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2011年9月

2011年9月26日 (月)

建築少年たちの夢

 団塊の世代生まれの建築評論家・布野修司が同年代からやや上の年代の日本の建築界をリードしてきた建築家9名を取り上げ、彼らとの交流を振り返りながら、その足跡と建築論等を紹介する。取り上げる建築家は、安藤忠雄、藤森照信、伊東豊雄、山本理顕、石山修武、渡辺豊和、象設計集団、原広司、磯崎新の各氏。各章は、(1)○○の軌跡、(2) ○○の建築論、(3) ○○の建築(設計)手法の3項目で構成される。
 東大紛争時に東大に入学し、「雛芥子」をベースに建築活動を展開した筆者の周りには、東大系列の諸氏(藤森照信、伊東豊雄、象設計集団(富田玲子等)、原広司、磯崎新)のみならず、早稲田の石山修武や東京芸大の山本理顕とも大学研究室や建築評論の場で様々に邂逅する場面があったと言う。
 建築論の紹介では、渡辺豊和や原広司、磯崎新など非常に難解なものもあるが、「安藤建築の出発点は、名建築をトレースすること」などスパッと切ってみせるところはわかりやすく共感する。ただ、自己の経験とごっちゃになって語られるので、建築家論を読みたい向きにはやや雑音が多いかもしれない。
 それにしても、団塊の世代から上の年代は、建築論を「語る」ことができた世代であった。文中に「若い世代では古谷誠章」という箇所があり、世代の違いを感じた。既に建築は言葉で語る時代ではなく、実作で(若しくは活動で)示す時代となったのかもしれない。
 私の布野修司観は、アジアの建築研究者というイメージだったが、本書では建築評論家・布野修司をアピールしている。あとがきでは「後は続く世代に期待したい」と書いており、最後の建築評論のようだ。安藤や藤森を同年代として眺められ、かつ磯崎や原広司を先行者として見ることができる、いい年代だったのだなあと羨ましく思う。

●安藤建築の出発点は、おそらく名建築をトレースすること、なぞること、そして、それを敷地に適応させることであった。「おまえの建築はレファレンスである。それが直喩ではなく、引喩だからいい」とR.ピアノにいわれている。(P34)

●結局、藤森にとって、歴史研究とは、歴史的建造物のインヴェントリーをつくって、その様式とそれを支える諸関係を整理することにとどまるのであろうか。/藤森は、自ら建築の行方を示すべく、建築をつくる現場へ赴いたように思える。(P74)

●社会あるいは都市との関係を、また状況との関わりを、伊東豊雄は一貫して自らの思考の基礎に置いてきた。・・・結局、自分の依拠する文脈は現実の都市だと書く。・・・伊藤の建築意欲にパワーを与え続けているのは、現実の都市のヴァイタリティといえるであろう。(P106)

●石山修武は、生き方そのものを露出し続ける「表現者」なのである。(P189)

●「象」の組織論、設計論にはサッカーがある。すなわち、建築もサッカーも個々の想像力・創造力を集団的にまとめ上げるという共通点がある。(P244)

●原広司が自ら身を置いてきたのは、建築そのものの永久革命のような場所である。(P300)

●磯崎新は、あらゆる領域、あらゆる既成の枠組みを否定し、批判し、それから逃亡し続けている。「建築」あるいは「建築家」という枠組みに対しても、である。(P304)

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2011年9月19日 (月)

