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2011年1月

2011年1月28日 (金)

居住福祉におけるバウチャー・システム

 日本福祉大の丸山教授に話を伺った。内容は「居住福祉のバウチャー・システム」。先生には5年前にお会いした時から「アメリカ型の住宅バウチャー制度の導入が必要」という持論をお聞きしていたが、当時は「バウチャー?What?」という状態で、全く理解できなかった。

 バウチャー(voucher)とは、辞書を引くと「伝票」「領収」と出てくる。特定の受給資格者に対して配布される配給券と理解していたが、先生によれば、本来はcertificate「取引証書」のことで、オンライン取引が普及したことにより「voucher」の使用が普通になったのだそうだ。先生は「用途を限定した公的な支払証書」と定義されていた。

 それでは、「バウチャー・システム」とは。これについては「社会保障計画の一環として、公的扶助受給資格のある人々が選択の自由を行使して民間部門の財・サービスを利用し、その代金の全部または一部を公共部門が当該世帯に対する社会手当支給の形で支払うシステム」と書かれている。利点は、社会サービスを国家独占から開放し、民間部門の自由参入が図られる点を強調している。経済学者らしい観点かもしれない。

 アメリカの教育バウチャーが有名だが、EUでは、失業者に対する訓練・教育のためのバウチャーや雇用者に対して一定金額を支給する雇用バウチャーが提唱された。これは、雇用者が賃金の一部を雇用バウチャーで補填することが可能であり、雇用促進に直接的効果があるということだった。

 アメリカでは、公営住宅が非常に限定的にしか存在しないため、セクション・エイトにより導入された住宅バウチャーが実質的・唯一の住宅セーフティネット制度になっている。このプログラムには「プロジェクト・ベース」と「テナント・ベース」の2種類があり、後者は、資力調査を受けた低所得者に対して、家賃と所得の30%との差額をバウチャーとして連邦政府が支払うもの。ただし、大家側にも資格審査があり、一定の実績等が必要になる。

 テナント・ベースの場合も含めて、受給者の人気は高く待機リストは34年に及んでいると言う。逆に、34年で順番が回ってくるという点が理解しがたいと思ったが、どうやら、スラム化対策として住宅バウチャーだけでなく、医療や雇用、教育などの生活支援も一体となって取り組むことで、住宅バウチャーから抜け出す世帯が一定程度あるということのようだ。

 現在の日本では一旦、底辺層に落ち込んでしまうと、そこから抜け出すのは相当に大変という感覚があるが(考えてみるとこうした格差固定感は、最近になって急速に日本人に刷り込まれた意識かもしれない。)、アメリカの社会構造はいまだにある程度流動的ということだろうか。丸山先生が指摘されていたのは、アメリカの社会格差の状況は底辺層にかなり集中しており、黒人などでは貧困率は25%以上になるという。日本でも貧困率は15%を越えたとして一時、新聞にも取り上げられたが、このあたりの認識が今ひとつ実感を持てない。

 もう一つ留意したいのが「資力調査」だ。日本の公営住宅では、収入調査しか行っておらず、大きな金融ストックを保有する年金生活の高齢者などの入居を排除できない。しかし住宅バウチャー受給資格審査において実施する資力調査では、資産調査も実施しているという。これには総背番号制が導入され、簡単に預貯金等の資産も把握できることが背景にあるようだ。これはヨーロッパの家賃補助制度においても同様。先日お聞きした角橋先生もオランダの社会住宅制度においても同様のことをおっしゃっていたように記憶する。

 同席者の話によると、プロジェクト・ベースの住宅バウチャーは、スラム化する事例も多いと言う。34年の待機が必要になるということで、予算が必要額に満たないという状況が窺えるが、一方で大家側の制約もある。大家とすれば、貧困層が住み着きスラム化して資産価値を落とすことは避けたい。結局、住宅バウチャー利用可能として登録する住宅は、空家が多い住宅か、プロジェクト・ベースで初期リスクの軽減を図りたい場合ということのようだ。ちなみに登録住宅について、住宅面積等の要件はなく、あくまで大家の実績や資力等だけが規定されていると言う。

 結局、低所得者の状況、予算の状況、そして住宅供給側の事情がうまく絡んで、一定のところに落ち着いていると考えればいいのだろうか。最近、日本でも民間賃貸住宅の空家活用が言われ始めている。公営住宅としての借り上げを公明党などは主張しているが、自治体の財政状況も厳しく、実施できる自治体は限られるだろう。賃貸住宅業者に乗せられて相続対策でアパートを建設してしまった大家救済といった雰囲気もあり、胡散臭い感がしないでもない。しかしアメリカ型のバウチャー制度であれば、入居者・予算・住宅登録状況の三すくみの状況が意外にうまいバランスを生むのかもしれないと淡い期待を感じた。

