まち遊び日記

2009年6月18日 (木)

環境の時代と住まいの可能性

 木造住宅を中心に活躍する建築家・三澤文子氏の講演会があったので参加した。三澤氏は奈良女の物理学科を卒業後、専門学校で建築を学びんだという異色の建築家。その後、藤本昌也氏が主宰する現代建築研究所で民家型構法を学び、夫の三澤康彦氏とともにMs建築設計事務所を設立し活躍するとともに、2001年から岐阜県が設立した岐阜県立森林アカデミーの教授として、木造建築のイロハから若者たちに教えてきた。この3月に同アカデミーの専任教授から退き、客員教授として週1回程度学生たちを指導するとともに、MOK-msdを立ち上げ、木構造に関する技術的な調査や改修設計等を行っている。
 こうした自身の経歴から始まり、民家型構法の彼女なりの定義や徳島・岐阜の林業家等と連携して開発した杉材の伐採・乾燥・製材・出荷プロセスの紹介まで、内容は多岐に渡った。
 中でも、特に力を入れて話していたのが「ウッドマイルズ」。木材のm3当たりの製造時CO2は鉄筋・鉄骨に比べて格段に小さい54kg・CO2/m3。しかし、輸送時CO2は地域材であれば20 kg・CO2/m3だが、輸入材であればその値は数百倍・数千倍に上る。両者を足し合わせたCO2排出量をウッドマイルズと定義し、地域材の活用を促そうというもの。
 その他、田中文男棟梁の話、製材ラーメン、Jプレートと呼ぶ建築金物のこと。さらに、自宅を含め、木を使った床、棚、風呂、台所の実例など、豊富なスライドで紹介。見るからに聞くからに気持ちのいい時間を過ごさせていただいた。
 最後に会場からの質問に対して、「大工の人材の不足についてはあまり心配していない。大工になりたいという若者も多いし、腕はあるのに仕事がないのが実情ではないでしょうか。」と答えていたのが印象的だった。
 同様の活動をしている建築家は三澤氏以外にも大勢おり、愛知県内でも現代計画研究所の民家型構法の流れをくむ足助の「ほるくす」やそこから分かれた大江忍さん、また愛知の木で家を造る会など、それぞれがさまざまな活動を展開している。これらをうまく統合することも考えないではないが、これらの多様な活動が切磋琢磨しつつ木造住宅の良さをアピールすることで、本当の意味での木造文化が改めて日本に定着していくのだろうと思う。三澤先生が冒頭に話された、日本人の8割は木造志向、戸建て住宅の8割は木造というデータを思い起こし、(200年住宅のように)変に誘導するのではなく、真摯に木造の良さを伝える努力を重ねることが必要なのだと思う。
 ところで、この講演会に参加した最大の目的は、私のかつての部下が三澤先生の事務所に就職しており、「彼女をよろしく」と伝えること。講演会後、岐阜県内の担当現場に行っていた彼女が講演会終了に合わせて迎えに来ており、久しぶりの再会を果たすことができた。たくましくなって、と言いたいがあまり変わってないような・・・。それでも5年で独立が先生の方針だそうで、あと3年。それまでにはさらに腕を磨き、この地域で、Ms設計ならぬNs設計として、又はMOK-msdならぬMOK-nndとして、独立開業する日が来ることを楽しみにしている。その時はわが家の改修でもお願いしようかな。住宅ローンが完済できないうちはまだ無理か。

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2009年6月 6日 (土)

まちづくりのツボ教えます

 5日開催されたまちづくりシンポジウムに参加した。講師は近畿大の久隆浩教授。「まちづくりのツボ教えます」とは何ともベタな演題。若干のいかがわしさを感じつつ、あまり期待せずに参加。最近の疲れもあり、冒頭はうつらうつらしていたが、途中から面白さに目が覚めた。
 久先生は土木出身で、都市計画専攻とはいえ、ここまでどっぷり現場に浸かっているのはめずらしい。その極端なまでの現場主義が土木らしいと言えばらしいが。
 「人任せの人が増えている」とか「これは資本主義と法治主義という近代という時代の特徴」といった冒頭の話は当たり前で、しばらく意識が飛んでいたが、「『合意形成や意思決定を前提としない情報交換の場』をいくつかの地区で100回以上も続けている」という辺りから目が覚めてきた。その会合では、「今日は何の話をしましょうか?」から始まり、「じゃ、近況報告でもお願いします。」で順に話し始め、興味が募る話題や相談事などがあればその話題で盛り上がる。「面白くない」という人には「じゃ、あなたが面白い話をしてください。」と言い、「人が増えない」という人には「じゃ、あなたが誰かを誘ってきてください。」と言い、みんなで盛り上げ、誰もお客さんにしない。
 これはあくまで情報交換や意見交換の「場」であって、活動を行う「組織」ではない。交流の場から活動のための組織が必要だと思う人が集まれば、その有志が組織を作り活動を始める。活動のためには組織も必要だが、しっかりした組織は参加者の固定や活動の硬直化も生む。交流の場はあくまで気軽で出入り自由なゆるやかなつながりの場にとどまり、だからこそいつまでも続く強さを持っている。
 「考えてみてください。夕食の献立を家族会議で決定する家庭はないでしょ。多くの物事はこうして特別な合意形成・意思決定の手続きを経ずとも決まっていくものなのです。」と、地域を家族の仕組みでやっていこうと提案する。なるほど。でも、地域の大きさにもよるだろうが、自由参加で最初から20人も集まる集団というのは少ないのではないか。せいぜい5・6人。そして次第に日程が合わず下火になる、というのが通常の経緯。やはり先生の盛り上げが必須なのでは。そんなことも聞きたかったが、衆目の中では遠慮してしまいました。
 後半はやや硬い制度論。近代が制度による秩序維持の時代であったのに対して、ポストモダンの現代はコミュニケーションで新たな社会秩序を生み出すことが必要になっている。わからないではないが、ようするに昔に帰って新たな秩序を模索する、ということ? 制度に慣れた人間をもう一度こうした場に引き込むことが大変。そのための「交流の場」という主張。
 最後は行政職員向けに実践的提案。説明をするのではなく、相手の意見を聞くことが大事。反対意見が出たら、「じゃ、やめます。」と言ったらどうですか。「それじゃ困る。進めてくれ。」という声も出てくるはず。そうすれば、反対派と推進派の住民同士の話し合いになる。それが「住民同士が主体的に対話をしてもらう機会づくり」
 「事業が頓挫してもクビにはならないから」と言われても、なかなかそうした対応はできないもの。それというのも事業の方針があって初めて組織ができ、担当者が配置されるから。何をするか決まらないところに住民の意見を聞くための担当者を置く。行政組織を、そうした住民対応・地区対応のあり方に変えていくところから始める必要がある。
 先生の言われることはよくわかる。しかしそのためには、自治体だけではなく、市民も企業も国も、すべてがポストモダンの時代に合わせた行動を起こしていく必要がある。できるところから、できることをやる。「それで世の中は変わっていきますよ」と言えるメンタリティを万人が持つのは難しいが、時代がそうした風潮に動き出しているという気はする。
 何が効くのかは本当のところはわからないが、「そのツボ、気持ちいい」のは確か。信じるものは救われるカモ・ネ。

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2009年5月27日 (水)

郊外住宅団地再生研究会

 (社)地域問題研究所が呼びかけて、「郊外住宅団地再生研究会」が開催された。人口減少社会における郊外住宅団地(ニュータウン)が抱える問題や課題を共有し、「魅力の維持や再生に向けた取り組みについて、地域住民の活動と行政施策の両面から検討」しようというものだ。会員等への呼びかけに行政職員・住民・議員等、総勢30名ほどが集まり、狭い会場が一杯となった。
 冒頭、当研究所主任研究員の加藤氏の問題提起「郊外住宅団地を取り巻く現状と課題」があり、続いて行政と市民から二つの報告が行われた。
 報告1は「郊外住宅団地に対する行政からみた問題意識」と題して日進市企画政策課の近藤氏から、続いて報告2は「住民による住宅団地でのコミュニティ活動の成果と課題」と題して高蔵寺ニュータウン石尾台コミュニティの吉田氏から、それぞれの取組が報告された。
 日進市は、名古屋市東部に隣接する住宅都市で、昭和40年以降人口が急増し、昭和40年当時1.4万人であったものが、今では8万人に達しようとしている。市の中央を東西に天白川が流れ、その流域は農振農用地に指定されて、今も多くの水田が残る。住宅地は南北の丘陵地に開発され、それぞれ名古屋市営地下鉄駅につながる鉄道・バス路線が走っている。中央部の自然環境に対する市民の評価は高いという話は興味深い。
 開発された住宅地のほとんどは市街化区域に指定されているが、一部、調整区域地区計画を決定した団地もあり、また最遠部の団地には、下水道等の都市インフラが十分整備されていない。団地住民の多くは自家用車を利用するが、高齢者の増加等もあり、市は市内をくまなく巡回する「くるりんばす」を運行。また、週1回の農産物市なども開かれているという。市としては「クオリティの高い住宅都市をめざしている」という言葉が印象的だった。
 一方、高蔵寺ニュータウンの吉田氏の報告はこれまでもこのブログで何度も紹介している内容でもあり、省略。ただ、6月には市役所が住民委員会を設置するようだという話があり、遅々とではあるが、行政も動きつつあるようだ。
 後半は、先日も紹介した元愛知工業大学教授の曽田忠宏氏も加わっての意見・情報交換。曽田先生からは、先日と同様、NPO法人高蔵寺ニュータウン再生市民会議設立の話から始まった。郊外住宅団地の問題は、団塊の世代等、一定の年齢階層が集団的に存在することにあるという指摘は正しい。少子高齢化にしろ、空き家の発生にしろ、基本的には全ての地域・住宅地で共通に起こっている中で、この点のみが他の地域との相違点だ。
 かつて足助町の人口構造を調べた時に、意外に団塊の世代が少ないことに驚いたことがあった。過疎地を出た団塊の世代の多くが大都市に出て行き、郊外住宅団地等に居住している。団塊の世代の高齢化の問題は地域に偏在して発生しているのだ。
 こうした現状を踏まえ、曽田先生からは、今後の郊外住宅対策として、空き家対策と交通対策の重要性を強調された。
 また、愛知県住宅計画課の成田氏から、昨年度に実施した住み替え調査の報告があり、2~3割の世帯が「住み替え意向あり」と回答したこと、また、住み替え対策には住み替え意向を持つ世帯と不動産仲介業者とをつなぐ窓口機能の強化拡充が必要ではないかという意見が披露された。
 その後、会場からの自由意見交換が行われ、郊外住宅団地に外国人が集中居住している問題や、主に丘陵地が開発されたため、バリアフリー化が課題であること、また、区画面積が小さく二世帯住居の建設が困難なため、容積率の緩和等の対策が必要だという意見も出された。また、地域問題研究所の河北氏からは、アメリカ・カリフォルニアの事例として、住民を中心とした魅力ある住宅地づくり活動が紹介された。
 まとめに加藤氏から、郊外住宅団地問題の切り口として、①相隣レベル・地区レベル・都市地域レベルのエリア的視点、②住民・行政・民間の各セクターの役割を考える視点(コスト負担やそれらをつなぐ中間セクターも含めて)、③ハード/ソフトの具体施策の視点の3つが提示され、次回研究会までに論点整理と研究会の運営等も含めて検討した上で、再度、開催の案内をすることが伝えられた。
 加藤氏からはさらに、成功モデルとともに撤退モデルも検討する必要があるのではないか、また若年世帯のつなぎ止めや転入促進の観点からは、過疎地域でのIターン施策が参考になるのではといった提案がなされた。

 このところ郊外住宅団地の問題がたびたび取り上げられ検討されることが多い。そのたびに感じるのは、この問題をどこまで深刻な問題として取り上げる必要があるだろうかという点だ。少子高齢化や地域衰退を取り出せば郊外住宅地よりも衰退し問題の大きい地区はいくらでもある。日進市のように市域全体が郊外住宅地で新住民の方が圧倒的多数を占める自治体であればまだしも、春日井市のように、しょせん人口で2割以下の地区の問題をどう取り扱うかはかなり悩ましいはずだ。
 得てして郊外住宅団地は、学生運動を経験した団塊世代の高学歴のサラリーマン世帯が多いため、自治体に対しても要求型の運動になりがちだ。都市基盤は老朽化が始まりつつあるとはいうものの既成市街地に比べれば高い水準で整備されており、子供世帯の分離・独立は全国的な現象でもある。必要なのは既成市街地や既存集落から集めた税を郊外住宅団地に集中投下することではなく、さらにいっそう魅力ある住宅地となるよう、さまざまな活動を活性化させることではないだろうか。そういう意味で、加藤氏の言われたIターンという視点は大いに賛同する。
 また、団塊世代が、若者や団塊下の我々の世代を見て、「介護はどうしてくれるのか」と訴えるのは正直気に入らない。先ほどの容積率が厳しいから二世帯住宅が建たないなどという意見は言語道断。雇用・社会情勢や生活・価値観の変化等により別居や遠方居住が選択されているのであり、断じて土地利用規制のせいではない。こうした世代間の利益供与を問題とするのではなく、同世代間でいかに楽しく生活するか、それを見せることが若年世代の転入にもつながるのではないか。
 孤独死についてもそれを行政の問題として訴えるのではなく、自分自身が孤独死したくないのであれば緊急通報装置の設置など日頃から講じるべき方策はあるし、隣人の孤独死を懸念するのであれば日頃から声がけをすればよい。自分が声をかけずに行政に動けというのはワガママだし、離れた地区の孤独死を取り上げ問題視するのは大きなお世話だと思う。
 少し前の高齢者は隠居後、仏事・神事に熱心に取り組んだ。これからの高齢者も、いかに社会から離れて隠居するかをもっと真剣に考えてもいいのではないか。郊外住宅団地の再生も、団地住民がいかに死と向き合って生き続けるかが、実は再生のカギではないかという気がする。「再生は死と向き合うところから」というのは、話題を変えすぎているかもしれないが・・・。
 いずれにせよ、郊外住宅団地問題で思うところは千々雑多。地域問題研究所の方にうまくまとめていただき、噛み合った議論が続けられることを期待する。

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2009年5月22日 (金)

