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2011年6月13日 (月)

シンポジウム「東日本大震災から学ぶ」

 6月11日に名古屋大学で震災関連シンポジウム「東日本大震災から学ぶ」が開催された。一般市民向けの無料公開シンポジウムということで、妻と一緒に参加してきた。濱口総長、佐分副総長の開会・閉会の挨拶に挟まれて、専門の異なる7名の先生方から様々な報告や解説が行われた。建築関係の話はほとんどなかったが、津波や心理学、放射線等、普段ではあまり聞かれない事柄を聞くことができ、大いに勉強になった。
 最初は環境学研究科の隈本客員教授から。ただし私は駐車場へ車を停めるのに手間取って、最初の方を聞いていない。NHK出身で報道の観点から報告をされたようだ。「現代日本人にとって、阪神・淡路大震災が1時間目の授業とすれば、東日本大震災は2時間目の授業である。前者では都市型災害と耐震性について学び、後者では津波被害と広域災害、原発事故について学んだ。この教訓を近く確実にやってくる東海・東南海地震に役立てる必要がある。」という言葉はなるほどと思う。ただし、東日本大震災の特徴は、人口減少地域という点にもあり、この教訓はまだ引き出せていないと私は思っている。
 2講目は地震学の立場から環境学研究科の鷺谷教授の話。これについては既に山岡先生から聞いたことの繰り返しなので改めて書くことはしないが、報告終了後の総合討論の場で、司会の隈本客員教授から「本当に想定していなかったんですか」と質問され、「本当に想定していなかった。この地域で連動地震が起きないという知見は地震学者の常識となっていた」と言っていたのが印象的だった。本当に想定外だったんだ。
 3講目は工学研究科の水谷教授から津波の話。これについても、岩波新書の「津波災害」にほとんど同じことが書かれている。2mの津波で木造住宅は全壊するという実験を披露したのが目新しいところか。総合討論で、伊勢湾内の津波被害の想定と河川遡上の可能性について質問があり、「想定よりも大きな津波が来たとしても2~3m程度と予測され、高潮用の現状の堤防である程度は対応できると思われるが、再検証は必要だ」ということと、「河川遡上についても伊勢湾内の河川については、山崎川以外は河口堰があるのでまず心配ない」という回答をされていた。ただし、隈本客員教授が「それはうまく行った場合の予測ですよね」と盛んに不安を煽っていたのがうっとうしい。
 4講目は教育発達科学研究科の森田教授。先生からは臨床心理士の立場から、大災害時の被災者、支援者、さらには報道を見聞きする我々の心理的なストレスとその対応について、心理学的知見を報告された。基本は無理に聞き出さないこと。今回の災害に対する調査や研究はまだ出ておらず、もっぱら既往の研究成果からの報告であった。
 5講目は工学研究科山本教授から福島第一原発事故の概要について。これについてはマスメディアからの報道で十分知ったつもりになっていたが、報道されていない話もあり、興味深かった。特に興味を惹いたのは非常時のバックアップシステム。場外からの電源が喪失し、非常用電源も津波により故障。ここまでは報道のとおりだが、非常用電源のシステムには2種類あり、12基は津波で破損したが、残る1基は別系統で一時的には機能したと言っていたような(やや曖昧)。さらに非常電源停止時に原子炉内の圧力で駆動する注水システムがあり、これは予定どおり動いたが、電源が直流の蓄電池だったため、バッテリー上がりにより8時間後に停止。消防隊の電源車も機能せず、いよいよ水素爆発に至ったとのこと。
 また、水素爆発のメカニズムは、燃料ペレットを包む被覆管を構成するジルコニウムが高温になると空気中の酸素を吸着する性質があり、これにより水素だけが残って爆発に至ったということだった。なお、学術用語としてはメルトダウンという言葉は使われないという回答も興味深い。
 6講目は放射線による健康への影響について、西澤名誉教授から。実はこの講話が一番興味深かった。放射線にはα線、β線、γ線、x線、中性子線とあり、α線は紙でも止まる。β線はアルミニウムなどの薄い板で止まり、γ線・x線は鉛や厚い鉄の板で止まる。そして最後の中性子はこれらを全て突き抜けて水やパラフィンで止まる。
 また、放射線の人体影響については確定的影響と確率的影響があり、前者は一定値を超えると症状が起きるもの、後者はそうした閾値が見られず、浴びた放射線量に応じて癌等の発生確率が高まるといったものを言う。放射線業務従事者については、確率的影響を考慮し、5年間で100mSv(20mSv/年)が規定されている。一方で一般人については国際的機関が1mSvを定めており、これが今回子供たちの放射線量として問題になっている。ただしこれらはいずれも確率的影響であり、この基準は広島・長崎の原発被害を参考にかなり安全に定められたもので、年間1~50mSvといった低い線量のところでどんな確率曲線が描けるのかは実験データがない。
 今回の原発事故以来、積極的に警鐘を鳴らしている中部大の武田教授のブログでも、1mSvよりも高い値でも問題ないのではないかという議論が出ていた矢先の事故だった旨(このことがどこに書いてあったか探したが、見つからない。でも確かに書いてあった。)が書かれていたが、それと符合する解説である。しかし武田先生は、現時点でどこまで大丈夫かはわからないのだから、今までの規制値1mSvを守るのが国の責務だと主張している。西澤先生からは日本の法では明確に1mSvとは記述されていないことから、法廷ではどういう判断が出されるかわからないとおっしゃっていた。
 総合討論の場で、「『ただちに・・・とはいえない』はどう捉えればいいのか」という質問に対して、「『ただちに』という言葉には二つの意味がある。一つは『今は大丈夫だが、将来的には障害等が発生する恐れがある』という意味であり、もう一つは『このままの放射線量が継続すると、障害等が発生する恐れがある』という意味である。」という趣旨のことをおっしゃっていた。後者の意味と捉えると、すぐに大騒ぎするのではなく、その後の経過をよく観察するという態度になるはずだ。枝野官房長官がどういう意味で、またどこまで自覚的にこの言葉を使ったかわからないが、興味深い視点だ。
 最後の7講目は環境学研究科の福和教授から。予想はしていたけれど、建築構造学的な視点からの話(例えば卓越周期と木造住宅被害など)は一切なく、もっぱら過去の震災と事歴について語られた。例えば、清洲越えや浪分神社、浪切不動など。もちろん歴史に学び備えることは大事だが、現時点ではどうしようもないこともある。「耐震改修はどこまでやればいいのですか」という会場からの質問に対して、「できる範囲で」と答えていたが、結局不安を煽るだけになっていたような気がする。
 今回のシンポジウムは、隈本先生と福和先生という二人のアジテーターの間で、5人の科学者が良心的な知見を述べたという印象だ。閉会挨拶で佐分副学長が「できれば次回も企画したい」と述べていた。次回は例えば、今回報告がなかった液状化の問題や、プレート間地震と卓越周期との関係、放射線の除染の方法と見込みなどさらに進んだ状況と研究成果を踏まえた話が聞けると嬉しい。次回を期待したい。

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