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2010年11月

2010年11月29日 (月)

名古屋城本丸御殿の復元工事

Dsc01160  グランパスが優勝した。名古屋城の金の鯱(しゃちほこ)がことさら輝いて見える。

 名古屋城は慶長15(1610)年、徳川家康がいわゆる「清洲越」と言われる清洲城からの遷府を決定し、加藤清正・福島正則らに命じて普請、1612年に完成した平城である。

 1615年には本丸御殿も完成し、その後、徳川家から明治後には陸軍省、宮内省、名古屋市と所有者が移管しつつ、その偉容を誇ってきた。しかし昭和20(1945)514日、名古屋を襲った大空襲とともに被弾・炎上。金の鯱もろとも灰燼に帰した。

 その後、天守閣は市政70周年事業の一環として昭和34(1959)年に鉄骨鉄筋コンクリート造により再建されたが、本丸御殿はそのままとなっていた。

 しかし平成に入った頃から名古屋財界等も巻き込んだ復元運動が繰り広げられた結果、20091月、いよいよ復元に向けて工事が着手された。復元見直しを公約にした河村市長の当選により、一時、復元工事の前途が危惧されたが、20108月復元継続を発表。現在、平成25(2013)年の第1期工事が鋭意進められており、全体としては第3期まで、平成30(2018)年の完成・公開をめざしている。

 今回、愛知建築士会主催により見学会が開催されたので参加した。名古屋市の担当職員及び工事請負業者の現場担当者から復元までの経緯や現場の苦労などを聴講。その後、素屋根下で進められている復元工事現場と城内の一角に設置された木材加工場・原寸場を見学。これらは一般入場者にも曜日等を限って公開されている。

 本丸御殿復元を求める運動は、元上司が積極的に関わっていたこともあり、かなり初期から知ってはいたが、今回説明を聞いて、復元したいと思う気持ちがよく理解できた。

 一つは、本丸御殿の格式の高さ。現在、本丸御殿が現存するのは、高知城、川越城など数少ない。熊本城は2008年に復元完成したが、名古屋城本丸御殿は規模・格式ともにこれらの上を行き、現存する御殿では二条城と同程度のレベルだという。

Dsc01165_2  そして復元機運が盛り上がったもう一つの理由が、建物が終戦前まで残っていたことから、文献や古写真、実測図などが数多く残され、史実に忠実な復元が可能であったこと。例えば、二条城を越えるレベルの御殿は江戸城の本丸御殿は大政奉還の直前1863年に火災で焼失、復元に足る史料は残っておらず、名古屋城のような復元は不可能だという。

 レベルの高さ、そしてそれが史料的に可能な唯一無二な御殿であること、さらに宮大工などの伝統的技能者の減少傾向が拍車をかけ、今こそ復元工事をという機運が盛り上がったと言える。

 さて、史料が残されているとは言え、復元工事である。通常の文化財の改修工事であれば文化庁が担当するが、この工事は名古屋市が施主である。文化庁の外郭団体である文化財建造物保存技術協会に実施設計を委託、建築基準法第3条適用除外規定を適用し、史料に基づいた材料・工法により復元工事をしている。

 木材は木曽ヒノキ、屋根は柿葺き、金物は用いず、仕口等は手刻みで加工し、組み上げていく。現場担当者が言うには、文化財工事であれば数年前から伐採・乾燥された木材が支給されるのが通常だが、今回の工事は請負業者が調達する必要があったが、当時のような長径木の木曽ヒノキを入手することは非常に困難だったと言う。

 伝統的工法という面では、着工後、名古屋工業大学の先生から、「背割り」の実施と、柱と基礎の固定方法について疑義が出されている。「名古屋城本丸御殿ホームページ:本丸御殿復元工事に関する報道について」に、この問題についての当局の見解が示されているが、材木が支給材でなく、工期が予め定められていたという点がその背景にある。よって、この見解は極めて妥当なものと思われた。もっとも今回はその当局側からの説明しか聞いていないので、反論もあるかもしれない。

Dsc01166_2  柱と基礎との固定方法についても、江戸時代にはクレーンはなかっただろ、というのは言いがかりのような気がしてならない。当時は石場立てだったわけだから、金物で補強するよりは、柱芯にボルトを仕込む方が適当だと思う。

