すまい・まちづくりノート

2009年7月 2日 (木)

災害社会

 筆者は東大卒業後、富山大学でスロー地震などを研究し、2002年より京都大学防災研究所で教授を務めている地震学の専門家である。2008年の四川大地震や岩手・宮城内陸地震などのホットな地震災害を題材に、海溝型地震、内陸型地震のメカニズムと軟弱堆積層による長周期地震動など最新の地震学の知見を紹介するとともに、災害は自然現象としての危険因子に人間社会の脆弱性が合わさって発生するという観点から、都市開発や社会・経済政策に対して警鐘を鳴らす。
 前半の地震メカニズムの概説は専門的な内容がやさしく説明されており、わかりやすい。しかし筆者が言いたいことは政治・経済政策における不作為であり、危険性を技術的に克服する以前に、危険性が明らかなところに建物を建築したり、都市開発をしないことが必要だろうと訴える。特に、長周期地震動に対する超高層ビルへの対策として6つの具体的な提案がされている。
 第8章以降は、地震学から離れ、格差社会批判や地球温暖化対策、「農」の不安、自由貿易批判などに及んでいく。タネ本は「格差社会」(橋本俊詔・岩波新書)や「金融権力」(本山美彦・岩波新書)、「『農』をどう捉えるか」(原洋之介・書籍工房早山)などで、一面的な感がしないでもない。最後に附章として「学問と社会-京都大学らしさとは?」と題する論考が附けられているが、これを読むと、筆者の退職間際の集大成として執筆された本なのかなという気もする。
 一言で言えば「地震学者による社会への警鐘」と言えばよいだろうか。筆者の社会政策に対する主張が必ずしも正しいわけではないと思うが、少なからず社会政策に関わる人には一読して欲しい書籍ではある。

●危険因子が社会の脆弱性に出会ったときに災害は生じる。地震が発生しても、社会が脆弱でなければ、災害は発生しない。・・・危険因子と脆弱性を合わせたものを「リスク」と呼ぶ。(P21)
●そもそも、「プレート・テクトニクスの枠組によって駿河湾が抱える地震リスクが明確になった」以降に、三号機から五号機が増設され続けてきたことに根本的な疑念を感じる。原子力発電所のようなものは巨大地震の断層の真上のように危険な場所を避けることは、耐震強度以前の問題なのではないだろうか。(P78)
●地震による人的被害を減らすための急所は、その頃(戦後から高度成長期の1980年頃まで)に急速に拡大したに大都市郊外の密集市街地と住宅地である。・・・もし「地震=断層滑り説」の証明の方が先だったら、もし活断層学の発展が先だったら、事情はずいぶん違っていただろう。(P91)
●日本の政治と経済のリーダーたちは、なぜ、地震学的「危険因子」と「増幅要因」を無視した、超高層ビルの乱立というリスクに満ちた政策をとるのだろうか? 子供の世代や孫の世代に地震リスクを先送りしているだけではないだろうか。(P131)
●私が四川大地震から再認識したことは、非常時においては、平常時に行われている以上のことは期待できないということである。平常時の医療が崩壊の危機に瀕しているところで、非常時の災害医療がうまく機能するはずがない。平常時の「食」が危機に瀕しているところで、非常時の「食」の供給がうまくいくはずがない。(P187)

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2009年6月12日 (金)

住宅政策のどこが問題か

 住宅問題に関する新書はそう多くない。とりあえず早川和男による「居住福祉」(岩波新書)くらいしか思い浮かばないが、これはかなり偏った視点から書かれていたように記憶する。本書の著者の平山洋介も早川門下の一人ではあるが、15年ほども前に出版された「コミュニティ・ベースト・ハウジング」を読んで以来、その動向には注目をしていた。2006年に発行された「東京の果て」では、本書で書かれた「住宅システムの市場化」や「住宅のメインストリーム」の不安定化、ベビーブーマーとバスターの差異などの問題が既に書き表されているが、東京/地方問題など著者の旺盛な好奇心に紛れて、多様な問題点の一つという印象だった。この問題に焦点を当てて書かれた本書では、公営住宅制度を始めとする住宅政策に対して強烈な批判が繰り返されている。
 著者の主張の基本的な認識は次のフレーズに集約される。

●日本の福祉国家にとって、住宅所有を促進するシステムは社会統合を図るための仕組みである。・・・経済が成長し、中間層の持家が増え、そしてメインストリームが拡大する、という方向性を社会に埋め込むことが福祉国家の関心事であった。(P42)

 しかし、新自由主義と保守主義があいまった日本独自の持家中心の住宅政策では、「梯子」からこぼれ落ちる、または足をかけることすら許されない人びとが増えてきている。特に、従来の世帯単位での調査・分析では見えてこない世帯内単身者や扶養配偶者が、保守主義的な住宅システムゆえに世帯内に閉じこめられている。若しくは離婚や親の老齢化があれば途端に住宅困窮に落ち込んでしまう。住宅問題を個人レベルで捉えるべきだという主張は拝聴に値する。
 しかし、「『梯子』への最初の足がかりを作れ」という主張と、「梯子」システム自体への批判はどう両立させるのか、という疑問は残る。貸家支援を充実し、戦前のように持家と貸家が両存する仕組みへ変わることを理想としているようだが、本当にそうだろうか。貸家という存在は、貸し手と借り手という2者があって成り立つ。かつ両者は等分の権利と利益を有するべき、というのは理想論に過ぎないのではないか。逆に、居住権と所有権の一体保護(全世帯持家化支援?)という視点も成り立つはず。読後に過去の読書歴を振り返っていて、「土地・持家コンプレックス」(山田良治/日本経済評論社)を再発見した。もう一度読み直すことが必要かもしれない。
 「おわりに」で、特定の「主義」への依拠をたしなめる記述があるが、著者自身も別の意味で特定の「主義」から執筆・主張しているように感じられる。「複数の方法の組み合わせ」という主張は正しいと思うが、そのベストミックスにいかに到達するかはかなり難しい。
 新書版で住宅問題に警告を発する本が発行されるのは、一般人に住宅政策が抱える矛盾や問題を周知する点で意義は大きい。その意味では、本書のように少し過激なくらいの書きぶりの方が注意喚起に資するのかもしれない。しかし書きぶりはあまりに難解。「あとがき」に「センセーショナルな言葉づかいばかりが目立つ本が好まれ、どんどん消費される。本書は、新書としては読みやすいとは言えないし、地味なんだろうな、と思う。」(P296)とあるが、それにしても「難解」。もう少し何とかならないものだろうか。

●政府が住宅システムの市場化に踏み切った背景には、住まいと住宅ローンを市場経済に委ねても、社会統合の安定は崩れないという読みがある。住宅問題を計測するうえで政府は重視した指標は、住宅建築の量と質であった。・・・これらの指標からすれば、住宅問題はすでに緩和し、住宅システムの市場化は社会不安を起こさないと考えられている。(P88)

●世帯主を重視する世帯単位の分析では若年層の住宅条件の分析は困難である。・・・世帯主の多くは男性であることから、世帯主に注目した世帯レベルの分析では女性の状態は把握できない。・・・世帯レベルの分析は、子ども、若い人たち、女性、高齢者など、世帯主以外の世帯員の状況を覆い隠す効果さえもつ。(P166)

●政府が助けるのは、住まいの「梯子」に加わった世帯形成者である。ひとたび「梯子」を登り始めた人たちはシステムの援助を得る。「梯子」に加わるための最初の「足がかり」を準備し、世帯内単身者と単身者の住宅確保を促進するシステムは存在しない。(P187)

●日本の福祉国家が住宅システムの運営において重視するのは、個人としての人間の社会権の尊重ではなく、その集団としての社会の統合である。人びとが住まいの「梯子」を登り、社会の「流れ」に合流するというパターンが社会安定を支えると想定されてきた。住宅困窮が社会統合を脅かすまでに増大するのであれば、住宅保障の政策は拡大する。しかし、「梯子」を登っていない人たちが存在しても、それが「流れ」を破壊するほどのマグニチュードをもたない限り、彼らを保護する必要は小さいと判断される。(P243)

●何らかの特定の「主義」を純化し、それに過度に依拠する方針は危険である。新自由主義の政策再編は、純粋な市場経済を拡大しようとし、暮らしの基盤を深く傷つけた。純化した保守主義は社会標準の生き方しか支持せず。そこからはずれる人たちを冷遇する。特化した「主義」によってシステムを運営できるほど社会は単純ではないし、単調でもない。特定の「主義」を強調するのではなく、複数の方法の組み合わせによって住宅システムの適切なあり方を検討することが必要である。(P289)

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2009年5月20日 (水)

景観形成と地域コミュニティ

 まちなみ景観に関する建築・工学系からの考察は数多くあるが、社会学からのアプローチは観光化や地域活性化とからめて考察されることが多く、直接、景観形成そのものを考察することは少ない。本書は、筆者の一人、鳥越教授とその門下の二人の環境社会学者による、生活環境主義というアプローチからの、景観形成と地域の継続・活性化のあり方についての論考をまとめたものである。
 冒頭、景観法に対する評価と疑義が述べられている。「従来、住民主役で進められてきた地方自治体の景観政策を骨抜きにするものではないか」という指摘は、私も景観法制定寺に感じたことであり、大いに同感する。加えて、最近のどこでも同じような多自然工法の河川改修に違和感を訴えるのも、まさに同感の至り。筆者たちの主張はあとがきの一文に十全に現れている。

●本書で指摘したことは単純なことである。すなわち、生活と景観とを絶対に切り離してはいけない、ということである。・・・それぞれの地域で人びとは生きつづけており、その生きている総体の形が景観である(P303)

 このことを主張するために取り上げる現地は、竹富島であり、阿蘇山の草原であり、白保のサンゴ礁と恩納村の海面管理であり、宮崎の山村・諸塚村(神楽と山に生きる生活)であり、中国の白洋淀と霞ヶ浦の潮来とイギリスの湖水地方の観光の取組みである。
 阿蘇山の草原を守るNPO等の活動と放牧や野焼きでは生活できない地域住民の相克は、生活と景観保全の矛盾を見事に現しており、興味深い。また、景観を生かした有力な地域産業である観光について、近代化の進展と景観資本の発見との関係を分析する第6章の考察も面白い。
 ただし、この考察が、住民生活と景観形成が両立し得る明らかな処方箋を明示しているわけではない。もとよりそれは難しいことだが、「生活と景観を切り離してはいけない」という主張は絶対的に正しいと私も思うし、その上で景観政策や景観形成活動に関わっていければと考える。


●地方自治体の基本的な姿勢は、景観はあくまでまちづくりの一環であるという発想にある。まちづくりであるから当然のことながら、主役は住民である。ところが、罰則規定を付置したこの法律(景観法)は、・・・住民が意見を挟むことができる配慮をしてはいるものの、住民は主役の座から降ろされている。(P44)

●目に映る地表の相貌としての景観は、目に見えない仕掛けに支えられて人びとの目の前に現れる(P170)

●さまざまな事情があって農山村で暮らそうと決めた人たちは、自然の、循環する時間のなかで生きることを受け入れ、決意する人でもある。・・・彼らは、無事に楽しく生きることが目的だという。・・・重要なのは、・・・それが、無知やひがみや強がりではなく、自分がここで暮らすことの意味を考え抜いた結果として生まれてきた思想だということである。・・・それは、直線的な時間のなかでみると「努力しない」「上昇志向をもたない」人たちにみえるかもしれない。しかし、先ほど述べた阿蘇の農家は、そのことを「負ける勇気」と表現する。いま農業をつづけていくためには、都市と同じ土俵で行動するのではなく、負ける勇気が必要だというのである。(P251)

●景観論にとって、観光産業の位置づけはむずかしい。観光はしばしば景観を俗化させるし、さらには心ない観光客によって地元の人の心が痛めつけられることもある。しかしながら、・・・観光は当該地域を活性化させる力をもっており、さまざまな産業のなかでも景観を大切に考える産業である。生活から乖離していかないことを”地元が”心がければ、観光から発想された通俗的な景観も楽しめるのではないだろうか。(P300)

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2009年3月23日 (月)

原っぱと遊園地2

 建築論集として話題となった「原っぱと遊園地」の続編である。地元の図書館になかなか納入されないのでリクエストした。前書では、行動や創造が発生する場としての「原っぱ」と「動線体」という発想が話題を呼んだ。そのベースになっているのは、ルイ・ヴィトンの一連の仕事だったが、本書はその後の作品、特に青森県立美術館を始めとする建築作品の設計手法を中心に語られる。
 全体は3部構成である。第1部は、青森県立美術館をめぐって、「図式とルール」など青木氏が採っている設計手法や考え方が綴られている。『「せんだいメディアパーク」は図式を持っている。』(P50)という記述がある。図式を当てはめ展開することで、「公園的な人の居方」を定着させたと読み解き、それとの比較で自らの建築は、直感的なルールの設定から始まり、現実との調整を経て具体化していくと説明する。図式とルールの違いは、図式は直接、建築物のカタチに現れるのに対して、ソフトなルールは臨機応変にカタチを変えていく、という点にある。これは「原っぱ」にも通じる考え方で、カタチは活動を規定しない。
 第2部は、「新建築」に発表された建築作品に対する論文集である。正直、かなり難解で、かつ図面や写真が乏しいことから、言わんとすることが十分理解できないところも多い。
 第3部は、他の建築家や芸術家とその作品に対する批評集である。批評をすることで、逆に青木氏の立ち位置が明らかにされる。その点では興味深いが、当該芸術家や作品を知らないものが多く、本当の意味では理解しがたい。
 全体として、前作にくらべ、わかりやすさの点で若干落ちる。もちろん、青木氏のスタンスはよくわかるし共感する部分もある。ただ「原っぱと遊園地」がメインのテーマではなかったナと思う。「図式とルール」がこの本の趣旨をもっとも伝えるタイトルではなかったか。あえて二匹目のドジョウを狙って「原っぱと遊園地2」というタイトルにしたのだろうが、もう少し素直でもよかった。ま、そうだったら、読まなかったかもしれないけどネ。