エイジング・イン・プレイス(地域居住)と高齢者住宅

 改正高齢者住まい法が施行され、10月20日からサービス高齢者向け住宅の登録が始められようとしている。高専賃や高円賃の登録制度も整理され、日本の高齢者住宅を巡る状況が大きく変わろうとしている。
 本書は、エイジング・イン・プレイス(地域居住)と高齢者住宅をテーマに、欧米や日本の最新の高齢者介護の状況がわかりやすくかつていねいにまとめられており、高齢者の住まいの問題について関心を抱く者にとって、まさに教科書的な一冊である。
 私も日頃から、高齢者は高齢者向け向け住宅へ転居すべきとでも言わんばかりの政策に違和感を感じてきたが、本書を読んで理解した部分と同時に問題点の在りかがおぼろげながら見えてきたような気がしている。
 さて、エイジング・イン・プレイス(地域居住)であるが、考え方は「住み慣れた地域でその人らしく最期まで」というスローガンと同様のものである。本書では、第1章「エイジング・イン・プレイス(地域居住)とは」で、それ以前の経緯から始まって、その基本的な定義や構成概念等について説明する。そして第2章で、エイジング・イン・プレイスを形造る重要な背景である「住まいとケアの分離」理論について、欧米の研究者の理論をベースに解説をしている。
 「住まい」に関わらず「24時間在宅ケア」が実践されること。これがエイジング・イン・プレイスの重要な事項である。さらに分離された住まいとケアは最終的に、生涯住宅とサービス・ゾーンという形で地域において統合され、究極のエイジング・イン・プレイスが達成される。
 第3章では、アメリカ・イギリス・オランダの取り組み。第4章ではデンマークにおける地域居住と高齢者住宅が紹介されている。シェルタード・ハウジングで日本の高齢者住宅施策に刺激を与えたイギリスだが、エイジング・イン・プレイスという観点では課題を指摘されている点が興味深い。
 第5章では日本の地域居住に向けた取組と高齢者住宅の動向が整理されている。介護保険制度はまさにエイジング・イン・プレイスに向けた取組の第1歩だが、2012年度からは日本でも「24時間地域巡回型訪問サービス」が始められようとしている。一方、来月にもサービス付き高齢者住宅登録制度が始まるのは先述のとおりである。地域優良賃貸住宅(高齢者型)も来年度以降、大きく変化することだろう。
 本書は「日本とデンマークの実証的比較研究」という副題が付けられている。筆者の博士論文を元にまとめられたのが、第6章「日本とデンマークにおける高齢者住宅住人調査」だと思われる。統計的手法を使い、アンケート調査を綿密に分析し、終章「未来へ向けての考察と提言」につないでいる。
 本書の中で、高齢者住宅に関わりもう一つ重要なキーワードとして挙げられているのが「早めの住み替え」という言葉である。文字どおり、高齢者住宅へ介護が必要になってからではなく、元気なうちに「早めに住み替え」ということだが、一方で、欧州では地域居住の対象とする住まいとして「自宅」が当然のように含まれている。
 今春に決定された住生活基本計画(全国計画)では、高齢者人口に対する高齢者住宅数を3~5%とすることを目標としていたが、これはどうやら欧米の高齢者住宅整備率5%が参考になっているようだ。
 しかし逆に言えば、高齢者住宅整備率5%に理論的な理由はないのではないか。欧州では施設介護の時代があり、そこから地域居住へ移っていったため、施設入居者の収容先として高齢者住宅が整備されたのであって、施設すら十分に整備されてこなかった日本で、高齢者住宅整備率を設定することにどういう意味があるのか、本書でも十分に説明をしていない。
 もう一つ、「生涯住宅」についても、福祉専門家の妄想という気がしないでもない。もちろん、先に在宅介護支援住宅モデルハウスを見学したように、生涯住宅というコンセプトは当然住宅メーカーも追及しているテーマではあるが、全ての住宅を生涯住宅として作り直すというのは現実的でない。住み手の要求に応じてリフォームを行えばいいし、高齢者住宅と一般住宅の違いと言っても、今どきバリアフリーが標準であってみれば、仕様的に大した違いがあるわけではない。
 「早めの住み替え」よりは、自宅をいかにリフォームするかを考えた方が、地域居住の実現という点で現実的だ。それよりも24時間在宅ケアの実現の方がはるかに重要な課題だと思うのだが、どうなのだろうか。

●高齢者住宅という自立的環境でのサービス提供のあり方は、サービス提供者の態度や高齢者の適応能力が重要であり、住人の能力の範囲内で(できないことまで要求することがない範囲で)、つまりサービスが住人の潜在能力を引き出すような形で(少なすぎず、多すぎず)提供されることがよい結果をもたらすこと(P29)

●世界の動向としては、地域居住を支える住まいに自宅を含めている。そして、実際に欧米諸国では、施設の整備率は65歳以上の高齢者人口に対して5%レベルであり、高齢者住宅についても5%の整備率が目安となっている。つまり、65歳以上の高齢者の90%が自宅に住んでいることになる。(P42)

●エイジング・イン・プレイスにおいては、住まいはアダプタブル住宅、アダプテッド住宅等を経て、生涯住宅へと発展する。ケアは、高齢者、障害者などの対象を区別せず、また介護・看護・医療のみでなく、社会参加や権利擁護、町中での自由で安全な移動を保障されるレベルまで進み、徒歩圏からの提供を可能とするサービス・ゾーンにおいて提供される。/生涯住宅とサービス・ゾーンが地域で再統合され、新しい地域、あるいは生活環境というものをつくり出す。「住まいとケアの分離」の先にあるのは、「誰もが、どこでも、いつまでも暮らせる町(地域&生活環境)」である。(P95)

