サッカーの書棚(閉架)

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2008年11月16日 (日)

オレンジの呪縛

●これはオランダのフットボールについて語った本だが、読み進めていくうちに、アート、建築、雌牛と運河、アナーキスト、教会画家、ユダヤ教、空港など、フットボールとは無関係に思われるものがたくさん出てくる・・・それはこの本が、オランダのフットボールではなく、オランダのフットボールに対する「考え」を述べるために書かれたからである。(P017)

 序章冒頭の書き出しが、この本の内容と性格を十全に表されている。そしてこういう本を読むことが、サッカー本フリークの一番の楽しみだ。そしてもちろん、オランダ・サッカーへの愛情に溢れている。しかし実は、筆者のデヴィッド・ウィナーはイギリスのフリー・ジャーナリストにして、アーセナル・ファン。もっとも最近のアーセナル・サッカーとオランダ・サッカーの親和性は高いかもしれない。
 オランダ・サッカーと言えば当然、70年代前半のトータル・フットボールとクライフを中心に展開する。しかしこの本では、それをただ礼賛するのではなく、トータル・フットボールが生まれた社会背景や歴史、文化、国民の気質を探り、関係性を追求する。特にオランダの構造主義建築やスキポール空港の空間構成、オランダの都市づくりなど、建築・都市計画に多く言及されるのも嬉しい。
 そのために、歴代の選手、監督は言うに及ばず、哲学者、建築家、ランドスケープ・デザイナー、画家、バレーの振付師、歴史学者、パフォーマーなど、さまざまな人々に取材し、さまざまな声が紹介される。そしてそれらが見事に構成され提示される。
 各章の章番号がまた面白い。ユニホームの背番号で表示され、最初は5、次いで7、もちろん14は欠かせない、10、2、11とその背番号を背負った選手に関係する内容が書かれる。そして最後は5/6。これは2000ユーロ・イタリア戦のPKの結果だ。それも外した割合。
 示唆に満ち、ユーモアに溢れ、愛を感じる。今でもサッカー本最高の本は「サッカー狂い」と思っているが、それに匹敵する好著だと言える。

●「クライフには」とスミーツは続ける。「60年代の両面性、ベビーブーム世代の両面性を感じ取ることができる。権力の古い体質に反発する一方で、個人の利益というものに敏感だった。(P052)
●フットボールというものは、選手が本能に従って、心の底から楽しんでプレーするときが、最も美しくなるんだ。(P075)
●オランダ人は、空間をコントロールするプレースタイルを築いた。フェルメールの絵画では真珠が印象的な輝きを放つが、この画家の本質はその一転にあると言ってもいい。絵のすべては真珠の部分に集約されているし、フットボールのすべてはファン・バステンのオーバーヘッドキックによるゴールに集約されている。(P092)
●オランダのフットボールにおけるチームワークは、選手の平等性に基づいている。(P135)
●「ある日、ドクターが私のサインをくれと言ってきたから、私も代わりに彼のサインを求めたんだ。・・・私たちはファンを必要としていたし、ファンも私たちを必要としていた。お互いに支え合っていたのさ。」(P190)
●「オランダのフットボールの歴史は、『クライフ前』と『クライフ後』に時代分けすることができるだろう(P380)

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2008年9月17日 (水)

季刊サッカー批評 40

 「欧州サッカーを疑え!」。サッカー批評誌、久しぶりの海外サッカー特集だ。「日本が先進国から学べることをリアルに考える」という副題が示しているのは、単に技術や戦術を学ぶだけではなく、クラブ運営に係るGMへのインタビューやドイツ、イングランド等のリーグ運営などを取材する。それもよい例を取り上げるだけでなく、イタリアやプレミア・バブルへの疑義など批判すべき点は批判しようという姿勢を明らかにしている点が面白い。
 そして、先日亡くなった長沼健氏への追悼記事。大分トリニータの胸スポンサー問題。海を越えてきたフットボーラーのズドラブド・ゼムノビッチへのインタビューも興味深い。
 ところで今号で紹介された書籍はどれも面白そう。そうだ、読者プレゼントに応募しよう!