●自分でできることから始める。そうして、それがこの世の中で成り立つためには、どういうルールが最低限必要なのか。それを身をもって発見し、自分の内側から「職能」を築いていく。どこかに属するのではなく、自分で自分をつくっていく。(P15)
●図式そのものが重要なのではない。ぼくはそれに対して、ルールやそのシーンを、それ自体に「ある特定の世界」を含んだものにするまで、研ぎすまそうと思う。そこから建築にストレートに直結させようと思う。(P60)
●「装飾」は、それが包み隠している実体と等価である。装飾という表面それ自体が実体であって、それらを取り去ったものが実体ではないのである。それらは内部へと誘惑するけれど、その内部には何もない。もしそれが隠しているものがあるとすれば、むしろ「実体の無さ」なのである。(P107)
●僕たちが現実に住む都市は、不断に思いがけない展開をもち、動的な実体であるとすれば、それは「それぞれ独立した雑多な要因が重複して運動している」からである。現実の都市は、未来において達成されるべきある姿へとリニアに向かっていく運動ではなく、またあらかじめ変容が許容されている均質空間の中の運動でもない。もっと予測不能で危険な有機体なのである。(P174)
●ぼくたちの内面は、どれもが偶然の、その連鎖にすぎない。あとから振り返ってみれば、二度と起きえない偶然が奇跡のように積み重なっている。でも普段の生活では、ぼくたちはそれを必然と捉えている。そして、その必然が実は必然でないことをどこかで知っているからこそ、ぼくたちは漠然とした不安と重圧に縛られている。(P208)

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2009年2月15日 (日)

建築史に何ができるか

 全国で町並み保存の活動が次第に活発になってきている。私自身が多少なりとも関わってきたまちもある。しかし多くの場合、そうした活動に関わっている先生は、都市計画系の先生や社会学の先生だったりする。東大の西村先生しかり、名市大の瀬口先生しかり。古い建築物の調査に専門的に携わっている建築史の先生がまちづくり活動に積極的に関わっているという話をこれまであまり聞いてこなかった。
 西先生のことは最近その名前を聞くようになった。この本を手に取ってみたら、先日見学した鵜沼宿の調査も手掛けられている。ぜひ行きたいと考えていた松代に町づくり研究所を開設したという。是非読みたいと本書を手に取った。
 全体は4部構成。「町並み調査と町づくり」と題する第1部では、平戸、江津、松代、壱岐勝本、鵜沼宿、長井(山形県)での経験を紹介している。第2部の「蘇った建物」では、足利学校、旧染井能舞台(横浜市)、三渓園旧原邸、佐賀城本丸御殿、出島オランダ商館の実例を紹介する。第3部「文化を守り、町をつくる」、第4部「建築史に何ができるか」は前出の事例を踏まえた考察だ。それらはいずれも基本的に既出の雑誌等からの抜粋である。しかし単に掲載されているだけでなく、その当時の意図や意味が添えられている。それも、調査報告書のような学術的なものもあれば、講演会記録、座談会、ポエム形式のものまである。きわめて多様で面白い。かつ文章が平易で読みやすい。訴えたいことがストレートに伝わってくる。とてもいい本だと思う。
 筆者が訴えたいこと。その一つは、「私たちが大切にしたいと感じたら、それが文化財ですよ」ということ。そして、「町並み調査は町に返しましょう」ということだ。とてもシンプルだが大切なこと。それを実践している西氏の姿勢に感服する。建築史にできること。それは建築することの心を知り、謙虚になることかもしれない。先生の心が伝わってくる良書である。

●町並みを整備するにはどうしたらよいだろうか。・・・歴史的な背景をきちんと認識し、平戸の町並みの歴史的特色を正確に把握した上で、それを生かして整備すること、これしかない。そのためには、平戸の町並みの歴史をよく知らねばならない。町並みを構成してきた建物はどのようなものであったのか、これを知らねばならない。町並み調査は、そのために実施されるのである。(P022)
●どんな重要な建物も「指定されるまでは指定されていない」のだ。かといって、指定された途端に価値が出るわけではもちろんない。つまり、指定だけが価値判断の基準ではないのだ。自分たちが大切だと思うもの、それこそが文化財である。私はそれを庶民文化財と呼んでいる。(P036)
●一番大事なのは、町の方たちにとって住みやすいこと、これを基本に据えないとうまくいかない。・・・まずどんな場合でも、町民が主体です。(P038)
●建築とは何か、よい建築とは何か、これを考えるために歴史を勉強する。(P124)
●あなたが町を、水辺を、緑の森を、あるいは社寺などの歴史的建造物を見て「素晴らしいな」と感じたら、それはすべて優れた景観であり、あなたはそれを所有し、保全する仲間の一人にすでになっている。横浜をよりよくしていくデザイナーの一人になっている。(P198)
●研究者は、調査は自分の研究のためにやると思っている人が多い。そういう人が得てして結果を地元に還元すべきだ、などと言う。ほんとうはそうではない。地元のためにやる。地元と一緒に、地元と力を合わせてやる。わかったことはすぐ地元に報告する。成果は自動的に地元のものになる。(P218)

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2009年2月 4日 (水)

ここまで変わった 木材・木造建築

 建築の専門教育を受けた方はご存じのように、私もご多聞に漏れず、木造に対する知識は非常に乏しい。それでも多少の現場経験と耳学問でここまでやってきたが、仕事で木造4階建てといった言葉を聞く機会が多くなり、最新の木材・木造事情について確認しておきたいと本書を手に取った。もっとも、本当に入門書なので、この程度の知識を持って専門家というには誠に恥ずかしい限りだが、それでも「最近はそうなのか」と目を開かれる箇所も少なくない。

●木材の知識が欠けていることを心苦しく感じておられる建築業界関係者には、ぜひ一読をお願いしたい。(はじめにP6)

 と最初に書かれているが、全く同感。同様に感じておられる方は是非ご一読ください。とは言うものの、本書も発行されて早6年になろうとしているので、この最低限の基礎知識の上に最新の情報を積み重ねる必要がある。努力します。
 筆者は農学を学び、木質材料の研究を長くやってきた方なので、エンジニアードウッドを始めとする木質材料の解説が詳しい。私の関心は木構造の方にあったので、その方面の記述が相対的に少ないのはやや物足りなかったが、まずは材料が基本なので、本書で基本を確認できた意味は大きい。
 それにしても、木材の世界も十数年前からすると大きく様変わりしているらしい。品質保証された材が普通に流通しているのが現状であれば、確かに木構造の世界も大きく変わる。本書を疑うわけではないが、現実の実態をよく見極めた上で、今後の木造建築の方向についてよく考えてみたい。

●木材は強度の異方性だけではなく、収縮や膨潤にも異方性がある。このことが、木材の取り扱いを難しくしている一つの原因である。(P38)
●もちろん、大工さんが勘と経験(と度胸)だけで作ったからといって、その建物が危険だというわけではない。また構造計算をしたからといって、その建物が絶対的に安全であるわけでもない。その時点における工学的な知識により強度性能がそれなりに保証されているというだけのことである。(P77)
●EW化技術とは製品の5%下限値を高め、それを維持管理するために行う様々な工夫のことである。(P96)
●高気密・高断熱のようにちょっとした隙間も許されないよう構造が普及し始め、また部材の狂いが許されない構造用の金物が多用されるようになると、乾燥していない材が徐々に敬遠され始めた。そこに10年間の瑕疵保証を定めた品確法が1999年に登場し、クレームを恐れた住宅メーカーが雪崩を打ったように、乾燥した外材の製材や構造用小断面集成材などに鞍替えを始めたのである。(P136)
●どうもわれわれは「匠の技」とか「千年の歴史」という言葉に弱く、逆に「化学薬品」とか「工業製品」といった用語に対して妙な嫌悪感を感じてしまうことが多いが、このようないわば一種の思考停止状態に陥ることは避けるべきである。(P187)

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2009年2月 3日 (火)

都市住宅学 第64号「200年住宅を考える」

 都市住宅学会の機関誌「都市住宅学64号2009冬」の特集は「200年住宅を考える」。やはり今、「200年住宅」は建築・住宅・都市分野の専門家にとって、気になるテーマの一つと言える。
 集められた論文は全部で10編。「そもそも住宅の長寿命化とはどういう取り組みか」と題する国土交通省住宅生産課による長期優良住宅の普及の促進に関する法律を始めとする関連施策の解説に始まり、日本大学経済学部の中川雅之氏による「200年住宅構想は何を目指すか?」、東京大学の野城智也氏による「住宅履歴書の制度設計について」、さらには不動産税制や住宅金融、住宅流通、また環境、森林・木材、都市工学、国土形成に至るまで、多方面から「200年住宅」を巡る考察と検討がなされている。
 これらを眺めて興味深いのは、住宅の耐用年数を現状から200年に伸ばすための技術的検討や視点からの論文がないことである。

 東京大学名誉教授の有馬孝禮氏による「200年住宅を森林・木材・木造から考える」では、建てた時のまま200年保たせるのではなく、更新・維持という視点から考察を進めている。その際、数年前に取り組まれたセンチュリーハウジングシステムを取り上げていることが興味深い。

●このセンチュリーハウジングシステムの設定耐用年数の持つ意味は「何年もつ」という耐久性を保証するのではなく、「何年もたすための仕組み(システム)を有している」ということを意味する。(P23)

 そして最後にはこう結んでいる。
●200年木造住宅にとって何より重要なことは平和である。200年平和の重みこそ重視したい。木造200年住宅が存在する時代こそ平和であることの証である。/大事なことは「百年」、「二百年」という数字でもなければ言葉でもない。それを可能とする空間的仕組みと時間・世代を超えた連携がどのようになされるかである。(P24)

 「平和」を出したら反則という意見もあるだろうが、東京大学の浅見泰司教授による「都市工学からみた『200年住宅』」でも、

●100~200年という長期で考えた場合には、人口が半減以下になる都市が多く発生することを鑑みると、現在の市街地圏域よりも狭い範囲でしか、200年住宅を供給することは適切でないことになる。(P41)

●都市的行政サービス圏域からはずれる地域においては、・・・むしろ部材を他の地域で有効に利用できるような配慮こそ求められる。(P42)

 という指摘がされており、住宅が本当に200年間保ってしまうとすると、社会的にどう受け入れるのかという射程の長い問題に目を向けざるを得ない。国土交通省は、都市計画や国土形成等も所管しているのも関わらず、この点についていかに無頓着であるかが問われる。

 千葉大学の小林秀樹教授は「共同住宅の長寿命化と不動産関連制度の変革」において、長寿命化建築の実現に関わる課題を、(1)スケルトンとインフィルの分離、(2)ライフサイクルコストの低減、(3)地域の持続性を高める仕組み、の3つにまとめている。3番目はまさに前2者の論文に通じる課題である。その上で、「スケルトンとインフィルの分離」に応えた建築基準法の見直しと、「ライフサイクルコストの低減」等に応えた金融と税制の見直しを提言している。「そもそも不動産だけが『資産税』をかけられる仕組みに無理がある」という前置きをした上で、「不動産利用に伴う公的サービス利用の対価として税を位置づけるほうが適切である」として、以下のように提案する。

●サービスの対価として位置づけるならば、建物の築年数とは無関係になる。ではどうするか。一つは、建物課税を廃止し、土地課税に一本化することだ。・・・もう一つは、建物については、築年数や構造種別に関係なく、床面積によって一律に税金を定めることである。(P20)

 実に合理的であり、単に200年住宅のための制度というだけでなく、快適で環境にやさしい都市づくりや税負担の公平性の観点からも一考に値する提案だと思う。

 熱が入って面白いのが、移住・住みかえ支援機構代表理事・立命館大学教授の大垣尚司氏の「2つの長寿命化と住宅金融」である。2つの長寿命化とは、「人間の長寿命化」と「住宅の長寿命化」を言う。この2つの長寿命化のミスマッチが起きているという視点から、住みかえの必要性とそのための金融制度と政策支援の必要性を説いている。「住宅家賃を金融資産として認めるべき」というのがその要諦であるが、既に「住みかえフラット35」などの具体的な金融商品も出ているようであり、今後の発展に注目される。

 実は、この特集でもっとも興味深かったのは、リクルート住宅総研の島原万丈氏による「既存住宅流通の本当の阻害要因と活性化策」である。日本人の新築志向の実態は、(1)潔癖性や美観、(2)見た目から感じる性能への不安、(3)リフォームに関する知識不足、であると指摘し、そのためには、「建設・リフォーム業と宅建業の垣根を取り払い、流通+リノベーションという住宅の取得方法の認知度を高めていく」ことが必要と提言する。

●「200年住宅」がいくら高耐久で可変性の高い建物で、新築時からの履歴情報が残っていても、他人の痕跡を嫌い、現代的な設備や美観にこだわって新築住宅を選好する層は、見た目が悪い既存住宅を選ぶことはないだろう。・・・既存住宅を流通時点で買い手のコスト負担でリノベーションするという手法は、市場システムの大がかりな改造を必要とせず、「200年住宅」以外の既存住宅の寿命も延長することができる。(P34)