●「生涯住宅」は、人生のさまざまなステージで変化する住まいへのニーズや、高齢期におけるニーズの変化に柔軟に対応する「一生涯住める住宅」である。/家族の人数変化については間仕切りを移動することで対応する、身体機能の低下については、あらかじめエレベーターを付けられるような構造を最初から用意する工夫がなされている。こうすれが、高齢者住宅や障害者住宅などの特定ターゲット住宅を整備する必要がなくなる。住む対象を選ばず、時とともに変化するニーズに柔軟に対応する住宅、それが「生涯住宅」である。(P143)

●24時間地域密着型訪問サービスはエイジング・イン・プレイス(地域居住)推進の基幹サービスとして重要な意味をもつ。このサービスを住宅に内在化することなく地域のオープンシステムとして展開し、市内どこでも利用できる普遍的なサービスとして広がるよう、事業者ポテンシャルを100%以上に高められるような魅力ある制度設計が待たれる。(P298)

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2011年9月18日 (日)

日本の建築遺産12選

 ヴィジュアル入門書「とんぼの本」シリーズの1冊。「語りなおし日本建築史」の副題のとおり、磯崎新が日本の建築遺産を12選定し、それをもって日本建築史を語りなおす。常に外国から新たな建築技術や様式を導入しながら、独自の変形「和様化」を図ってきた日本の建築。それを、「垂直の構築」「水平の構築」のキーワードにより、2対6つのペア、合計12の建築物を選定し読み解いていく。
 選定された建築物が特別なわけではない。が、垂直・水平の2対で選定していくことで、「構築する力」が露わに示される。垂直の出雲大社と水平の伊勢神宮。垂直の浄土寺浄土堂と水平の唐招提寺金堂。垂直の円覚寺舎利殿と水平の三十三間堂。・・・
 現代建築からは、丹下健三の代々木オリンピックプールと磯崎自身の水戸芸術館アートタワーが選定されている。水戸芸術館アートタワーが建築遺産にふさわしいかどうか、垂直の代表にふさわしいかは議論もあるだろうが、言わんとすることはわかる。
 「おわりに」では、1995年頃までに近代建築から始まった和様化が完了したとして、次はグローバリゼーションによる新たなステージが始まったとしている。震災後の今、われわれはどういう「和様化」を果たしていくのか。まずは、受容すべき新たな社会制度の設計が問われていると指摘する。

●僕にとっての「建築」とはなにかと問われたら、それは「構築する力」であるとこたえたい。(P7)

●日本の建築は・・・外部から入ってきたものを常にオリジナルとは違う形で独自に変形させてきた・・・僕は、その変化の過程を「和様化」と呼んでみたい。そして、その「和様化」をめぐる建築の歴史を、ひとつの虚構として立ちあげたうえで、日本建築史を語りなおしてみようと思っています。(P11)

●出雲大社の社殿は、記録で確認できるだけでも、平安時代から鎌倉時代にかけての200年前に6~7回も倒壊しています。平均して30年に1回。・・・まちがいなく、構造的な不備ないしは無理があった。・・・にもかかわらず、あえてその無理な巨大化にいどみつづける。それが、出雲における「構築する力」でした。(P23)

●遷宮の歴史は、単純な反復ではありません。同一性が保持されながらも微妙に変容していった。そして、より伊勢にふさわしい形式が模索され、より純粋なデザインへと収斂してゆく。・・・伊勢神宮は、・・・当初は決して「日本的」ではなかった。後代に補填され、修正されていったのです。(P30)

●グローバリゼーションのツナミが列島をおおい、リーマンショック以来、泥沼化していると見えた矢先のことでした。外圧―内乱―受容(もどき)―変形(やつし)(和様化)の次のサイクルが始まっていたのです。今は内乱状態とみえます。とすれば、つぎに何を「もどき」、どのように「やつす」のか。・・・これが新しい次元における建築です。(P120)

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2011年9月16日 (金)