  • リーグ1で経験を積んだ僕が話せば”人”の話も聞いてくれるでしょ?いまはそのためのネタを仕込んでいるんですよ(P028)
  • (1)サッカーはやって楽しむことが第一義的なもの。(2)スタジアムに行って楽しむのが第二義的なもの。(3)テレビで試合を楽しむのが第三義的なもの。(4)雑誌を読んで楽しむのが第四義的なもの。(P077)
  • 現在のチェアマンは我那覇を冤罪で苦しめたときもいたずらに時間をかけ、見解もブレまくった。・・・問題をしっかりと正面から向き合おうという気概がない。内規で保障されているチェアマンの絶大な権力は、保身と恫喝のためにあるわけであるまい。(P085)

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2008年6月15日 (日)

季刊サッカー批評 39

 特集は「日本サッカーの十戒 いまサッカー界が守るべき10の戒律」。その1「選手生命をJリーグが奪ってはいけない」。我那覇のドーピング事件だ。先日、CASの裁定により、Jリーグ側の間違いが明らかにされ、我那覇側が全面勝訴した。しかしその経緯や真実については、裁定後のマスコミを読んでもほとんどその実態は報道されていない。謝罪に値するどんなひどいことをしたのか。それが明らかにされなければ、謝罪で済む問題かどうかもわからない。潔く謝罪した、という勘違いさえあり得るではないか。その点でも、この記事の意義は大きい。
 その3「リーダーたる者、晩節を汚すべからず」。佐山一郎氏による「我らが非凡人会長、その高すぎる熱の功罪」は、川渕会長の特異な性格と行動力がいかに日本サッカーを率いてきたか、今も君臨し続けることの功罪も含めて描く。「後継者づくりの要諦は、まずゆずり葉よろしくその「私」がすっきり立ち去ることでしょう。」(P036)。同時に置かれている「各国サッカー協会の会長事情」も興味深い。どこの国も会長が全てではないが、日本の会長は全てになりたがっていないか?
 ユーロ2008、そしてW杯アジア3次予選、さらには北京五輪を目前に控えた時期に、戦力や戦術等と一切関係のない記事ばかりで構成してしまうのは、いかにも「サッカー批評」らしい。そしてだからこそ楽しい。

  • 私は本稿の冒頭で、この件は「ドーピング問題」ではないと断じた。ではいったいこれは何なのか?私はこの事件を、現在の日本サッカー界の腐敗部分が凝縮された「我那覇冤罪事件」だと認識している。(P019)
  • メディアに目くじら立てて腹を立てるのではなく、物事は斜めから見て本当のことが分かるということを、例えば、「この局はこういうバイアスがかかっている」とか、「ここはこういうスポンサーがついている」とかそういうことを楽しむ時代なんですよ。(P080)
  • 最近のJリーグ周辺の事件や不祥事の騒がれ方を見ていると、あまりにナイーブな過敏症・潔癖症じみてる気がしてならないんだが。ニック・ホーンビィ的な「政治的正しさとフットボール的正しさは別物」くらいの偽悪的リアリズムも必要なんじゃないか。(P113)

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2008年5月14日 (水)

砂糖をまぶしたパス

 副題は「ポルトガル語のフットボール」。タイトルの「砂糖をまぶしたパス」とは、ブラジルやポルトガルで言われる「どうぞ点を取ってください」というような絶妙なパスのこと。著者の市之瀬敦氏は、現在、上智大学外国語学部准教授を務めるポルトガル語学の先生である。同時に、サッカーファンには、多くのポルトガル関連のサッカー状況を披露する著作や記事の執筆者として知られる。私も市之瀬氏の書かれた記事は読んだ記憶があるが、こうして本としてまとまったものを読むのは初めて。だが、とても楽しくあっと言う間に読み終えた。
 全体は3部構成。第1章の「独裁者はサッカーがお好き」では、20世紀中期のほぼ同じ時期に独裁政権を経験したブラジルとポルトガルにおけるサッカーと政治の関係が語られる。しかし、必ずしも暗い筆致ではなく、ポルトガル・サラザール時代における他のヨーロッパ諸国に取り残された植民地政策とサッカーの関係など、ヨーロッパの辺境の小国にして大航海時代を誇りに持つ悲哀やユーモアすら感じられる。
 第2章の「三角パスが通った!」とは、ワールドカップ・ドイツ大会で初めてポルトガル語圏の国が3カ国そろったことを示す。ブラジル、ポルトガルにアンゴラだ。世界でポルトガル語を公用語にしているのは、わずか8カ国だけという。上記3カ国に加え、モザンビーク、ギニア・ビサウ、カボ・ベルデ、サントメ・プリンシペ、そして東ティモール。ギニア・ビサウはまだしも次の2国は聞いたこともなかった。いずれもアフリカの国。最後の東ティモールは、最近インドネシアから独立したことは知っていたが、ポルトガル語圏とは知らなかった。こうした国々を紹介しつつ、ワールドカップ・ドイツ大会を振り返り、ついでにブラジル人ジーコが率いた日本代表の戦績とジーコとのすれ違いに触れる。
 最後の第3章は「サッカーを規定する言葉」。タイトルほど大袈裟な話ではなく、ポルトガル語にまつわるサッカー話をいくつか披露。なぜブラジル人選手はニックネームで呼ばれるのか。セレソンの意味。ポルトガルの外国人選手と国外に帰化したポルトガル選手などなど。どの話題も楽しく興味が尽きない。
 最後には、いよいよ始まるユーロ2008やワールドカップ南アフリカ大会、さらに次回アンゴラで開催されるアフリカ選手権での各国の活躍にも心と筆が飛ぶ。これを読んだ後、ポルトガル・サッカーを見ると、楽しさが倍増すること間違いなし。でも、クリスティアーノ・ロナウドのことが全く出て来ないのは何故かな。デコやナニは出てくるのに。どうしてだろう。

