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2011年8月 5日 (金)

東京・谷中ふたたび

 東京谷中へは10数年前から何度も訪れている。きっかけはニフティのFCITY。そのコアメンバーの一人であった西河さんの案内で、谷中学校とその活動などを案内してもらった。その後も東京へ行く機会があるとふらっと訪れていたが、最近は上京の機会も少なく、しばらく訪問していなかった。
 先日ふと、谷根千の古い建物の保存再生の活動を紹介するTV放送を見た。BS朝日の「百年名家」の「芸大生が守る伝統建築の美 ~芸術が香る街東京・谷中~」だ。
 そこでは、昔、谷中学校で活躍していた椎原晶子さん(たいとう歴史都市研究会、東京藝術大学非常勤講師)が出演され、市田邸の保存活用の活動などを紹介されていた。かつて2度ほどお会いしたことがあるが、懐かしい。少し太ったかな、西河さんはどうしているのだろうと思った。
 と、しばらくして東京出張の機会が訪れた。時間的にはかなり変則で、11時に一仕事終えて、午後は1時に再開。3時過ぎには終わる予定。そこで午前の仕事が終わったら、築地で食事。その後しばらく築地本願寺で涼を取った。
 実は築地市場を訪れるのは初めて。場外市場は狭い路地に店舗がひしめき、客もそこそこ行き交っている。場内の鮨屋を覗くが既に長蛇の列。場内はフォークリフトが行き交い、暑い中、仕事に精を出していた。
 築地本願寺は言うまでもなく伊東忠太設計。ここ彼処の動物のレリーフが有名。「築地本願寺:築地本願寺にすむ動物たち」。軒下や階段手すりなど飾る動物たちを見上げつつ、本堂に入ると、涼しい! 整然と並べられた長椅子に座り、天井下の大きな梁型を見上げ、首を回すとパイプオルガン。しばし息抜きの時間を過ごす。
 さて、午後の仕事を終えて、地下鉄で千駄木へ。地図も持たずに来たので、駅を出てもどちらに行っていいかわからない。それでも昔の記憶を掘り起こし、へび道を歩こうと団子坂下を東に向かう。すぐのビルの下に、千代紙のいせ辰の千駄木店があったのですね。素敵な店だなと思いつつ通り過ぎてしまった。これまで本店にも行ったことがない。どうも縁がないようです。
 さてへび道をたどり南へ。どのみち当てもないので、途中左折して台東谷中郵便局の前を通る。「澤の屋」の看板。あれ、有名な外国人がよく利用するという旅館はこんなところにあったのか。さらに歩くと行き止まり。三浦坂と書かれた案内板を見つつ、坂を左手に登る。右はお寺と墓地。突き当たりに大きなヒマラヤ杉。その陰に隠れるようにレトロな看板のお店「みかどパン屋」。昔来たときにもあったけど、何かスゴイ。「Nostalgic TOKYO:谷中のヒマラヤ杉とみかどパン」
Nec_0004 立派な寺院の間をさらに進むとまた突き当たり。右に折れて言問通りに出た。狭い歩道を上野桜木まで。レトロな感じの台東区「谷中・上野・浅草」循環バスが通り過ぎていく。
 上野桜木の交差点にカヤバ珈琲がある。ここは「百年名家:芸大生が守る伝統建築の美 ~芸術が香る街東京・谷中~」でも紹介されていた。戦前創業の歴史ある喫茶店が廃業されたのを惜しんで、NPOたいとう歴史都市研究会が借り上げ、現役芸大生がサークル活動の一環として営業している。大正ロマンあふれる内装が楽しい。
Nec_0003 交差点向かいに「下町風俗資料館」がある。旧吉田屋酒店で台東区が寄贈を受け、資料館として公開している。があいにく月曜日で休館だった。残念。外観だけを楽しむ。上野桜木の交差点を芸大方面に向かえば市田邸もあったんだ。今わかっても遅過ぎる。次回こそ行きたいと思う。
Nec_0005 で、この日は道を左に谷中霊園方面へ。しばらく行くと、銭湯を再利用したギャラリー、SCAI THE BATHHOUSE。そのまま進むと広い都市計画道路が一部だけ完成する三差路に着き、道を右手へ。谷中霊園。その入口に「生花 老舗花重」。TVでは東日本大震災の際に瓦が落ちて修繕工事中だったが、既に修理も完了し、どっしりした姿を見せていた。谷中霊園の入り口には茶店も。いつもながらいい雰囲気。
Nec_0006 広い道まで戻って尾根筋の信号を渡り、行き止まりの路地を入って突き当たりを右に入ると、路地が集まった小さな広場。そこに面する4軒ばかりの木造長屋の端に西河さんの住む谷中西庵がある。2階に上げてもらい、向かいの墓地を眺めながら話をした記憶がある。もう引っ越したかと思ったが、まだ住んでいた。鍵もかけずに開けっ放し。懐かしく声をかけたが誰も出てこない。残念ながら留守らしい。西河さん、元気だろうか。
Nec_0008 信号交差点まで戻り、尾根道を北に向かう。TVで紹介されていた日本画家のアランさんのアトリエもこの通りに面していたような(記憶が曖昧)。しばし行くとすぺーす小倉屋。蔵を利用したギャラリーだ。この辺りはもう何度も歩いた。しばらく行くと谷中学校が利用していた民家がある。今は小さなギャラリーになっている。その手前の路地を入ると、観音寺の瓦を積み上げた築地塀。谷中のシンボルの一つだ。
Nec_0009 尾根道をさらに進むと、右手に朝倉彫塑館だが工事中で幕に覆われていた。その向かいに和菓子屋「岡埜栄泉 谷中」がある。広い通りまで出て、左に進むと谷中銀座に向かう階段「夕やけだんだん」。これも谷中ならではの景観の一つ。
 以上で久しぶりの谷中散策も終了。昔ながらの景観も残り、また新たな発見もあった。市田邸という宿題も残しておいた。また機会があったら訪れよう。その時まで宿題のことを忘れなければいいが・・・。

●参考
 「中心市街地住まい研究会:谷中学校」

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