高蔵寺ニュータウンの未来像

 (社)都市住宅学会中部支部住宅再生部会が主催して、「高蔵寺ニュータウンの未来像」と題するシンポジウムが開催された。冒頭、椙山女学園大学の村上先生からあいさつを兼ねて、多摩・千里と比較しつつ高蔵寺ニュータウンの概略説明があった後、基調講演として、首都大学東京の角田先生から、多摩ニュータウンにおけるファシリティマネジメントの観点からの公共施設の柔軟な利活用に関する話があった。
 続いて、昨年度、椙山女学園大学の学生らで作成したドキュメンタリー映画「42年目! 宝人たちの挑戦~高蔵寺ニュータウン物語」が上映された。地元ケーブルテレビで放映されたと聞いており、一度見たかった。この日の一番のお目当て。フォークジャンボリーに出演した住民に焦点を当ててニュータウンの現状を描く作品で、それなりに面白かった。
 休憩の後、高蔵寺ニュータウンにおける活動・取組みの紹介として、高蔵寺ニュータウン再生市民会議の曽田先生、春日井商工会議所青年部会長の河合さん、そして名古屋大学大学院生の伊藤さんからそれぞれ報告があった。
 高蔵寺ニュータウンのプランニングの段階から関わってきた曽田先生からは、ニュータウン開発の背景や計画理念まで遡って説明をされたが、要点は再生市民会議が作成した「NECOガーデンシティ構想」。NECOとはNEOとECOを合わせた造語ということだが、様々な課題とそれへの対応を整理し、周辺の農業地域とも連携した市民主体のガーデンシティを目指すという内容だった。
 河合さんからは最近実施している「恋のダイサク~恋のハッピー大作戦」が婚約率も高く成功しているという紹介があった。ニュータウンは恋の花咲く街になる?
 伊藤さんからは修士論文に向けた中間報告ということで学術的な内容が主だったが、①近隣の他の団地と比べて住戸面積が多様な点に注目して、多世代・多様な住民を受け入れる可能性があること、②空地・空家が多いと言われるが、最近は利活用が進み、減少傾向にあること、③ニュータウンの周辺地域でカフェが増加している点を捉え、周辺のポテンシャルの活用、などを報告されていた点が興味を惹いた。
 その後のパネルディスカッションは名古屋商科大学の納村先生をコーディネーターに、角田先生、曽田先生、河合さん、村上先生がパネラーを務めた。その前に質問票の受付があったので、私からは「高蔵寺ニュータウンだけに閉じるのではなく、周辺の区画整理開発による人口急増地域も加えた拡大ニュータウンを対象にして再生を考える必要があるのではないか」という意見を提出させていただいた。曽田先生からは「そのとおり」と簡潔な回答をいただいたが・・・。
 他の方からの「団地再生の成功を計る指標はあるのか」という質問に対して、村上先生が「アメリカではマーケットの資産評価を指標にしている例もある」と答えられた。なるほど。もっとも会場から「それはスラム地域の再生には適用できるが、ニュータウンには適さないのではないか」という意見もあり、いずれにせよ興味深かった。
 パネルディスカッションではコーディネーターの納村先生から、①どうしてニュータウンを再生する必要があるのか? ②どのように取り組めば活性化するか? という鋭い二つの問いが発せられ、パネラーが順次答えていった。
 角田先生からは、「ニュータウンを歴史化してはダメだ。常に新たに展開・再生していくことが必要。ニュータウンではなく、リ○タウンであるべき」というご意見。また後者の質問については、「URオンリーから他の主体を取り込んでいくことが必要」というアドバイスがあった。
 村上先生からは、「人工環境であるニュータウンを、いかに時代の変化に対応させ使い続けていくかが求められている」というお答え。そして、「ニュータウンは環境はいいがどうしても画一的であり、それが現代の若い世帯から敬遠されている要因である」という知見から、今後のキータームとして「多様化と共通のプラットホーム」を挙げられた。
 さらに河合さんから、後者の質問に対して「イメージ戦略が必要」という回答があり、曽田先生からは「これからは地域分権の時代。地域住民が中心となり、行政に頼らず、自立していくことが必要だ」という意見を出された。
 最後に、会場から、「ニュータウンはまだ40年で1サイクルしていない。高齢者が増えればビジネスチャンスが増え、若い世帯が集まる可能性もある。もう少し長い目で評価する必要があるのではないか」という意見が出された。曽田先生は「いや、ここ5年が勝負だ」と言われる。
 私はどちらかと言えば、会場の意見に近い。かつ、ニュータウンだけに限らずもう少し広い地域、長い時間で評価をすべきだし、そうすることで再生の可能性も広がると考えている。例えば、周辺地域の若い世代がニュータウンの資産を持つ高齢者をターゲットにビジネス的に活性化するのであれば意味がある。そして長い時間スパンの中で、縮退すべき地域をいかに縮小していくかを考えていく。そういう地域戦略の視点が必要だと考える。
 それにしても、中層エレベーター無しの階段室型住棟はチープだ。高蔵寺ニュータウンの一番のガンは、UR賃貸住宅の再生ではないかと思う。URが住宅再生への意欲を見せること、それが一番効果があり影響も大きいのではないか。そんなことをシンポジウムが終了した後のニュータウンへの帰路途中で考えた。並木の坂道を自転車であえぎつつ登りながら・・・。