●ポルトガルをだめにしたと言われる三つの「F」についての話はご存知だろうか。・・・聖母マリア出現の奇跡が起こったファティマ、国民的歌謡ファド、そして国民の情熱あるいは娯楽フットボールのことである。ポルトガルの20世紀のおよそ半分を支配した独裁者サラザールは、ファティマの奇跡によりカトリック信仰を深め、主の前で従順になるように国民に求め、傷ついた心をファドにより癒し、そしてフットボールで日ごろのストレスの発散を可能にしたのである。(P52)
●1960年代を通し、ポルトガルは、・・・植民地支配を続けるために、・・・植民地戦争を戦った。それと平行して、・・・ポルトガル植民地帝国における人種間の融和を世界に向かって誇示するために、アフリカ選手を数名起用した多人種代表チームをイギリスに派遣したのである。(P58)
●2002年大会ではやはりアフリカ代表のセネガルが旧宗主国フランスといきなり対決したが、同じようなことがアンゴラとポルトガルの間でも起こったのである。いきなり、旧宗主国と旧植民地国が対戦することになったのだ。しかも、試合が行われる都市がケルンと決まったのである。・・・語源はラテン語のコロニア。・・・「植民地」という意味である。(P112)
●結局ジーコが日本代表にもたらしたのは「自由」というよりは、むしろ「解放」だったのではないか・・・すなわち、選手を縛りつけた前任者フィリップ・トルシエからの解放である。そして解放という言葉で思い浮かぶのが、かつてポルトガルによる植民地支配を終わらせるためにアフリカ人が戦った「解放闘争」である。・・・残念なのは、解放闘争に勝利し、独立を達成したアフリカの人々が、手にした「自由」の意味をよく理解できず、国作りに失敗してしまったように、ジーコ・ジャパンもナショナルチームとしてまとまれないままで終わってしまったことである。「海外組」と「国内組」の融和の失敗というのも、旧植民地にありがちな西洋派と土着派の対立を思い起こさせるではないか。(P130)
●「東ティモールの選手たちはブラジル人のようにプレーし、ポルトガル人のように敗れる」(P143)

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2008年3月19日 (水)