減災のまちづくりと建築の危機管理

 防災まちづくりの第一人者、室崎益輝先生の講演会があったので参加した。ちなみに室崎先生の今の肩書きは関西学院大学総合政策学部教授。高名な先生でもなかなか再就職には苦労されているようだ。それはさておき・・・。
 いつも都市計画に関する話題が尻切れとんぼになってしまう、ということで、今日の講演会では最初にまちづくりの話題から始まった。最近の防災対策は、コミュニティ、ボランティア、帰宅難民対策のソフト対策に建物の耐震改修で終わってしまう。それでいいのか、という指摘だ。「ソフト+建築+まち」の3つが揃って初めて、バランスのとれた防災対策になりうる。
 現在の政府目標である建築物耐震化率90%は、一定程度、老朽家屋が建て替わることを想定して試算している。しかし密集住宅地では、狭隘道路や未接道敷地があり、建替えることができない老朽家屋が多くある。結果的に耐震化率は地区によってかなり差ができることになる。加えて、中途半端な壊れ方(改修)は、火災時に却ってよく燃えるという。耐震改修だけでは不十分だということだ。
 減災の視点からの危機管理として、手だての足し算、空間の足し算、人間の足し算、時間の足し算の4つの要素が重要と整理された。手だての足し算とは、ハード・ソフト・ヒューマンの各対策の融合を図ること。特にハード対策が基本というのは、都市整備が重要ということと通底する。また、ヒューマンウェアとして、昨年、大阪で発生したビデオ店の火事の話が面白かった。あのビデオ店は1階にあり、建築基準法的には二方向避難は不要でその点では違反建築物ではなかった。しかし、それは1階ならいざという時には屋外に逃げられるという仮定の法律。しかしあの建物では1階は完全に壁で、出入り口は1カ所しかなかった。これは設計者の倫理の問題だという指摘だ。
 また、空間の足し算では、まんじゅうのアンコとカワを例に、アンコがうまければカワも薄く済む。アンコ=小さな公共(コミュニティ空間)を整備することが重要という指摘。また時間の足し算では、最近大掃除をしなくなったことが住まいの維持管理・メンテナンス文化の喪失を招いているという指摘があり、家検制度の創設を提案された。
 もう一つ興味深い指摘は、都市の危機管理に関して。安全都市デザインガイドラインが必要じゃないか、というもの。これは建築基準法の集団規定のような仕様規定ではなく、都市計画の性能規定化を求める趣旨で、例として大阪の法善寺横町の安全性を確認した上での柔軟な集団規定の緩和等を上げられた。
 減災の視点からの危機管理(手だて、空間、人間、時間)、建築の危機管理(フロー、ストック、応急対応、復旧・復興)、都市の危機管理(フロー、ストック、応急対応、復興事業)ときれいに整理された構成の資料を配布しつつ、奔放に横道に逸れていくお話は、親しみやすく楽しい。しかも大きな構成のなかに埋め込まれた一つひとつの主張はどれも頷くに足る説得力があった。「ソフト対策に流れていませんか」という問い掛けは耳が痛い。これは国を挙げて姿勢を正し取り組んでいかなければならない課題であろう。

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2009年4月29日 (水)

ニュータウンの再生-行政とまちづくりの論理

 4月25日(土)に(社)都市住宅学会中部支部の講演会が開催された。テーマは「ニュータウンの再生」。内容は、「高蔵寺ニュータウンの現状と再生に向けた取り組み」についてNPO法人高蔵寺再生市民会議代表の曽田忠宏氏から、「桜ヶ丘ハイツにおける住民主導の団地再生の取り組み」について桜ヶ丘ハイツまちづくり協議会の河崎典夫氏から、それぞれ講演があり、会場も含めた意見交換が行われた。
 高蔵寺ニュータウンの現状と取り組みについては、当日は女子学生が大勢参加していたことから、曽田先生が急遽、大学の講義のように平明な内容に切り替えられたこともあり、従来、私が認識している内容と大きく変わることはなかった。
●参考
「ニュータウン人・縁卓会議in高蔵寺」
「ニュータウンの再生・活性化」
「名古屋とその近郊の
高齢者施設と住宅地(高蔵寺ニュータウン)」

 近況としては、一昨年より準備を進めてきたNPO法人高蔵寺再生市民会議がいよいよNPO法人として認可される運びとなり、5月にも創設記念講演会を開催するとのこと。詳しくは「高蔵寺ニュータウン再生市民会議--高蔵寺どんぐりs--」へ。
 高蔵寺ニュータウンの今後に向けて、例えば千里ニュータウンでは、府・市・UR等関係者が集結して千里ニュータウン再生指針を作成したように、高蔵寺ニュータウン再生マスタープランの策定が必要であり、今回設立したNPO法人高蔵寺再生市民会議が、住民サービス機能に加え、政策提言機能を果たしていきたいという趣旨の話があった。
 一方、桜ヶ丘ハイツのまちづくりについても、「可児市桜ヶ丘ハイツの住民主導のまちづくり」で報告したとおり、昨年の秋に河崎さんから話を伺っており、基本的にはその繰り返しだった。しかし大学教授であった曽田先生とは違い、急な方向転回はされなかったので、用意されたレジュメに沿い、住民活動を通じた感想や考察を披露され、触発される点も多かった。
 地域は、(1)暮らしの場、(2)地方政府、(3)自然に支えられる流域の3つの性格を有する。まちづくりには、地域のこだわりや愛着が不可欠である。「移」動支援、「食」料・「職」場、「住」居の「い・しょく・じゅう」に対して、「助け合い・支え合い・分かち合い」による地域のセーフティネットづくりが重要。また、住民参加には、順番に回ってくる自治会役員などの「義務的参加」、迷惑施設建設反対運動などの「目的的参加」、こんなまちにしたいと取り組む「共感的参加」の3つがあり、いずれも必要であること。特に義務的な自治会活動を経て地域を知ることは重要である。
 また現代は、"生きる""働く""暮らす"がバラバラに引き裂かれ、「かけがえのなさ」を失った社会になっていると指摘し、人間が受け身の消費者として生活する「観客社会」から能動的に生活者として活動する「参加型社会」への転換が必要だと訴える。
 桜ヶ丘ハイツのある可児市は2004年に「市民参画と協働のまちづくり条例」を制定しており、これに基づきまちづくり協議会を設立したが、それが逆に市役所に「市民まかせ」の風潮を生んでいるのではないかと指摘。3~4年で担当者が異動し、退職間近の幹部職員は逃げの一手になりがちな行政のあり方に対して強い思いを吐露された。
 会場からも、分け与えられた「住民参加」、住民まかせの「住民主体」を超え、「住民主導」が必要だ、という意見があり、行政=研究者=事業者=住民の4者が連携した体制の提案があった。
 これらの意見ももっともだと思うが、その根底には多分に「他者」である「行政」の特性に対する理解の不足があるように思う。
 行政というのは、徴税機能を持つ収奪機関であり、法に基づき権力を行使する支配機構である。そうした組織目的に向けて業務を効率的に執行するため、ヒエラルキーのはっきりしたツリー構造の組織となっており、意志決定や事務執行においてネットワーク型の住民組織とは異なる習性がある。
 この権力組織に所属する公務員自身、社会状況が大きく変化する中で、自らの権力と責任をどう扱うべきか困惑しているというのが現状ではないか。ルールに則って機械的に権力を行使し業務を遂行できる分野は得意だが、多くの分野でルール自体が揺らいでいる。
 こうした状況の中、政策の方向を定めるのは、首長であり議会であり住民であるが、同時に職員自身もこれまでの職務遂行上の課題をよく認識しており、提案主体の一つになりうる。事実、政策立案能力は公務員の重要な資質・能力の一つとして期待されている。
 会場からは「議員との関係はどうか」と問う質問もあったが、首長・議会・行政・住民という4者間における政策決定や政策手段と実務の執行体制等の関係とあり方がまだ十分明らかになっていないのが現状ではないか。社会の変化の中で、まだしばらくは全国の自治体で試行錯誤が行われ、次第に定着していくのだろう。まだその過渡期だと思う。
 いずれにせよ、両ニュータウンとも、住民の手による活動が進められており、今後の展開に興味が尽きない。ますますの活発化を期待したい。

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2009年4月 7日 (火)

住宅手当制度の創設

 欧米では住宅困窮者に対する施策として住宅手当の支給が一般的である。日本では昭和26年に公営住宅制度が創設されて以来、低所得者向けには低家賃の住宅を直接供給しており、住宅困窮者個人に直接住宅手当を支給することは行ってこなかった。この間、「石より人へ」のスローガンの下、公営住宅施策から住宅手当支給制度への転換が何度も提案され、また検討されてきたが、国は一貫として施策転換を否定してきた。その理由もどこかには正式な見解が挙げられていたかとは思うが、今想像するに、日本の民間賃貸住宅の水準が低く良質な住宅整備と同時に行う必要があること、大きな政策転換は国民や地方自治体等の混乱を招く恐れがあること等が考えられる。
 しかし、イギリスの公営住宅制度や欧米各国の社会住宅制度等を比較すると、公共住宅の整備と住宅困窮者に対する住宅費用扶助は明確に区分されており、同一部局で担当しているのは少ないように思われる。
 このところ近在の研究者の方々から公営住宅制度のあり方について勉強させていただいているが、この整備と費用扶助の明確な区分は、より望ましい公共住宅制度を考え実現していくためにも、重要なポイントであると同時に、変革を妨げる大きな隘路であると感じる。
 今日の朝日新聞朝刊に「補正 財政出動10兆円超」という大きな見出しの下に、「仕事・家 失う人に手当 低所得者向け半年間」という中見出しが躍っていた。失業者に対して最大6ヶ月間住宅手当を支給するというもので、支給額は単身者で全国平均約3万4千円と報道されている。
「asahi.com:失業者に住宅手当 最大半年の方針 生活費貸与も」
 これだけの支給があれば、民間賃貸住宅への入居は十分可能であり、現在の公営住宅等を利用した暫定的な一時利用にくらべても大いに効果があると思われる。と同時に、「一時のシェルター対策が住宅施策を混乱に陥れる恐れ」で指摘したとおり、現在の対策が公営住宅制度本来の仕組みを歪め、矛盾を堆積しつつある状況を危惧していただけに、こうした対策が可能であれば、もっと早期に取り組むべきであったと思う。
 しかし同時に、今回、住宅手当制度に踏み込むということは、別の意味で住宅政策全体に大きな影響を与えると思われる。
 まず今回の方針に対して考えられるいくつかの疑問点がある。支給期間は6ヶ月間に限定される。ということは、多くの民間事業者(大家)は定期借家制度を活用することが予想される。そうしないと、住宅手当打ち切り後に居住権をタテに円滑に退去してもらえなくなる恐れがある。仮に定期借家契約により法的に退去要請ができるとしても、この経済状況では、多くの失業者が不法なまま居住を継続する恐れがあり、住宅手当支給が6ヶ月を超えて延長されることも考えられる。
 住宅手当の額が民間賃貸住宅の家賃との関係で一定程度自己負担を求めるのかどうかわからないが、仮に全額住宅手当でカバーされるとなると、無収入でも一定程度の家賃は徴収する公営住宅よりも経済的に有利になる。現在、公営住宅は離職者であっても10数倍の倍率の抽選を経ないと入居できない状況だが、民間賃貸住宅であれば空き家はいくらでもあるので、大家の理解が得られればすぐに入居できる。そうすると多くの失業者がまずこの住宅手当制度を利用し、期間満了後、公営住宅への入居を希望するということが予想される。しかし依然公営住宅は高倍率であり、ほとんどは不法居住を続けるか、または退去を余儀なくされる。数ヶ月前の状況を半年繰り延べるだけである。そして半年後はちょうど年末。また派遣村騒ぎが発生するかもしれない。結局、住宅手当制度自体が延長される可能性もある。
 新聞によれば利用者は18万人程度と想定されている。この根拠がどうなっているかわからないが、大家側の不安を取り除くことができれば、もっと利用者は増える可能性がある。住宅手当制度が住宅セーフティネットとして認知される可能性もあり得る。
 そうなると、現在の公営住宅制度との政策的な整理が問題となってくる。低所得者向けに自治体が提供する住宅としての公営住宅と民間賃貸住宅に居住する低所得者のための住宅手当制度の2本立てになる可能性がある。そうなれば、次は住宅整備と住宅費用扶助の制度の分割であり、その先には、公営住宅の廃止とNPOや住宅協会等による社会住宅制度への移行の展望が開かれてくる。
 日本の住宅政策のためにはこうした展開が必要である。そのためのほんの小さな針の穴にすぎないかもしれないが、住宅政策の大転換の最初の一歩になるかもしれない。今後の住宅手当制度の顛末を注意深く見ていく必要がある。

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2009年3月13日 (金)

ハウジング&リフォームあいち2009

Nec_0003 今年も「ハウジング&リフォームあいち2009」が開催される。今回は主催者である「愛知ゆとりある住まい推進協議会」が設立20周年ということで、例年にも増して盛大なイベントとなっているはず。「エコな住まいで快適ライフ」をテーマに、エコリフォームや太陽光発電等についての紹介コーナーもあるようだ。何より、抽選会の特別賞が「Jリーグ観戦チケット」というのが嬉しい。今年は担当からはずれたので、大手を振って抽選会にチャレンジするつもり。みなさんも家族そろって、いかがですか?
 詳しくはこちら「ハウジング&リフォームあいち2009」へ。

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2009年2月13日 (金)