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2011年9月14日 (水)

サンコート砂田橋とジョイフル砂田橋

 サンコート砂田橋は、愛知県住宅供給公社が昭和30年前後に建設された公社住宅の建替えとして進めてきた事業だが、今年の春にジョイフル砂田橋という住宅・福祉複合施設がオープンし、10年以上かけて進められてきた住宅団地再生プロジェクトがようやく完成した。
Dsc01589 中層の賃貸住宅が並ぶ住宅団地から、一般賃貸住宅はもちろん、高齢者向け優良賃貸住宅、商業施設、医療施設、さらに福祉施設と様々な機能が集積する地区へと大きく変貌した。ぜひ完成形を関係者の話を聞きつつ見たいと思い、都市住宅学会中部支部公共住宅部会という場を借りて見学会を企画し参加してきた。関係者の皆様、私のわがままを聞いていただき、どうもありがとうございました。
 最初にサンコート砂田橋の集会所に集まり、プロジェクトの全体計画と経緯について伺った。従前の住宅団地「旧・大幸住宅」は、昭和29~33年度に建設された公社住宅18棟486戸の住宅団地だった。専用面積は35~45m2。用途廃止直前の家賃は13,300~23,900円。
Dsc01574 敷地南側の民有地と一体的に建替え、敷地の有効利用を図る大幸地区住宅市街地総合整備事業に取りかかったのが平成6年度。民有地の先行取得を行い、その区画に公社住宅を建設。以降順次、既存住棟を取り壊しつつ、建替えが進められていった。公社住宅については、「安心」「安全」「環境」の3つのテーマを掲げ、単身世帯からファミリー世帯まで多様な間取りの一般公社住宅が227戸、高齢者抜け優良賃貸住宅が130戸の計357戸が建設された。
 環境への配慮として、IBECの環境共生住宅の認定を取得。ビオトープなどが設置されている。地震対策としては免震工法を採用。また、団地内に高齢者等支援施設や子育て支援施設を整備し、NPO法人等に貸与して生活支援機能の導入を図った。
Dsc01591 また、大きな交差点に面する角地部分には、複合商業施設を誘致。事業用定期借地契約により、(㈱)マックスバリュー中部と契約。スーパーマーケット、書店、家電量販店などからなる商業施設が平成18年にオープンした。さらにその隣接地には、平成20年に循環器系の医療施設「名古屋ハートセンター」がオープン。これも同様に事業用定期借地契約により誘致した。これらは総合評価方式による一般公募で決定している。
 そして今回、見学した住宅・福祉複合ゾーンは、事業前の段階で区域の一部が県所有地(県職員住宅跡地)となっていたが、公社が購入。一体として、総合評価方式による一般公募を実施。こちらは52年間の一般定期借地方式により契約している。公募にあたっての条件として、福祉施設に加え、住宅を100戸以上導入することを条件としており、これらを満たす応募2件のうちから、借地料や計画内容を勘案の上、社会福祉法人サンライフに決定した。住宅の導入と戸数を条件としたことについては、住宅市街地総合整備事業による計画を満たす必要があったためとのこと。
Dsc01590 完成した施設は、1階にリハビリクリニックとデイケアセンター(60人)、2階に小規模多機能型居宅介護施設(25人)と地域密着型特別養護老人ホーム(20床)が入り、3階から上は2棟に分かれる。西棟の2~4階には高齢者向け優良賃貸住宅52戸、5~8階には住宅型有料老人ホーム38戸。東棟の2~6階にはファミリー向け賃貸住宅47戸、7・8階は女性専用ワンルームマンションとなっている。また幹線道路に面する西棟1階には、和食レストラン、カフェ、イタリアンレストランと美容院が入っている。これらの商業施設は、(社福)サンライフがレンタル貸し、また賃貸住宅63戸については仲介・管理を(株)ニッショーに委託している。
 こうした全体概要を伺った後、まず、住宅型有料老人ホームから見学。オープンから半年弱、かなり好評で既に空室は3室のみとなっている。眺望のよい角の空部屋を見学。部屋の広さは77.87m2。家賃は192,000円。他に管理費・共益費40,000円(二人の場合は60,000円)を徴収。かなり高額という気がするが、他の部屋もだいたい家賃15~6万円程度。これで38戸がほぼ完売というのはすごい。地下鉄駅から近いことなど利便性が高く評価されているのだろう。