サッカー批評 38

 表紙いっぱいに岡田監督の大きな顔写真。「『岡田武史』なんて、知らない」という白抜き見出し。オシムの成果の継承を望むべくもない岡田監督の就任という事態に、「代表への興味を失った」「前のように熱くなれない」といった文章をいくつかのブログで見かける。岡田監督の手腕に対する疑問というより、就任時の理由として挙げられた「オシム監督の土台を大切にそこから積み上げられる人」という言葉に対する懐疑とそこから派生する協会への不信感がそこにはある。
 冒頭の記事はまさにその疑問に答えるべく、小野技術委員長のインタビューで始められる。そして語られるのが、「オシム監督の土台」とはオシムサッカーの継承ではなく、「日本サッカーの日本化」というオシムサッカーのコンセプトの継承であった、ということ。そのコンセプトの下で、岡田監督が考える日本化されたサッカーづくりが目指されている。そしてオシムと微妙に異なるその方向に対して、多くのブロガーたちが懐疑的になっているのだ。果たして日本サッカーは既に日本人の手で日本化できるだけのノウハウや経験を手にしているのか。確かに半信半疑なことこの上ないが、今となっては祈るような気持ちで岡田監督に託すしかない。
 今号全体を流れるもう一つのテーマが、監督やGM、フロントといった選手を支え、チームをマネジメントする影の主役たち。中でも降格・残留を経験した柏レイソルと横浜FCの対照的なチーム戦略やJFLの門番としてアマチュアを守るHONDA FCのチーム・フィロソフィーに関する記事が興味を引く。
 また、ガイナーレ鳥取のタイ人監督、ヴィタヤ・ラオハクルの記事やアルゼンチン審判事情なども興味深い。日本未翻訳洋書を紹介するOverseasで紹介された「THE OUTCASTS! The Lands That FIFA Forgot」も面白い。

●たぶんオシムさんも「私はここまでやりましたよ。これからはあなたたちでできるでしょ」と言っている気がするのです。(P014)
●先日、オシムさんの見舞いに行った時に、こうおっしゃっていました。「現場は明日を見ている。社長は今日を見ている。しかし、親会社は昨日を見ている」と。(P047)
●「夜明け前」の時代にあって、実は本田技研こそが「ホームタウン」にこだわり続け、ためにプロ化を断念したのである。(P091)
●英国の属領だが独立した行政府を持つマン島、英国とアルゼンチンが領有権をめぐって争ったフォークランド島、タンザニアに併合されたザンジバル、独立を主張するコソボなど、まずサッカーチームを作って国際試合に出場することから国際社会の一員として認められたいと願う地域が世界には数多くある。(P115)
●他者とは、自己に先行して存在しているのだ。(P132)

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2008年3月 4日 (火)

祖母力

 祖母井秀隆。ジェフの元GMにしてオシムをジェフに招聘してきた男。オシムの代表監督就任と前後して、フランス2部リーグ、グルノーブルのGMとして渡仏した。ジェフ時代、オシムだけでなく、ザムフィールやベルデニックなど一貫して欧米の監督を招聘するとともに、阿部や山岸、佐藤勇人等をジェフユースから育て上げ、オシムともどもジェフ再興の貢献者と言える。
 その名前はもちろん知っていたが、ジェフのGMになるまでの経歴は知らなかった。「オシムが心酔した男の行動哲学」というサブタイトルが付けられているが、内容は祖母井氏の自伝と言っていい。祖母井の後輩でジェフ時代のGM補佐を務めた辰巳直祐が企画監修、各章の間に関係者のインタビュー記事も挟まれた企画本である。こうした本の場合、どこまで祖母井氏自身が筆を執っているのか知らないが、年少期から現在に至るまで、非常にわかりやすく書かれており、氏の半生を十全に伺い知ることができる。加えて、オシム代表就任前後の状況や脳梗塞で倒れた時の状況なども正直に書かれており興味深い。
 祖母井氏自身は本書で何度も書かれているとおり規格外の人間であると思う。ここまでの行動力を持つ人物はなかなかいない。古河工業や川淵キャプテンを中心とする旧態然とした日本サッカー界の現状も書かれているだけに、いつか氏に日本サッカー協会の仕事に関わってもらい、この鬱屈した空気を吹き払ってもらいたいという思いを強くする。しかしその前に氏にはグルノーブルでの仕事が待っている。まずはそこで精一杯頑張ってほしい。そして、同じグルノーブルへ移籍した伊藤翔も大きく羽ばたかせてほしい。

●人と人をつなぐ役割、人間的な営みを思い起こさせる祖母という存在。利己的で独善的な競争社会であるからこそ、僕はこの祖母の復権が今こそ見直されるべきだと考えるのです。(P9)
●ただ、僕が彼に期待したのは勝敗だけの結果ではありません。どうしても「勝利を求めずに勝利する」オシムのサッカーが日本に欲しかったのです。(P31)
●与えられた仕事は手を抜かずにやり遂げる。そして、それは誰かがきっと評価してくれるー。日本もドイツも、おそらくどこの国でも、それだけは共通している。サッカーも同じだと思いました。(P88)
●「ホームゲームは14日に1回しか開催されない。そのうち1日はサポーターが試合に見に来てくれなければならない。残りの13日は我々がサポーターにお礼をする」(P112)前グランパス監督・セフ・フェルフォーセンの言葉
●僕も、今回の代表監督決定までのプロセスについては、一貫して不信感を持っていましたから、答えは決まっていました。「川淵さんとは仕事がしたくないのです」僕は旗幟を鮮明にするため、あえて明言しました。(P175)