英国の社会的住宅制度に学ぶ

 世界の公営住宅施策シリーズ、第3弾はイギリス。中京大学の岡本祥浩教授にお話を伺った。
 イギリスと言えば、サッチャー政権下の公営住宅の払い下げが有名だ。この背景として、「国民が持ち家所有を望んでいる」というのが公式には政府見解だそうだが、ロンドン病と言われる経済低迷を前に、世界の投資をロンドンに呼び込むための規制緩和や市場競争原理の導入による行政の分割・民営化、さらには住宅の自己所有化により国民の保守化を促進するといった新保守主義政策の流れの中で断行された。
 払い下げの推移と現状であるが、払い下げが始まった1980年代当初に一度ピーク(82年約24万戸)を迎え、いったん落ち込んだ後、80年代後半に処分価格の引き下げ等により再度ブーム(89年約20万戸)を迎える。90年代に入ってからは年5~10万戸で推移している。人気のあった戸建てや二戸一は早々に売れ、今は共同住宅のフラットばかりが残っているそうだ。最近は、入居者への個別払い下げではなく、HAなどの大家へ売却することも行われているが、最終的に低所得者ばかりが残り、住環境の悪化が問題となりつつある。また、払い下げを受けた者もその後ローン破綻するケースがあり、問題になっているとのことだった。
 イギリスの公営住宅制度がどういう形で運営されているか、例えば入居資格や家賃の仕組みを聞いたが、自治体毎に異なるようである。公営住宅入居者の収入分布というデータがあり、当然低所得者が多いものの、平均的には収入分位10段階の4~5段階程度になるようなので、日本のように低所得者に特化しているわけではない。また、20年ほど前の話として、家賃は市場家賃を徴収し、別途家賃補助をしていたという話もあった。住宅の一人あたりの部屋数は2.5部屋で、老朽化や衛生状態に対する不満もそれほど高くなく、住宅単体の質はある程度確保されているが、住環境に対する不満や不安が大きい。
 スラム化する住環境への対策は、EUからの地域再生補助金を活用し、持ち家や商業施設等も含めた総合的な地区再生や職業訓練等のソフト事業が行われているようだ。
 入居申し込みであるが、基本的にはウェイティング・リストに登録し、順番を待つことになる。1977年のホームレス法改正により、ホームレス優先枠が設定され、通常のリストには非常に長い列が連なることになったが、90年にロンドンでホームレス収容施設が積極的に建設された結果、96年に再度改正され、現在はウェイティング・リスト方式に戻っているようだ。ただし選別方法等は自治体に委ねられている。
 イギリスの住宅建設戸数は年20万戸程度であり、人口あたりにしても日本の4割程度だ。このうち公営住宅は90年代以降ほとんど建設されておらず、家賃補助やHAなどの社会的住宅の支援に重点が置かれている。設備系の維持修繕などどうしているのか疑問が残るが、市場家賃を徴収し、別途家賃補助をする仕組みであれば、適切な維持・管理は可能なのかもしれない。
 住宅経営を行う主体を行政から切り離すこと、そして、家賃補助を住宅経営から切り離すことの意義は理解できる。しかしそのためには大きな政治的な決断が必要であり、また住宅経営と生活(家賃)補助を一体的に担当する組織を構築する必要がある。日本のように低所得者ばかりを集めてしまった公営住宅でそれを行うとすると、家賃補助のための予算規模が膨大となり、現実的でないかもしれない。
 離職退職者の受け入れなど日本の公営住宅制度がますます変質しつつある。イギリスのような大ナタを振るう、というのも魅力的だが、日本の政治・官僚風土の中ではドラスチックな変革は難しいだろう。日本に適した現実的な方策を考えたい。

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2009年2月10日 (火)

地域と大学の連携まちづくり

 (社)都市住宅学会中部支部の講演会に行く。講師は名古屋大学の小松先生。演題は「地域と大学の連携まちづくり~住環境の創生・再生事例を中心に」。先生も執筆者の一人として参加し、最近発行された「地域と大学の共創造まちづくり」からの紹介が主な内容だが、先生は各論の中の一項目とともに、「1章 本書のねらいと事例の位置づけ」も担当しているから、総括的に俯瞰していると思われる。
 パリのプチ・ボンに代表される「場」としての大学、ボローニャのボルティッチに見られる「部屋」からなる大学、ケンブリッジ大学などで見られるクワッド・ラングル(建物と中庭)と呼ばれる「建物」からなる大学、そしてアメリカで発達したピューリタンの理想郷を形にした「領域=キャンパス」としての大学と、世界各地の大学施設の形を発展過程とともに紹介した上で、タウン(まち)とガウン(大学=博士の着るガウンに寄せて)がいかに連携していくかを、研究のテーマとして掲げられた。
 まず、アメリカ・フィアデルフィアのペンシルバニア大学における事例が紹介された。フィアデルフィアの都心部から川を挟んで西側の、かつては工業地帯、その後は移民街として衰退した地区に、都心部から移転したペンシルバニア大学では、1994年の殺人事件の発生以降、地域と連携した環境改善事業が進められている。具体的には、従来、通勤通学型大学であったものを、関係者が大学周辺に住むよう、住環境改善や住宅供給、融資等を進めるとともに、公立学校への大学協力や地域経済への支援等、地域と一体となった取り組みが進められている。
 日本ではこのような居住まで含めた大学キャンパス計画の事例は少ないが、近年では柏の葉アーバンデザインセンターや酒田市の東北公益文科大学などで、新しい大学を取り込んだまちづくりが進められている。特に、柏の葉アーバンデザインセンターでは、開発事業者である三井不動産のブランディング戦略に乗って、千葉県・柏市・東京大学・筑波大学が運営部分でうまく協調し合い進められているとのこと。
 私が興味を持つのは、こうした大きな取り組みではなく、小さくは教員個人と建物所有者との1対1の関係による「まちなか研究室」のような取り組みから、大学サイドは、研究室<学科<学部<大学というヒエラルキー、まちサイドは、地域住民やグループ・商店街<地区<行政というヒエラルキーの中で、相互がどのように連携しているのか、その連携事例や組織内での調整事例、連携形態の評価などを知りたいと思ったが、これについてはこれからの研究課題と言われてしまった。
 そもそもこの講演会に参加しようと思ったのは、テーマよりも講師に惹かれたから。より正確には、小松先生がどんな研究をしているのか興味があった、ということなので、その点では大いに収穫のあった講演会ではあった。
 大学からの視点だけでは当然地域との有機的な連携は図れないわけで、かと言って地域からの視点では、相手は大学だけではなく企業、商店街、工場、ディベロッパー等々多くの対象が考えられる。そう考えると、「地域と大学の連携まちづくり」のプロトタイプを創るというより、多くの事例とその評価・考察を提示する以外に、よい事例を創出していく方法はないのかなと思う。申し訳ないが、多分当面、本書を読むことはないだろうが、こうした仕事に巡り会えれば、また楽しいかもしれない。課題と可能性はいろいろあるということがわかった。

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2009年1月21日 (水)

一時のシェルター対策が住宅施策を混乱に陥れる恐れ

 離職退去者に対する住宅提供ということで、公営住宅を提供する動きが年末から全国の自治体で始められている。派遣切りにより寮を追い出された離職退去者は若中年単身者が多いということで、本来、世帯向けと単身高齢者等しか入居対象としていなかった公営住宅に対して、国土交通省が目的外使用許可を包括的に与えるという形で実施されている。
 募集を始めてみると、名古屋市で意外に応募が少ないなど、地域的な偏在はあったものの、どこも提供できる住宅数を上回った応募があったようだ。しかし想定と異なるのは、必ずしも若中年単身者ばかりではなく、本来入居資格を有する家族世帯も多かったことだ。本来であれば、一般の入居募集に応募し、10倍以上の高い倍率による抽選を経て入居が決まるはずの世帯が、離職を免罪符に先着順や数倍程度の抽選で入居をしている。
 もちろん、今回入居したところで、半年から1年程度の期限付き入居だが、期限が来た際に円滑に退去してもらえるかどうか、公営住宅の管理担当者は戦々恐々としているはずだ。
 今回の離職退去者に対する支援は、解雇に伴い、派遣企業から提供または斡旋されていた住宅や寮から強制的に退去を迫られ、野宿もやむなしという状況に追い込まれた人たちに、緊急避難的に雨露をしのぐ場を提供するというのが本来の趣旨だった。いわゆるシェルター対策だ。シェルターであれば、派遣村に集まった人にテントを提供したり、厚労省が講堂を開放したように、一時的な施設でよかったはずだ。
 一方で、住宅が不足していたかと言えば、けっしてそんなことはなく、彼らが退去するまで住んでいた住宅は今も空き家状態のまま残っている。本来の入居資格者に対して公平な仕組みで提供されるはずだった公営住宅の空き家が、シェルター代わりに用いられ、その結果、本来の入居資格者はこれまで以上の高倍率を余儀なくされる。
 先日、住宅金融支援機構(旧住宅金融公庫)の方に、独立法人化後の業務内容等をお聞きする機会があった。住宅の直接融資からフラット35に転換し、それが現在の主な事業だが、最近は賃貸住宅建設融資にも積極的に乗り出しているという。しかし派遣切りが横行して以降、事業者の姿勢が慎重になり、契約数も伸び悩んでいるという。今までは派遣企業の斡旋や借り上げで埋まっていた住宅も、今後は空き家がめだつようになるかもしれない。
 これは住宅施策の観点からも非常にいびつな状態である。
 結局、この状況は、シェルター対策と住宅対策が混同されたことから始まったと言える。これを元に戻すためには、離職退去者に提供する住宅は取り壊し予定の空き住居を当て、ホームレス収容施設と同様、1住戸に3~4人を収容する賃料無料の期限付き収容施設とすることだ。こうして当面のシェルターを確保しつつ、雇用対策を講じることが本来講ずべき対策ではなかったか。
 今までも公営住宅はその時の社会情勢に応じて仕組みを改変してきたが、今回の場当たり的な対応は、住宅施策全体の再構築を要請する事態になりかねない。そんな危惧を抱く。

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2009年1月14日 (水)

景観を発見する

 建築雑誌は昨年から二つの特集を設定しているのだそうだ。そういえばそうだったっけ。2009年1月号の第一特集は「新景観」。工場やダム等の土木構造物、団地など、機能第一で建設されてきた構造物に「景観」を感じ取り、ネットでの情報交換や写真集の発行、見学会の開催等の活動が最近活発に繰り広げられている。こうした活動を積極的に実施し、また評価している人たちとの対談や寄稿が集められており、何がいいのか、何故いいのか、といったことを描き出そうとしている。もっともわずかの誌面ゆえ「ほんのさわり」といった印象は拭いきれないが、彼らの意識や感覚が垣間見えて面白い。
 そもそも私も、常滑のやきもの散歩道の景観保全活動に関わり「電柱やアスファルトこそがいい」と感じたり、まち歩きをしていても洗濯物が翻るさまや植木等の表出物など生活感の感じられる景観に強く引きつけられることが多い。「住宅都市整理公団」や「団地百景」はお気に入りサイトの一つだ。
 今号の特集の中でも、映画監督の庵野秀明氏が「電柱や電線の効果」を唱えていて、同じ感覚を持っている人がいると嬉しい思いがした。
 武蔵野美術大学の佐藤淳一教授の「ドボク・エンタテイメント・インヴェンション」の中の「むしろ世の中の方が、マニアを必要としはじめたようなのである。」(P020)というフレーズにドキッとした。確かにそうかもしれない。続いて「人間は、自分が好きなものが他人も好きであることが好き、な動物なのだと思う。」と書かれている。ドボク・エンタテイメント(佐藤氏は新景観を愛でる活動をこう呼ぶ)がネット上のつながりの中で隆盛したことを考えると確かにそうなのかもしれない。すなわち、人間関係の「希薄」や「疎外」が背景にあっての現象であると。
 しかしそれだけではない。それは背景であり、そこからではなぜ「新景観」が人をつなぐ媒体として脚光を浴びているのか、を考えなくてはいけない。その答えを私は持ち合わせていないけれど、「与えられる」景観から「発見する」景観へ、と考えると一つのヒントにならないだろうか。
 今までの景観も、デザインとコンセプトを理解し同調する自分の「発見」が景観に関心を寄せる根底になかったか。景観は「発見する喜びを喚起する」と考えると、「見る」という人間感覚と密接に結びついた心理作用を喚起する現象と捉えることができる。「景観」はまさに「見える」ことにその本質がある。景観が「発見」される時、そこにはいつも「新景観」が現れていると言えるかもしれない。

●日本の町並みが美しければ、確かに電柱は邪魔かもしれませんが。無秩序な街を無秩序でもって排している方がまだいいと思います。(P008)
●ドボク・エンタテイメントでは、そんな見立てを使って、対象と人間の間に、意識を交流させるための橋を架けるようなことをしているのではないだろうか。(P021)

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2009年1月 8日 (木)

住宅瑕疵担保履行法を考える

 「建築ジャーナル 2008年12月号」が「住宅瑕疵担保履行法、素朴な疑問」と題した特集記事を組んでいる。建築ジャーナル誌は、行政に対して批判的なスタンスを取ることを専門誌としての基本的な編集方針としているので(一方で巻末の建築最新事情で取り上げる建築設計事務所特集が営業方針を示していて面白い)、ある意味読者の読解力を試されているようで、ついつい真剣に読んでしまう(実は戦略に乗せられているのか?)。それで、住宅瑕疵担保履行法である。
 保険法人5社とハウスメーカー7社へのアンケートデータの後に、国交省住宅瑕疵担保対策室長へのインタビュー、「保険の加入有無は消費者の自己責任で選べばいい」と題する設計者のコラム、的確な監理を実施していると自負する3人の建築家と西川編集長による座談会。そして(財)住宅保証機構へのインタビューで構成されている。
 基調は、コラムのタイトルにあるように住宅瑕疵担保履行法に対する批判である。4人の座談会では主に保険制度の技術的な事項に疑義が挟まれている。保険会社の2回検査に意味があるのか。保険金はちゃんと支払われるのか。保険会社の「設計施工基準」は適当なのか。最後に、「2回の検査で10年間保証する仕組みがいいのか、それともきちんとした監理でもって100年保つ住宅がいいのか。」というアジテーションで終わっている。
 確かにきちんとした監理は重要であるし、監理がされていないことを前提とした仕組みに対して疑義を挟みたい気持ちもわかるが、実態に合わせた制度設計という前では、現実性に欠ける。監理業務の位置付けと瑕疵担保保証との関連は深いが、向いている方向が違うので、別の課題として議論すべきではないか。「保険制度に監理業務の実施状況を反映させろ」というのが正しい方向であり、その具体的な提案が欲しい。
 しかし実際は難しいだろう。私はいっそのこと検査もなく一律保険対象とし、保険会社毎に住宅性能表示制度等と関連させた割引制度を検討してもらうのがいいのではないかと思っている。保険会社の検査や技術基準に対する疑義というのはよくわかる。官僚や学者に本当の意味での技術力がないというのは定説である。その上に制度を組み立てるから、「天下り機関のための保険制度」という批判が出てくる。官僚や保険会社は技術力を民間に開放し、その上で制度構築を図るのが適当と考える。
 一方、コラムには興味深い指摘もいくつか見られる。完成戸数が増えるほど供託金額が低下する仕組みに対して、「1万棟も建設すれば1棟当たりの補償額は44,000円になってしまう。同一仕様で建設する大手メーカーが倒産した場合、これで本当に大丈夫なのか」という問いは説得力がある。竣工棟数の多い事業者の負担を増やし、棟数の少ない業者の負担を減らす逆算定の提案も興味深い。供託金額設定の考え方を明確にし、必要に応じ政策的な誘導効果を挟むという考えには一考の価値がある。
 基本的に、私はこの法律の目的自体は間違っていないと考えている。理想的には、建築基準法を廃止して、建築基本法を定め、集団規定に関する建築許可制度と単体規定に関する保険制度に2本化すべきで、住宅の瑕疵担保は後者の中心的な制度となるべきだと考えている。こうした考えからすれば、住宅瑕疵担保履行法は建築基準法と並ぶ重要法規である。
 建築ジャーナル誌は、2008年3月号で『特集版 建築基準法「先進国」はどこだ?』という特集を組み、西川直子編集長自ら「建築基準法 問題解決策はこれだ!」というコラムで、私と同様の提案をしている。「景観・都市計画的建築審査と安全性・技術的建築審査を二段階にすることを提案したい」。後者の建築審査は、専門家による任意審査であり、この結果が融資制度や損害保険制度に直結する仕組みだ。「融資制度や損害保険制度がしっかりしていれば姉歯物件住民の悲劇はなかっただろう。」と書いているが、全く同感だ。そのための住宅瑕疵担保履行法である。だとすれば、ヒューザー事件(ディベロッパー倒産による住宅購入者損害の発生)再発防止の観点から評価するという視点もありうる。
 座談会では、この視点から見て、「故意で重過失だったヒューザーの場合は、保険金が支払われないのではないか」と保険制度の欠陥を指摘している。もし今後そういうことがあれば、保険会社が批判されるであろうが、国交省は「そんなことはあり得ない。適正な対応を指導する。」というだろうから、実際どうなるかわからない。法制度に瑕疵があるのだろうか。
 住宅瑕疵担保履行法はいよいよこの10月から供託または保険加入の義務付けがスタートする。完成物件から適用だから、既に対象となる住宅の着工が始まっている。建築基準法に基づく確認審査の厳格化に伴う官製不況が話題となり、国交省も新制度の適用スタートには神経を使っている。しかし、供託や保険加入を義務付けることによる経済的な影響は少なからずあると考えた方がよい。ましてやこの世界同時不況である。日本の建築審査制度の根幹に関わる制度だと思っている。是非ともうまくスタートを切って欲しい。だが大丈夫だろうか。前途多難、不安満載というのが、実質スタート半年前の偽らざる感想だ。