Dsc01577 室内には、赤外線方式のリズムセンサーやナースコールが設置され、万一の際に相談員等が駆けつけるとともに、ナースも配属されている。各階にはゆとりのあるパブリックスペースが設けられ、ナゴヤドームや矢田川が一望できる眺望が確保されている。また、1階のレストランは1割引で利用でき、満員の場合も優先利用できる他、お月見等のイベント企画も行われている。
 入居者は65~100歳までで女性単身者が多い。7・8割は従前名古屋市内居住。北海道からの転居者もいるが、市内に住む子供世帯を頼っての入居が多いとのこと。ちなみに、介護が必要になった入居者に対する施設内の福祉サービスの優先的な提供や転居は、定員等の関係で困難なこともあるが、相談員がサンライフの関係施設等と連絡を取り合い、適切な対応をするつもりとのことだった。
Dsc01582 続いて階下の高齢者向け優良賃貸住宅に向かう。こちらは名古屋市の家賃補助があり、契約家賃100,100~155,800円から最大42,800円まで減額される。間取りは1K又は1LDKで広くはないが、リズムセンサー、ナースコールに加え、生活相談員が配備されている。こちらも光庭に面してソファが設置され、当日も各階でおばあさん同士で談笑する姿が見られた。今はまだ自立した元気な方ばかりだが、将来に備え、配食用のエレベータや生活支援準備室が配置されている。
 2階は地域密着型特別養護老人ホームと小規模多機能型居宅介護施設である。前者は10人のユニットが2つ。浴室をはさんで配置されており、当日は3名ほどの利用者が共同生活室で寛いでおられた。確か全て満室と言っていたような気がする。小規模多機能型居宅介護施設は定員25名。デイルームを囲んで浴室や宿泊室が並んでいる。現在契約者20名のうち、16名が上階の老人ホーム・高優賃の入居者だと言う。
 1階のリハビリクリニック(内科・整形外科・リハビリ科)は休診中で、デイケアセンターだけを見学。デイケアは要介護者のうち、リハビリを要し、ホームヘルパー等は不要な方を対象にする施設で、ここでは定員60人を確保。現在30名で運営しており、理学療法士3名を配備している。
Dsc01594 残念ながら賃貸住宅等は見学できなかったが、募集後すぐに満室となり、既に退去・入居などの回転もあると言う。一般住宅は専用面積56.8~70.84m2の2LDKで家賃10.9~12.5万円。女性専用ワンルームマンションは専用面積26.89~30.8m2の1Kで家賃5.6~6.1万円。ちなみに住戸は必ずしも南面していない。東向きや西向き住戸もあるが、立地を考えれば需要は十分あるようだ。
 ジョイフル砂田橋を見学後、街区をぐるっと一回りした。複合商業施設のマックスバリューはよく賑わっている。今は24時間営業としているが、周辺対策として、開業直後は20時までとし、3ヶ月毎に次第に営業時間を延ばすとともに、駐車場出入口の改善等を行ったそうだ。循環器系医療機関「名古屋ハートセンター」もよく賑わっているということだが、当日は既に営業時間外で利用状況等は確認できなかった。
Dsc01599 サンコート砂田橋のビオトープは手入れが行き届いているとは言い難い。菜園も利用されている区画もあり、雑草が生い茂っている区画もある。立体駐車場等に設置された壁面緑化も、ツタがかなり伸びているところもあるが、ほとんど生長していない場所もある。生活支援施設や管理事務所の屋上緑化はコケ類・ハーブ類ともよく繁茂している。
 全体見学が終わった後で、改めて質疑応答と意見交換を行ったが、特に批判的な意見などはなかった。事業着手当初からすべての用途や利用方法を決めていたわけではなく、段階的に土地利用を検討し、民有地や県有地の買収、総合評価方式による一般公募や事業用定期借地契約などを行ってきている。こうした方法も含めて、トラブルなく、地域に貢献する住宅団地再生が可能となった。名古屋圏の住宅プロジェクトはなかなか首都圏の研究者等の目には留まらないことが多いが、実質的に意味のある再生事例ではないかと思う。
Dsc01602
■参考
「住まいづくり・あれこれ●環境共生住宅 サンコート砂田橋」