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2008年2月27日 (水)

RUN

 「情熱大陸」で福田健二の特集をやっていた。そう言えば福田健二を取り上げたノンフィクションが出ていたっけ。無性に読みたくなりAmazonで購入した。読んでみれば、あっと言う間に読み終わる。しかし、特に前半、電車の中で読みながら熱いものがこみ上げてきて困った。サッカーに賭ける人生。共に戦う家族。自分を信じる生き方。福田健二の生き方は確かに私の心を打ち、感動を与える。その生き方に感動を覚えるサッカー選手は少ない。

●「好きなサッカーで/世界に胸を張れる/選手になって下さい」(P9)

 たった3行の遺書を残して自殺した母。その母を求めて、母の言いたかったことを求めて、福田はサッカーを続けてきた。
 僕が福田を知ったのは、名古屋グランパスに期待の新人として入団してきた時から。当時からストライカーらしいストライカーとして評価を得ていたが、入団当初の輝きは次第に衰え、いつしか移籍し僕の意識から消えた。そしてパラグアイへ移籍したという記事を読んだ時には、静かに彼のチャレンジを応援していた。その後、メキシコを経てスペイン2部へ移籍し2年目の昨年はヌマンシアでチーム得点王の活躍をし、日本代表候補に彼の名前が挙がった時は、本当にうれしかった。
 その彼が先日の情熱大陸では、今年移籍したラス・パルナスで不調に苦しんでいるという。少年のような彼を娘とともに支える妻の姿も心を打った。ようやく出場したゲームでロスタイムにPKを得て、そしてはずした。TVはその残酷なシーンで終わった。そしてこの本が無性に読みたくなった。
 あっという間に読める簡単な本である。内容も同じことを繰り返しているに過ぎない。それでもそれを補って余りある人生がそこにある。福田のこれからの闘いも応援していきたい。そう思わせる人生だ。

●あれだけ自分を信じて打ち込める奴は日本人選手ではなかなかいない・・・物事を決して諦めない、その感覚が人と違う。逆境でも自分を信じていられる人というのは強いので、周りの人に必ず影響を与えるんです。(P99)
●ブラシの摩擦音だけが部屋の中でこだまする。シャカシャカシャカシャカ。その音に浸っていると、彼は無心になれた。部屋に差し込む光にスパイクをかざすと、「悪くない」と小声で言った。

     ・・・何となく村上春樹風で面白かったので。
●最近は、プレーすることと戦うこと、そこを勘違いしているサッカー選手がいるが、あの日本人はピッチで戦う意味を理解していると思った。テクニックだけなら、彼くらいの選手はユースにもごまんといるが、戦える選手となるとなかなかいない。(P171)
●いつもぎりぎりで、でもそれに屈するんじゃなくて戦ってきたから、あいつのプレーに感動してくれる人がいるのかもしれません。(P183)

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2008年1月29日 (火)

メキシコの青い空

 NHKの名スポーツアナウンサーであった山本浩氏が振り返るサッカー実況20年の記録。タイトルは山本氏が担当したW杯メキシコ大会アジア地区最終予選、国立競技場で行われた日本対韓国戦の有名な最初の一言に由来する。「東京・千駄ヶ谷の国立競技場の曇り空の向こうに、メキシコの青い空が近づいているような気がします」。木村和司の伝説的なフリーキックが生まれたこのゲームから、ドイツW杯決勝戦のフランス対イタリアまで、山本氏が担当したサッカー実況でのコメントを随所に挟みながら、この20年間の日本サッカーの歴史を振り返る。
 この日本対韓国戦に始まり、マラドーナの神の手ゴールと5人抜きで有名なW杯メキシコ大会のイングランド対アルゼンチン戦、93年のJリーグ開幕戦であるヴェルディ対マリノス、同じく93年W杯アメリカ大会アジア最終予選の最終戦日本対イラクで起きたドーハの悲劇。97年日本がW杯初出場を決めたW杯フランス大会アジア地区第3代表決定戦日本対イランのジョホールバルの歓喜。W杯フランス大会の日本初戦アルゼンチン戦、そして3連敗を喫したジャマイカ戦。さらにフリューゲルス最後のゲーム、99年天皇杯決勝でのエスパルスとのゲーム。W杯日韓大会日本初戦にして初めての勝ち点を上げたベルギー戦、その決勝ドイツ対ブラジル戦。反日行動の嵐の中で行われた04年アジアカップの決勝日本対中国戦。さらにW杯ドイツ大会の決勝フランス対イタリアまで、山本氏が担当したゲームを数え上げるだけで、日本サッカー史は十分語り尽くすことができる。
 本を読みながらその当時のゲームや感動を思い出す。後藤健生氏などが書くサッカー史とはひと味違ったサッカーの歴史を感じることができる。アナウンサーならではの実況技術の解説も興味深い。フランスW杯組合せ抽選会の日本Hグループの謎も初めて聞いた話で興味を引く。