 丸山先生の話は、その後イギリスの住宅制度に移っていったが、多くはこれまでにも聞いていた話と同じなので省略。

 最後に、住宅バウチャー・システムの長所として、(1)民間賃貸市場の活用、(2)公営住宅の建設を忌避し、住宅困窮者対策を隣接自治体に依存する行政のモラルハザードの防止、の2点を、短所として、(1)現状の縦割り行政に対応しづらいこと、(2)技術職員が不要となることによる地方自治体の行政改革の必要、の2点を挙げられた。

 問題は現行の公営住宅中心の制度からどう転回をするかである。先生からは、公営住宅を建て替えて市場家賃住宅とし、従前入居者に住宅バウチャーを適用する方法が提示されていたが、建替が遅々として進まない状況や当面、従前入居者だけに受給者を限定する点に課題が残る。

 しかし、ヨーロッパ型の家賃補助よりもアメリカ型の住宅バウチャー制度の方が、多くの民間賃貸住宅があり、かつ空家が増えているという点で、日本の現在の住宅状況に適合的かもしれない。いい話を聞かせてもらった。さらにいろいろ考えてみたい。

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2011年1月25日 (火)

大塚女子アパートメント物語 オールドミスの館にようこそ

 同潤会の大塚女子アパートメントは2003年に取り壊された。スクラッチタイルの柔らかな外観。中庭のやさしいデザイン。食堂や浴場、音楽室、日光室もある豊かな空間は、何度か写真で見たことがある。男子禁制のそのアパートでは、独身女性たちが快適な生活を営んでいた。本書は大塚女子アパートで生活していた数人の女性たちの人生を紹介しつつ、大塚女子アパートが建てられ壊されるまでの時代の女性史を描いている。

 建築当時はおしゃれなアパートとしてモダンガールたちの羨望を集めた。同潤会が定めた男子禁制という規則には、入居者たちにより抗議運動が展開されたという。しかし時代はまだモダンガールたちに冷たく、興味本位のゴシップ記事も多く書かれた。婦人公論などの女性誌を紹介し、建築当時の女性観などをひとしきり描いた後、第3章以降、大塚女子アパートに住んでいた著名女性たちの人生を紹介していく。

 「女人芸術」の編集者、素川絹子と熱田優子。一時、谷崎潤一郎の妻となった古川丁未子、ロシア人でバイオリニストの小野アンナ、推理小説家でシャンソン歌手の戸川昌子、そしてフェミニズム・リーダーである駒尺喜美。

 素川絹子と熱田優子は、戦争に向かう時代にあって地下非合法活動に邁進していく女性たちを描く。古川丁未子で描かれるのは、戦前モダンガールたちの意外に古風な女性観だ。小野アンナの物語はロシア革命から逃れて日本に渡ってきた女性とその家族の数奇な運命を描いてみせる。ちなみに小野アンナの夫の姪はオノ・ヨーコである。

 戦後の焼け跡の中、偶然、玄関ホールに難を逃れ住みついた戸川昌子の人生も戦後の必死に生きていた人々を思い起こさせる。それ以上に興味深いのは、東京オリンピックの都市改造ブームの中で大塚女子アパートが4mも曳家されたという事実だ。このときに閃いたインスピレーションから戸川のデビュー作「大いなる幻影」は書かれたという。

 そして駒尺喜美については、その人生もさることながら、このときの生活体験が彼女をシングル女性の住まいに関心を向けさせ、いくつかのシニアハウスを実現させたという。だいぶ以前のことになるが、中伊豆のライフハウス友だち村を訪ねたことがある。このときに田嶋陽子や駒尺喜美も住んでいると聞いた。本書を読んで駒尺喜美の名前を久しぶりに聞いた。シニアハウスや高優賃の原点は大塚女子アパートにあったことになる。今さらながら、大塚女子アパートの先進性を感じる。

●入居申し込みの倍率は20倍にもなったという。なぜなら、大塚女子アパートはホテル並みのサービスと施設が用意された、仕事をもった女性にとって憧れの住まいだったからである。(P27)

●独身の職業婦人について、同潤会は当時の花形だったタイピストなどをイメージしていたと考えられる。だが、マスコミなどでモダンガールの見本のようにもてはやされても、実際の生活はかなり厳しかった。・・・当時の職業婦人はそういう社会の荒波にもまれていたのだから、大塚女子アパートの住人は同潤会の役人が考えるより、したたかで粘り強かったのである。(P66)

●下町のような気さくな付き合いがある一方で、親しくない人とはとくに付き合いもせずにすんだ。・・・そんな生活が駒尺には心地良かった。現在のマンション住民のように、ほどよい距離を保った都会の生活がここにはあった。(P171)