●「200年住宅」が長寿命を理由に各種の優遇を受けられるなら、リノベーションによって再生した既存住宅は、あらゆる恩恵が「200年住宅」と同等に扱われるべきである。(P34)

 通して読んでみて感じることは、「200年住宅」という発想は、新築住宅だけしか見えていない安易で視野の狭いものだということだ。本気でやるなら、「既存住宅をいかに長寿命化するか」こそが中心的に据えられるべきであり、そのための税制や都市計画等も含めた制度構築が求められるだろう。
 今は経済対策の一環として、長期優良住宅制度に注目が集まっていると言う。経済対策であれば何も「200年住宅」などと限定する必要もない。わざわざ差別化を図るのは、その結果、優遇されることが見込まれる住宅メーカーへの支援策だからという穿った見方もしてみたくなる。しかしそれではますます住宅産業内の格差化と貧困化が進むのではないか。
 各論文はどれも「200年住宅」という発想そのものには好意的な論調である。必要なのは、これらの英知に真摯に応えていくことではないだろうか。

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2009年1月16日 (金)

住人十色

 愛知ゆとりある住まい推進協議会が昨年で設立20周年を迎えた。その記念誌として発行されたのが本誌。昨年度まで、この本の企画と作成に関わっていたが、私の手を離れた今年度、後任者や作成に関わった皆さんの尽力の結果、思っていた以上に楽しい本として完成したことをうれしく思います。
 協議会の20周年記念誌という性格上、また予算が非常に限られていたという制約から、これまでの活動をベースにした内容にする必要があった。協議会では、活動初期から「すまいる愛知住宅賞」を、2001年からは「我が家のリフォームコンクール」を開催してきたことから、これらの作品紹介を中心にしたいという提案は自然に生まれたものの、「売れるものにしたい」という強い意向があり、内容に四苦八苦。協議会会員団体からの各委員の皆さんからも、「売れる内容」にするための厳しい意見が百出し、書店に並べられた雑誌を見ながら不得意な営業検討を行った。
 各作品の紹介は、住みこなしてきた居住者の生の声を伝えたいと、インタビュー取材を元に構成。これに各賞の委員を務めていただいた笠島先生(大同工業大学教授)、小川先生(愛知教育大学教授)に最近の新築・リフォーム住宅の特徴について解説していただいた。その他、建築家の山下和正氏や東海学園大学教授の三宅醇氏の小文も掲載して記念誌としての体裁を確保しつつ、一般購読者にも役に立つ情報誌としたつもり。先生方、もう少しやさしい文章にしてもらってもよかったかな。
 結局、商業誌にくらべれば雲泥の出来になってしまったが、それでも全部で17の住宅作品を紹介することができた。通して読めば、建築主の熱い思いが伝わってくる。住まいづくりを考えている人にとっても、その楽しさや建築主としての心構え、さまざまな工夫などを知ることができる。まずまず、買って損はしないと思うけど、大甘かな?
 最後に、ご協力いただいた建築主や設計者の方々には最大限の感謝を申し上げます。どうもありがとうございました。

●概要はこちら

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2008年12月25日 (木)

自然な建築

 「自然な建築とは、場所と幸福な関係を結んだ建築のことである」。こう主張する著者が、最近、設計・建築された8つの作品を紹介しつつ、自然と建築の関係について論じていく。8つの作品のテーマと名称は、以下のとおりである。

・ 水:タウトの日向邸に隣接するある企業のゲストハウス(静岡県熱海市)
・ 芦野石:石の美術館(栃木県那須町)
・ 大谷石:ちょっ蔵広場(栃木県高根沢町)
・ 杉:広重美術館(栃木県那珂川市馬頭)
・ 竹:グレート(バンブー)ウォール(中国万里の長城)他
・ 日干し煉瓦:安養寺収蔵施設(山口県下関市豊浦)
・ 山頂:亀老山展望台(愛媛県今治市)
・ 和紙:陽の楽家(新潟県柏崎市高柳)

 石、土、木、竹、紙など自然素材を使用しているが、隈研吾の言う「自然な建築」はこれらの素材を使用しているだけにとどまらない。石の格子や隙間をつくる石の壁、広重の雨のように細かい杉の格子、切り取られた山頂を復元し埋め込まれた展望台、雨や風に耐える和紙の外壁と茅葺きの屋根。どれをとっても魅力的な造形だ。同時に、場所の地形や地域性を踏まえつつ、地場の材料と技術を生かしていく。しかもこれらの自然素材を、時に応じ鉄骨などの既成材料や技術と組み合わせ、柔軟に生かしていく。自然原理主義には陥らないと本書の後半で述べている点はご愛敬だが、こうした姿勢も重要であろう。
 「自然とは関係性である」。そして自然な建築とは、その自然との関係性を熟慮した建築のことである。こうした著者の建築観が、作品紹介と豊かな文章能力により余すことなく表現されている。確かにこうした建築は、その中で生活する人間にもやさしく豊かにするだろうと思う。できればすぐにでも見に行きたいと思うが、残念ながら著者の建築した作品はどれも遠方だ。ぜひいつか機会を得て実作をみてみたいものだ。

●不安定なものほど、うわべの固定化によっては救われない。不安定なものがもっとも必要としているのは柔軟性のはずである。固定化は不安定なものに不自然な足枷をはめるだけである。・・・コンクリートとは消えゆく不安定なもの達の、断末魔の叫び声である。(P9)
●あるものが、それが存在する場所と幸福な関係を結んでいる時に、われわれは、そのものを自然であると感じる。自然とは関係性である。自然な建築とは、場所と幸福な関係を結んだ建築のことである。場所と建築との幸福な結婚が、自然な建築を生む。(P13)
●自然の本質もまた、何かを待ち続けることである。自然とは凝結していない。・・・自然に内在するおそろしくゆるやかな時間表からみるならば、すべては流動的であり、何かを待ち続けているのであり、すべては粒子なのである。(P36)
●自然とは何かを問うことは、時間とは何かを問うことだし、生とは何か、死とは何かを問うことにもつながるのである。(P174)
●最も必要なのは、胸をはれない、という現実をしっかりと見つめることである。そのうしろめたい、胸をはれない現実を認めた上で、そこに対して現実的な解決策を練り上げていくことである。その現実認識にしか、建築の望みはない。その胸のはれなさからスタートするのが、本当の意味での自然な建築であると、僕は考えている。(P209)

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2008年12月18日 (木)

住宅200811

 (社)日本住宅協会が発行する「住宅」という機関誌がある。この11月号は、「特集/まちなか居住」として、弘前大学の北原教授の「まちなか居住の課題と展望」と題する論文を筆頭に、国土交通省市街地建築課による「街なか居住施策の概要」や国土交通政策研究所の古本氏・山本氏による「高齢者の街かな居住に関する研究報告」、富山市、金沢市、福井市、飯田市及び高松市でのまちなか居住施策の紹介が掲載され、なかなか読み応えがあった。また、ホームレス支援とハウジングに関する調査と実践報告が2編載せられており、これらも興味深かった。
 まず、特集のまちなか居住である。北原先生からは、「まちなか居住」施策が中心市街地活性化策の亜流として登場してきた経緯を述べた上で、まちなかの住環境やライフスタイルについて、本当の意味での検証がなされてきたのかと課題を突きつけている。「高齢者の利便性を全面に押し出すことで、『住みやすさ』の本質を矮小化している」(P4)という指摘は手厳しい。続く国土交通省市街地建築課の説明の中で、「徒歩や公共交通が主な交通手段である高齢者にとって」という表現が出てきて、思わず心の中で「どんだけーっ」と叫んでしまった。
 さらに北原先生は、まちなか居住を進めた結果生じる郊外住宅地の空洞化についても、同一視野の中で課題として取り上げている。結論として、これらの課題を解決していくためには、持家信仰や賃貸市場への偏見、住み替えライフスタイルの勧めなど、日本人の居住観の根底からのシフトが必要であると指摘している。
 その是非に対する批評は置くにしても、「まちなか居住」礼賛一辺倒の風潮に対して、立ち止まって考える必要を指摘した意義は大きいと思う。
 もう一つ、ホームレス関係の記事が興味深い。国立保健医療科学院の板東氏による「住宅政策と福祉政策の連携」と題する調査報告は、住宅セーフティネットの対象者として、ホームレス・生活保護世帯の居住実態を報告するとともに、住宅施策における低所得者対策が公営住宅やあんしん賃貸支援事業等だけでは全く不十分なことを指摘している。その上で、生活支援の必要性や居住歴を踏まえた新しい居住水準の提案、生活保護制度等と連携した住宅施策の見直しを提言している。拝聴に値する。
 また、さいたま市を拠点に、ホームレスや生活困窮者の支援をしている特定非営利活動法人ほっとポットの藤田代表の投稿は、地域の空き家を活用したホームレス支援事業「地域生活サポートホーム」の報告をしており興味深い。下記で引用した「ハウスレス」と「ホームレス」の解釈は、この記事中で引用している北九州市でホームレス支援を行う奥田氏の著書からのまた引用であるが、住宅だけでなくいかに生活支援が重要かを物語っている。
 こうした体制をいかにして整えることができるか。今、図らずも「離職退去者」(非正規雇用者等で解雇等により住宅を失う人たちをこう呼ぶそうです)をいかに救済するかが問題になっているが、その延長線上には、ホームレスや生活困窮者の居住対策をいかに構築するかという問題が横たわっている。それを構想するための重要な手掛かりの一つと言える。

●弘前市のスーパーマーケットの跡地に建てられたマンションを見て、単純に疑問を抱いた。「ここに住む人は、どこで肉や野菜を買っているんだろう。」まちなかのライフスタイル提案を伴う形で「まちなか居住」の器が用意されていかなければ、それは単に居住空間のまちなかにおける拡散でしかないのである。(P4)
●これまで我が国が全く経験してこなかった、核家族時代の住宅地の持続性という問題が、「まちなか居住」の進展とともに、次第にシビアに顕在化しつつある。(P5)
●「まちなか居住」は住宅政策で片づけられる代物ではない。都市全体をマネジメントする発想で、まちなかと郊外を視野に入れた政策が、今こそ必要となってきているのである。
●生活保護受給者は、毎月の家賃が生活保護によって担保されているので、家賃滞納の心配が少ないことから、生活保護受給者を専らターゲットとした賃貸住宅市場が形成されている地域も見られる。(P52)
●「私たちは『ハウス』を物理的概念として理解し、『ハウスレス』を『物理的困窮状態』とした。これに対して『ホーム』は、『関係の概念』であり帰属の場所、共同体を示す言葉であるがゆえに、『ホームレス』は『関係における困窮状態』を示す言葉と意味づけた」・・・奥田の定義によれば、「物理的困窮状態」を解消しても「関係における困窮状態」を解消しなければ、どこで生活していようとも「ホームレス」状態である(P58)

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2008年12月11日 (木)

建築雑誌 200812

 今月の建築学会誌「建築雑誌」で、「環境共生を巡る7つの論点」と題する特集をしている。「解題1:事実はまま常識に背馳する」というタイトルが付けられたリードから情動的な地球温暖化対策に対する疑念を掲げているが、続く各パートでも、最近の環境対策に対して批判的な対談や論文が並ぶ。
 「地球温暖化は二酸化炭素のせいなのか?/渡辺正・東京大学教授」「リサイクルの功罪/安井至・科学技術振興機構上席フェロー」。これら2つは談話のため、批評的な会話が交わされたという印象だが、その後の4つの論文では、情緒的な環境対策に対して実証的かつクールにその効果や対応を吟味している。「えっ、そうなの!」とその内容に正直驚いた。
 「ヒートアイランドの功罪」(執筆:鳴海大典・大阪大学講師)では、ヒートアイランド対策の費用便益評価という視点から、ヒートアイランドは、エネルギー・資源側面では、住宅においては冬季影響が優勢して総量減となること。また人間健康の面でも、疾患に応じ増減があることを明らかにして、必ずしも「ヒートアイランドを悪」と断定することはできないと評価を留保している。
 続く「緑はどこまで都市を冷やせるのか?」(執筆:成田健一・日本工業大学教授)では、緑のカーテンの蒸散作用による気温低減効果はほとんどなく、日射を遮る効果しかないこと。また屋上緑化も、断熱材がない建物ならまだしも、通常の50mm程度の断熱材を挿入した建物では付加的な断熱効果はほとんどなく、気温低下効果もほとんどないとし、結局アメニティ向上の効果しかないと結論付けている。
 田中俊六東海大学教授の「屋上緑化とヒートアイランド」でもほぼ同様の結論だが、冷房排熱が高温化の原因とする説に異議を申し立て、さらには冷却塔の方が屋上緑化よりはるかに蒸散効果を有していると主張する。
 結局我々は、環境対策という美名の下にムダな投資や計画を重ねているのではないか。もちろん「もう屋上緑化や壁面緑化はやめた」という脊髄反射的な反応をするのではなく、求められるのは、人間心理面やアメニティ上の効果を考え、適材適所で採用する姿勢だろうが、いずれにせよかなりショッキングと言うか、興味深い特集だ。

●「ヒートアイランドは悪者か否か」という問いに対して我々が"客観的に"白黒を判定することは非常に難しい。(P012)
●ヒートアイランドの対策効果をエリアの平均気温低下量で評価するならば、緑化に過大な期待をするのは間違いである。むしろ局所的なクールスポットを創造し、体感温度を下げる方策として緑を考えるのが妥当である。(P015)

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2008年11月 8日 (土)