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2011年9月10日 (土)

小布施と松代のまちなみ

 志賀高原から南下して、奥山田温泉に宿泊した。秘湯の宿「満山荘」は温泉もさることながら、料理が絶品。日に何度も温泉に入り、のんびりとした1日を過ごした。その帰り道、小布施と松代に寄ってきた。
Dsc01546 小布施は8年前、夏の志賀高原の帰りに家族で歩いたことがある。その時の覚えを元に、今回は北斎観横の駐車場にクルマを留め、のんびりと景観を楽しむ。広場は中高年の人々でにぎわっている。傘風楼テラスで栗ソフトを食べながら笹庭を楽しみ、栗の小径を歩き、幟の広場を見、小布施堂本店で栗菓子を買う。陣屋小径を歩き、あかり博物館の中庭を通って、枡一市村酒造場横の小路を抜け、傘風楼テラスに戻る。妻は地元農産物市で桃とリンゴを買う。のんびりとした時間を過ごすことができた。
Dsc01559 その後、小布施PAから高速に入って松代まで走る。前に来た時は夕方の4時近くで、多くの施設が閉館間近。真田邸は復元工事中で、外観だけを見て回った。この日は余裕があったのでまずは復元なった真田邸から。真田と言えば真田幸村が有名だが、松代は父・昌幸や弟・信繁(幸村)と別れて徳川方についた信之の流れをくむ。この真田邸は松代藩9代藩主・真田幸教により、義母・貞松院の住居として建てられ、真田幸教が隠居後の住居としたもの。明治以降は真田家の私邸として使われていたが、戦後、市に寄贈された。真田十万石まつりの際には、東京に住む真田家の現当主が真田信之に扮して武者行列に参加するとのこと。
 その南にある旧樋口家住宅は修復され無料公開されている。茅葺の屋根が美しい。入口に武者鎧が飾られている。NPO法人夢空間松代のまちと心を育てる会が管理され、絵手紙展やお月見のつどいなど、様々なイベントに利用されている。
Dsc01564 真田邸の南の通りを西に歩くと、道がカギ状に折れて、右に文武学校、南に旧白井家表門がある。まず文武学校へ。文武学校は嘉永61(1853)年に建設された藩校で、剣術所、柔術所、弓術所、槍術所などの武道場と文学所などの教室が並んでいる。剣術所、槍術所などは中央の広い板敷きの道場を囲んで畳敷きの間が並ぶ間取りで、現わしの高い小屋組みが豪壮だ。また文学所は大広間の脇に6畳程度の小部屋も並び、当時の教室の情景がしのばれる。弓術所では実際に的に向かって練習をしている人がいた。
 ただ広い。疲れて向かいの旧白井家表門へ。ここでボランティアの方たちがお茶の接待をしていた。お菓子も出していただき、しばし歓談。この門はもう少し東にあったものを移築したとおっしゃっていた。この向かいにある黒塗りの立派な門と腰板壁のしっくい塀は旧真田勘解由邸。住宅主家等が登録有形文化財に指定されている。
Dsc01566 次に向かったのは、旧横田家住宅。約1,000坪の中級武士の屋敷だが、建物から庭園、菜園に至るまでほぼ完全に残っている。江戸時代末期の建築で、茅葺の屋根の曲線がなまめかしい。庭園に向かって雁行して座敷が連なり、微妙に景観が変わるのも面白い。離れの隠居屋も風情がある。
 入館4時半までということで先を急ぐ。山寺常山邸は旧横田家住宅からさらに南、象山山のふもとにある。山のふもとを流れる川の水を巧みに取り入れ、山を借景にした庭園が特徴的。松代では佐久間象山と並んで松代三山の一人と言われる山寺常山の邸宅。ただし表門(江戸末期)と書院(大正末期)以外は建物は残されていない。
Dsc01571 最後に向かったのは、旧前島家住宅。こちらは町の東部。寺院が連なる御安町のさらに東のはずれにある。前の道はカラー舗装で整備され、敷地との間に水路が流れている。主屋は宝暦9(1759)年建築で、この日見た中では最も古い部類になる。元は茅葺だったそうだが、今はトタンで囲われ、下部に瓦葺きの庇が回る端正な外観。庭には心字池があり、また敷地内に三社(神祠)も祀られている。ここもボランティアの方が管理され、気持ちよく見せていただいた。
 以上、駆け足で松代の保存建築物を見て回った。エコール・ド・まつしろという生涯学習の活動が盛んで、真田家以来の伝統の町並みが市民の手でよく保存されている。これらの建物が市内に散在し、まとまって町並みという形になっていないのが残念だが、地域の人々とのふれあいが松代の最大の魅力である。