 また、特に問題になっていないようだが、柿葺きの材料は本来サワラであったが、材料が集まらないため、今回、スギに変更したと言う。耐久性では多分サワラの方が上だと思うが、定期的に補修・葺替えをするのであればどちらでも支障ないということか。ただし、補修・葺替え経費が将来的に負担になる恐れはある。本丸御殿全体の建設後の維持管理費はどう考えているのか、現時点であまり詳らかではないようだが。

 本丸御殿自体は享保13(1728)年に、維持管理等の都合で柿葺きから瓦葺きに変更している。この点について市担当者は「御殿がよく利用されていた創建当時に戻す」と復元の意義を強調されていた。それはよく理解できるが、そのうちに維持管理の都合で瓦葺きに変更される可能性もなきにしもあらず。もっともそういう順を踏むこと自体が歴史により忠実という言い方もできる。

Dsc01168  さて工事現場であるが、まだ玄関棟の屋根組みが終わったところである。それにしては非常に大きなもので、第1期工事分だけでも、この数倍の規模になる。全体が完成したらその規模の壮大さはどれほどのものだろう。小屋組みの横に土壁用の泥舟が置いてあった。案内者に聞いたところ、土は各務原や関のものを使用。ワラを混ぜて7ヶ月ほども練り込み、十分粘りが出た土を使用しているとのこと。土にもこだわっている、ということ。

 木材加工場や原寸場も見た。確かに木材の径は大きい。また手刻みで加工している点も興味深いが、それ以外は見慣れた木材加工場と大きな違いはない。しかしこうした状況が常に公開されているというのは意義がある。もっとも私たち以外の見学者は皆無だったが・・・。

 名古屋城の入場料は1500円だが、1年有効の年間パスポートは2000円で購入できる。年間パスポートを買ったらと同僚には言われたが、今回は遠慮した。全部が完成するまでにはまだだいぶ時間がかかる。年に1回位、定期的に工事の進捗状況を見に行くのも面白いかもしれない。いずれにしても完成すれば「どえりぁ~」建物になることは間違いない。河村市長好みだろうなあと思う。

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2010年11月25日 (木)

非営利住宅セクター(社会的企業)による住宅供給と英米住宅政策比較

 都市再生機構都市住宅技術研究所を今年の7月に退職。今は法政大学兼任講師として教壇に立つ海老塚良吉氏に、「非営利住宅セクターによる住宅供給(日本と欧米の状況)」と題して講演をしていただいた。

 海老塚氏には昨年の11月に「民間非営利組織による住宅事情」と題して、同氏の著書「NPOが豊かにする住宅事情」をベースにした話を伺ったばかり(「民間非営利組織による住宅供給と貧困ビジネス」だが、今回は特に欧米の非営利セクターによる住宅事情にも重きを置いて報告していただくよう依頼をさせてもらった。これを受けて、イギリス、アメリカの最新の住宅事情について多く話していただき、大いに勉強になった。

 イギリスでは、有名なサッチャー政権下での公営住宅払い下げ以降、公営住宅の戸数が年々減少してきたが、1997年の労働党政権後はHA(ハウジング・アソシエーション)への移管が急速に進められ、さらに減少に拍車がかかった。2007年現在での内訳は、持家70%、民間借家13%、公営住宅9%、HA住宅8%とHA住宅が公営住宅に肩を並べようとしている。

 一方でイギリスの住宅事情は、2008年後半からの経済後退を受けて、住宅着工戸数が減少。住宅価格も下落する中で、地域的に偏在して発生する住宅需要に対して、十分な住宅供給ができない状況にあり、2007年住宅緑書で目標とした年間24万戸の住宅建設は困難な状況になっている。

 こうした中で、現在は低価格持家(シェアド・オーナーシップ)の建設を促進する政策を積極的に進めている。低価格持家については様々な仕組みがあるようだが、所有権の一部だけを譲渡し、残りは家賃を支払う方式が一般的なようで、家賃に対しては家賃補助の対象となることもあって、最近戸数を伸ばしているとのことだった。