フランスの景観を読む

 フランスの景観・都市計画制度を、全体的な思想から制度の詳細に至るまで、丁寧に説明し、非常にわかりやすい本である。景観・保存・規制という言葉がタイトルに並ぶが、フランスの都市計画制度全体がそれらの言葉で説明されうる体系となっている。それは建築・文化遺産・都市計画が一体的に文化省所管となっていることからも窺われる。
 フランスの「建築に関する法律」第一条の引用から始まり、基本的なところで日本との考え方の違いを説明した上で、(1)歴史的建造物の保存、(2)通称「マルロー法」と言われる保全地区と修景事業の制度、(3)景観に重要な影響を及ぼす屋外広告物と看板に対する規制、(4)土地占有計画から地域都市計画(PLU)に移行した都市計画の各制度を概説し、さらにパリ市やディジョン市の実例を挙げて、各制度を懇切丁寧に説明していく。
 全国4万件に上る歴史的建造物の周辺500mに建築規制がかかる保存制度やマルロー法に基づく詳細な規制もさることながら、筆者が特に驚きと賞賛を表すのが広告と看板の規制である。公共のポスター掲示板も一般の広告と同じ広告物として定義され、その啓示場所や規格が定められている。また壁面や突出し看板、地上立ちの広告、光を使用した看板・広告など、その形状により細かく立地と形状が定められており、またそれが当然と受け止められているところは、まさに文化の違いを感じざるを得ない。
 都市計画についても同様。壁面交代や高さ規制が主で、建ぺい率、容積率はあまり重視されていないことは、日本のように規制の意味を忘れて数値を守ることだけが求められる社会から見るとうらやましい限りだ。日ごろから私自身も考えていたことであり、こうして実践されている国のことを紹介されるとうれしくもなり、また、うらやましい。
 本書はフランスの景観・建築規制に関する本であるが、同時に日本の同様の制度を考える上でも、大いに参考になるものである。

●フランスの・・・「建築に関する法律」の第一条・・・「建築は文化の表現である。建築の創造、建設の質、これらを環境に調和させること、自然景観や都市景観あるいは文化遺産の尊重、これらは公益である」(P2)
●近代都市計画の意味を理解しようと思うなら、それが否定しようとした既存の歴史的な都市を理解する必要がある(P31)
●フランスにおける歴史的建造物の保存制度で画期的なのは、その周辺環境の保存である。1943年に歴史的建造物の周囲半径500mについて、あらゆる建設を規制する制度が導入された。(P39)
●フランスでは文化省が文化遺産とともに建築も担当するようになった。日本では、・・・今後も文化庁が建築を担当するようになることは考えられない。建築を学び、教える者としては、「建築は文化である」と認識され、文化庁が建築を担当する日がいつか来てほしいと思う。(P92)
●保全地区は、あくまで個別の文化遺産を中心として保存を行う制度であり、その結果、全体として歴史的な市街地が再現されるという論理に立脚している。したがって日本でよくいわれるような、景観や環境の保全が最初にあるのではない。・・・保全地区は都市にある文化遺産を一つひとつ保存あるいは修復することにより、歴史的市街地という大きな文化遺産を再生させる制度となっている。(P128)

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2008年11月 3日 (月)

建築半丈記

 著者の永井規男氏は、関西大学の名誉教授にしてNPO法人古材文化の会(旧・古材バンクの会)理事長でもある建築史の先生である。本書も、先に読んだ吉田桂二氏の「家づくりの知恵」と同様、建築の先達によるお気楽なエッセイ集である。
 建築史の学者らしく民家や町並に関する蘊蓄もあるが、そこから日常の暮らしや自身の楽しいエピソードに筆が走ることも多い。それもそのはず、本書は関西大学内の研究所ニュースに連載執筆してきたエッセイを大学の退官記念にまとめて出版したもので、読者も比較的身内を想定していたと思われる気楽さが軽く読みやすい感じに仕上がっている。何と言うことはない話の連続だが、肩の力を抜いて読み進めることができ、好ましい。

●昔は冬でも家中にはひとつの火鉢と炬燵だけというのが当たり前だったから、親が小言を言う機会をむざむざ与えることを承知のうえで、子供どもは親のいる火鉢のまわりに集まったものだ。・・・いまは一家団欒のないことが問題になっているが、この問題の解消はきわめて簡単、暖かいのは居間だけにしておけばよいである。(P009)
●家蓋付のカーテンで囲ったのを、われわれは豪華な寝床の見本のように思っているが、あれも実態は寒気防ぎの苦肉の策だった。われわれのご先祖様が蚊の侵入を防ぐ策として蚊帳を考案したのと同じ類いである。(P056)
●ダウン族(しゃがみこむ若者たち)は、ダウンすることで大人と違ったことをして見せているつもりだろうが、知らず知らずに先祖の伝統への回帰を見せてくれているわけだ。・・・こう考えると、茶髪にして日本人離れを気取っていても、じつはダウン族こそまさにアジア的伝統を引き継いでくれている貴重な種族だということになる。(P091)

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2008年10月25日 (土)

家づくりの知恵

 吉田桂二(正確には「吉」は下の棒が長い)と言えば民家建築や民家再生の第一人者。その先達が語る家づくりに関するエッセイ。特に現代的課題である「環境」をテーマに、造り方だけでなく住み方、暮らし方、生き方までを縦横無尽に書き連ねる。エッセイと言うより放言に近いかも。
 書かれている内容は特別目新しいわけではないが、吉田桂二らしい。200年住宅について思いを巡らす項は、耐久性などの物的性能を通り越し、200年愛し続けられる住宅でなければならぬ、そのための意匠や形態、間取りまで考えていくあたりは面白い。国交省の役人風情では考えてもいなかったことだろうが(もちろん私も)、真剣に考えればそうならざるを得ない。年を重ねてきただけのことはある。

●長寿命の家にする要諦は「愛すべき家にする」のが大前提でなければならぬ。(P24)
●人間の造ったものは、人間自身、完成したと思っているんだろうが阿呆な奴め、これから俺が時間をかけて入念に完成してやるのだ。よく見ておけ。(P41)
●過去の上に将来を築くのでなければ進歩は望めないという鉄則を忘却した故の失敗とみられる。創造すると息巻いてみせたところで、真の創造が行えるのは天才のみという、厳しい言葉が思い起こされる。(P101)
●桂離宮は既に350年程の歳月を経ている。これこそが200年住宅のサンプルなのではあるまいか。(P120)

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2008年10月23日 (木)

建築家は住宅で何を考えているのか

 塔の家や住吉の長屋、ニラハウスなど現代に至る住宅の名作41点を、01家族像とプランニング、02ライフスタイル、03集住/かたち、04街/風景、05工業化と商品化、06リノベーションの可能性、07エコロジカルな住宅、08素材/構法、09ちいさな家、10住みつづける家、の10のカテゴリーに分けて、写真、図面と小文で紹介する。知らなかった住宅も多く、なかなか興味深い。
 中でも目を引いたのは、「10個の箱に解体された住宅 森山邸/西沢立衛」と「工業生産化とオープン部品化 Be/412g22/秋山東一」かな。前者は、3戸ほどの住宅が、10個の箱に解体され、廊下もなく向かい合いグルーピングされただけで、かつある程度のプライバシーも保ちつつ、開きかつ閉じているというもの。その大胆にして洗練されたデザインとプランニングは、住宅の本質や空間の意味と言う点でも革命的だ。
 また後者は、OMソーラーが一時取り組んでいたフォルクスハウスをオープン化し発展させたもので、その思想の一貫性と継続性に、まだ続けられていたのかと感動を覚えた。もちろん十分センスのあるデザインとなっている。
 各章と作品に添えられた小文の中で、共感と興味を引いたのは、「01家族像とプランニング」と「10住みつづける家」。家族像は前書『「51C」家族を容れるハコの戦後と現在』の影響。住みつづける家は、今読んでいる本につながるテーマでもある。デザインや生産システムも興味深いが、やはり住宅の本質や継続性を考えると、私の場合、この二つのテーマに最も関心がある。

●「東雲キャナルコート」は、集合住宅を構成する単位を、世帯というよりは、そのさらに小さな単位である個人にまで還元しようとしたプランである。家族でさえ個人の集合体であるとする主張は、きわめて現代的な都市生活者の姿と二重映しになって見えてくる。(P71)
●人口が密集した都心に住むことは、都市の活動と何らかの回路で結びつくことを目的としている。したがって本来ならば、社会に開かれた住宅が求められるはずである。都心の便利さだけを利用して、都市空間に対しては閉鎖的でいいと考える人には、都心に住む資格はないように思える。(P18)
●アルミの梁や柱は、大人一人でもてるくらい軽いため、素人でも取り扱い可能である。また、加工精度が高く図面通りの寸法ででき上がるため、現場での調整が少なくて済む。ホームセンターなどで注文したアルミの柱、梁、床などの部品をもち帰り、週末に住まいをリフォームする。そんな近未来の風景も楽しそうだ。(P217)
●現代の社会においてもっとも貴重な資源は「時間」かもしれない。いつまでも終わらない、ということはもっとも豊かな時間の使い方だ。(P271)
●そこで長い時間を過ごしてきた当事者=住まい手は、ひとつのものにたくさんの時間をだぶらせて見ることができる。新しく削られたフローリングを見るときにも、以前の黒ずんだ表情を思い出すことができる。既存のものに手を加えることは、記憶を損なうことではなく、記憶の厚みを増すことなのだ。(P279)
●街の中に自分の場所を見つけ出す「喜び」。そういった個人の記憶の積み重ねは街に豊かさをもたらすだろう。建物の集合としての街ではなく、小さいけれども開かれたパブリックスペースのネットワークとして街を考え、デザインしていくという可能性がある。(P295)

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2008年10月15日 (水)

「51C」家族を容れるハコの戦後と現在

 「おひとりさまの老後」がベストセラーとなった上野千鶴子氏は有名なフェミニストにして社会学者だが、彼女を初めて目にしたのは、2001年に開催された建築学会主催のシンポジウム「公共住宅の行方を探る:岐阜北方集合住宅の試み」でのことだった。その時の知性のほとばしる発言には強烈なイメージが残っている。当時すでに山本理顕の設計した熊本県営保田窪住宅の住まい方調査を行い、建築家の空間で生活を規定しようとする習性を痛烈に批判していたが、本書は、その上野氏に、51Cの生みの親である鈴木成文氏と東雲キャナルコートを完成させた後の山本理顕氏を加えた3氏をパネラーに、布野修司、五十嵐太郎をそれぞれ司会に迎えて開催されたシンポジウム『「51C」は呪縛か。-集合住宅の戦後~現代をさぐる』を誌面化したものである。
 上野氏の直截な指摘に、高齢なはずの鈴木氏が柔軟かつ頑固に持論を説明し、山本氏がうまく受け止めつつ、より大きなテーマに展開していく様子はなかなか見物だ。当日はさらに面白かっただろうと想像する。
 上野氏の近代的家族像は既に終焉しているのに、住宅はそれに追い付いていないばかりか古いモデルに閉じこめようとしているという指摘は、かつては刺激的な言説と感じたが、最近は上野氏もケアと女性の生き方に関心が移ったらしいように、今となっては論点を浮かび上がらせるための、タメにする発言であったと感じる。
 賃貸、分譲マンション、戸建てと住まいを替えるたびに思うのは、人はどんな住まいであっても住みこなしていく存在であるということ。その中で、理想的な住まいをつくろうとする建築家の試みは当然至極の作業であるし、それが建築帝国主義だという指摘も正しいのだろう。そして、我々の考え方や生活が意外にも外部環境に規定されるというのも事実。51Cの計画手法や理念を借用したnLDKが想像以上に日本人の生き方に影響を与えたというのは理解できるとして、そこに設計者の功罪を求めるのは無理があるのではないか。環境と遺伝子の関係を誰も正確に規定できないように、環境に依存する人間にとって最適な環境なんて誰も答えることはできない。
 しかし、シンポジウムを経て、51Cの影響の本質を見抜く山本氏の眼力の鋭さには脱帽。このシンポジウムが生活と住宅の形を考える契機になったという点で意義があったとは思うが、上野氏を交えてはそれ以上にはならないとも思った。

●近代家族は今や終焉を迎えたのだそうである。それが現実の状況、人々の本音だといっても、本音に従ってさえいればいいわけではなかろう。・・・あるべき姿、目標像を立て、それに向かって住み手を引っ張り、誘導していかなくてはならない。それが51Cをつくった理念であり、建築計画というものである。(P37)
●一つの住宅に一つの家族が入るというその単位のつくられ方がもはや破綻していると思います。・・・ただ、その変わってしまった環境に応じることができるような、新たな生活単位のようなものを、もし想定することができるなら、その一つの単位はどうつくられるべきなのかという課題は、今や非常に重要だと思っています。・・・それをどう規定するかによって、街のつくられ方も変わるだろうし、地域全体がどうなるかも変わってしまうと思います。(P139)
●影響の本質的な部分は二つである。・・・①鉄の扉・・・「鉄の扉」はそのプライバシーの象徴だったのである。そのように私たちは受け止めたのである。鉄の扉で相互に隔離されるような生活の仕方を今では私たちは誰も疑わない。・・・②そしてもう一つ。この閉じた形式の住宅に家族という単位が過不足なく収まるということ。・・・真に革命的だったのは、住宅を内側のプランの問題として扱えるという発見だった。つまり、閉じた単位の内側の問題が住宅の問題であるという、そういう構図をつくったことである。(P157)

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2008年10月10日 (金)

