すまい・まちづくりノート

2013年10月 8日 (火)

居場所としての住まい

 筆者の小林秀樹と言えば、つくば方式定期借地権住宅で有名だが、「ナワバリ学」と言われると、「何それ?」と思ってしまう。しかし、「あとがき」によれば、そもそも大学院生時代の研究テーマは家族のナワバリの研究だったそうだ。現在の千葉大に赴任後、再び研究を再開したという。
 「ナワバリ学」と言っても動物の生態学ではない。もちろん小林氏のこと、住宅や施設の利用者による領域研究といった意味だが、住宅の場合は家族の状況と切り離せない。まず、集団による領域決定のタイプとして、「順位制」と「ナワバリ制」があることを紹介。その上で、順位制・衡平制・領域制・共有制の4つの行動様式に、相互依存的か独立的か/水平的関係か垂直的関係かの二つの人間関係軸を組み合わせ、8つの集団タイプを説明する。
 封建集団・二律集団・能率集団・自立集団・棲分け集団・協同集団・友愛集団・温情集団の8つだ。このうち、日本の家族は、封建家族、温情家族、友愛家族の三つが混ざり合っていると説明する。家父長制を典型とする「封建家族」は依然残るものの、母親が主導する「温情家族」が多くなり、子どもの成長とともに母親と子どもの関係を中心とした「友愛家族」に変化していく。確かにわが家を振り返ってもそのとおりだと思う。
 これに対して、アメリカ中流家庭では、水平的集団主義を希求する「協同家族」をめざしつつも、子どもに対する親の権威が強く、かつ自立を促す「二律家族」であることが多いという。
 では、なぜ日本の家族は「温情家族」になったのか。それは屋内で靴を脱ぐ「床上文化」がその要因だと指摘する。なるほど。
 第4章以降は、上野千鶴子や山本理顕らのLDK論争などを紹介しながら筆者が考える理想の間取りを語る「理想の間取りとは」、三世代同居住宅の造り方を語る「三世代同居の深層心理」、シェアハウス等のシェア居住の住まい方を研究する「ルームシェアのナワバリ学」と続く。そして最後の第7章は小林氏が解説する「日本の住まいの近代史」。この章の中心は、中廊下型は座敷直入型から変化したという青木正夫説。そしてDK普及に果たした公団の意図と結果の顛末も面白い。
 「おわりに」で書くように、「住まいとは、本来、保守的なものであり、床上文化に代表される持続する住文化の力が強く働いている。と同時に、様々な社会状況を受けて変容する力の影響を受ける」。それゆえ、「革新的な提案が失敗したり、逆に、予想外の変化がみられたり」(P201)する。だからこそ面白いのかもしれない。単身者の増加やシェア居住など日本の住宅はまだまだ変化していくだろう。筆者の言う「ナワバリ学」はまだまだ活躍する場面がありそうだ。

●個室のあるナワバリ制に求められる行動様式とは、自分の意思をしっかりと表明するとともに、相手と意見交換して合意することを重視するものだ。というのは、ナワバリ制は、互いの接触を避ける仕組みであり、意図的に言葉を交わさなければ相手と意思疎通することができないからだ。このため、順位制に求められる空気を読むという態度だけでは、家庭生活を円滑に営むことができない。(P6)

●日本では、床上文化を背景として、母親による添い寝の習慣が根強い。このことは、母と子の一体感を育み、家族は温情集団としての性格を強めるだろう。親の養育態度は、時代とともに変化するし、社会階層や住環境でも変わる。しかし、日本では半世紀もの間、ほとんど変わっていないとすれば、その背景には、時代変化を受けなかった強固な理由が存在しなければならない。その理由が、床上文化にあるというのが、私の一貫した認識である。(P63)

●nLDK住宅が示すのは、眼の前にある家族の実態ではなく、家族はこうありたいという人々の願いではないだろうか。私たちは、夫婦仲良く寝室を共にしたいし、子どもを平均二人はもちたいと願う。・・・そのような願いが、3LDKの住まいとして定型化されるのである。住宅市場では、子どもがいない夫婦や、子どもが一人の世帯でも、資金に余裕があれば3LDKを購入しようとするそうだ。そのほうが中古になっても売りやすいし、また将来、家族が増えても対応できるからだ。このように、ある種の規範を背景として、住まいは3LDKの定型に収斂していく。その結果、個人の生活の実態とは必ずしも一致しないのである。(P84)

●公団の目的の・・・もう一つは、政府の資金不足を補うために、民間資金によって住宅づくりを進めることであった。このため、家賃は高かった。そこで、高い家賃にみあう付加価値として公団が注目したのが、ダイニングキッチンだ。・・・当時、ステンレス流し台は高価な輸入品であった。・・・そこで、公団は大量発注できる強みを生かして国産化を呼びかけ、それに応えたのが、当時は小さな町工場にすぎなかった菱和(後のサンウェーブ)だ。試行錯誤のすえ、ついに価格を約1/4に引き下げることに成功し、これ以降、一般の戸建て住宅でも、ステンレス流し台が普及していくことになる。(P184)

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2013年10月 1日 (火)