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2008年12月14日 (日)

デンマークの公営住宅制度

 愛知教育大学の小川正光先生からデンマークの公営住宅制度について話を伺った。先生は数年前にデンマークへ留学し、今年も調査訪問をされているが、今回はデンマークの公営住宅法の話が中心である。その前段で、デンマークの自治制度や住宅事情について伺う。
 デンマークの人口は5百万人強.2007年に自治体改革があり、5つの県、98の市に再編された。基本的な自治業務は市が担当し、県は国の助成金と市の負担金により広域的な業務のみを受け持つ。当然、公営住宅制度は市が担当する。
 ただし、住宅を建設しているのは、市議会の許可を得た公営住宅組織である。公営住宅組織には、独自の資本によるもの、共同出資された協同組合、保証金により設立された保証組織の3種類がある。これらの公営住宅組織が、市が定める計画に沿って、住宅補助金を得て、許可された住宅の建設や改修と運営等を行っている。
 住宅の所有関係は、2007年現在で、持家:1920千戸(71.6%)、公営住宅組織515千戸(19.2%)、組合住宅195千戸(7.3%)、自治体53千戸(2.0%)だそうである。この中に民間借家がないのは、民間に賃貸住宅業という業種がなく、個人的な賃貸は持家の中に含まれていると考えていいのだろうか。いわゆる一般企業も、独自資本による公営住宅組織として、市議会の許可を得て賃貸住宅の建設・管理を行っているようであり、もちろんその建設戸数や規模等は市議会のコントロール化にある。賃貸住宅は市場原理では建てられない、ということだろうか。
 2005年現在の公営住宅組織の数は771。概ね団地ごとに設けられている支部が7,909という。住宅規模は共有部分も含めて50~90㎡が約2/3というからそんなに広くはない。全住宅でも60~150㎡が80%とおっしゃっていた。家賃は平均1㎡当たり595クローナ(50㎡で月約5万円)というから必ずしも安くない。これは前回のオーストラリアのときもそうだったが、先生いわく、社会保障が充実しており、例えば高等教育も含めて教育費は無料なので、相対的に全般的に物価は高目なのではないか、とのことだった。
 公営住宅には家族住宅と若者住宅、高齢者住宅の3種類がある。面積は、家族住宅と高齢者住宅が110㎡以下、若者住宅が50㎡以下と決められているが、団地全体の平均に対する制限なので、実際はけっこうバラエティがあるようだ。各戸には上下水道を備え独立したトイレ、浴室、台所を設置することとされており、共同台所のコレクティブ・グループホームについては、別途、市の認可を得る必要がある。高齢者住宅については、バリアフリー規定が付け加えられている。ちなみに高齢者の定義は、デンマークでは67歳以上の年金受給者というのが一般的なので多分それではないかとのことだった。
 さて、入居者であるが、高齢者住宅は市議会が待機リストを管理し、リスト記載後2ヶ月以内に住宅を紹介することとなっている。家族住宅と若者住宅は公営住宅組織が待機リストを整備するが、若者住宅については市が紹介することも可能としている。また住宅問題の解決のために空き家の1/4を市が借り上げることのできる規定もある。高齢者及び障害者については、住宅を自由に選択する権利を有するとされており、持家で生活してきた方が公営高齢者住宅の入居を望むときは2ヶ月以内にかなえられることになっている。
 デンマークでプライイェムと呼ばれる老人ホームやケア付き住宅は、現在、各戸に台所等を持つ「住宅」として改造等が進められており、既に8割方終了しているという。今は若者住宅の整備に力を入れているとのことで、ユニークなデザインの写真を見せてもらった。この背景に何があるのかわからないが、高齢者住宅の整備がほぼ完了しつつあり、今までシェア居住などをしてきた学生の居住水準に問題意識が移ったということだろうか、とおっしゃっていた。
 公営住宅組織や支部組織の理事会等に必ず居住者が入っていることなど、住民民主主義の規定があることなども興味深い。その他、保全・修繕費用の積み立てに関する規定、住宅建築等を支援する独立法人「全国建築資金」や欠陥改善のための補助を行う独立法人「欠陥建築基金」に関する規定、これらの機関を活用した融資や補助金等の規定、さらには住宅の売却の試みに関する規定などもある。また試験的試みという章があり、新しい取り組みに対して規定からの逸脱や補助金の支給を規定している点も面白い。
 今回は、「デンマークの公営住宅法を読み込む」という点に力点が置かれ、日本との比較や社会的・文化的背景との関係など、発展的な議論まで時間が及ばなかった。国民の大半は持家に生まれ、独立して若者住宅に住み、結婚して公営家族住宅から持家を取得し、高齢となって公営家族住宅に居住するというデンマークならではの居住すごろくがあるのだろうと思われる。日本の居住すごろくは、持家偏重で批判されたが、それが実現可能となる社会的基盤や制度を作っていくことで、公営住宅制度の役割もより明確になるのではないだろうか。家族住宅・若者住宅・高齢者住宅と分けるあたりにその可能性が見て取れる。
 今回もまたまた大変興味深い事例を知ることができた。次回はイギリスの予定。ますます楽しみだ。

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2008年12月 5日 (金)

「200年住宅」法に対する危惧

 「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」いわゆる「200年住宅」法が成立した。2月に閣議決定したものの、今春の波乱国会の中で継続審議となり、ようやく11月28日の今国会で成立した。さすがに法文には「200年住宅」ではなく「長期優良住宅」としているが、かつてセンチュリー・ハウジングというプロジェクトがあったので、100年じゃなくて200年という安易なネーミング。まだ認定基準がはっきりしないが、200年の耐久を保障できる内容となるかは大いに疑問。
 そもそもこの日本に、200年以上経過した住宅は数えるほどしかないが、現在検討中の認定基準がこれらの希少な住宅の構造等を参考にしている気配はない。住宅という個人所有・管理の建築物が200年という年月を耐え抜くためには、構造駆体の耐久性や可変性などの物理的な性能や適切なメンテナンスなどだけでなく、政治や経済社会環境の荒波に耐え追従できることが大切である。そのためには地域で愛され尊重される建築物であることが必要であるが、今回の法律がそこまでのことを考慮しているわけはない。
 先日読んだ「家づくりの知恵」でも、吉田桂二は「本当に残り続ける200年住宅の条件は?」と真剣に考え、『長寿命の家にする要諦は「愛すべき家にする」のが大前提でなければならぬ。』と書いているが、そこまで真剣に考えている形跡はない。結局、現在の住宅性能評価で最高ランクの耐久性や耐震性等を求めるとともに、定期的な点検・補修計画やその履歴が蓄積された住宅履歴書が整備されていることを求める程度ではないか。それで本当に200年保つのか。本当なら、景観法で景観重要建造物の指定をしたり、せめて都市計画道路指定などで取り壊さない覚悟くらいは欲しいところだ。200年住宅認定住宅の公表くらいはやってもバチは当たらない。
 しかし結局本音は、住宅の建設促進である。ほどほどの性能の住宅を認定して箔を付け、税制優遇や建築確認の特例の優遇措置を講じ、供給の促進を図る。そして認定申請や基準適合は、地場の大工・工務店には難しくても、大手住宅メーカーにとっては容易なこと。かつて、住宅性能評価制度の時も同様の企みをしたが、評価費用に見合った優遇策を講じることができなかったため、消費者に対しての大きなアピールポイントにはならなかった。しかし今度は違う可能性がある。特に建築確認の特例は、通常の民間確認機関等による確認申請をバイパスして、行政庁によっては手数料も免除され、認定を受けることができる。ハートビル法にも同様の規定があるが、こちらは住宅のため、普及すれば影響は大きい。
 「200年住宅」の必要性として、環境への配慮が上げられている。しかし日本の人口は既に減少局面に入っているのである。世帯数は依然として増加しているとはいえ、本当に環境に配慮するなら、新規に建設する住宅もさることながら既存の住宅の長期利用こそが重要である。一方で建築基準法の改正以来、増改築が非常にやりにくくなったと聞く。その上にこの経済の低迷である。これからの時代、新築住宅の建設促進を図るよりも他にやるべきことがあるような気がする。いずれにせよ、この法律が思わぬ副作用を起こさないかという危惧がしてやまない。

 1年半ほど前に書いた、「200年住宅の意味」も合わせてご笑覧ください。

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2008年12月 2日 (火)