建築史的モンダイ

 PR誌「たいせい」やWEBちくまに連載された建築的エッセイ26編を加筆収録し、書き下ろし2編を加えたもの。相変わらず軽妙な藤森節が炸裂。面白いことこの上ない。加えて、素人向けに、建築的見地からさまざまなことをわかりやすく説明しており、私の知らなかったことも満載。「ブルーノ・タウトはガラスを意欲的に使った世界最初の建築家だった」とか「アントニン・レーモンドが世界でもいち早く、打放しコンクリートに取り組んだ」とか。へぇ、そうだったんだぁ。
 世界のアンドーは、打放しコンクリートを壁構造で使ったから世界的評価を経た、という見方も藤森先生ならではの眼識だろう。ただただ信じてもいけないようにも思うけどもね。それにしても面白い。

  • 人類は、自然界の状態を読み解く能力の一つとして、美を感じる資格を入手した、とするなら、そうした対自然能力を、いつ建築という人工物にふり向けるようになったんだろう。(P012)
  • 時代に応じて新しいスタイルはもちろん成立する。・・・それまでのものが変化して新しいものが成立するところまではヨーロッパ建築と同じだが、その先で異なる。ヨーロッパ建築ならさらにまた変わるのに、日本では・・・次に新しく生まれたスタイルと併行して古いものも生き続ける。・・・スタイルが、ヨーロッパのように時代に従属しない。では何に従うかというと、用途に従う。(P044)
  • 火事というものへの基本的な心情が今の人とはちがったし、火事を巡る経済もちがった。火事があるかぎり資本は蓄積されないはずだから、”火事と資本主義”というテーマがあるんじゃないかと私はひそかに考えている。(P089)
  • 現代の建築界を内側から見ていると、”ハイ・テク”なんて言い方が流通していて、いかにも先端技術と取り組んでいるみたいだが、ハイ・テクったって鉄とガラスにせいぜいアルミを加えるくらいで、電子技術やバイオ技術から見ると百年遅れと言わざるをえない。(P180)
  • 二〇世紀の建築家は、ガラスを前に、一つの問を問われた。ガラスとは、そこに何もないと考えるのか、それとも、水晶のような透明な薄い石があると考えるのか。・・・タウトとミースの答は、ガラスは石の一つ。グロピウスの答は、ガラスは何もないと同じと思った。(P182)
  • WTCは史上初めて衆人にみとられながら死んだ超高層なのである。(P214)

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2008年9月12日 (金)

地震と防災

 地震発生のメカニズムや地震の特性、震度観測の変遷と現状から、地震災害の歴史、地震研究の歴史や内容と最新の知見、耐震設計や地震動予測、さらには地震教育に至るまで、地震と防災に係るあらゆる最新の知識が非常にわかりやすくかつバランスよく整理されており、入門書として、また最新の成果を確認したい者にとって、最高の著書である。
 「なぜマグニチュードは地震発生後すぐに発表できるのか?」「原子力発電所の設計はどうなっているのか」といった私が日頃から疑問に思っていた事柄に対して明快な答えを与えてもらえただけでなく、「阪神淡路の”震災の帯”の原因」や「全壊の定義の変化」「活断層の本当の意味」など今まで知らなかった情報や知識も満載で、「面白くタメになる」とはまさに本書のためにある。
 最近、中国四川地震や岩手宮城内陸地震などの衝撃的な地震が多発している。マスコミは地震災害に対して相変わらずヒステリックな報道を繰り返しているが、適切な耐震対策を講じておけば現状でもある程度安心できる状況にあること、また日頃からの自然への愛情と理解が真の防災につながる道であることなど、この本を読んでこそ、地震に対して客観的かつ冷静に観察し対応できる気がしてきた。多くの人に本書を読むことを勧めたい。

●仮に距離100キロメートル相当の地点にウッド・アンダーソン型地震計があったとしたらどのくらいの最大振幅値になるかでマグニチュードを定義したのである。・・・マグニチュードMを地震のエネルギーに換算することがよくあり、Mが1違うとエネルギーが30倍違うといわれる。これはまったく後付けの解釈で、地震波の放射エネルギーを正確に評価するのは、現在の地震学の技術をもってしてもそれほど容易なことではない。(P87)
●震源断層が繰り返しずれ動き、何度も同じところで地表地震断層を生じた結果生まれる地形の傷跡のことを、活断層と呼んでいる。(P101)
●昭和25年ごろを境にして全壊の定義が緩くなり、その傾向は現在まで続いている。昭和21年に内閣から当用漢字表が告示され、・・・このため”全潰”と書かれていたものがすべて”全壊”と書かれるようになった。このことが定義の変化をもたらしたと指摘する人がいるが、・・・漢字が変わったからといって勝手に定義を変えてもいいというものではない。(P188)
●新基準で建てられたものでは震度6強で全壊するものはほとんどなく、震度7でも大多数は全壊しないものと推定される。(P191)
●盆地の縁、山の麓には必ずといっていいほど活断層がある。地震がなければ盆地も生まれず内陸部に都市ができることもなかった。(P217)

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2008年8月19日 (火)

空間<機能から様相へ>

 ヤマトインターナショナル東京本社で鮮烈なデビューを遂げ、梅田スカイビルで驚愕を集め、JR京都駅のコンペで社会的な批評の嵐を巻き起こした建築家・原広司の建築評論集。それらの建築作品の前には、「集落の教え100」などの世界の集落調査からの建築評論が話題となった。1975年に公表された「均質空間論」に始まり、「<部分と全体の論理>についてのプリコラージュ」(1980年)、境界論(1981年)、「機能から様相へ」(1986年)、「<非ず非ず>と日本の空間的伝統」(1986年)の5つの建築・空間論が収録されている。1987年に刊行された同名の著書から一部論文を省き20年ぶりに文庫本として再刊されたもの。
 現象学や構造主義等の哲学的考察を駆使し、建築実学の経験を踏まえ、著者独自の空間論を展開している。最初の「均質空間論」は近代建築がその理想故に機能を失い、均質空間に陥っていく過程を見事に描き、よく理解できる。その建築的窮状を、世界の集落調査から類推・抽出された空間形成の原理を部分から全体に広げていくことで救い出そうとする意図も理解できる。そしてたどり着いた「様相」とは何か?
 「境界論」あたりから難解な表現が多くなってきて、ほとんど理解したとは言い難いが、人間の意識や感情をベースにして空間を作っていくことの正当性を述べていると理解していいのだろうか? 近代建築の「機械」に対応する位置に「エレクトロニクス装置」を配置しているが、その時点ではゲーム的仮想現実やGoogle的世界観は達成していなかったはずであり、今の時点で様相や意識が形づくる建築はどうあるのだろうか。「エレクトロニクス装置」ではないような気がするのだが・・・。

●所詮、設計は、言葉と空間の鬼ごっこなのだ。(P3)
●わかりやすく言えば、近代建築が行ったことの総体は、ミースが座標を描き、コルビュジエがその座標のなかにさまざまなグラフを描いたという図式によって説明される。建築のモデルらしく言いなおせば、近代建築とは、「ガラスの箱のなかのロンシャン」となる。(P21)
●ヒューマニズムから民主主義にわたる人間像にあっては、人間はみな同じであるとする平等の原理がアプリオリに設定され、この原理を具体化してゆく過程は自由の概念にまかされる。・・・平等の原理にたいしては、あらゆる人が立つ空間を均等にすることをもって応答し、自由の概念にたいしては、機能を捨てることによっていかなる関係も初源的に規定せず豊かな空間の変化の可能性だけを対応させた。そして両者は不可分一体に表現された。(P62)
●私たちは基本として、領域を明快に定義あるいは、規定しようとする場合はエンクロージャーを、領域を不明確に規定し領域館の相互浸透をはかる場合はフロアを、これら二者の同時存在をはかる場合にはルーフを、それぞれ表現手法として諸部分の関連性に対して適用して全体のあり方を仮構する。(P209)
●抽出された事項の多くは、事物の状態や空間の状態の見えがかり、外見、あらわれ、表情、記号、雰囲気、たたずまいなどと表記される現象であり、・・・これらの表記が指し示している空間の現象を、様相(modality)と呼んでみたい。(P241)
●近代建築:機能-身体-機械 / 現代建築:様相-意識-エレクトロニクス装置(P260)

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2008年8月 5日 (火)

福祉国家デンマークのまちづくり

 デンマークのまちづくりや社会制度が最近注目されだしたように思う。スウェーデンなどの北欧圏の中でも、さらに特徴的な社会体制が整備され、共同参加による民主主義により国民の幸福度の高い国家が実現しているという。昨年、デンマークへ留学した某先生の話では、公営住宅は「みんなの住宅」として整備され運営されているという。近いうちにデンマークの公営住宅制度についての詳しい話を伺う機会があるものと期待しているが、その予習の意味も兼ねて、本書を手に取った。
 著者は、西洋思想史を専門とする名古屋大学准教授の小池直人氏と都市計画が専門の熊本県立大学准教授の西英子氏。専門の違う二人の研究者がたまたまデンマークで出会い、お互いの研究を交換する中で、この魅力ある一冊の本が完成した。建築・都市計画分野から書かれる北欧の社会福祉・住宅問題・都市計画の専門書には、すばらしい社会制度についての紹介はあっても、その歴史的・思想的背景まではわからないことが多い。その部分を小池氏がデンマークの思想史等を解説することでカバーし、デンマークの魅力的で理想的な共同市民社会がいかに成立してきたかを明らかにする。
 デンマークのまちづくりの現場では、ガバメントとガバナンスが両立して「コ・ガバナンス(共治)」が実質化されておる。このための共同市民性に基づく社会関係資本が形成されている。それは、19世紀から続く協同的生活慣習の中で育まれ、両大戦による経済的・社会的(デンマークは一時ナチスドイツに占領されていた)苦境を市民共同性の中で乗り越え、現在の民主社会主義体制を実現してきている。
 新自由主義が蔓延し疲弊する各国を尻目に、1970年の自治体改革、2007年の再編を経て、デンマークはさらに変革を遂げようとしている。筆者たちの目は特に今回の再編がデンマークに及ぼす影響について、冷静で客観的な態度を守りつつ、その背景にある民主主義哲学に対して畏敬の念を崩していない。
 「みんなの住宅」と呼ばれる非営利セクターにより供給される「非営利住宅」を始めとする住宅政策やコペンハーゲン・コムーネ等で展開される地域再生事業など、具体的な社会制度の紹介もあり、多面的にデンマークの社会の実相と理論的背景が解説されている。なかなか興味深い本である。

●私たちは政治ということばでしばしば、(1)自由で平等な人間の結びつきというヨコの関係と、(2)支配と服従というタテの関係の二つの面を混乱しながら思い浮かべる。・・・前者の面を「ガバナンス(自主統治)」、後者を「ガバメント(政府統治)」と呼ぶことにしよう。(P20)
●「過剰に所有する者がほとんどおらず、過少に所有する者はなおさらいない。そのとき、私たちは豊かさを得ているのだ。」(P51)
●住宅は、たんに建てて住むハコモノではなく、よりよく住み、人と人とのつながりを維持する場、コミュニティへと質的変化を遂げていく。居住者は、たとえ借家であっても、一定の政治的役割をもって管理運営に参加し、居住環境の改善に取り組む共同市民であることには変わりがない。このデンマークのテナント・デモクラシーは、生活形式の民主主義のあり方を私たちに具体的に示している。(P87)
●私たちがデンマークに定着している民主主義を考察してみると、自由と平等の理念が結合しているだけでなく、もう一つの理念がそれらをしっかりと結びつけ、良好に機能させていることがわかる。それが私たちの主張してきた市民的つながりである。あるいは「共同」や「共生」といった概念で表現できる。(P167)
●デンマーク社会主義は1937年に、それらを国家レベルの綜合福祉法に統合し、たんに貧者、病者、困窮者などの社会の底辺層だけでなく、国民「みんな」を対象とする普遍的(ユニバーサル)な福祉制度として確立したのである。(P178)

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2008年7月17日 (木)

ヨーロッパの都市はなぜ美しいのか

 筆者は、イタリア・パリで長く生活し、現在は大阪芸術大学の教授を務める「環境・建築芸術学」の先生である。「ヨーロッパの都市はなぜ美しいのか」の答えは、あとがきであっさりと書いている。「それは市民の美的なものへの関心が高いからである(P296)」。そのことの是非は置いておいても、口絵の4枚のカラー写真だけでは惜しいと思うほど、イタリアの各都市や広場、噴水、さらにはパリのパッサージュやアール・ヌーヴォー、アール・デコの都市装飾の数々を豊富な写真とともに紹介してくれる。
 これらの作品紹介に加え、環境デザイナー、エットレ・ソットサスや15世紀の寄木画家、フラ・ジョヴァンニ・ダ・ヴェローナの紹介など、筆者の専門領域からの芸術家の紹介も興味深い。建築物とその装飾・広場・噴水等が形づくる造形を筆者は環境芸術と呼ぶ。ヨーロッパ都市の環境芸術に対する愛着と愛情を強く感じる。読んでいて心暖かくなる1冊である。

●秩序の美、比例の美が基底にあって、それを打ち破って自由な形に崩している。・・・この無意識的というか、自然な感性のほとばしりをイタリア語でスポンタネイタという。・・・秩序があってスポンターネオ感覚が美をつくり出しているのであり、それがあって秩序が生き生きとしてくるのである。・・・この二つの絶妙なバランスが人間的なやわらかな地中海地域の造形をつくっている。(P33)
●都市住民自身が都市のデザイナーなのである。そして文化はそのような一般市民によって支えられているのである。都市の環境芸術は、市民全体の造形感覚の水準をよく反映しているといえる。(P44)
●ル・コルビュジエの「サヴォア邸」のゆったりとしたモダニズムの建築は富裕層のものであり、下町団地のアール・デコの装飾性は貧者のデザインなのかもしれないという思いになる。・・・アール・デコとは市民の様式であった。(P230)