●大塚女子アパートの住人は単身者であり、戦後は(都営住宅となり)低所得者しか入居できなかった。・・・1981年に入居者募集は停止され、管理者の東京都が再開発という名目でこのアパートを取り壊そうとしたとき、彼女たちには為す術がなかった。(P181)

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2011年1月19日 (水)

「スクラップ&ビルド&メンテナンス」と「公共賃貸住宅の100年経営」

 ずいぶん前の話題で恐縮だが、建設通信新聞の元旦号に著名学識者へのインタビュー記事がいくつか掲載されていた。そのなかで、経済学者の松谷明彦氏の主張が目を惹いた。

 興味を持った部分は次の二つ。(1)減少する人口局面において、最適な都市規模なんてものは存在しない。(2)公共賃貸住宅を国債で建設すれば、償還金は必ず家賃で回収できるのだからどんどん建設すべし。

 もっともインタビュー記事であり、話はあっちこっちに飛んでつまみ食い状態で、業界紙ならではのいいとこ取りもありそうだし、加えて私の恣意的な読み取りの部分も大いにある。

 (1)は、人口・世帯は日々変化するわけだから、それに見合った都市の規模も日々変化せざるを得ない。インタビューでは、集約型都市の構築というテーマに対して、「(人口に対して)最適な社会資本を造ったとしても、人口が減少するのだから、翌日にはその社会資本は過剰になる。人口規模に対して社会資本は年々課題になる」と答えたもので、正論ではあるが、では社会資本整備の規模はどうすればいいのかという点については答えていない。

 それどころか、見出しは「社会資本は人口に応じた最適規模がある」とデカデカと載せられているのはさすが業界紙。前後を読むと、「計画的なスクラップアンドビルド」と「規模に応じてサービス方法を変える」という内容が紹介されているから、答えはそのあたりか。

 それにしても「減少する人口局面において、最適な都市規模なんてものは存在しない」と考えれば、都市インフラは「常に」不適な状態から最適な状態を目指して維持・整備・廃止していくしかないわけで、スクラップ&ビルド&メンテナンスを将来を見越しつつ、不断に続けましょうという(ある意味身も蓋もない)話になる。

 (2)については、民間賃貸住宅の場合はせいぜい1520年で投資回収しなければいけないが、公共賃貸住宅ならば住宅の耐用年数一杯で回収すればいい。「建物の耐用年数が100年であれば、100年で償還する国債を発行すればよい」というのだが、どうだろう。

 住宅の耐用年数がどれだけかと問われても、戦後まだ65年。建設後100年以上経過した共同住宅など日本にはないし、ハードとしての構造体は100年以上維持できても、科学技術の進化や生活様式の変化にいつまでも追従できるかどうかは定かでない。国交省が200年住宅なんて言っているからそれに乗った安易な放言と見ることもできる。

 しかし重要な点もある。それは、住宅は道路などの土木構造物と違って、確実に家賃という収益が見込まれるということ。家賃で起債償還額のどれだけがまかなえるかは家賃額をどう設定するかで変わるが、少なくとも使用料収入が全く見込めない公共施設の起債とは異なる扱いがあってしかるべきだ。

 「公共賃貸は耐用年数で投資回収」とするもう一つの理由は、100年使用できる住宅を1世代の2030年で償還する持家は、個人にとって「過大投資」だという指摘である。これも正論で、安定した社会で一つの家系が綿々と続いていくのであれば、資産を築いた世代が邸宅を造り、その後何代も相続して利用していくこともあり得るが、それができない(そういう幸運に恵まれなかった)庶民は、100年償還で計算された家賃の賃貸住宅に居住することが合理的だ。

 その役割を公共が果たそうと言う提案だと受け取ったが、現実には公共賃貸住宅の経営は地方自治体に任されており、最近の自治体はこうした百年の計で財政運営する体質でなくなってきている。結果、松谷氏の提言は財政部局や昨今の大衆迎合的な首長には無視されることになるだろうが、本当は傾聴し住宅政策に生かしていくべき提言のような気がする。

 PS.

 とここまで書いて、ちょうど今、松谷氏の最新刊「人口減少時代の大都市経済」を読み終えた。その終わり間際(P273)に、公共賃貸住宅の拡充の提案が書かれていた。そこにはさらに大胆な提案がされている。それは「高齢者・・・の持家を国なり地方自治体なりが買い取り」公共賃貸住宅として貸し出せというものである。

 本書の発想の一つは、人口減少時代にはより低い生活コストで豊かに生活できる公共システムが必要だというものだ。持家という過大投資のロスを社会的に縮小する方策の一つとして提案されている。

 前のエントリー持家政策を評価する視点と公共住宅の役割で、同志社大学の菅准教授の持家政策を再評価する論文を紹介したが、正反対の提案である。人口減少時代の到来という未曽有の国家的状況の前では、欧米や前例に捉われない大胆な発想が必要かもしれない。

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