韓国における集合住宅供給とリモデリング

 都市住宅学会中部支部の講演会で、椙山女学園大学客員研究員にして、韓国で大韓住宅公社住宅都市研究員研究委員や韓国建設交通省中央建設技術審議委員などの要職を務めてきた趙美蘭(Jo Miran)氏から、韓国の集合住宅供給のこれまでの経緯と、氏が提唱し韓国で爆発的なブームとなっている「リモデリング」という手法の内容と実態について話を伺った。
 趙先生からは日本語で話していただいたが、東大で博士号を取得後、韓国に帰国し15年を経過しているということもあり、微妙な表現の部分でうまく理解できなかったり、ハングル語混じり一部中国語風の日本語が表記されたパワーポイント資料で意味がわからない部分もあったが、丁寧な説明で楽しく聴講した。
 世界に二つしかない「人工の森」のスライドから始まり、「国土の70%が山である韓国」で、山から墓地、竹林、家、内野原、小川、外野原、河川と連なる風水に基づいた囲繞性とリズム感のある伝統的な都市構造や、自然を取り入れ開きつつも微妙に目隠しを入れる韓国伝統の家屋や都市の様子をスライドで見る。それは豊かで美しい光景であり、国土と伝統を愛する趙先生の気持ちが伝わってくる出だしであった。
 中庭に突き出す煉瓦積みのオンドルの煙突がしゃれていて、「このモチーフを生かした集合住宅も建設されています」という話に続いて、現代的な韓国集合住宅のいくつかが紹介され、おもむろに韓国の集合住宅建設の経緯を語るパートに移っていく。
 先生によれば、韓国の経済的側面から見た住宅建設の時代は、朝鮮戦争後、7つの時代に分けられると言う。1961年までの初期建設の時代、1962~1972の工業化・近代化とともに大韓住宅公社等の公的部門により集合住宅団地が積極的に建設された時代、1973~1979年の高度成長とアパートブームの時代、さらに1980~1986年の経済沈滞と住宅建設不振の時代を経て、1987~1996年の経済好況と住宅市場の成長、1997~2004年の経済危機の克服と乱開発の時代、そして2005年以降現在に続くバブル経済に伴う住宅不安の時代。この時代区分に従って詳細に解説されたわけではないので、それぞれの時代の内実をしっかりと把握することはできなかったが、朝鮮戦争後、急激なソウル集中が起こり、公的セクターに十分な資金留保がない中、大韓住宅公社が中心となって、建設前に分譲代金を受け取る「先分譲制度」と言われる方式により、大量の集合住宅建設と団地開発が行われたことがわかる。また初期には、集合住宅への居住が毛嫌いされ、芸能人や学者等に率先して住んでもらうようなキャンペーンが行われたという話も面白い。
 スライドでは、1957年に韓国で初めて民間自力で建設されたジョンアム・アパートや1962年建設の国内最初団地型アパートであるマーポー・アパート、清渓川(チョンゲチョン)の河川改修と高架道路建設に伴う再開発により1969年に建設されたサンイル・アパート、1969年建設のジョンロ市民アパートなどを見せてもらった。いずれも今は撤去されたと言う。いずれも日本以上に近代的な姿をしており驚いた。
 1979年の通貨危機、第二次オイルショック以降、韓国経済が低迷し、住宅建設が不振に陥る。こうした状況の中で、壁式コンクリート構造の集合住宅が多く建設されるようになり、4階建て以下の連立住宅(韓国ではアパートと言えば5階建て以上の修道住宅を指す)や多世帯住宅(200坪以下の小規模集合住宅)、多家口住宅と呼ばれる区分所有できないタイプの住宅などが登場した。その後に続く1987年からのソウルオリンピックに向けた経済好況の時代には、建設目標200万戸の5箇年計画が策定され、爆発的に住宅建設が進められた。この時期には、外国からPC工法の住宅設計図面を大量買い付けし、中身もわからないまま大量に建設したり、海砂の使用など劣悪な施工が横行した。また政府もインフラ整備の予算がないため、住宅開発業者に道路や公園整備を義務付けつつ、こうした民間の住宅大量建設を後押しした。
 趙先生はその後の1995年頃に帰国し、大韓住宅公社で住宅改修により住み易い住宅に改造するリモデリングを提唱したが、この時期の劣悪な住宅のリモデリングは基本的に行うべきではないと言っている。しかし、政府が建替を原則禁止したため住宅価格が高騰し、かつて750万円位で分譲された住宅が今は中古で1億円近い価格を付けるなどの状況になっており、無理なリモデリングが横行していると指摘された。
 韓国では戦後急速な都市集中が起こり、ソウルの人口は1960年の約250万人から1991年には約1,100万人まで急増した。その後は漸減が続いているが、依然全国の1/4の人口が集中している。ソウルの住宅は集合住宅形式がほとんどで、ストックベースで2/3、フローベースでは8割以上に上る。これらのほとんどは分譲住宅で賃貸住宅はほとんどない。ただし、分譲されたもののうちの多くはチョンセと呼ばれる保証金方式の賃貸住宅として市場に供給される。チョンセとは、分譲価格の半分程度の保証金を預け、住宅を賃貸するもので、貸し主は保証金を運用して家賃相当の利益を得る仕組みとなっており、退去時には保証金を全額返還する。こうした独特な習慣の中で、次に説明するリモデリングが活発に取り組まれている。
 趙先生からは、先に、最近のリモデリングの事例が批判的に紹介され、その後で先生が初期にパイロット・プロジェクトとして取り組まれたオサン外人賃貸アパートとマポーヨンガン・アパートの事例報告があったので若干わかりにくかったが、先にパイロット・プロジェクトについて紹介する。これら二つの事例では、複数の住棟で約3ヶ月毎にころがし方式により改修工事が行われ、2戸1改善やメゾネット形式からフラット形式への改造などの大胆な間取り変更と内装工事や外部空間の改修が行われ、非常にきれいになったことが示された。こうした事例が「LOVE HOUSE」というテレビ番組で放送され話題となり、リモデリング・ブームが巻き起こった。
 民間で取り組まれた事例では、バルコニー部分を内部化して居室にしたり、高層の片廊下を潰して居室にし、2戸ごとにエレベーターと階段を設けるなど、非常に大胆な改造が行われている。構造的な信頼性や駐車場不足が深刻な中でさらに高容積化することへの批判など、趙先生からは「本来建替をすべき住宅がリモデリングされており、非常に不安だ。」と訴えていた。
 最初は、ようやく最近になって都心を中心にリノベーション・ブームが起きつつあるが、地方では依然としてスクラップ・アンド・ビルドが主流の日本の現状に対して、リモデリングが広く普及する韓国を先進的事例として紹介する内容かと思っていたが、その批判的な論調に少しびっくりした。居住の安全性や伝統からの乖離などの問題はわからないではないが、なぜ韓国ではリモデリングがこれほどまでに普及したのか、逆に興味がある。チョンセの伝統や供給者中心の大規模事業に国民が慣れていること、また大都市集中が続き住宅高騰に歯止めがかからない状況など、韓国独自の文化と法律体系、社会経済的な背景の中で起こっている現象だと言え、これを日本にそのまま移入することは難しいのかもしれないが、今後、築年数の経過した分譲マンションが加速度的に急増する日本において、研究する価値があるかもしれない。もっとも既に2戸1改善や増築などは公営住宅や公団住宅などで20年以上も前から取り組まれており、また最近は全面的改善(トータルリモデル)に取り組む自治体も出ている。分譲マンションにおいてこうした手法に取り組むには、住宅所有や又貸しの状況、チョンセの習慣など、日本では難しい状況が多くあるような気がする。
 今回、趙先生の講演を受け、これを契機にこれまでほとんど知らなかった韓国の住宅事情についてHPなどで少し勉強させてもらった。最後の質疑応答の中で、国によってトイレの形式もすごく違うことなどを例に、文化の違いとそれを反映した住宅施策の難しさが話題となったが、実にそのとおりであり、日本の現状と国民感情や文化に根ざした住宅施策が必要なことを実感した。

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2008年11月22日 (土)

若者が希望を持てる社会づくり

 「少子社会日本」や「希望格差社会」などを著し、報道ステーションなどのTVでも活躍する社会学者の山田昌弘氏の講演を聴いてきた。「若者が希望を持てる社会づくり」というタイトル。
 「希望」とは精神的なものであり、お金の多寡に左右されるものではない。希望を持てる社会は「努力が報われることが期待できる社会」であるとし、(1)努力しなくても報われる既得権者の存在と、(2)努力しても報われない人の存在が社会の停滞と荒廃を募らせると言う。そしてここ10年の経済改革で前者の打破は目指された(結局生き残っている)ものの、後者については放置され、いくら働いても仕事と生活が評価されない人々が増えていると指摘する。今さら言うまでもない非正規雇用者やワーキングプアのことである。
 この要因は、工業経済からポスト工業社会(ニューエコノミー)への構造転換にある。ニューエコノミーの時代、豊かな社会ではほとんどのモノが充足され、生活必需品の「安いもの」か+αのある「欲しいもの」しか売れなくなる。そうすると、+αの欲求に応えられる創造的作業か、パソコンやロボットの補助としての定型作業労働しかなくなってくる。仕事の二極化だ。そして後者の仕事、すなわち検品、仕分け、データ打ち込み、清掃、配膳、運搬などのスキルアップが不要でマニュアルどおりに働けばよい仕事に対する非正規化が起きた。
 これは世界的な流れであるが、日本的特徴として、(1)短期間に浸透したこと、(2)欧米では移民等が非正規雇用についたが、日本では若者にツケが回ったこと、(3)親が若者の生活保障をするパラサイト社会であった、の3点を提示。特に3点目が政府の対応を遅らせ問題の顕在を隠してしまったと指摘する。
 現在においても基本的にツケを先送りしている結果、(1)将来に不安を抱える若者が結婚しない未婚化・少子化の進行、(2)パラサイト社会がもたなくなる社会の底抜け、(3)格差の固定化、(4)希望を持てない人の行き場としてのバーチャル領域への逃避やひきこもり・ニート化、自己破滅型犯罪の増大を生み、さらに今後は、パラサイトしていた老親の死亡に伴い、(5)中高年パラサイト・フリーターの大量発生が危惧されると指摘する。
 これらの問題に対して、格差の出現を止める政策から生じた格差を是正する政策を積極的に実施していくことが不可欠だと主張。リスク社会に適合した社会保障システムの形成や旧来の間接的な公共事業ではなく直接雇用する形の公共事業(福祉サービスなど?)等を提案した。
 また、希望格差の縮小に向けて「希望のセーフティネット」という言葉をあげられた。これは、非正規でも希望が持てる環境づくりが必要という意味で、具体的な解説はあまりなかったが、例えばアメリカでは教会が一定の役割を果たしているといった話があり、格差社会を前提にした新たな人生観を提唱するものと言える。もっともこれには階層社会化を固定化するものとして批判もあるだろうが、社会の安寧化・安心化に向けてはあり得る方策と言うべきか。
 もうひとつ、単純労働の従事者として、誰を想定するべきか。最近、経団連が移民の導入促進を提言しているが、山田氏は高齢者の活用を提案された。さて、この部分をどう解決するかで日本の将来も大きく変わると思われるがどうか。

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2008年11月18日 (火)

オーストラリアの公共住宅施策

 今年度、都市住宅学会中部支部の中に公共住宅部会が設置され、公営住宅を始めとする公共住宅制度の抱える課題や将来的なあり方等について検討を始めている。先週はオーストラリアのニューサウスウェールズ州における公営住宅施策について、話を伺った。報告いただいた椙山女学園大学の村上先生は、このところ毎年、シドニーに一定期間滞在し、さまざまな調査を重ねているそうで、その中の公営住宅施策編ということで「さわり」だけの報告だったため、現状や背景、州毎の違いや全国的な仕組みなど深いところまではわからなかったが、基本的な方向と概要はお伺いでき、彼我の違いを実感した。
 シドニー市(人口30万人)を含むニューサウスウェールズ州の基本的な公営住宅施策は、①直接供給を行うPublic Housing、②州が土地を所有し、運営は民間やNPOが行うCommunity Housing、③融資等の支援を得てNPO等が供給・管理を行うAffordable Housingの3種類がある。Public Housingは30年ほど前に自治体所有から州政府へ売却の動きがあり、1996年自由党政権下では公的住宅施策はあまり積極的に取り組まれてこなかったが、昨年の労働党政権以降、Affordable HousingとCommunity Housingの推進体制が強化されてきた。よって全体の戸数等は明らかでないが、Public Housingは州所有という形でまだ相当数存在し、最近になってAffordable HousingとCommunity Housingが数を伸ばしてきているという状況のようだ。(州全体では持家6割、民間借家2割、公的借家1割とのこと。)
 入居階層は、Public HousingとCommunity Housingが年収29,000ドルの第1区分、年収43,000ドルの第2区分を対象とし、Affordable Housingでは年収75,000ドルまでを対象としている(1ドル90円換算位が生活実感とのこと)。家賃は、規模や立地にかかわらず、年収に応じ、第1区分では所得の25%、第2区分では27.5%、第3区分では30%と決められている。ちなみに日本では概ね所得の1/6程度で設定されているはずで、年収240万円の世帯の家賃が年間60万円(月額5万円)というのは相当に高額という印象であり、その文化的、経済的背景等がわからないとなかなか理解しがたい。
 シドニーでは、調査当時(金融危機前)、住宅価格や家賃がいたく高騰しており(100m2で1億円のコンドミニアム等)、東京並みの状況だとのことであり、市民の理解は得られているのだろう。Public Housingは先着順で待機リストが数万人、入居できるまで2~3年はかかり、紹介された住宅の入居を拒否すると、リストの一番後ろに回されるとのことだった。
 施策の是非はさておき、公的な住宅セクターは直接供給から撤退し、民間やNPOに委ねていくという欧米と同様の方向付けがされている点が興味深い。前回の同部会では、公営住宅におけるコミュニティの崩壊がテーマとなり、福祉施策との連携の必要が話題となったが、民間・NPO主導の住宅供給を進めていくと、福祉施策はどういう形で関わっていくことになるのか。福祉施策は本来、居住形態に関わらず実施されるべきものであり、日本のシルバーハウジングプロジェクトや安心住空間創出プロジェクトのように公営住宅・公共住宅に限って取り組まれるというのは、モデル的な意味合いとは言え、ややおかしい。欧米の住宅供給の民間・NPO移行がこのあたりの問題をどう考えているのか確認をしていきたい。
 またAffordable Housingの推進にあたり、NPOへの出資や無利子融資等が行われ、家賃助成等はされていないようだが、入居管理の公平性や厳正化に対する公的関与の状況などもいろいろな背景がありそうで興味深い。日本の特定優良賃貸住宅の経験では、地方部において、入居審査が嫌われて民間普及が図られなかった前例があるが、なぜ欧米では普及していくのか(例えば審査がNPO任せで厳しくないとか)。経済的、社会的、文化的な背景をきちんと評価することが必要に思う。
 次回以降、デンマークやイギリスの公営住宅施策についてお聞きする予定としている。今後が楽しみである。

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2008年10月19日 (日)

不正と裏金

 愛知県、岩手県を始め、多くの都道府県で、不正経理と裏金作りが行われていた、という報道には正直びっくりした。しかし、よくよく報道を読み聞きしてみると、国庫補助金についての会計検査で、補助の本体事業に伴い支給される事務費において、本体事業と直接関わりのない使途、例えば研修会への出張旅費などに使われていた、ということらしい。裏金については、年度末に発注して納品が4月以降にずれ込んだものなどのことらしい。年度内に作成された品目と納入された物品が異なるという事例もあるようで、業者への預け金のプールという表現がされていた。なるほど裏金とはそういうもののことですか。
 しかし、不正や裏金という言葉を聞いて想像するのは、私的な使い込みや飲み食いというイメージで、毎夜、国民の税金で宴会を繰り広げている姿が目に浮かぶ。
 そもそも今回「不正」と指摘された経理も、国の立場から見た不正であって、「国の補助金の対象経費としては認められません。都道府県独自の財布から出してください。」ということなので、国民からすれば、国税から出すか、県税から出すか、どちらにしろ負担の総額は変わらない。裏金についても、「飲食などには使われていない。」という言葉が真実ならば、補助金の年度会計や全額執行を原則とする仕組みの構造的な欠陥がもたらしている側面がある。
 この事件による国民の不利益はなんだったのかと冷静に考えてみると、正直よくわからなくなる。もちろん、行われた経理の実態は良くないが、その実態と使われた言葉の乖離のほうにより違和感を持った。不正や裏金というよりも「不適切な使途や経理」という表現のほうが適当なのではないか。マスコミが共同して使ったのか、会計検査院が最初に使ったのかわからないが、実は他の真の不正やウラを隠すために今この報道がされたのでは、なんていうことも考えてしまった。

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2008年10月17日 (金)