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2008年7月 9日 (水)

ゆく都市 くる都市

 今、都市・建築に関するエッセイを書かせたら、誰が一番うまいだろうか。それほど多くの本を読んでいるわけではないが、橋爪紳也は関西の雄の一人と言えるだろう。この「ゆく都市 くる都市」は2006年度の1年間、毎日新聞に週に一度連載してきた文章をまとめたものということで、筆者ならではの都市・建築に関する視点や見方が、一般向けにやさしく綴られている。
 筆者が取り上げる都市の断片は、タワー、遊園地、路地と広場、ビジネスセンター、水辺空間、そして金沢や釜山・上海等の新しい都市づくりを紹介する創造都市の6編。現在の都市の様相を切り取るにあたり、筆者の独創性と炯眼が窺われる。
 タワーでは通天閣や名古屋テレビ塔の今昔を紹介し、タワーの持つ近代性と現代性を描写する。遊園地では浅草の花屋敷の盛衰を眺めつつ、日本人にとっての娯楽と遊園地の意味を問う。路地と広場では、ノスタルジーを語り、法善寺横町の再生を紹介する。ビジネスセンターに都市の文化の源泉を見、大阪の水辺空間の利用に関わるさまざまな活動を紹介しつつ、縁辺であった水辺空間の再生・復権を考える。そして最近元気な世界の都市群を、「創造と想像」というキーワードで謳う。
 都市の見方、都市に対する愛情が伝わるエッセイであり、筆者の博識・博覧強記ぶりを実感する。あっという間に読み終わってしまった。そして頭にあまり残っていない。ところで住宅はどうあるべきか。

●戦後にあってもわが国の遊園地は常に米国の成功例を意識してきた。わが国における遊園地の盛衰は、私たちがアメリカ文化といかに向きあい、受容し、また時に抗い、日本人の嗜好に合うように咀嚼したのかを反映する。だとすれば首都圏域や京阪神で、あいついで遊園地が閉園している今日の状況は、コニーアイランドに由来する米国流の遊園地のあり方を、少なくともこの国の人々は消費し尽くしたということなのだろう。(P40)
●創造力が想像力を高める。同時に新たな創造が次代の想像力の源泉となる。この循環が滞ることがない限り、都市という「文明の装置」は消耗され尽くされることはなく存在し続けることだろう。都市はいつの時代にも、新たな創造を思い描きつづける人々の想像力の所産である。(P171)

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2008年7月 1日 (火)

集合住宅と日本人

 「あとがき」によれば、当初、出版社より「日本人論」というテーマを与えられ、筆者の専門に引き寄せ、集合住宅における「共同性」を主題に書き下ろしたという。それゆえか、司馬遼太郎や山本七平、丸山真男らを引用し、「日本教」に言及する部分や、政治学者として「参加」と「熟議」「包摂」といった専門用語を披露する部分など、やや難解な記述もないではないが、基本的にコーポラティブ住宅やゲーテッド・コミュニティなど住宅・建築分野の専門家には分かりやすい(専門外の人にとっては却って分かりにくいかもしれないが)事例をベースに論が展開されるので、総体的は理解しやすいし、納得もできる。そもそもこの本を知ったのは、日経アーキテクチャーに取り上げられていたからで、その点からしても建築の専門家がまずは読むべき本かもしれない。
 とは言っても、建築専門家にやさしい本ではない。特にコミュニティを大事にする建築工学者を罵倒することが目的のように、辛辣なコメントがこれでもかこれでもかと綴られている。コーポラティブ住宅はコミュニティを育てることができれば全てうまくいく、と考えるコミュニティ信奉者を批判するのみでなく、五十嵐太郎の「過防備都市」を批判するのは、犯罪不安が共同性発動の契機となりうると主張するがための、批判のための批判のように感じる。
 都市社会においてコミュニティ以上に重要なのがガバナンスであり、コーポラティブ住宅においてこそ、両者の差異が垣間見える。両者を冷静に分けて、居住者により構成される小さな社会を構築し、制度設計することが必要である。共同物の管理という局面において、全員参加のガバナンスを誘導することが、日本における新たな「共同性」の創造につながる、という主張は十分理解できる。実にそのとおりだと思う。コーポラティブ住宅を作ろうという「安住の会」の一員として、内部で主張してきた事柄でもある。
 しかし、なかなか理解されないことも事実。延藤先生はそれゆえ、敢えて延藤教の教祖「聖人」になられていると思っている。心に訴えかける言説も重要なのである。
 実は、分譲マンションの管理組合だけでなく、戸建て住宅地にも管理組合は存在する。そもそもわが家がそうであるし、町内会費を徴収している地縁組織は多い。会費を負担する住民にも新たな「共同性」の目はあるというべきだろう。結局、管理組合に新たな「共同性」につながる可能性がある、というだけで、具体的な方策が示されていないのではないか。管理組合にも悪しきコミュニティが蔓延している。そこから如何に脱却するか。日本が、日本人自体が変わらなければいけないのではないか。竹川氏のような人が出てくる、ということ自体が、日本人が変わりつつある証拠かもしれないが。

●利己主義とは、集団が存立してこそ、個人の自由や権利が守られるという単純な事実に目を覆ってしまい、ひたすら自らの利益を追求することであり、それが「共同性」を解体させていく。・・・すなわち、「制限」を前提とした「共同性」を構築しない限り、「道徳」など生まれるべくもない。(P29)
●”ガバナンス”を体現する・・・「建設組合=管理組合」の組織とは別に、会員相互の親睦、つまりは”コミュニティ”を目的とした「自治会」を組織したことも特徴である。つまり、私が示してきた”ガバナンス”という政治的共同性と、”コミュニティ”という相互交流を別ものとした考え方に通じている。(ノナ由木坂を事例にP104)
●政治的な「共同性」を備え、機能する住宅群こそを「都市」という(P160)
●「コミュニティ=全員合意」というぬるま湯に溺れ、それが「正しい」と思うことからは、新たな発想や知恵、そして他者を排除する罪悪感や「責任」は生じえない。その「正しさ」に絶えず抗うことが、他者を包摂していく回路となるのに違いあるまい。(P222)

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2008年6月 5日 (木)

西村幸夫 風景論ノート

 景観法施行の前後に西村先生がさまざまな雑誌等に書き連ねてきた論文等を集めてできた本である。副題の3つの言葉がそのまま全体3部構成の内容となっている。すなわち、景観によるまちづくりをテーマにした「第1部 都市風景の恢復と景観まちづくり」、町並み保全によるまちづくりを扱った「第2部 地域資産の顕在化と町並み保全型まちづくり」、都市再生の潮流や方向性をテーマにする「第3部 都市の再生とコモンズの復権」である。中でも今後のまちづくりのキーとなるのは「コモンズである」というのが西村先生の認識。それに異論はない。ただ、なかなか急には世の中がそうはならないのがジレンマ。でも少しずつ社会はその方向に動いている、ということをいくつかの事例等を示し重ねながら、勇気づけてくれる。
 第1部は正直なところ、景観法に沿った観念論が続き、少しウンザリ。第2部で少し目先が変わって興味がわき出し、第3部は一気に読み終えた。景観やまちづくりに対する確かな目は変わらない。加えて、世界各国の都市保全・再生施策や世界文化遺産に係る話題まで網羅する。さすが、読みごたえのある1冊。途中で挫折しそうになりつつもがんばって読み通した。

●日本人一般がコモンズの感覚を喪失してしまったわけではない。都市風景がコモンズの対象とはならなくなってしまったところに問題が所在しているのだ。・・・私的財産の権限が強かったから都市風景が混乱したのではない。都市風景を公共的なものだと感得できなくなったことによって、結果として私有財産の権利の膨張を抑える心理的メカニズムが機能しなくなったのである。(P006)
●滋賀県近江八幡市の名物市長であった川端五兵衛氏から先日おもしろい話を聞いた。-地元の人々が景観の問題を意識していく経過には五つの段階があるというのである。/最初はまったく無関心の段階。・・・第二段階、すなわち気づきの段階、景観の意識化の段階・・・「この景色はみんなのもの」という主張が生まれてくる段階。・・・「この景色はわたしのもの」と主張する段階・・・最後の第五段階は、・・・「この景色はわたしたちのもの」とする段階(P071)
●町並み保全運動の近年の傾向として、「第一に「特別な町並みからなにげない町並みへ」という保存対象の拡がり、第二に「なにげない町並みから暮らしの思いをすくい取る」という保存対象の深まり、第三に「町並み保存運動から町並み運動へ」という運動論自体の深まり」の3点があげられる。(P152)
●現在私たちが課題として直面している都市の再生-ルネサンスも、究極的には人間中心の文化運動であることによって都市の可能性を幅広く展望してくれるものになるだろう。都市の再生とは、そこに住む人々の再生、その豊かな生活スタイルの復興にほかならないからである。(P197)
●したがって今、望ましい都市空間を実現するという「空間達成型」の都市計画から、望ましい都市空間とは何かという合意に至ることを重視する「諒解達成型」の都市計画へのパラダイムシフトが望まれる。(P216)
●都市空間の成立と変容のメカニズムには三つの異なった原理が働いていると考えることができる。すなわち、居住・経済・統制の原理である。(P244)
●ローカルなルールを定めようとすると、それは一律的なものにならざるを得ない。・・・こうしたジレンマを克服して、統治原理まで一歩踏み込んだ新しい次元のまちづくりを実現させることは可能なのか。・・・その答えは、ルールの内容にあるのではなく、ルールのあり方に見出せるのではないだろうか。つまり、答えはルールを合意するに至るプロセスをマネジメントすること、すなわち合意形成の仕組み自体にあるといえる。(P253)

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2008年5月25日 (日)

集合住宅物語

 同潤会青山アパートを筆頭に、全部で39の集合住宅が訪問記録と豊富な写真で紹介されている。上下2段組み348ページの大部だが、半分近くは写真なので、思ったよりは早く読み進めることができる。
 それにしても楽しい。冒頭の青山アパートや同じ同潤会の鴬谷アパート、清砂通アパート、大塚女子アパート、さらに旧東京市営古石場住宅や旧徳田ビルなど、既に取り壊されてしまった建物も多く取材・掲載されている。清砂通アパートの屋上から両国の花火見学をしている写真など衝撃的なものも少なくない。もちろん植栽の豊かさや手入れの行き届いた古さは、懐かしさと人間的な温かさを感じる。
 しかし、取り上げられる住宅は戦前の古いものばかりではない。新しいものでは代官山ヒルサイドテラスや中銀カプセルタワービル、桜台コートハウスなども取り上げられている。1980年代初頭完成までを対象に、その後の住みこなした結果を追っている。

●集合住宅とは、建築をそのままのものとして見ることができないビルディング・タイプである。問題を探らざるをえない面倒な建築。住む人にとっては戦わざるをえないやっかいな建築。だからこの先につながる。(P348)

 また、集合住宅といっても、同潤会や公団などのRC造の団地タイプのものばかりではなく、寮や下宿、長屋、店舗併用住宅、テラスハウス・タイプのものや老人ホームまで人が居住するものならほとんどを網羅している。なかでも興味を引いたのは「スペイン村」。もちろん三重県のテーマパークではなく、戦前に建築された低層木造集合住宅だが、紹介文によれば5棟の建物が思うがままに組み合わされ「窓と壁がとりとめもなく増殖し、ふしぎな家のイメージの迷路に入りこむ気分になる」という。
 他にも、谷中の西河さんが居住する(写真にもその姿が写っている)谷中四軒長屋など私も見てきたものもいくらかはあり、うれしさを覚える。代官山ヒルサイドテラスは今度ぜひ見てこようと思った。もちろん取り上げられた全てが一度は見てみたいと思わせる。もう見られないものも多いのが残念だが・・・。

●この時点(関東大震災後)で創出しようとした集合住宅については不燃不壊の性能に加えて、新しい都市建築としての意匠が不可欠のものとして求められたにちがいない(P28)
●再開発せざるをえない。高密度になるのは必至である。当然、この75年前の集合住宅団地をはるかにしのぐ空間の仕掛けが用意されていなければならないのだが、そこがなかなか見えてこないままに「新しさ」だけを頼りに東京が変身していく。(P29)
●平坦な埋立地、直線直角の道と路地、均一の街区、木造二階建ての長屋、植木鉢、これらは人間的環境をめざすという現代の計画手法がむしろ回避してきた、あるいは採り入れようのない要素である。つまりどちらかといえば非常なほどの配置計画と、そこに住み着くための歳月とが合わさったとき、人が集まって住む光景の本来性が現出する。(P101)
●円や四角の窓は、いまみたいにただの開口部ではなく、このころの街ではそれがまさに記号としての窓でもあることで新しい驚きを見る者に呼びさましたのである。(P124)
●日本の社会は金でまわっている。けれどもほんとうに必要なのは知恵なのだ、と村上さんはいう。町づくりは人間がいちばん大切なのに、阪神大震災を見なさい、町にいた人たちは帰ってこない。帰れない。人間がいなければ町にならない。(P261)

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2008年5月20日 (火)

