所有し、貸地されている。よって住宅事業者は社会的に連帯する「社会的企業家」にならざるを得ないのだと言う。

 オランダの住宅施策は、①社会住宅の供給、②家賃補助、③持家化促進が3大施策だと言う。家賃補助については、「オランダの社会住宅」にも詳述されていたところだが、いくつか十分記述されていなかった点について聞いてみた。

 まず、家賃補助は家主に直接支払われる。また、住宅格付システムに立地の項目がない。これは、国内でほとんど地価の差異がないのが原因らしい。政府は毎年、建設時の最高適正家賃を定めるとともに、家賃最高値上げ率も設定する。なぜ「値上げ率」なのか? 「経年変化による老朽化や物価に連動した家賃低減はないのか?」と問うたが、明確な回答はなかった。たぶん私の質問が下手だったのだろうが、経年変化というのは日本特有の家賃決定ルールのような気がするし、物価・賃金等はこの間ずっと上昇局面だったということか?

 入居者選考基準について、「誰が選考するのか?」と聞いたところ、「自治体の計画に基づき住宅協会が選定する」という答えだった。なるほど。

 これは「オランダの社会住宅」にも書かれていたことだが、オランダの家賃制度では、所得階層が最低ランクの者であっても、最低24,900円は自己負担となっている。日本の公営住宅制度では、これよりも低い家賃負担しかしていない世帯が非常に多く、運よく公営住宅に入居できた者には厚く、不運な者には薄い、受給格差が問題である。

 さらにオランダにおける最低就労収入(最低賃金)と社会保障給付額(生活保護給付金)の比較表が示されたが、65歳以上の世帯で若干逆転している他はきちんと整合しており、日本のように生活保護世帯の方が最低賃金で生活する非生活保護世帯よりも高収入という逆転現象は生じていない。

 ちなみに、日本の生活保護世帯の住宅扶助額は、2人以上の世帯には特別基準の1.3倍額が適用され、東京都で69,800円、名古屋でも46,600円が最大支給される。公営住宅の応能応益家賃額を大幅に上回っていることは言うまでもない。

 なお、参加者から指摘があったが、収入分位別の住宅種類の図表で、収入分位が低い世帯ほど民間賃貸住宅入居が多くなっており、社会住宅の最低負担額を下回る家賃で提供される劣悪な民間賃貸住宅の存在を示唆しているのではないかと思われる。日本でも民間住宅施策をどうするかは重要な課題である。

 講演会後、角橋氏を囲んで懇親会が開かれた。幸い近くの席で、角橋氏の人生についてさまざまな話を伺うことができた。大阪府職員時代に組合活動に深く関わり、53歳にして府知事選に立候補。あえなく落選したものの、その後立ち上げた都市計画コンサルタント業務は、知事選での知名度や縁でそれなりに仕事も回ってきて(特に住宅問題に関わる弁護士からの斡旋が多かったと振り返る)、10年間、コンサルタント稼業で生活した。その間、TOEICにチャレンジ、ある程度の英語力を身につけて一念発起。夫婦でオランダへ留学。その時の勉強が今回の2冊の本に成果としてつながっていると言う。

 夫婦留学の経験を記した本「オランダにみるほんとうの豊かさ-熟年オランダ留学日記」を上梓されている。実は講演会終了後、角橋氏からこの本を贈っていただいた。「おまえももっともっと人生にチャレンジしてガンバレ」という叱咤激励だと感じた。甘んじて受けたいと思う。角橋氏と私との違いは、オランダと日本との違いほど遠くないはず、だから。

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2010年9月14日 (火)

地域再生の罠

●日本の「地域づくりの視点」は、先に欧米の器や制度を「技術的・表面的」にみて、その技術・表面を日本にそのまま持ち込んで、それに「市民が合わせることを強要」されている。・・・日本は専門家、自治体から商店主まで、公益と市民への配慮が感じられない。(P204)

 第6章「市民と地域が豊かになる『7つのビジョン』」の最後に書かれた文章である。まさにそのとおりだと思う。「7つのビジョン」については、この章の始めに書かれている。それをそのまま書き出すことはしないが、要は「『市民』と『交流』を重視した地域づくりをめざせ」ということである。

 このことに異議はない。しかし「はじめに」から強烈な批判で始まる。批判の対象は「土建工学者」だ。

●衰退する地方都市には、象牙の塔に暮らす土建工学者の夢想で造られた「同じような顔の器や箱物」が数多く存在する。そうした「無個性な器」は、地域市民から愛されず、利用度も芳しくない。それを土建工学者は「成功事例」として賞賛し、その模倣を他の地方都市に奨励する。このような虚構が今もなおまかりとおっているのである(P012)

 え! 「はじめに」から絶句してしまった。「土建工学者」とは誰? 本文をたどっていくと、どうやら「土木、建築、都市計画、都市工学の技術分野の学者」(P171)のことらしい。私の少ない交流の範囲では、確かに筆者がステレオタイプで描くような学者もいないことはないが、多くは「市民主体」や「利用者目線」の重要性を理解しているし、その趣旨の発言をすることがほとんどである。