公営住宅と貧困系ニート

 先日、子供の権利条約等の活動をしているNPOの方から、公営住宅における子供の実態について話を聞く機会があった。非常に衝撃的な話で、公営住宅のあり方を考えるにあたり、無視できない内容だったので、ここに概要を紹介しようと思う。
 まず驚いたのは子供たちの実態。下の子供の面倒を見るために、学校へ通えない小学生。いつの間にか母親が帰ってこなくなりコンビニのバイトで生活を続ける高校生。夜の仕事をする母親と深夜まで団地で遊び惚ける子供たち。それでも義務教育のうちは学校も気にしているが、中学校を卒業すると誰の目も届かず、就職もできずに昼間からたむろするニートたち。報告者は、彼らのことを「貧困系ニート」と呼び、「引きこもり系ニートに対する施策は始められつつあるが、貧困系ニートには一切手が差し伸べられていない」と訴えた。
 この団地は昭和40年代に建設された1000戸以上の大規模団地で、実にその1/4が母子家庭。他に1割程度の外国人世帯もおり、現代の社会の歪み、格差が集約されたような状況だ。団地の自治会は残りの高齢者によって担われ、かつては盛んだった行事も今は夏の盆踊り大会程度しか行われていない。県営住宅、市営住宅の世帯がほとんどを占める小学校区は学級崩壊も著しいようだ。代々母子家庭で住み続けている家庭もあるなど、困窮が困窮を生む負の連鎖が続いている。
 学校の先生、児童委員、保健所、区役所など、それぞれの担当者へのヒアリングも行っているが、みんなが状況に対して危惧するものの、本来業務の多忙もあり、十分な手を差し伸べることができないジレンマ。近所のコンビニでは団地の子供たちをバイトに雇い、「朝からふき溜まる子供たちになるべく声をかけるようにしている」と言うが、地域の力にも限りがある。
 「彼らが暴走族などになるのですか」という質問に対して、「彼らにはバイクを買うようなお金もない」とか、「暴力団が目を付けるのか」に対して「最近の暴力団はワガママなので、それほど面倒見がよくはない」など、やや滑稽なやりとりもあったが、結局誰からも見捨てられた彼らは、同じ境遇の他団地の子供たちとつるんで、万引きや恐喝を繰り返すしか生きる方法を知らない。「団地の中で就労支援」とか「信頼できる大人が対応する子供の居場所づくり」といったとりあえずの提案はされ、実際既にこのNPOでは、一昨年から子供の居場所の運営実験を始め、現在は月1回の移動児童館や無料で勉強を教える「無料塾」を開設しているが、始めの一歩に過ぎない。
 低所得者ばかりを集める公営住宅の制度的欠陥や福祉施策と連携した住宅供給の必要性の指摘というあたりが、住宅問題の専門家としては第三者的にはまっとうな対応かもしれないが、現実の制度の前では空しい。公営住宅の応募倍率が10倍を超える中で、生活困窮者はこの数倍もいると思われるが、公営住宅団地に集中させたからこうした問題が起きているのか、集中しているから問題が「見える」のか、その実態も解明されているわけではない。もちろん全ての公営住宅で起きているわけではなく、一部の特別な団地の問題だという指摘も多分正しいのだと思う。
 いずれにせよ、今回の話は、もちろん無力感も感じるのだが、頭の片隅から離れない非常に衝撃的な報告だった。

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2008年8月29日 (金)

市全域 避難勧告

 昨日の豪雨はすごかった。わが家は先週の落雷でドアホンに外灯、湯沸し器と一部のパソコンがいかれてしまい(Homepageが更新休止中なのはそのせいです)、未だにテンヤワンヤしていることもあり、落雷のすごさに恐れをなしていたが、一夜明けてみれば、岡崎市では1名死亡、3名不明、浸水被害は数百戸の大被害。岡崎方面の電車も土砂崩れで運休となり、時間どおりに出勤できない同僚が続出。テレビも全国中継で放映され、遠方から安否を問う電話が入ったりする騒動。でも実は被害は案外局地的で、平成12年の東海豪雨に比べればはるかに軽微な災害と言える。
 それにしてもびっくりしたのは、避難勧告が出された区域が異常に広かったこと。なかでも岡崎市に全域避難勧告が出ていたのには驚いた。人口34万人、いったいどこへ避難するのか、と一瞬思ったが、「全員よそのまちに避難しろ」というわけではなく、「市内の避難所に行ってください」ということだろう。それにしても34万人全員を収容できるだけの避難所が確保されているのだろうか、命令ではないにしても極力従うべきなのだろうか、それとも「不安な方は避難所を確保したから来ていただいていいですよ」という程度の意味なのか。避難勧告が出された中で、店を開いたり営業活動してもいいのだろうか、などなどいろいろと疑問が浮かぶ。はたして今日1日、岡崎市内がどういう状況だったか、市民がどう行動したのか、実に興味がある。
 このところ、災害にあたり、避難勧告が遅れたことを非難する報道や風潮が多々見られるが、こうした前例を踏まえ、岡崎市は責任追及を恐れ、早め・広めに避難勧告を出したというのが実態ではなかったか。我々は避難勧告をどう捉えればいいのだろうか。避難勧告の意味が問われる。

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2008年6月11日 (水)

あいちまちづくりシンポジウム「地域が担うまちづくり・まちおこし」

 毎年6月のまちづくり月間に合わせて、国交省中部地方整備局と愛知県、名古屋市等が共催してシンポジウムが開催されている。今年(6月10日)は、最近活発に活動している豊川稲荷門前のまちづくりについて聞けるというので、参加した。
 基調講演は「地域と大学が連携した創造-豊川稲荷門前のまちづくり」と題して、豊橋技術科学大学の松島准教授から。豊橋技術科学大・松島研究室では、地域内のまちづくり施設「いっぷく亭」の一角にサテライトラボを開設し、地域に入って研究活動を行っている。研究テーマは豊川稲荷表参道商店街の景観整備に関する研究で、地元のTMOである豊川開発ビル株式会社の事業支援を得て、社会実験として地域内の2店舗をモデルに景観整備(ファサード改修)を行い、効果測定等を経て、景観整備基準(案)の提案等を行っている。地域に溶け込んだ取り組みは賞賛に値するが、事業体制(案)の中に大学が位置づけられており、松島研究室としていつまでこうした活動に関わり続けられるのか、少し疑問に感じた。恒久的には不可能だが、当面5年程度といった時限付きであればもちろん十分可能にして、大学にとっても地域にとっても理想的な体制であり、今後が楽しみでもある。
 続いて行われたパネルディスカッションでは、松島先生をコーディネーターに、NPO法人小田原まちづくり応援団副理事長の平井太郎氏、株式会社豊川まちづくりそわか代表取締役の鈴木達也氏、昨年度まで中部地方整備局都市整備課長だった国土交通省総合政策局事業総括調整官室の田中調整官が並び、それぞれの活動等について報告が行われた。
 平井氏からは、昨年秋から始めた小田原まちあるき検定の意図、体制、内容と成果等が報告された。まちあるき検定は、まちあるきを行った後で、いわゆるご当地検定を行うもので、小田原マニアを今後のまちづくり活動に巻き込んでいこう、といった戦略も伺え、興味深い。平井氏自身は、大学院生(社会学専攻)時代に、小田原市が2000年に設立した小田原政策総合研究所に市民研究員という立場で参加し、その後大学で職を得て、学識者として関わり続けているという。こうした人が関わり続けているというのは、心強いし、活動もソフィスティケートされている。
 鈴木氏が代表を務める「株式会社豊川まちづくりそわか」は、豊川稲荷門前商店街で「いっぷく亭」というまちかど施設を開設し、喫茶・ギャラリー・物販等を手がける100%民間出資のまちづくり会社である。ここに至る経緯として5年間、月1回継続して実施している「いなり楽市」を中心に活動の紹介をいただいた。実行委員会の下に組織した4つの部会の長はいずれも20~30代の若手が務め、年上が支援する仕組みが元気の良さを生んでいるかなと思う。毎週1回、夜8時から3時近くまで、というのはなかなか続けられるものではない。ステージ上で繰り広げたチンドン屋のパフォーマンスは楽しかった。
 国交省の田中氏からは、「新たな公」といった話がメインだったが、現在の担当である観光まちづくりに関する話が興味深かった。「まちづくりから観光へ」という視点で、観光人口を日平均して定住人口に加えれば、まちづくりの大きな力となる、といった話。逆に「観光からまちづくりへ」という視点から、(1)日常の非日常化、(2)観光の多様化、(3)交流を求めるニーズ、といった動向を生かしたまちづくりと観光の連動といった話などが紹介された。
 コーディネートがイマイチということもあり、特定のテーマの掘り下げや全体での発展的な話題展開とはならなかった印象だが、各自の話はそれぞれ興味深いし、そうした情報が得られたことに意義があった。また機会を得て、それぞれの地域を歩いてみたいと思う。

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2008年5月19日 (月)

ニュータウン人・縁卓会議in高蔵寺

 今年は春日井市政65周年にして高蔵寺ニュータウン入居開始40年目に当たる。こうした節目の時期に、多摩ニュータウン、千里ニュータウン、筑波研究学園都市と高蔵寺ニュータウンの居住者が一堂に集まり意見交換を行うイベント「ニュータウン人・縁卓会議」が、5月17日(土)、高蔵寺ニュータウン内の東部市民センターで開催された。
 「ニュータウン人・縁卓会議」は多摩ニュータウンの居住者等が発起人となり、2006年度から始められたもので、第1回多摩ニュータウン、第2回千里ニュータウンで開催し、3回目の今年、高蔵寺ニュータウンで開催することになったもの。
 当日は、春日井市長等の挨拶の後、発起人の一人であり、かつて高蔵寺ニュータウンの開発に関わり、自らも入居が開始された昭和43年(1968年)から19年間、高蔵寺に住み続け、その後、多摩ニュータウンや筑波研究学園都市の開発に関わってきた御舩哲さん(現・多摩NPOセンター長)の基調講演「ニュータウンは今!!」があり、休憩後、御舩さんのコーディネートの下、各ニュータウンから来られた4人のニュータウン人が、それぞれの現況やこれまでの経験からニュータウンの将来に向けた提言や知見が報告され、意見交換が行われた。
 御舩さんは、高蔵寺ニュータウンに暮らしていると、UR機構関係者やコミュニティ関係の場でも、津端修一さんと並んでよくお名前を拝聴する有名人である。御舩さんの基調講演は、1960年から70年にかけて、分業型・集中提供型で開発されてきたニュータウンの歴史を振り返り、かつ各ニュータウンの違いを考慮しつつ、今後のニュータウンの可能性を展望する内容のものとなった。すなわち、ニュータウンは今、多様な人々の暮らしと働きが地域内で循環する低炭素型の暮らしを創造する「まちそだての場」になってきた。具体的には、様々なコミュニティ活動や(多摩や千里など)市をまたいでもニュータウンに住み続けたいというニュータウン人の存在、豊かな自然と人との関わりの中で育まれてきた環境貢献の可能性など、各ニュータウンの取組を取り上げつつ、地域の住民自治をベースにした地域協働の活動を評価し、期待するといった内容だ。最後に、20世紀最初の年の1901年に夏目漱石がロンドンで日記に綴ったという「真面目に考えよ。誠実に語れ。摯実(しじつ)に行え。」という言葉を挙げられた。20世紀の産物であるニュータウンを、今この言葉を噛みしめつつ、いかに生かしていくか。今年71歳になる御舩さんから私たちに課せられた課題と言える。
 第2部の縁卓会議は、各ニュータウンからの参加者の属性が多様で、一部かみ合わない部分もあったが、それゆえに面白い内容になったと言える。千里ニュータウンから参加した千里まちづくりネット副会長の藤本輝夫さんは、広島から集団就職で大阪に出てきて、千里ニュータウンのまち開きと同時に入居。コミュニティが希薄な初期のニュータウンにあって、盆踊り大会を開催するなどの活動に関わってきた方であり、地縁的なコミュニティづくりについてもっぱら発言をされた。
 続いて発言された多摩ニュータウンの富永一夫さんは、フュージョン長池の活動から全国的に有名な方だが、「協働で実践する暮らしの支援事業」というタイトルのパワーポイントを用意され、地活隊(ちいきたい)の地域活性化支援事業、自然隊(しぜんたい)の長池公園支援事業、夢伝隊(ゆめつたえたい)の地域広報活動支援事業、高支隊(こうしたい)の高度情報化支援事業、住見隊(すみたい)の住宅管理支援事業、夢見隊(ゆめみたい)の夢の住まいづくり支援事業(コーポラティブ住宅)、食生隊(しょくいきたい)の毎日の食べること支援事業(コミュニティ・レストラン)、調部隊(しらべたい)のNPOフュージョン研究所などの多様な活動を紹介し、地域経営の4+2資源(人・物・金・情報と協働・事務局)の重要さ、特に「事務局が要」という持論を紹介された。
 3番目の筑波研究学園都市から来られたNPO法人つくばハウジング研究会の冨江伸治さんからは、筑波研究学園都市の特徴を豊富なスライドを用意され、報告をされた。他のニュータウンとは異なる新しく現代的なデザインの紹介、そして中心部に残っていた未利用地が民間に売却され、周囲の景観や緑の連続などの地域計画を無視した高層マンションになっていることの危惧を強く訴えられた。
 最後に高蔵寺ニュータウンからは、春日井市ニュータウン地区コミュニティ推進協議会の吉田光雄さんから、局地的に極度に高齢化が進んだ地区があることや児童数の減少などの現況報告がされた。
 その後の意見交換は、多摩ニュータウンの富永さんを中心に展開し、「自治組織に加え、専門的組織が立体的に構築される必要がある。」とか、多摩ニュータウン諏訪地区の空き店舗を活用した高齢者寄り合い所「ふくしてい」を事例に、「高齢者がまちに出れば、高齢者がまちを見守る安心なまちづくりが可能となり、その安心さ、賑やかさが若者を呼び込む」といった多様さの仕掛けやそのためのコーディネーターの必要性など、様々な事柄が話題となった。冨江さんから、地縁型コミュニティに対して専門型アソシエーション組織については企業化(コミュニティ・ビジネスということか)の動きが報告され、吉田さんからは「ちょいボラ(ンティア)」の紹介があった。
 一般公開のこうしたシンポジウムで、パネラーがそれぞれの地域の取組紹介を主としている場合、それ以上のかみ合った議論展開や深化は難しいのが実情。そういう意味では、富永さんが縁卓会議を始める動機として挙げた「それぞれの違いを学ぶ場」という趣旨は適っていたのではないか。今回、吉田さんや市の働きかけもあり、500人のホール満杯の出席があり、その多くはコミュニティ協議会等に関係する地域住民だった。多分、吉田さんや行政の意向を受けて、地域の活動を担っているこうした人々にとっては、NPO主体の多摩ニュータウンの状況や千里ニュータウンの住民発意のコミュニティ活動の事例などは、大いに触発され勉強になったのではないか。
 逆に、富永さんからの「地縁型からNPO主体へ」という投げ掛けに十分に応えることのできなかった吉田さんの対応に歯痒い思いをした専門家も多かったのではないか。しかしそれも無理もない。多摩ニュータウンにも当然地縁型組織のリーダーもいようし、高蔵寺にもアソシエーション型組織は数多くある。
 次回、筑波研究学園都市で開催されるという。これまで3回、高蔵寺ニュータウンの代表者は吉田さんが務めてきたが、今後は吉田さん以外の組織も含めて、代わる代わる代表を務めるような体制を取るべきではないか。そのほうが、ニュータウンのそれぞれの違いをより多くの人が学ぶことができ、縁卓会議の趣旨により適うと思われる。いずれにせよ、ニュータウンが従来にもまして注目を集めてきた昨今、こうしたイベントが継続的に開催されるのはいいことだと思う。次回(4年後?)高蔵寺ニュータウンで開催されるときはどういう議論が展開されるのか、今から楽しみだ。