地域は「自立」できるか

 「はじめに」の冒頭、「この半世紀の間に、地方圏での生活は中小都市についても農山村についても、所得水準と生活環境の両方で確実に向上してきた。都市と地方の間には、統計でみる所得格差はあるが、一人あたり地域所得でみると先進諸国の中では格差が最も小さい国に属するし、過去半世紀にわたって傾向的に縮小してきている。」という書き出しにぎょっとした。続いて「都市と地方の格差是正が、わが国の課題とされている。しかし改善しなければならないのは、・・・都市と地方の意識の断絶のように思う。」と書かれている。当然ながら、地域格差に係る最近の論調や実態に目をつぶろうとしているのではなく、逆にその真相を見極めようとする強い意思が『地域は「自立」できるか』という本書のタイトルにも表れている。しかも著者が描く地域自立に向けた処方箋は、経済学の基本をベースにしたものであり、経済学に門外漢な私には、経済学を基礎から学んでいる気がする。
 「プロローグ-都市と田舎の断絶」と名付けられた第1章では、現在の都市と地方の間で起こっていることを概観する。一言で言えばそれは「持ちつ、持たれず」の関係から「援助する側、される側」の関係になっている、ということだ。それはお互いにとって幸せなことではないし、日本全体にとっても「力強い将来はみえてこない」と指摘する。
 その上で、その後5つの章に分けて、地域の自立問題を検討していく。第2章の「地域格差は拡大しているか」では、経済成長と地域格差の実態を検証し、「地域内格差」こそ問題であることを指摘する。と同時に、上からの経済政策ではこの課題は解けないことを暗示して、第3章の「多様な自立の意味」につなぐ。「人口減少社会において、地域の活力と国の力を」維持・向上させるための軸となるのは「人の移動と交流が生みだすダイナミズム」であるとし、その前提となるのが「地域の自立」であると言う。この自立を以下、「ブロック圏の自立」と「地方中小都市・農山村の自立」に分けて、それぞれ続きの各章で詳細に検討する。
 「ブロック圏の自立」の重要な要件は「各圏域が地域自前の国際戦略をもち、日本や世界の各地域と東京経由でない独自のネットワークを構築すること」。「地方中小都市・農山村の自立」については「地域の住民が、自らより良い生き方ができるよう考え行動する姿勢をもち、参加して取り組むこと」が重要だと第3章の最後にまとめられている(P63)。
 第4章「ブロック圏の自立」は全総が経済発展に果たしてきた役割等を検証し、道州制等も視野にブロック圏の自立に向けた体制整備や取り組みの方向について述べている。個人的に興味があるのは第5章「地方中小都市・農山村の自立」である。この章は、全体としては「新たな公」への期待が述べられているが、2項、3項では「限界集落」「二地域居住」を取り上げ、考察を重ねている。基本的に限界集落切り捨てに批判的であり、第6章にもつながるが、都市側の地方観の反省を促している。
 第6章のタイトル「集約化で地方はどう変わるか」の「集約化」で指している施策は次の4つである。「生活支援機能の集約化」「居住地域の集約化」「行政機能の集約化」「働く場の集約化」。このうち「居住地域の集約化」については前章に続いて明確に反対をしているが、その他の集約化についてはある程度やむを得ないというスタンスである。これらの集約化を支えるのは「新しい公」であり、その背後にある「多様な住民の参加」が重要だというのが著者の主張だ。
 第7章「エピローグ」では、「経済は、どこの国でも不均衡に発展する」として、「効率」と「公平」をいかにコントロールするかが経済政策の基本である、と経済学の基本的認識を示している。経済学を学んだ人には当たり前のことかもしれないが、意外にこうした論説が目新しい。従来のような経済発展が見込めなくなった時代における公平性施策の実施が難しいことは理解できるが、やりきらねばならない。著者はそれを「多様性と連携」に求めようとしている。地方の真価が問われている。

●1950年代の高度成長期から70年代の安定成長期を通じて、大都市と地方は互いに「持ちつ、持たれず」の関係にあり、・・・それが日本の高度成長を支えてきた。しかし大都市と地方の蜜月時代は終わり、両者の間には「格差」という言葉だけでは表されない「意識の断絶」が感じられる。(P3)
●行政の存在理由は市場経済の欠陥を補完することだが、これまで政府と市場経済の圧倒的なパワーに押されて、地方自治体の力の弱さが目立っていた。地域の全体を鳥瞰し、将来を視野に入れてコーディネート機能を発揮するのは地方自治体の役割であり、地方自治体はそれに応えうるような人材を育成しなければならない。(P52)
●自然界については、希少種の保護が熱心に行われている。(それは)それが他の種にも及び、遂には人間にも及ぶといった生態系の連鎖があるからだろう。類似のことは、都市と農山村の関係についてもいえるのではなかろうか。(P119)
●市場の失敗を行政が補完することは必要だが、これは行政がすべての業務を直接に行わなければならないことを意味しない。・・・行政の責務は、行政が住民に提供することになっているサービスが確実に住民に提供されることを保証し、それを統括することであり、いわばコーディネーター機能を担うことである。(P149)
●経済政策で「効率」と「公平」は車の両輪だが、・・・「パイを大きくしてから、分配を考える」というのは厚生経済学の基本である。・・・経済は両者のバランスを意図的に崩しながら運営される。(P153)

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2008年5月 1日 (木)

郊外の社会学

 先に読んだ「団地が死んでいく」では、「郊外団地を救うのはコミュニティ」という一般論が述べられていた。「コミュニティを再生する」とは耳に快い言葉だが、現代社会における郊外団地において「コミュニティ」とはなんだろうか。我々は郊外をいかに生きているのか。
 本書では、郊外生活の実質的な貧しさやコミュニティの希薄さ等による郊外問題の発生を述べる、三浦展の『「家族」と「幸福」の戦後史』や宮脇檀の『都市に住みたい』などを再三引用しつつ、こうした今やステレオタイプと化した郊外観を批判的に検証していく。そして、郊外都市である町田市の旧地主の子どもとして育ち、現在はつくばエクスプレス沿線の典型的な郊外住宅地に新住民として暮らす自身の経験を引きながら、現代社会と郊外居住の関係をじっくりと紐解いていく。
 郊外とは何か。それは、都市や農村にかつてあった伝統や地縁を持たず、それらのしがらみの先に合理性や先進性といった「いまだ来たらぬ」夢や未来を期待する場所。都市との間の中心/周縁性と、マイホームという「家庭」家族と田舎とつながり続ける「家」家族という二重関係の中に生きる存在。失われたコミュニティの再生という神話や広告の心地よいコピーライトといったメディアの言説に確信的に踊らされることにより自らの存在を肯定しようとする生き方。
 我々の多くは既に郊外で長く生活を続け、その中で生まれ育ち独立して新たな生活を始める郊外二世までが生まれている。地方で暮らし続ける人も多くは郊外居住者と変わらぬサラリーマン生活を送り、そうでない者もすっかり大衆消費社会の中で生きている。いまや郊外生活は現代日本人全員の標準的な生活様式であり、現代社会の生き方そのものである。副題の「現代を生きる形」というタイトルがまさにそのことを示している。
 こうした認識の下で、現代社会の生き方を語り、住まい方を明らかにする。そこには郊外こそが諸悪の根源といった郊外蔑視ではなく、郊外も含め現代社会の病巣や矛盾を真摯に見つめようとする冷静な社会観が伺える。読んでいて発展性を感じる楽しい書物だ。

●確固とした伝統も歴史もあらかじめあてにできない場所で、それでも他人とかかわり、自己の幸福や満足を希求し、さまざまな打算やごまかしも織り交ぜながら、人は他者たちとある関係のつながりを作り、そのつながりが時のなかで折り重なっていく。そんな人びとの空間的かつ時間的なつながりのさまざまな形や様相が「社会」である。(P037)
●かくして郊外という都市の周辺であり、都市と農村や地方の間である場所は、かつてあったものが「もはやないこと」と、新たに到来すべきものが「いまだないこと」の間の両義的な場所として現れる。(P066)
●郊外は中心都市との関係において郊外たりえる。だがここで見てきたように、都市に出てきた人びとが営む「家庭」家族を中心とする「マイホーム」の空間である郊外もまた、「いなか=故郷」や、郊外のなかに古い地層としてあり続ける「家」家族との関係のなかにもある。(P131)
●こうした町内会の祭りや盆踊りは、・・・かつてあった村や地域の祭りや、明治以降に地域のイベント化した運動会をモデルとして、そこにたしかに「地域」があることを演出し、上演するイベントなのだ。(P138)
●共異体=共移体を生きる人びとにとって、共通の文化や環境は地域の中にではなく、地域を越えたメディアや大衆消費文化のなかにあるのである。(P180)
●郊外を生きるとは、郊外という具体的な場所と社会で、現代の社会を生きるということだ。(P206)
●郊外とは、互いに異なる属性や利害をもつ人びとが、たまたま住むことを選んだ場所であり、広い領域を日々移動しながら共にある、共異体=共移体化した社会における住まい方と生き方の場所である。(P218)
●かつてそこにあったものも、そこで起こり、生きられたことも”忘れゆく場所”であること。互いに互いを見ない場所や人びとの集まりや連なりであること。そこに郊外という場所と社会を限界づけるものがあると同時に、人びとをそこに引き寄せ、固有の神話と現実を紡ぎ出させてきた原動力もある。そんな忘却の歴史と希薄さの地理のなかにある神話と現実を生きることが、郊外を生きるということなのだ。(P221)

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2008年4月21日 (月)

団地が死んでいく

 著者名を大山顕氏と勘違いして思わず手に取った。大山顕氏とは住宅都市整理公団のサイトで有名な団地マニアだが、こちらの大山眞人氏は老人問題など取り上げているノンフィクション作家。自ら市営住宅に居住し、最近団地内で発生した孤独死事件から団地の問題に目覚めた、とのこと。
 「『孤独死』にいたるにあたっては、・・・住宅そのものにも大きな原因があるのではないかと推測した。・・・つまり『団地が孤独死を生んでいる』とはいえないだろうか。」(P15)という推測のもと、団地問題に立ち入っていくのだが、ハード的な要因も少しは指摘されるものの、結局最後は「孤独死予防の最善策は、『コミュニケーションの確立』しかない。」(P193)という結論に落ち着くわけで、当たり前といえば当たり前。もちろんその目的を達成するためには、事業者側の努力だけでは足りないが、事業者側の配慮も必要。この結論に落ち着くまでに、公営やURの建て替え団地や建て替えられなかった団地のレポート、日本の住宅施策の歴史の研究や同潤会アパート調査、各地の孤独死予防施策の研究などを行っており、著者の勉強におつきあいしながら総括的に勉強できるのは、多少は意味あるかも。それにしても最初の推測に基づく偏見におつきあいしていくのは結構不快でもある。
 ということで、推薦はしませんが、こんな本もありました、という紹介です。

●さらに2DKなら玄関扉脇に窓があるが、1DKは扉だけ。玄関からなかの様子をうかがうことは不可能だ。つまり構造的な問題が「死角」を生んでいるのだ。(P55)
●閉じこもりは孤独死につながる。村は民生委員を通じて接触を図るが、なかなか応じてもらえない。そこで考え出したのが、「子どもヘルパー」の存在だ。(P158)

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2008年4月16日 (水)

地域の力

 副題に「食・農・まちづくり」とあるように、国内の食や農を中心とする各地域の自立的なまちづくりを紹介している。全部で8章。第1章は島根県雲南市の酪農を中心とする地域自給のまちづくり。第2章は相生市、四日市などの商店街の取り組み。第3章は徳島県上勝町の「いろどり」の活動。第4章は愛媛県今治市の学校給食を核とした食育と地産地消の取り組み。第5章では北海道における地域に根ざした畜産と有機農業推進行政。第6章では高知県檮原町等の林業における取り組み。第7章は富山県富山市のLRTと高岡市の三セク。そして第8章では東京都練馬区の体験農園の事例等を紹介している。
 高齢者がつまものの栽培採取を行い事業として成立させている「いろどり」の取り組みや富山市のLRTなどは最近有名なので、他の雑誌等でも読んで知っていたが、著者の専門分野である食と農の様々な取り組みもどれも興味深く面白い。特に第4章の学校給食の取り組みは、本来の食育のあり方を問うものであり、最近の食育基本計画等を眺めて「なんだこれ?」と感じていた私としては、「こういう意味の食育であればわかる!」と納得のいくものであった。
 この本は、地域活性化のための事例集ではなく、自給率が最低であり、今になって食の安全に色めき立っている日本にとって、食とは何か、農とは何かと問う啓発の書と言える。私も家庭菜園を始めて数年になるが、改めて勇気づけられた思いがした。これからもがんばろうっと! 肩を無理しない程度に、ね。

  • 「商店街はまちに根を張っている植物で、大型店やチェーン店は獲物を求めて生きる動物です。動物が来て、食い荒らし、植物を枯らして去っていけば、まちは荒廃します。でも、植物が自分の役割をきちんと果たし、林や森をつくっていけば、まちは残れるでしょう。(P43)
  • 「地産地消とは、地域の自然のなかで、いのちの循環をつくり出すもの」であり、農業は地域の風土のなかで育まれてきたものだから「地産地消の食は文化」なのである。(P74)
  • 本来の食育とは、このように食と農と環境と平和を視野に入れたものであるはずだ。(P91)
  • 多様な生きものが共存する牧場で、人間が食べられない国産のエサを食べて健康に育つ牛や豚。その美味しい肉を適量、食べる。それが日本人にとっての肉食のあり方ではないか。(P108)
  • いまこそ、本気で自動車走行量の削減をめざす政策を取り入れるべきではないだろうか。(P172)

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2008年3月21日 (金)