  • 名前を伝えることでスポーツの持つリズムも伝えることができるのだ。プレーのレベルが高ければ、選手の名前を口にするだけでスポーツの醍醐味の一部分、優れたチームの持つリズムを味わえる。(P24)
  • 忘れてならないのが眼前で演じられているプレーのグレードを超えた実況をしてしまうこと。・・・無用な盛り上げの気持ちが、こうしたしゃべりすぎの屋台骨を支えている。試合は盛り上げるものではない。それなりの試合はひとりでの盛り上がるのだ。(P68)
  • ゴール前はただでさえ接触プレーを避けられない地域だ。・・・そこで見せる技術は並大抵のレベルではすまない。ぶつかられても、蹴られても引っ張られても自分の考えたプレーを正確にトレースできる。それが本来「技術がある」というものだろう。(P144)
  • コメントを数字で始める。そんなときにはちょっとした魔力がうまれる。無機的で短い単語。切れ上がりの良い発声。何よりもあたりに漂うふわふわしたものを引き締める力がある。・・・時間を伝える数字にはそこに流れるものを一瞬静止させる効果がある。流れる映像が、印象深い1枚の写真になる。(P152)
  • 組織委員会は日本をグループHにあらかじめ入れるつもりだったのではないか。・・・私はいまだに、日本初のW杯、対アルゼンチン戦は最初から仕組まれていたのだと思い込んでいる。(P184)
  • 私達は忘れないでしょう。横浜フリューゲルスという非常に強いチームがあったことを。東京・国立競技場、空は今でもまだ横浜フリューゲルスのブルーに染まっています。(P230)

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2007年12月28日 (金)

サッカー批評37

 オシム監督が突然脳梗塞で倒れたという報道はとてもショックだった。昨日あたりから奇跡的な回復という話題が出てきており、ほっと胸をなでおろしているが、既に岡田監督が就任しており、今後オシムは日本代表にどう関わってもらえるのか気になる。
 本書の編集が進んでいた時点ではまだオシムが健在だったようで、発行にあたり急遽いくつかの記事の追加や書き直しがされたようだが、多くはオシム監督体制が継続していることを前提に取材がされている。前号の予告では「日本サッカー界 1年の総括-あらゆる課題を徹底検証する」だったから、取材途中で特集のタイトルが「日本のサッカーは誰のものか?」に変更され、オシムが倒れたことで急遽「オシムが教えてくれた」という表紙のタイトルは差し替えられたものと思われる。当初は、会長の是非まで踏み込んだ内容になるところだったようだが、緊急事態の中でそこまでは差し控えられ、オシムのこれまでの成果を振り返る内容になっている。
 しかし単に日本代表に留まらず、女子サッカーやビーチサッカーなどの現況や地域リーグの状況、サッカー協会の世界比較、さらにはキリンなどサポート企業への取材など、広範な視野で日本サッカー界を見渡す姿勢はさすが「サッカー批評」誌ならではのもの。
 さらに今年は日本のサッカー界の現状を問い直すべき事件がいくつかフロンターレ川崎を襲った。我那覇を巻き込んだドーピング問題、ACLの過密日程とベストメンバー批判。当然のようにフロンターレ川崎を取材しているのも、本誌らしい批評精神でタイムリーだ。「日本のサッカーは誰のものか?」はまさに時宜にあったタイトルと言えよう。