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2008年5月 6日 (火)

鍼灸院談義—日本の暗い未来と医療制度

 連休の狭間に体調を崩したところが五十肩を再発した。今度は今までほどにはひどくならなかったが、それでも3・4日とひたすら自宅で静養。グランパスは3連敗、ドラゴンズも負け越し。それで4日におなじみの鍼灸院へ行く。体調不良(胃腸風邪)とストレスが原因と言われ、ストレスの原因と思われる私の仕事の行き詰まりについて話し始める。すぐに話は「日本は早晩、社会の仕組みや経済のあり方をリセットしなくてはいけない状況に追い込まれる」という話題に移った。
 曰く「国債残高がここまで膨れ上がっては、返済不能となる危険性が高い。年金積立も多くは国債等に運用されており同時にアウト。後期高齢者医療制度も趣旨は理解できるが、高齢者の増加に対する将来像が見えない。物価高騰や食料不足に対する有効な手だても見出せないまま日本はますます追い込まれていく・・・」「これらを打開するには、国際的には国債のデフォルト、国内的には預金のペイオフという事態も想定せざるを得ない。」
 あまりに悲観的という意見もあるとは思うが、最悪ここまでの事態を覚悟しておくことも必要。なにしろ我々はあまりに幸せな人生を送り続けている。地球のキャパシティを考えれば、昭和30年代前半の生活に戻ることを考えた方がいい。思えばあの頃は牛肉なんて食べたこともないし、牛乳や卵さえ贅沢品。年に1回のすき焼きやおすしがごちそうだった。他国の富を奪って繁栄するアメリカ型の生活から脱却し、自給自足・地産地消な生活に戻る必要がある。
 食料不足や物価上昇は中国やインドの成長が要因と言われるが、10億人を治めてきたこれまでの政治手法が情報革命の中で破綻し、それに代わる新しいノウハウが見出せない。アメリカ型民主主義はこの問題を解決できない。可能性があるとすれば北欧的な協同主義か。しかし経済的に世界をリードできるような力は持ち得ないから、よほどの知性か窮余に追い込まれなければ、世界の各国がこうした政体を選択するのは難しいだろう。などなど。
 これらの転々とする話題の中で、特に個人的に関心を持ったのが後期高齢者医療制度の問題。それも保険料を年金から天引き云々といった技術的なことではなく、この問題の根本はどんどん嵩む高齢者医療費にあるのだが、一方で依然として医者が高収入を得る構図が変わらないのが気に入らない。健康保健組合職員の横領を問題にするのもいいが、所詮保健制度全体からすれば微々たる支出であり、それよりも医療費そのものに焦点を当てて考えることが必要ではないか。そう考えると、診療報酬が高すぎないか、と気になる。
 妻曰く(鍼灸院の隣のベッドで並んで治療中)「公立病院へ行くと410円しかかからないのに、開業医に行くと3,000円も取られるのはおかしい!それも院外薬局のある診療所の方がトータル費用が高い。」「そりゃそうだ、処方箋料や薬局指導料が加算されるからな。」「診療報酬も甲表・乙表とあって、個人開業医の方が有利だから、勤務医をさっさと卒業してなるべく楽な開業医になりたがる。」「公立病院などの公営会計が今年度から自治体の一般会計と連結決算されるようになるから、赤字の公立病院はますます事業縮小に追い込まれる。だいたいあれだけ混み合っている公立病院が赤字で、いつも閑散としている個人診療所の医者が数千万の収入を得ているなんてのがそもそも制度的な欠陥を示している。」
 ということで、やはり現在の診療報酬制度から見直していく必要がある、というのが鍼灸院談義の結論でした。正しいのか正しくないのか、わかりませんが。個人的には、医者も含めて全ての職業が、その収入ではなくやりがいで選択されるようになるといいと思う。そのためにも努力を収入で報いる仕組みはそろそろやめた方がよくないですか。

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2008年4月20日 (日)

名古屋都市圏の住宅と住宅地のいまとこれから

 今年から都市住宅学会に入会した。もちろんその存在は知っていたが、設立時の経緯が国交省中心で声は掛かったもののしばらく様子見ということで数年が過ぎた。今回入会したのは、現会員のみなさんの強力な勧誘ということもあるけれど、その活動の活発さに惹かれた、ということが大きい。これまで建築学会東海支部住宅部会で県内各地の見学会を開催・参加してきたが、気が付いてみれば、その主要なメンバーが都市住宅学会に移動し活発な活動を展開していた。今回、中部支部の総会・研究発表会に参加し、改めてその活動の多様さ、活発さに驚いた。
 今回の研究発表会では、支部内に設けられた自主的研究組織である住宅市場研究会の3つの部会、郊外住宅地部会、賃貸住宅部会、住宅再生部会のそれぞれの研究報告が行われた。
 郊外住宅地部会では名城大の海道先生を部会長に、郊外住宅地の空地・空家調査に取り組んでいる。海道先生の報告の中では、アメリカ計画協会の「計画・アーバンデザインハンドブック」からの「土地利用変化のライフサイクルモデル」の紹介が興味深い。成熟期の土地利用コントロールが非常に重要、という当たり前の話ではあるけれど。続いて岐阜高専の二人の学生による岐阜市内郊外団地を対象にした調査研究発表が行われ、想像以上にしっかりした研究内容に感心した。大規模団地ほど空地・空家が少なく、小規模・孤立団地ほど深刻という指摘はなるほどと思う。
 賃貸住宅部会からは、まず始めに部会長の名城大・鈴木先生から住宅・土地統計調査と着工統計の分析による名古屋都市圏の賃貸住宅市場動向の分析、続いて東海学園大学の三宅先生から人口構造変化から見る民間賃貸住宅市場に対する知見報告があった。両者が共通して2000年以降の「需要なき供給」の反動を危惧していたことが注目に値する。海道先生による住宅情報誌の分析による詳細な賃貸住宅実態も興味深い。
 住宅再生部会からは、始めに椙山女学園大の村上先生による部会活動報告があり、多様なメンバーによる広範な分野を対象にした活発な活動状況にまず驚いた。青木茂氏のリファイン建築「リベラほうしょう」見学会など、ぜひ参加してみたかった。後半は同じ椙山女学園大の橋本先生による中古住宅の価値評価に関する研究発表。住宅の価値評価項目に対する事業者・居住者に対する調査等を元に、どういった項目(構造、日当り、バリアフリーなど)の評価が高いか、などを研究している。住宅性能表示の各項目の他に間取りや収納などのその他項目まで調査しているのは興味深いが、現段階ではまだ現状分析に過ぎず、今後これをどうまとめ、共通理解と将来展望のある中古住宅価値評価システムに組み立てることができるのか、乞うご期待。
 短い時間の中で駆け足でそれぞれの研究成果を聞くことができ、その点ではちょっとお得な特盛りパッケージ報告会。これまで学会大会に参加したこともないのでどう評価していいのかわからないが、研究者にとってこの学会が各自の研究に対する起爆・促進効果を与えているとすればよいことではないか。われわれ研究者以外の者にとってもこうして最新の研究動向を知り、研究者の方々と関わりを持てることは意義がある。特に中部支部は中心メンバーの意欲と人徳によるメンバーの多様さから、独創的かつ活発な活動が展開されているとのことで、これからのさらなる発展が期待される。そこに私がどう関わることができるのか、私自身、仕事も含めて新しい局面に入っていることを予感させる。さてどうなることか。

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2008年3月12日 (水)

ハウジング&リフォームあいち2008

 3月14日(金)から16日(日)までの3日間、名古屋市千種区吹上ホールで「ハウジング&リフォームあいち2008」が開催されます。今年のテーマは「住まいと暮らし」。特に「暮らし」にこだわった展示や催事がいくつか展開されています。例えば「田舎暮らし」と題し、県内はもちろん岐阜県、長野県等から山里定住に関する展示やセミナーを開催したり、ペットのいる暮らしや気(木)づかいのある暮らしなどの展示があります。また、キャラクター弁当づくり教室やハウス・メンテナンス教室などのイベントも実施。もちろん例年行っている地震や防犯、環境などのテーマ展示やキッチン・水回りタウンなどの企画も楽しいと思います。特に日曜日の午後には、環境住まい会議総会を皮切りに環境をテーマにしたセミナーを3本連続で開催するのでよろしく。
 私も明日現地で準備を行い、会期中もずっと会場に張り付いています。入場は無料、抽選会で豪華賞品?もゲット可能。ぜひ家族連れでお越しください。お待ちしています。

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2008年3月 6日 (木)

愛知の名建築10選

 先日、BSで世界の名建築100選をやっていた。前後半各4時間の長い番組の中で、多様な視点から選定された世界各地の様々な建築物が100件紹介された。モデルのKIKIや中尾彬などのゲストが各地の建築物を取材した報告やアンガールズによる名建築クイズなどを交えつつ100選が発表され、藤森照信が所々解説をするといった形式で、結構飽きずに見通した。KIKI(武蔵野美術大)やアンガールズの田中(広島大)が建築専攻だったのは知らなかった。クイズなど一般向けに迎合した部分はやや冗長な感じがしたが、まあいい番組だった。
 これを見た後で、某TV局から「愛知県内の面白い建物を紹介してくれませんか」という電話があったという話を聞き、僕も愛知の名建築を考えてみようかと思った。100は無理なので10選。
 まず友人と交わしてるMLに流したところ、同じようなサイトがありますよ、と紹介されたのが下の二つ。

名古屋の珍建築
2004 Aichi 建築ツアー

 前者は選定が素人っぽい。高さや形が変など、偏った基準というか感覚で取り上げていてイマイチ同感しない。後者はさすが建築・都市計画の専門家の視点で網羅的に取り上げられており、かつ私の知らない建築物もあって興味深かった。
 10選の基準は何か、明確に述べる必要があるだろうが、一応建築技術者の端くれとして、私が訪ねたことがある建物の中から、デザイン、歴史性、コンセプトなどの要素に、用途や構造・規模、地域性も加味して選考したつもり。しかし見たこともない建物で興味を引くものもまだ沢山あるし(例えば一宮市博物館とか)、これから建築されるものはあるわけで、また、たまにはこうした遊びをするのも面白いと思いました。
 ということで、私が選んだ「愛知の名建築10選」は以下のとおりです。

豊田市美術館(谷口吉生)
志段味循環型モデル住宅(荒川修作)
新美南吉記念館(新家良浩)
ゴジカラ村(大久手計画工房、NOV建築工房)
ダイコク電機本部ビル(安藤忠雄)
愛知県児童総合センター(仙田満・藤川原設計)
帝国ホテル中央玄関(フランク・ロイド・ライト)
ミツカン工場
オアシス21(大林組)
名古屋モード学園スパイラルタワーズ(日建設計)

ちなみに次点として
岡崎美術博物館(栗生明)
三岸節子記念美術館(浦野設計)
豊橋市公会堂+豊橋聖ハリストス教会
INAXライブミュージアム
蒲郡情報ネットワークセンター(高松伸)
LOUIS VUITTON(青木淳)

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2008年2月24日 (日)

高速道路料金

 もう1年ほども前から隣の席に土木技術者が座っており、土木の世界のことをいろいろ教わっている。お互い当たり前と思ってきたことがそうでないことを思い知らされ面白いことこの上ない。昨年春先の鉄鋼スラグの野積みによる有害物質漏出事件や最近の道路暫定税率や特定財源の問題まで、彼らが常識としている実に多くのことを私が知らずにいることか。
 そうしたことの一つとして、この間初めて知った高速道路料金の秘密。
 東名高速名古屋ICの東寄り日進JCTからモリコロパークに伸びる短い有料道路名古屋瀬戸線は愛知県道路公社が建設管理し、料金徴収をNEXCO(この名前すら未だにすんなり出てこないけど)に委託している(知らんかった)。その額100円。
 ところで高速道路料金って基本的に通行距離に応じた従量制になっていたこと知ってました? プラス初乗り料金(というか施設使用料というか)が加わり、150円+距離相当金額で決定されるとのこと(橋梁やトンネルなど一部特別料金区間あり。また100kを越えると割引となる)。
参考:高速道路料金の種類と仕組み
 そこで、名古屋ICから日進JCTまでの間の距離相当額が100円で、日進JCTから長久手ICまでの間が100円と同額なため、結果的に東から来ると、名古屋ICで降りても長久手ICで降りても同額。逆に西の春日井や一宮から来ると、名古屋までの料金より200円高い料金になっている。
 昨日、新名神が開通し、豊田JC以東と草津JCT以西のルートの選択肢が二つに増えた。距離的には新名神を使った方がかなり短いようだが、旧名神の料金を下げるわけにはいかなかったらしく、名神の栗東ICよりも遠い草津田上ICで降りた方が700円も安いという現象が発生している。
 昨日の新聞には、環状的に延々と走って隣のICで降りると走行距離に比して極端に安い料金で済んでしまうことに対して、料金所やETCでIC進入時間を参考に摘発していく旨の記事が載っていたが、昔、東海北陸自動車道の川島PAから河川環境楽園で1日遊び、隣のICで降りた経験を有する私としては、一方でこんなPAを作っておきながらこうした対応はないんじゃないかと思う。同様の楽しみ方は豊田の鞍ケ池PAや刈谷ハイウェイオアシスでも可能であり、今後どういう対応をするのか関心がある。PAでお金を落としたんだから大目に見てよ。

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2008年2月23日 (土)