●フォトアルバム「小布施・松代の町並み」

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2011年9月 6日 (火)

介護支援住宅モデルハウス見学

 先日、トヨタホームのスマートハウスを見学したのに続いて、今度はイワクラゴールデンホームの介護支援住宅モデルハウスを見学してきた。瀬戸市やまて坂のUR開発団地内の一画43戸の分譲住宅のうち、1戸を介護支援住宅モデルハウスとして公開しているもので、先月25日から完成見学会・分譲申込受付を始めている(現時点で既に売れ切れているのかどうかは不明)。
 モデルハウスという位置付けなので、設備や設計の工夫を目一杯盛り込んでおり、ここまでの設備はいらないというものもあるが、将来的な対応可能性という観点から見てもなかなか興味深かった。
 玄関脇の長々としたスロープは図面で見るほどには意外に気にならない。玄関ドアは自動開閉式の3枚引き戸(袖付2枚引)。玄関は広く、室内床高まで上がる折り返しスロープが付いているが少し仰々しい。上がり口には収納兼用のベンチが設置されている。
 玄関右手にLDKが伸びている。この入り口も自動開閉式の引き戸。居間から屋外へのはき出し窓には大きな取っ手が付いて、開閉も軽い。LIXILの製品だそうだが、もっとPRすれば一般住戸でも売れるのではないか。
 キッチンは音声で使用状況等を知らせるガイダンス機能付きセンサーガスコンロ。オール電化対応も可能だが、必ずしもオール電化を望む声が高いということはないとおっしゃっていた。最近のオール電化ブームは実は若い世代が中心なんだろうか。
 2階へ上がる階段には段ごとにLEDのスポット灯が付いて足元を照らす。2階に身障者を想定した寝室を設置したのは、モデルハウスだからだろう。介護ベッドの横に介護リフトが据えられ、身体をベルトで持ち上げ、下穿きの着替えも可能だ。同様のリフトは浴室にも付けられ、ベッドで専用の車椅子に移し、浴室でリフトで吊り上げ、入浴させることができる。
 浴室には全身シャワー、トイレには両側アームレスト付き便器、寝室にはミニキッチンも設置されている。2階からの移動はホームエレベータも設置されている。積載重量200kgまで対応で、電動車イスも楽々だ。ホームエレベータへの関心も最近は高いと言う。将来の設置スペースということであれば、当面、物入れにしておくこともできる。
 モデルハウスということもあり、設備が過剰なほど設置されているが、実際には必要に応じ設置すればいいだろう。現在が健常であればどこまで設置しておく必要があるか、判断が難しいが、ゆとりがあれば準備はし過ぎて困ることはない。
 介護支援住宅という商品コンセプトには、企業としての将来コンセプトが窺われる。第2次ベビーブーム世代の住宅取得が一段落を迎えた後には、新規住宅取得階層は激減が予測される。多くのハウスメーカーではリフォーム部門を充実させるなどの取組みが見られるが、イワクラゴールデンホームでは、団塊世代の建替ニーズに的を絞った販売戦略を考えているということだろうか。
 30代に住宅取得した中高齢世帯が退職期を迎えるとともに、住宅も築30年を迎えつつある。リフォームもいいだろうが、退職金を充当し、いっそ建替えを考える世帯もあるだろう。ハウスメーカーが新築需要をいかに喚起するかと考えるときに、団塊世代の建替え需要は大きなターゲットだろうし、介護支援住宅というコンセプトは企業戦略として意味があるのだろう。

●参考
「イワクラゴールデンホーム:介護支援住宅」

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