  • 「若い世代をなるべく早く海外に送ってサッカー先進国の指導を受けさせる」というダバディ氏の意見にオシムは「育成を外国任せにしてどうする?」と言下に否定したのだ。これほどまでに日本をリスペクトしてくれた外国人監督がいただろうか。(P008)
  • 人の痛みの分からぬ会長こそ「こころのプロジェクト」を真っ先に受講すべきではないのか。(P009)
  • フロンターレにとって07年は、間違いなく理不尽なシーズンであった。・・・川崎フロンターレの07年シーズンは、日本サッカー界のあらゆる叡知をもって、厳粛に精査・総括されるべきである。(P051)
  • 結局のところ百年構想の理念とは、志半ばで斃れていったクラブや夢破れた選手たちの死屍累々によって、支えられているのではないか。もし、そうだとすれば-「日本全国にJクラブを」などという美しい物語に、私は全身で寄り添うことなどできない。(P079)
  • ぼくが、サッカーに打ち込めば打ち込むほど、サッカーは、いろいろなことを教えてくれた。・・・彼は、<ぼく>が、サッカーによって<生かされる存在>であると気づかせてくれた最初の人だ。(P133)

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2007年12月 1日 (土)

日本人よ!

 イビチャ・オシム監督が突然の脳梗塞で倒れて、はや2週間になる。ようやく意識が戻ったという報道もあるが、以前のように監督としていつ再起できるかわからないこともあり、日本サッカー協会は次期監督に岡田氏を選考し就任要請をしていくようだ。イビチャ・オシムがこの本を書いたのはアジアカップ前の6月。その頃は他のオシム本に食傷気味だったこともあり、オシム自身が著作家ではないことは明らかなので、あまり期待もせず、ついに本書を購入することはなかった。先日図書館で本書が並んでいるのを見つけ、思わず借りて一気に読了。
 前に「学ぶ人 オシムに学ぶ」を好著として紹介したが、オシム自身の言葉が綴られた本書は、本人しか書けないオシム自身の考えや気持ちがストレートに伝わってきて、一番最初にこの本から読み始めれば良かった、と後悔した。オシム本の中では絶対にはずせない1冊である。
 代表のこと、監督という仕事のこと、Jリーグのこと、メディアのこと、そしてサッカーを通してオシムが感じた日本人自身のこと。それらがインタビュー等でのいつもの難解な表現ではなく、素直にそのまま書き表されており、非常によくわかる。「日本人のサッカーを日本化する」「相手をリスペクトする」「走ることと考えること」など、オシムならではの表現がわかりやすく解説されている。中村俊輔を始めとした海外組の扱いやJリーグ各チームへの配慮、伊藤翔や森本など若くして海外に渡った選手たちへの視線など、その目配りと冷静な判断はオシムの人物の大きさと確かさを改めて感じさせる。
 なかでも「水を運ぶ」という表現は、鈴木啓のような中盤でよく働く選手を指しているのかと思っていたが、全くの勘違いだということに気づかされた。消火活動のバケツリレーのように水を運ぶためには、全員が一列に並び少しずつ協力しながら各自の役割を果たしていかなければならない。一人でもサボればリレーはつながらず火事は燃え広がる。全員がこのように常にチーム全体を見通し各自の責任を果たしていくことが「水を運ぶ」の真意だった。もちろん、俊輔にあまりに大量の水を運ばせることは攻撃面での脅威をなくすので得策ではないが、しかし一人サボっていいわけではない。常にチーム全体を見渡し、ゲーム全体を見渡し、それぞれ責任を果たしていく必要がある。水は全員で運ぶものだった。
 それにしても改めてオシムの偉大さを感じることができた。なんとか回復し、また日本サッカーのために、どんな形でもいいから力になって欲しいと切に願って止まない。

  • サッカーとは人生である。なぜなら、人生で起きることは、すべてサッカーでも起きるからだ。しかも、サッカーではもっと早く、もっと凝縮して起こる。(P9)
  • 多く長く信じてきた分だけ、人は戦うことができる。だから、もっと良くできる、到達できる、と信じなければならない。(P26)
  • 教育とは、実は人を硬直させるものである。(P42)
  • 審判はプレーの推進者ではなく、少しずつサッカーの「ブレーキ」になっているのかもしれない。(P154)
  • サッカーは試合が終わるまではすべてが起こりうる(P188)

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