都市計画家M氏の半生

 この地域の都市計画コンサルタントの嚆矢として活躍してきたM氏からその半生を聞く機会があった。M氏は私より10歳ほど上だが、知ったときには都市計画コンサルタントとして確固たる地位を築いていた。私などはほんのひよこで、HPなどを書き始めた最近になってようやく目をかけてもらえるようになったに過ぎない。
 さてM氏。名古屋の大学在学中に黒川紀章事務所でバイトをした時から都市計画に興味を持ち、大学院修了後、京都の都市計画コンサルタントに就職。最初の仕事がニュータウン開発に関する調査だったと言う。その後、市町村総合計画や広域行政圏計画、市街地整備計画、市町村土地利用計画等を手掛けるとともに、その後、名古屋に移り、中心市街地整備計画や市町村合併に係る調査等さらに対象を広げ精力的な仕事を展開する。本格的な職員参加や住民参加によるまちづくりに先駆的に取組み、その関係の著作もある。もちろん住マスなどにも携わっているが、基本的には行政計画や都市計画の方が関心が強いようだ。
 地元のコンサルタント業界では早々と中心的存在となり、彼の下で修行を重ね、独立したり大学教員となった人は数多い。M氏自身は今まで博士号を取得することなく、実務家としての仕事に没頭してきた。
 自ら創設した早期退職制度を活用し55歳で退職。その後は地元岐阜県につくられたシンクタンクに理事、事務局長として関わり、独創的かつ精力的な活動を続けている。1時間余りにわたってさまざまな話を聞かせていただいたが、「都市計画コンサルタントとしての活動を振り返り、もっとも良かったと思うことは?」と聞かれ、多くの人に出会えたこと、と答えられたことが最も印象に残った。
 計画技術的には、従来の金無心型の開発指導要綱を整備水準型に変更したことや集落と田園地域を一体的に開発整備する場合の負担割合や整備水準の設定、また地下街滞留人員調査のために挟み撃ちカウント手法を採用した話などが興味深かった。また、ぎふまちづくりセンターの現況と将来構想の話も。
 M氏はその存在感の割にはマスコミへの露出がけっして多いわけではないが、この地域の変化に果たしてきた役割は非常に大きなものがあった。最近は毛の生えた心臓の動きがなかなか思うに任せないようだが、ますますいつまでも元気でいてほしい。もっともいまだに知力も行動力も私を凌駕しているけれども。

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2008年2月11日 (月)

コールタール塗り隊、活動開始

 常滑のやきもの散歩道で長期間にわたり継続的に活動をしている地元の散歩道の会の有志が「コールタール塗り隊」を結成し、散歩道内の建物の壁にコールタールを塗る活動を始めるそうです。
 詳しくはこちらをごらんください。>>タウンキーピングの会

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2008年2月 4日 (月)

(遊)OZAKI組blogの開設にあたって

 「携帯もISDNもないけどHPはある」というのがしばらく前の私の自慢だったが、携帯もADSLもつないで大分経つ。最近は「地デジはないWiiも光もないけどブログはある」と言っていたが、ついに光開通。コミュファにしたらniftyとは提携していないということで、パソコン通信の時代から15年近くお世話になってきたniftyにさよならを告げることになった。HPの移転はもちろんだけど、これを機に、情報発信のベースをHPからブログに変更しようと考え、今回の「(遊)OZAKI組blog」の開設に至った。
 とりあえず、今まで(遊)OZAKI組HPに掲載してきたすまい・まちBOXの各コンテンツはまず「(遊)OZAKI組blog」に掲載することとし、(遊)OZAKI組HPは「(遊)OZAKI組blog」と「Toshi-shiな日々」、その他のHPのポータルサイトと2007年以前のコンテンツのストッカーとしていきたいと考えている。
 「(遊)OZAKI組blog」は結局ココログフリーを利用した。「Toshi-shiな日々」はnifty接続会員だけが利用できるココログベーシックを利用してきた。メールアドレスとココログベーシックの利用だけができるniftyダイヤルアップ会員となって継続するという手もあるが、まだ迷っている。ココログフリーの方が機能が優れているというのは、言い尽くされたことだが、こうした状況になると考えざるを得ない。「Toshi-shiな日々」の移転や「(遊)OZAKI組blog」への統合ということになるかもしれない。
 さて、これを機会にこれまでの経緯を振り返ってみた。1992年の秋頃(多分)にnifty会員になって以来、当初はパソコン通信のフォーラムで遊んでいた。FSOCCERやFCITYで培った人のつながりは公私ともに役に立ったし、よい経験を積んだと思っている。当時はもちろんNETのMS-DOSマシン。アナログモデムのビージリジリジリという音がなつかしい。
 その後、パソコンはWINDOWSになり、1996年11月23日にHPを開設。「Toshi-shiのすまい・まちBOX」というタイトルで愛知県内の住まい・まちづくりの見学会報告や読書感想などを掲載するスタイルは今も変わらない。HPが一般的になるに従い、個人的なHP以外にも建築学会東海支部住宅部会のHPを立ち上げたり、安住の会のHP作成に関わったりと関係するHPが増えたこともあり、2001年6月24日にポータルサイト的役割も付加した「(遊)OZAKI組」にリニューアルした。
 2002年03年と足助町に通うようになり、山里の暮らしを大いに楽しみつつ、「足助'外様'歳時記」などを掲載。ますますコンテンツが込み合ってきたことから、個人系のコンテンツを分離して、ブログ「Toshi-shiな日々」を立ち上げたのが2003年12月23日。足助でブログ情報を発信しているタカキさんに刺激されたことも事実。HPとブログで書き分ける、というスタイルはそれはそれで合理的だったが、2006年1月にiMacを入手。わが家のメインマシンをMacに移したにも関わらず、HP作成やFTPソフトを新たに購入するのは躊躇われ、いまや旧式のWINDOWSマシン(2000年購入)でHPを作成更新してきた。
 そうした事情もあり、今回の光開通に伴い、極力Macをメインマシンで情報更新ができるようブログをメインのページにすることにした次第。実際に開通するのは2ヵ月後と言われたし、その後もコミュファのKDDI統合という話もあるので、今後またどう環境が変化するかわからないが、これも自己満足の一つとして楽しみたい。ということで、これからも引き続きお付き合いください。どうぞよろしく。

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2008年1月22日 (火)

椿の頃、陶都とこなめに遊ぶ

タウンキーピングの会 - 2008.2.2~3 -

椿・焼きもの・常滑をテーマに、生花・陶芸・アートの展覧会が同時開催

詳しくはこちらをどうぞ 椿の頃、陶都とこなめに遊ぶ

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2008年1月18日 (金)

アメリカ西海岸諸都市・デザインガイドラインとデザインレビューボード

 昨年9月にアメリカ西海岸の諸都市、サンフランシスコ、シアトル、ポートランド等を調査旅行されてきた先生からその概要をお聞きする機会があった。まずはスライドに映る街並みや住宅の美しさに目を奪われたが、その美しさもさることながら、先生が調査されてきたデザインガイドラインとデザインレビューボードの話が興味深かった。
 基本的にはシアトルの話として聞いたが、ポートランドなどでも同様らしい。アメリカといえばゾーニング条例による詳細な土地利用・形態規制があるが、例えばシアトルでは市内を7地区に分けてデザインガイドラインが定められており、ゾーニング規制には適合しなくてもデザインガイドラインに即して適当と認められる建築物は建築が許可される仕組みとなっている。この適用を受けたい施設や一定の条件に該当する施設は地区毎に設置されたデザインレビューボード(委員会)の協議でデザインガイドラインとの適合を認めてもらう必要がある。市役所の会議室で夕方に開催された委員会には、コミュニティ代表、デザイン専門家、開発事業者代表、地域住民代表、地域経済界代表と建築家の6名の委員が参加し、事業者からのプレゼンテーション、質疑応答と審議が、地域住民等が参加する一般公開の中で行なわれた。こうした委員会は月2回開催され、年間200件ほどの審議を行う。1件につき概ね3~4回のレビューが行われるとのこと。30~50人ほどもいると思われる傍聴者からの発言はなかったとのことだが、地域住民の前で公開審議をすることは、地域への関心や帰属意識の高揚、住民参加を担保する点で大いに意味がある。
 その他にも、シアトル市のアーバンビレッジ戦略やポートランド都市圏のTODによるオレンコステーションの開発などの話も聞かせてもらったが、いずれもゾーニングで厳しく規制する一方で、デザインガイドラインによる柔軟な対応が図られており、その合理性・柔軟性に感心した。
 最後にこの違いは何故だろう、という話になり、日本の急速な都市化とそのタイミングの問題(成長期に十分な都市基盤整備を行うことができなかった)やアメリカが依然人口増加を続けていること、また日本の細分化された土地利用の問題(権利変換に莫大な費用)などの意見が出されたが、そもそも意見調整に対する意識の違いというのもあるかもしれない、と思った。すなわち、人種が多様なアメリカでは利害調整の難しさとルール(主張と譲歩)が共通意識として培われているのに対して、お上の国・日本では正しいことは一つという感覚があり、是か非かの議論になりやすい土壌があるのではないか。それが数値だけで規定する法規制や判断を要しない基準化を推し進めているような気がする。都市計画に柔軟な仕組みというのは本当に必要だと思う。もちろん開発側・保全側双方が公正な立場に立って。

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2008年1月12日 (土)

ニュータウンの再生・活性化

 戦後高度成長期に開発されたニュータウンの再生・活性化が昨今の大きな課題の一つとして取り上げられることが多くなってきた。千里ニュータウンの「千里すまいを助けたい!」や多摩ニュータウンの「フュージョン長池」などのNPO活動が注目され、国土交通省は住宅市街地総合整備事業の採択要件にニュータウン再生を加え、兵庫県では明舞団地の再生に取り組んでいる。各地の自治体で同様の模索が始まっている。
 私が住む春日井市でも高蔵寺ニュータウンの再生・活性化に向けて検討を始めたようだが、まだ明確な方向が示されるまでに至っていない。住民の間でも、施設の老朽化や空き家・空き地の発生が目に付き始めた状況から、市やURの施策を期待する声が聞かれるようになってきた。しかし一方で、旧市街地と較べれば、公共公益施設の整備水準は高いし、住民の所得水準も高く、現段階で旧市街地を差し置いてニュータウンに注力する必要性が見出しにくく、また具体的に実施すべき施策も分かりづらい。
 そんな話を昨日開かれた安住の会の新年会でしていた。急速な高齢化・少子化や空き家の大量発生など、ニュータウン独自の課題があるのではないか、という意見も間違ってはいないが、既に高齢化・過疎化してしまった旧市街地と比較すれば、予防よりも治療の方が重要という意見を覆すのに十分な説得力を持っているわけではない。
 しかし色々と話している中で、ニュータウンが達成したものがある一方で、いまだ達成していないものがあることに気付いた。旧市街地にありニュータウンにないもの。それは人と人のつながり、それも頼り頼られることを当たり前とするような深い地平での心のつながり。同様に土地への愛着心、郷土愛、共生の一体感、歴史、そして慣習や因習といったもの。それらはサービスやモノがあふれるニュータウンにあってけっしてカネで取得できないもの。その価値を価格や数量では計ることはできないけれど、人を人たらしめ、社会と人間の生や心を底辺で支えているもの。ヒト存在の根。
 ニュータウンはまだ普通の街になりきれていない。ひょっとしたらニュータウンで生まれ育った子供たちが成人し生活を始めた地区では普通の街へのスタートを切っているのかもしれないが、多くの若者は新しい街や都心に飛び出し、ニュータウンには心の芯をもがれた入居者だけが取り残されている。もちろん、普通の街で生まれ育った記憶を持ち寄り、普通の街にする努力はニュータウンのあちこちで行われ積み重ねられているだろうが、始めからあった旧市街地とはその厚さが違う。
 ニュータウンを普通の街にするための支援。それこそがニュータウン再生・活性化の意味ではないか。そのために何をするか。どうするか。それを考える必要があるのだと思う。さらなるサービスやモノの集中投下は必要ではない。

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黄色い忠誠心

 正月に今年81歳になる義父からこの私家版論文集をもらった。プリントアウトして手製のB5版147ページの冊子。「忠誠」は従属や奴隷と同義語だとして、アメリカの星条旗への忠誠や企業の忠誠訓などを批判し、日本のアメリカへの隷属関係を批判する。こうした社会体制の変革を促す梃子となるのが情報公開であり、著作権法は民主化や進歩を遮る障害として非難する。こうした基本姿勢の下、現代の政治や宗教、国際情勢、皇室、経済界などを縦横無尽に壟断する。時折引用される吉田兼好や福沢諭吉、戦争前後の思い出話などが興味深い。
 でも、義父にこんな冊子を作らせた専らの動機は、定年間近に転職し数年前まで勤務していた企業への私怨らしい。義父は東大卒業後、生涯を技術研究開発一筋で生きてきた人であり、晩年には博士号まで取得しているが、その成果に見合った待遇を得なかったという思いがあるのだろう。金銭的ではなく精神的な空虚感。技術者が日本の現代社会でいかに精神的に冷遇されているか。人類の共通資産として受け継がれていくべき研究開発が私欲により廃棄される実態。近視眼的な成果や効率を重視する現代社会の軋み。いかに幸せに遠い社会であることか。

  • 異民族支配を恒常的なものにするためマヌの法典が纏められました。その後、従属者自らが、従属を昇華させて作った誓いが忠誠なのです。被支配者は自ら進んで命を捧げて支配者に従属するよう昇華しています。
  • 人の一生の間ではいくら頑張ってもどうにもならないような世襲的な大差を格差と呼びます。差は競争の結果生まれるもの、格差は競争が成立しない仕組みの差です。
  • 経営者は、従業員の個人情報まで、全てを所有しています、会社における忠誠、従属はこの違法の差から育ちます。会社の専制、忠誠、従属の強要は情報の占有、閉鎖、隠蔽、操作から作られると言うことです。

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2008年1月 7日 (月)

居住福祉の考え方

 これは考察ではなくて、「住宅」2007年12月号からの引用。すなわち備忘録。元はさらにビデオや書籍からの引用。
 これをこのまま日本の公営住宅のあり方に適用するのは無理があるとは思うが、どこかに糸口が隠されていないか?

  • インド出身の経済学者アマルティア・センは、彼の「自由しての開発」理論を基礎に、次のように語っている。「ベーシックニーズ型の発想の誤りは、人間をエージェント(agents:行為主体)ではなくペーシェント(patients:ケアの対象)として扱ったことである。人間は変化へのエージェントでもある。君がスラムの人たちを前にして考えるべきことは、彼らのニーズは何か、ということではなく、もし彼らが本来の力を発揮する自由を与えられたならばどう行動するか、ということ、そして君はどのようにしてその自由を拡大できるか、ということである。」(P11)
  • 「ハウジングはプロセスであり、重要なのはどの様な家が建つか(What it is)ではなく、建てることで住民に何をもたらすか(What it dose)である。」

 2007年以前のログは、(遊)OZAKI組「STOCK YARD」

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