 もう一人、筆者が批判の対象とするのが、「自治体職員」である。こんな文章がある。

●商店街再生は企業再生と同じように「選択と集中」が不可欠なのである。企業再生の場合、資源・事業の「選択と集中」の判断は、・・・全体を統括する経営者が行う。同様に、商店街の存続・支援の「選択と集中」の判断も、現場つまり各商店街ではなく、自治体が行うべきだろう。(P056)

 え! ホントですか? 確かに補助金の交付先を決定するのは自治体だろう。しかし自治体職員に「選択と集中」の権限が委ねられる事態は望ましいものではない。権限は「市民」にこそ委ねられるべきだ。そしてほとんどの自治体では、この種の補助金の交付先の選定については、客観的な基準に拠っているはずだ。そうでなければ、選定されなかった商店街の衰退について、どうして自治体が責任を取れるのか。

 優秀な自治体の事例として(「成功事例を模倣するな」と言いつつ、優良事例の紹介があるのが、面白いといえば面白いが)、岩手県滝沢村と佐賀県武雄市が紹介されている。しかしこれらの自治体で政策の決定を行ったのは首長である。そして首長が職員の怠慢を嘆くおなじみの言説が紹介されている。違うのだ。職員は責任を取る人間が現れれば優秀に働く。無責任になるのは、責任を押し付けられるからだ。2030年後の結果責任を押し付けることができる相手は、現状では自治体しかない。だから自治体職員は後輩を苦境に立たせることがないよう、首長の命令がなければ極力動こうとしない。つまり責任を取るべきは、首長であり市民である。

 こうした大きな勘違いを除けば、商店街の衰退に対する基本的な認識は正しい。「商店は過剰」であり、今後の商店街は「交流の場」として位置付けることによってのみ存続しうる。しかしそのためには商店主だけに委せては難しい。交流の場の創造と維持は経営的には成り立たないから。

 第9章は「公益支援は交流を促す公益空間に集中する」というタイトルが付いている。その指摘は正しいと思う。P246に書かれている具体の提案は、要約すると、「市民主体で公益空間の計画を策定し、公益空間の土地の減免措置や集中的な開発・公的支援を行え」ということである。たぶんかなりリーダーシップを持った首長の存在と私利私欲に走らない多くの市民の理解が必要だろう。また一部の反対派市民の異議に議員が易々と乗らない政治的風土が必要だ。それは現在の日本では、よほど小さな自治体でなければほとんど難しい。

 しかも、公益空間は商店の経営的な発展を直接にはもたらさず、市民の愛着と交流の場として維持していくのだ。「地域の再生とは何か?」「市民と地域が豊かになるとはどういう状態を言うのか?」 この点についての深い意味での市民合意が必要だ。

 この本に点数を付けたら何点になるかと読みながらずっと考えていた。90点? 80点? 読み進めるに従い点数が下がり、最後は50点かなと思った。提案の実現性と提案実施後の満足度を考慮するとそんなもんだろう。「地域再生の本質は、経営的な発展ではなく、地域の存続である」。このことが十分説明されていれば、もっと点数をあげられるのだが。もっともそうすると本書の売上や筆者のカリスマ度は下がるような気がするが・・・。

●根本問題の本質は「商店の過剰」にある。・・・「商店の数が多すぎる」ことを出発点として商店街再生の方法を考えれば、論点はつぎの二つに収束する。ひとつは「どの商店街を残すか?」、もうひとつは「残すと決めた商店街を、それぞれどのように支援するか?」。つまり「選択と集中」が求められるのである。(P055)

●もともとスローフード発祥の地イタリアでは、スローフードの<本質>は、家族や友人など身近にいる大切な人と余計な金を使わず、ゆっくりと楽しい時間を過ごすことにある。つまり、スローフードの本質は「大切な人との交流」という一点に尽きる。(P080)

●地域再生とは、・・・今時の若者たちに、彼らの暮らしを営んでいる地域を愛してもらい、地域に定着してもらえるための仕組みを創ることでもある。(P104)

●西欧人は老いも若きもアクティブだ。人と交流することが好きで、人が集まる賑やかな場所に毎日のように出かける。彼らの交流は損得勘定ぬきで、彼らは論理的ではないユーモラスなお喋りを延々と楽しむ。スローフードの本質はここから生まれた。・・・西欧人がコンパクトな環境に住むことは、彼らのライフスタイルを実現し、幸せになる手段である。ここにコンパクトシティの本質がある。(P153)

●日本の「地域づくりの視点」は、先に欧米の器や制度を「技術的・表面的」にみて、その技術・表面を日本にそのまま持ち込んで、それに「市民が合わせることを強要」されている。・・・日本は専門家、自治体から商店主まで、公益と市民への配慮が感じられない。(P204)

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