(注)詳しくは次のサイトをごらんください。「賃貸経営110番:イギリスの住宅政策~持家政策への大きな転換」

 また、家賃補助についてはイギリス全体で約26千万円、全世帯の約2割に当たる449万世帯が受給している。1ヶ月の補助額は平均で民間借家6万円~公営住宅39千円で、福祉政策を担当する労働年金省が所管している。

(注)「イギリスの住宅給付-家賃補助の歴史と現況-」(海老塚良吉:月刊住宅着工統計)

 一方、アメリカの公営住宅はわずか1.2%に過ぎず、民間非営利組織によるものに至っては0.5%に過ぎない。民間借家30%のうち家賃補助が行われているものは2%とのことである。2010年の住宅都市開発省予算は463億ドル。このうち約260億ドルが家賃補助で占められ、公営住宅の改修・運営費は68億ドルとなっている。民間非営利組織による住宅事業に対しては税控除等による支援が行われているが、年間建設戸数は全住宅の2%程度である。

 また、アメリカのホームレス住宅事業については、住宅都市開発省が中心となって生活支援も含めた継続的なケアを行い、ホームレスの自立支援を図っている。イギリスでは家賃補助は福祉部局の所管だが、アメリカでは額は少ないとはいえ住宅都市部局が所管し、かつホームレス対策と限定的だが、生活支援まで実施していることは注目に値する。

 日本の非営利セクターによる住宅事業としては、品川区の廃校を活用して社会福祉法人が高齢者向け賃貸住宅と保育園、高齢者福祉施設を整備した「ヘルスケアタウン西大井」、「グループリビングCOCO湘南台」、「名古屋南医療生協 グループホームなも」、ホームレス支援住宅を供給する「ふるさとの会」や「ほっとポット」、さらにシェア居住の事例として「たいとう歴史都市研究会」などが紹介された。

 意見交換では、(1)品川区のように行政が継続的に家賃補助を実施していくことは、現状の多くの自治体では困難であること、(2)家賃補助のない状況での非営利セクターによる住宅事業は、小規模な組織では土地取得や建設費確保の点で資金的に厳しいこと、(3)日本の高齢者住宅や民間住宅支援は営利セクターを想定し制度設計がされており、なぜ非営利セクターにこだわるのか、といった内容が話題となった。特に3番目については、海老塚氏自身も「最近は、社会的企業に期待した方がいいかなと思っている」と感想を述べられたが、私もそれが現実的ではないかなと思う。

 わざわざ東京からお越しいただき、有意義な意見交換ができた。日本もそろそろ家賃補助について真剣に考えるべき時に来ている。現在、公共住宅政策を一義的に担っているのは地方自治体である。橋下知事の大阪府では、住宅バウチャーの導入と府営住宅の将来的な半減を内容とする大阪府財政構造改革プラン(案)を公表したところだが、こうした政策がすべての自治体で取組可能かどうかよくわからない。URなどの公的住宅セクターなどもうまく活用し、全国の自治体で受け入れられるような政策転換の方策を検討していく必要があると思われる。

(注)Wiki「社会的企業」

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2010年11月18日 (木)

公共住宅団地の高齢化を考える

 世の中「高齢化ばやり」である。年金問題、介護福祉の問題、地域の衰退・・・。さまざまな事柄が高齢化に結びつけられて問題とされている。それはある意味、事実だが、それを課題と考えるかどうかは、課題視する側の事情や意識に拠る。事象に伴う将来像を描き、対応可能な条件を踏まえ、現実的な解決策を考えることが必要だ。課題を騒ぎ立てても、解決するわけではない。条件を満たさない解決策を振り回しても、関係者を困らせるだけで、現実的な解決にはつながらない。実は関係者を困らせることが、課題や解決策を騒ぎ立てる本当の目的だったりする。それは本当に困るのだが・・・。

 で、書きたいのは、公共住宅団地の高齢化は本当に問題か、ということである。

 ニュータウンの高齢化が指摘されるときに、その要因として、開発時に集中的に居住を開始した世代の一斉の高齢化ということが言われる。公共住宅団地の高齢化も恐らく同様の現象が多少小さい単位で発生している、と捉えることができる。