東京の果てに

 昨年2月に愛知県でも愛知県住生活基本計画が公表された。この作成に少なからず関わってきた立場から反省するに、この本をもう少し早く読んでいればよかった。もっとも2006年10月では既に各県も計画の内容はほとんど固まっていたに違いないし、そもそも国もそういう方向になかった・・・。
 昨年の住宅セーフティネット法以来、公営住宅のあり方について考えている。本書でも日本の住宅政策の方向に対する批判が書き連ねられている。しかし明確な方向の提示はないようだ。そもそも最初の入口が間違っている。しかし現状で新しい入口を選択するのはほとんど不可能に近い。出発地点を変える必要がある。
 「東京の果てに」というタイトルから、いわゆる東京問題を扱った書籍だと思い込んでいた。神戸大の平山さんが東京まで殴り込みに行ったかと。もちろんベイエリアを中心に一部の「ホットスポット」でのみ展開される東京の都市政策は異常と言える。それが何によってもたらされ、何を生み出すか。その点も的確に暴いていく。しかしこうした東京独自の問題だけでなく(もちろんその反作用としての地方問題はあるとして)、東京に起きている問題はそのまま地方、いや日本全体の問題でもある。第2章の「再生と分裂」は「ホットスポット」の対極にある「コールドスポット」の問題を明らかにする。
 そして第3章「梯子を登る」では、これまでの住宅双六と公営・公庫・公団の住宅施策の3本柱に代表される「住宅のメインストリーム」が不安定化し、一極集中の「東京の世界都市化」戦略と同様に視点に立つ「住宅システムの市場化」によりズタズタと破断されていく状況を描き出す。まさに全国における住宅政策の問題である。
 「東京の果て」は至る所に現れている。第4章で扱う墓地の問題も然り。それにしても、現代都市に現れているこれほど多様な問題を、不安定化する社会のもとでの都市の多様性という視座のもと、総合的に見抜き統合する手腕は、「平山洋介、ただ者ではない」という感を改めて持った。
 最後に、第3章で取り上げられた「ベビーブーマー/ベビーバスター」という視点と調査結果を非常に面白く読んだ。私も平山氏と同じベビーバスター世代として。

●都市に生成する空間が深みをもっているのは、複数の欲求と声が絡み合っているからである。・・・この複数性と複雑性は都市にとって大切な価値である。(P9)
●都市再生のための政策はメガ・プロジェクトの建造を突出させ、空間の分裂を促した。・・・しかし、東京の空間分化は市場経済だけでなく、政策介入によって拡大した。”ホットスポット”に大量の援助を与え、”コールドスポット”をいっそう冷却し、都市の空間と経済を切り分ける、という人為の力が東京改造を形づくった。(P144)
●不平等を望ましくない状態とみなし、その緩和のための資源投入に社会が同意する、という前提があってはじめて不平等は社会問題に転化する。・・・住まいを「自由な選択」と「私的な消費」に委ねるのであれば、そこから生じる差異が社会問題と認められるとは限らない。住宅資産のキャピタルロスを持家購入のタイミングを誤った「私的な消費」の不運とみなす考え方がある。(P181)
●地方政府が望むのは、中間層の住宅市場を拡張し、納税力と消費力を備える人口を確保する方向性である。・・・公営住宅は低所得者を呼び寄せ、税収の伸びに寄与せず、福祉関係の財政支出を増大させる。・・・セーフティネットを縮小する圧力が高まるなかで、住宅政策の分権化が進むのであれば、低所得者向けの施策はいっそう減退せざるをえない。(P226)
●将来の予測可能性が低下し、不確実性が増しているからこそ、都市の多元性を尊重し、その複雑さとの交際を深めるべきではないか。(P263)

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2008年3月14日 (金)

負ける建築

 負ける建築家・隈研吾が最近注目を集めている。それも一般誌で。遅ればせながらその魅力の一端を知りたいと、本書を手にしてみた。そして「はじめに」と第1章の「切断、批評、形式」で、その社会と建築を見抜く卓抜な視点に圧倒された。非常に面白い。最近読んだ中では圧倒的に面白い。
 この本は、1995年以降に様々な媒体で書いてきたものをまとめて作られている。1995年以降に起きた3つの出来事。阪神・淡路大震災、オウム事件、9.11事件。それらの事件が示したものは、建築の限界と脆さだった。建築は壊れるものであり、幻想である。その自明の事実から「負ける建築」という氏の主張が生まれる。
 「負ける建築」とは、今までの強く虚勢を張った建築、それへの欲望から自由になった建築。その実態は、多分、自然に根ざし、自然の中に解体消化されていく建築。
 氏の設計した建物を私はかつて一度だけ見たことがある。登米町伝統芸能伝承館。竹林の中にひそんだ建物は、既に「負ける建築」の方向性を示していたように感じる。
 そして最近の耐震偽装事件やサブプライムローン問題もまた、氏の言う強い建築、虚勢を張った建築の限界・臨界点を明示していると言える。時代は氏の予言のとおりの様相を示しつつある。建築の未来は、いや建築の真相は未来という時間軸でない位相にあるのかもしれない。たった一つの石ころという建築。

●建築は確かに嫌われて然るべき、さまざまなマイナスを有している。まず大きいこと。・・・次の要因は、物質の消費である。・・・さらに嫌われるのは、取り返しがつかないこと。・・・しかし、世界という膨大なヴォリュームと比して、建築の絶対的ヴォリュームが無視できるほどに小さい時、三つのマイナスは逆に、建築の美点そのものであった。大きさ、浪費、長寿を求めて、人は建築を作ってきたのである。(P002)
●建築はすでに溢れ、過剰であったが、それでも建築に抑制はかからなかった。・・・なぜならば・・・建設するという行為を必要としていたからである。・・・二つの強精剤がすぐにも思いうかぶ。ひとつは持ち家政策であり、もう一つはケインズが提唱した政府による財政出動であった。(P004)
●政治的には国歌対市民という二項対立、経済においてはサプライサイド対デマンドサイドという二項対立。これらはすべて形式対自由という対立構造の変奏である。・・・形式から自由へと弁証法的に移行せよという議論は、建築論においても支配的であった。(P076)
●「負ける」レトリックの裏側で、またしても建築という「結果」の強さが隠蔽される(P083)
●空間という概念も、同様に、建築の民主化における、重要な概念であった。・・・なぜなら、受け手という主体は、実態の部分にではなく、空間に棲んでいるからである。・・・そして空間への指向性の先には、表象への指向が控えていた。・・・実態から空間への転換があり、その延長上にすべては表象として出現するという表象主義があり、さらにその先に、厚みや陰影を徹底的に排除した表層的な建築表現が生まれたのである。(P102)
●世界の膨張をマネージするために建築が生み出され、視覚が命じるままに建築は高く、高くのびていった。同様に膨張によって不安定化した経済をマネージするためにケインズ経済学が登場し、政治においては世界の大きさに対する最も公平で合理的な方策としてデモクラシーが登場した。しかし・・・それらすべての方策が、・・・かつての有効性を喪失し、挙動不安定に陥っている。(P228)

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2008年3月11日 (火)

季刊まちづくり18

 特集「コンパクトシティの戦略」。特別企画「移住・住み替え支援最前線」に惹かれて購入。
 コンパクトシティ特集は、今話題の富山市、青森市に加え、山口市、小田原市の事例報告。さらに高松丸亀町のコミュニティ再投資会社の事例。巻頭は福川裕一先生による「中心市街地におけるまちづくり計画の作り方」で佐原市の事例を挙げて中心市街地活性化基本計画の本質について論評している。
 移住・住み替え支援は、H&C財団の「住み替え支援活動ガイドブック」の作成に協力した(株)アルテップにより施策事例がわかりやすく整理されている。
 しかし、いつもながらその他の地域レポートの方が面白い。真鶴町の職員による「第2回「美の基準」が生み出すもの」は現在の運用とその成果がみられて興味深い。地域探訪「地域の生き延びる『原則』を求めて」の青森県むつ市大畑町の「大畑原則」、地域レポート「大阪の長屋を活かしたまちづくり」、町並みインタビュー「笹原司朗|らしさを捨てろ―長浜の挑戦」などもそれぞれ興味深い。都市空間の構想力「個と全体」も実体験を思い起こし納得する。

●大畑は漁師が生存をかけて自然に立ち向かう場所である。同時に「喰う」ために周囲の自然環境を維持しなければならない場所でもある。「地域社会は地域資源がかれずに蓄えていることが喰うことの基本だ。(P18)
●プランが事業の絶対的前提ということではない。・・・必要なのは適切な「開発」である。その場合でも、開発には地域の合意、そしてそれを文書化したビジョンやプランが必要である。・・・つまり・・・町づくりには、つぎのふたつの柱が必要である・・・(1)合意形成のシステム (2)開発のシステム 前者を文書にまとめたものがプラン、後者がプログラムである。(P21)
●できれば少ない投資で効果の高い方法がいい。だから町並み保存で都心再生が成功するのである。(P60)
●「美の基準」がレビュー型の基準として、個別の敷地の具体的な特徴を元に、当事者による最適解を探っていく双方向型協議に基づき実現を図る基準であることが明確になった・・・窓口で声を荒げる者もいる。「誰がふさわしい色を決めるんだ!」。即答する。「あなたと我々、当事者です」。(P80)
●一つの箱に収まらない建築が都市を廊下として色付ける(P104)

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2008年2月24日 (日)

錯乱のニューヨーク

 70年代末、アムステルダム生まれの建築家・レム・コールハースは一介の建築物も設計していない中で、メトロポリスと銘打った建築事務所OMAを開設し、この書を世に問う。マンハッタンは如何にしてメトロポリスとなったのか。マンハッタンをマンハッタンたらしめた原理は何か。「マンハッタン島に最初に住んでいた種族とは?」から始まる前史では、いくつかの先住民とのやり取りの後、1807年にシメオン・デウィットら3名で組織された委員会が、マンハッタンの地表に「究極的かつ決定的」な提案を行う。南北に走る12本のアヴェニューと東西に走る155本のストリート。こうして区切られた2028個のブロックは、その後のマンハッタンの開発と建築を決定的にしてしまう。そして1853年に開かれた第1回ニューヨーク世界博覧会に展示された針と球はその後のマンハッタンの建築的ボキャブラリーに根源的な役割を果たす。
 第1部で描かれるコニーアイランドの狂想曲は無限の欲望と空想で形作られていくマンハッタンの運動原理の源を明らかにする。コニーアイランドは火災でその全てを焼失するが、そこで描かれた夢と欲望は、空前の好況の中でマンハッタンに何本もの摩天楼を生み出していく。そして1916年に定められたゾーニング法はマンハッタンに新たな原理を持ち込む。「ユートピアの二重の生活-摩天楼」と題する第2部は、フェリスのレンダリングやウォルドーフのアストリア・ホテルの物語を描きながら大恐慌の前後における摩天楼を巡る人々の狂奔の様を語る。1931年に開催された「現代の祝祭 炎と銀による幻想世界」と題する舞踏会はいかにも奇妙だ。マンハッタンで活躍する希代の建築家がそれぞれが設計した建物に似せた衣装「摩天楼ドレス」を着て壇上に並ぶ。P219の写真はその異様さを余すところなく伝える。
 第3部はロックフェラー・センターを巡る歴史とデザインの物語。そして第4部にはダリとル・コルビュジエが登場する。ここまで、難解にして異様な歴史に戸惑っていたが、この第4部の書きぶりは非常に分かりやすい。ル・コルビュジエに代表される現代建築の理論はマンハッタンにおいて如何に消化され、そして呑み込まれてしまったか。マンハッタンは現代建築の理論さえ葬り出し、自らの運動理論で駆逐する。以降はその後のマンハッタン考である。補遺でコールハース自身のマンハッタンデザインを提案する。この提案がマンハッタンの物語と理論を如何に乗り越え、次代の理論を提案しているのか、よくわからないが、レム・コールハース設計の建築物が魅力的なことは確かだ。それは多分こうしたその地の文脈を読む中で生まれてくるものなのだろう。レム・コールハースはこの書で建築界をあっと言わせ、今や押しも押されぬ現代の大人気建築家になった。

●マンハッタン(は)・・・その実験の中で都市全体は、人工的な体験の生産工場と化し、現実と自然はともに存在をやめてしまったのである。(P010)
●針と球はマンハッタンの形態的ヴォキャブラリーの両極端を構成し、その建築的選択肢の両外縁を形作っている。・・・個々の独立したマンハッタニズムの歴史は、・・・結局のところはこのふたつの形態が演ずる弁証法の歴史である。(P041)
●容れものと内容の間の故意の断絶の中に、ニューヨークの建設者たちは・・・建築的なロボトミーを実行する。・・・かくして、聳え立つモノリスとしての建物は、外部の世界に対して、常に内部でせわしなく行われている変化の苦しみを覆い隠してしまう。(P168)
●「今や失われてなくなった」数々の段階の建物を–単一の場所、単一の時間点に−すべて同時的に存在させるものなのである。初期の建物を保存するために破壊することは必要な行為なのである。マンハッタンの過密の文化では、破壊は保存の別名である。(P257)
●ル・コルビュジエは、摩天楼の衣をまず剥ぎ取り孤立させてから、最後に高架道路網によって摩天楼同士を結び合せ、・・・過密の問題を解決してみせるのだが、ところが同時にこれによって過密の文化の息の根をも止めてしまう。(P423)
●ル・コルビュジエは結局マンハッタンを呑み込むことはなかった。マンハッタニズムは、喉につかえながらもとうとうル・コルビュジエを呑み込んで消化してしまったのだ。(P466)

2007年以前のログは(遊)OZAKI組「STOCK YARD」

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