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2012年7月22日 (日)

東京丸の内近辺散策

 東京での仕事帰りに東京駅まで戻ってから、せっかく来たのでと丸の内近辺を散策した。地下鉄「丸の内」駅から新丸ビルの地下に移動。エスカレーターで地上階に上がる。「新丸ビルも1階基壇部分に少しは昔のイメージを出そうとしているみたいですが」と 後述する初老の男性に水を向けると、「全く違う」とにべもない。屋内デザインには大正・昭和レトロの雰囲気を出そうとしているが、外観デザインはかなりごつい。
Nec_0011 屋外に出ると正面に東京駅。3階部分を増築し、創建当時の外観に戻す保存・復原工事が進められているが、先ごろ一部仮囲いが撤去され、その外観が姿を現した。工事前に比べればかなり堂々とした感じで、一回り大きく見える。後方にガラス張りの超高層ビルが聳えているのが目につく。不思議な景観だ。
 東京駅正面から皇居に向かって伸びる行幸通りも2010年に再整備された。イチョウ並木が復活し、保水性タイルで舗装。街灯もポツポツと並んでいるが、中央の空間が広過ぎて空虚な感じ。反原発デモもどうせ首相の耳には届かないのだから、この広場でやればいいのに、なんて思った。帰りに道路下の行幸地下ギャラリーを歩いたが、やはり閑散として寂しい。
Nec_0010 東京駅の右側に白いタイル張りに大きな壁時計のビルが目立つ。東京中央郵便局だ。かつての局舎がファサード保存され、上部にガラス張りのJPタワーが聳えている。タワーの外面は折り鶴を模したと言われる微妙な屈折があり、やさしい印象を与える。
 実はオープン間もないとは露知らず、引き寄せられるままに局内に入っていった。ダークオークの柱型など内観を眺めていたら、案内の男性が「何か御用ですか」と話しかけてきて、オープン3日目と知った次第。東側に東京駅を見ながら回り込むと、屋外階段が突き出した外観が面白い。
 そのままJRの高架線路沿いに有楽町駅に向けて歩く。ガード下店舗の猥雑な感じがいい。右側は東京ビルTOKIA。2005年に竣工。三菱電機やJPモルガン等が入居している。正面に見えるのが東京国際フォーラム。旧東京都庁跡に1997年に建築されたが、竣工当時に訪れたことがあるが、その後は新幹線から眺めるだけで施設内を歩くのは久し振り。久し振りに歩いてみると、中庭の緑がしっかり育って気持ちのいい緑陰空間になっている。線路沿いのガラス棟が印象的だが、反対側のスクエアな4つのホールも美しい。大小さまざまな大きさの違いと抜けた通路が面白い空間を作っている。ラファエル・ヴィニオリ設計。今回最も気に入った場所の一つだ。
Nec_0018 有楽町駅まで歩いて、そこから引き返すことにする。DNタワー21の下部、農林中金有楽町ビルの再現ファサードを観賞。ただしこれはイメージ再現で昔のままではない。丸の内仲通りを通って東京駅方面に向かう。両側に国際ビル(1966年竣工)、新国際ビル(1965年)、富士ビル(1962年)、新東京ビル(1963年)。新国際ビルと新東京ビルの間から東京フォーラムの四角いガラス面が覗く。国際ビルヂングという箱文字が三菱地所所有であることを示している。いずれも旧耐震の時代の建物だが、耐震性はどうなっているのだろうか。通りに面して超高級ブランドのテナントが多く並んでいる。
 都道406号馬場先通りの大きな交差点に出ると、右に丸の内パークビル・三菱一号館。左に丸の内マイプラザ・明治生命館。通りを渡ってまず左の明治生命館へ。通り側の入口を入って守衛さんに「一般公開しているところはどこですか」と聞いたら、第一生命館のマッカーサー記念室の期間限定一般公開を紹介された。時間がないというので急いでまたDNタワー21まで戻ったが、整理券は既に13時前に配布が終わり、見られなかったという顛末もあったが、第一生命館の内部を楽しめたのはよかった。
Nec_0026 それでも再び丸の内仲通りを歩かされるという破目になって、馬場先通りの交差点を今度は右側、丸の内パークビル・三菱一号館へ向かう。 三菱一号館は1894(明治27)年ジョサイア・コンドル設計の赤レンガの建物で1968年に解体工事が強行されたが、三菱地所の丸の内再構築の一環として、2010年に丸の内パークビルが建設され、その一角に三菱一号館美術館としてレプリカ再建された。交差点に面して特徴的な丸屋根のアネックス棟のゲートをくぐると、一号館広場に入る。赤レンガの外壁を眺めながら、緑の多い憩い空間で多くの人がベンチに座っていたが、やや狭い感じ。
 この再開発により1928(昭和3)年竣工の八重洲ビルヂングが解体され、東側外壁に飴色の小松石が粗積みされた基壇部が再現されているが、これもレプリカ(一部再利用)である。
Nec_0027 丸の内パークビルのオフィスフロアを北に抜けて、丸の内マイプラザを北側から入る。丸の内マイプラザは1934(昭和9)年の建設された明治生命館(設計:岡田信一郎)を取り込む形で2004年に建設された複合商業ビル。入口を抜けると屋内に明治生命館の外観が見えるアトリウムがあり、そのまま明治生命館のラウンジに入っていく。重厚なホールに応接ソファが並べられ、静謐で快適な空間。一号館広場の明るさと自然もいいが、この内省的な静けさもお気に入りだ。いつまでもソファに抱かれていたい気になる。あいにく平日は資料・展示室は一般公開されていない。しばしのんびりしてからまた東京駅へ向かう。
 丸の内仲通りは緑が多く、夏でも涼しく気持ちいい。丸ビルまで戻ってもう一度東京中央郵便局前の交差点に向かうと、オープンしたばかりの建物を感慨深げに眺める初老の男性がいる。「昔からこんなに白かったんですか?」と声をかけると、「いや、前はもっとくすんだ感じだった」と応じてくれた。かつて八重洲ビルヂング内にあった金融機関で働き、毎日東京駅からこの建物の前を歩いて通ったと言う。「だいぶ雰囲気が変わってしまった」と言うが、東京駅の復原と東京中央郵便局の再生はうれしそうだった。
 多くの人が働き、また上京する者たちを迎えてきた東京駅と丸の内地区。ファサード保存とレプリカ保存を行うことで、ある程度景観に配慮した街区整備が進められてきた。そして東京駅の復原工事で一つの区切りが付く。日本経済がまだ命脈を保っている間にある程度の完成を見ることになったことは喜ぶべきことかもしれない。

●フォトアルバム「東京丸の内近辺散策」


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