 日本の人口自体が高齢化している。団塊の世代の高齢期突入とともに一段と高齢化率は高まっている。数年前、過疎の町で働いたとき、面白いことに気付いた。過疎の町は団塊の世代が高齢期になっても、町の高齢化は進行しないのだ。なぜなら団塊の世代がいないから。高度成長期に都市部へ大量移住した結果、過疎の町の人口ピラミッドには日本全体の人口ピラミッドのような歪な膨らみがない。もちろん高齢者率は既に高い率に達していたわけだが、将来的な高齢化率は都市部よりも低い率になる可能性がある。つまり高齢化率は地域的に偏在しているのだ。

 ところで、60歳を過ぎると途端に介護が必要になるということは全くない。もちろん介護が必要な者の割合は年齢とともに高まるが、最近の高齢者を見ていると、75歳までは比較的元気な方が多い。

 ちなみに、東海学園大学の三宅先生の論文によると、高齢者の年齢別・介護度認定者の比率は、6569歳で約3.5%、7074歳で約7%、7579歳で約14%、8084歳で約28%、85歳以上で約56%と倍々で増えていくそうである。ただし、これは要支援と要介護を加えた数字で、要介護2以上の重介護者はこれらの数字の約半分程度だという。しかも母数は、高齢になるほど死亡するので、どんどんと減少していく。高齢化に伴う介護福祉の問題を論じるのであれば、要介護者の割合と実数に関する推計が必要である。

 高齢者と言ってもかなり元気なのだ。世間では、元気で裕福な高齢者をターゲットにしたビジネスが花盛りだが、介護福祉問題を課題とするのであれば、介護が必要な高齢者と介護を行う人の割合を考えた方がいい。そして介護を行う側の人間は必ずしも若い人ばかりではなく、高齢者も勘定に入れればいい。

 公営住宅の自治会から「高齢者ばかりになって自治会活動の担い手がいない」という話をよく聞く。しかし若い世帯が増えたとしても、彼らが自治会活動に担い手として期待できるか疑わしい。外国人世帯ばかりだからではない。今の若い世帯の多くは共働きだからだ。若しくは片親世帯だ。妻が専業主婦をして低所得でいるのは、かつては当たり前だったが、今では考えられない。低所得であればなおのこと、主婦も働きに出る。若い世帯も忙しいのだ。自治会活動を担っている余裕はない。

 しかして、余裕がある人たちがいる。元気な高齢者だ。

 実は、彼ら(男性)が若いときには、自治会活動は妻に押しつけ、企業戦士として戦ってきた。自治会の役員は当時も高齢者だったが、担い手は専業主婦たちだった。自らが自治会の役員になったとき、団地には専業主婦はいなくなってしまった。当時自治会活動を担っていた自分の妻たちは、自治会活動などもうまっぴらだと言っている。なにより彼女らには、自分の世話や遊びの相手を務めてもらわねばならない。自分自身が担い手の勘定に入っていない。高齢者は担い手になれないと、端から勘定に入れない。その方が自分自身にお鉢が回ってこなくて都合がいい。結局、「高齢者ばかりで自治会活動の担い手がいない」という話になる。

 しかし、もっとも時間に余裕のある人は自分たち、高齢者である。もちろん、30代・40代の専業主婦のように能率的には仕事が捗らないだろう。だが時間は腐るほどある。病院へ通ったり、日本全国を旅行して回ったり、子供・孫世帯の世話をしたり、仲間でゴルフや趣味に興じたりしている時間の一部を割いて自治会活動に充てれば、かつてよりもはるかに多くの(自治会活動を担うことのできる)時間と人があるはずだ。

 もちろん元気な高齢者もいつかは介護が必要になり、また亡くなったりする。高齢化率は高いのだから、将来的には要介護者率も高くなるだろう。しかし、それは将来のことだ。「居住者の自由時間の合計」に対する「要介護者率」の割合は、当面しばらくの間は低下を続けるのではないだろうか。これが上昇し始めたときこそが、本当の高齢者問題だと思う。

 一方、「居住者の自由時間の合計」に対する「被保護者率」(幼児など保護が必要な人の割合)の割合はかつての高度成長期の方が、はるかに高かったような気がする。もちろん自由時間を行使できる人のパフォーマンスの問題もあるので、一概に割合だけでは論じられないだろうが、「高齢化=社会問題」と即断するのは問題ではないか。

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