自治体のエネルギー戦略

 東京都庁の大野氏の著作ということで気になっていた。前に岩波新書から発行された「都市開発を考える」は今でも自宅の本棚に置かれている好著の一つだ。あれから20年余。大野氏は東京都庁で約15年前にそれまでの都市行政から環境行政部署へと異動され、東京都の環境行政をリードしてきた。本書は大野氏の環境行政における成果をアメリカ各都市の動向と合わせて報告したものである。大野氏も既に60歳。7月には東京都環境局長を退任し、自然エネルギー財団事務局長に転進した。「あとがき」にあるとおり、まさに「卒業レポート」と言える。
 一方、「都市開発を考える」は「キャリアーを本格的に始める直前に書いた、『選手宣誓』ともいうべき書」(P231)と自ら書いている。埃を被った「都市開発を考える」を取り出し、パラパラと読み直してみた。確かに、TDRやPPPなど当時のアメリカの最新の都市開発手法を紹介しつつ、これらを批評的に取り上げ、日本の都市づくりについて、「公正で開かれた開発プロセス」「住民参加」「自治体の都市づくりの権利」を提言している。まさにバブル終了期における都市開発の書として先駆的な内容だ。かつ読みやすい。続いて刊行された「現代アメリカ都市計画」に対する感想もべた褒めの様相だ。
 さて本書である。第一部でアメリカの各都市と州の取組みを紹介する。ニューヨーク市の環境都市プラン「プランYC」の策定とグリーンビルディング施策、北東部諸州による地域キャップ&トレード「RGGI」、カリフォルニア州のキャップ&トレード制度導入に伴う住民投票の状況などだ。これらを読むと、環境政策は都市政策として取り組まれていることがよくわかる。大気汚染対策との同時達成を目指す「コベネフィットアプローチ」なども参考になる。
 そして第二部では東京都での取組みが紹介される。1960年代からの公害行政、2000年からの地球温暖化対策計画書の導入から続く取組みの上に立って、2008年の東京型キャップ&トレード制度の導入に続く取組みとその内容を説明した後、第2章「『政策の壁』を崩した四つの力」に続く。4つの力とは、「その1 誤謬を正す政策論争の徹底」「その2 地域に適した実効性のある仕組みの構築」「その3 知と信頼のネットワークの形成」「その4 スタッフ集団の力の蓄積」である。その内容についてはある意味当たり前のことを言っているに過ぎないが、実行し実現してきたことには大いに敬意を表したい。
 個人的には、気候変動の猛威については頷く部分もあるが、地球温暖化については懐疑的な気持ちもある(先日、IPCCの第5次評価報告書の第一次作業部会報告がニュースになり、さらなる地球温暖化の進行を訴えていたが、本当かしら)。こうした中で、低炭素化対策はいかに合意を得て進めてきたのかという点に最大の興味があった。
 都市的環境改善との「コベネフィットアプローチ」などはよくわかるが、東京都の場合は「持続的な発展に資する」(P156)という点が挙げられている。このことをどう明確に説明するか、本書では書かれていないのでよくわからないが、東京都には「大規模な工場が少なく、対象となる約1400事業所の八割以上は、オフィスや商業・文化教育施設などの業務部門」という状況も後押ししたのだろう。東京都には火力発電所は大井と品川の2ヶ所しかない。
 そういう意味では各地域のエネルギー施策は地域ごとの状況を踏まえて進めていかなければならない。どこでも地域版キャッチ&トレード制度や太陽光発電設備の設置を進めればいいというわけではないし、全国的ではなく地域で進めるのであれば、その理由と効果が強く求められる。また、東日本大震災と福島原発事故の発生により、地球環境問題に対する国民や企業の意識も大きく様変わりしたように感じる。これからの地域版環境対策は東京都の真似をすればいいというわけではない。
 政策の進め方という点では大いに参考と自己啓発になるが、次に続く者はまた違うやり方、違う認識で進める必要があるのだろう。大野氏の熱意と能力には敬服するしかない。

●気候変動という世界的な課題への挑戦は各都市や州では、それぞれの地域の課題の解決策と一体のものとして取り組まれてきている。グローバルな課題への取組みはローカルの問題解決と同時に追求されてこそ、大きな成果を上げることができる。・・・3.11後の日本で、わが国の地方自治体が直面する電力エネルギー問題と気候変動問題に一体的に取り組むのは、その意味でごく自然のことだといえる。(P25)

●多忙な専門家がなぜ時間を割いて市の政策づくりに参加するのか。・・・スコット・フランク氏は・・・こう語る。「まず、実際に建築物の開発を担当しているメンバーが参加することで、市の施策を、緩めるということではなく、より合理的で意味のあるものにすることができると考えていること。次に、参加することにより市の施策がどこに向かおうとしているのか、市の行政はどのように機能しているかがわかること。そして第三には、環境のための活動に参加することで、前向きな企業として企業イメージを高めることができることだ」(P51)

●気候変動対策と大気汚染対策を同時に追求することは、「コベネフィットアプローチ」と呼ばれ、途上国における施策展開で重視されているが、カリフォルニアのマイノリティコミュニティでもAB32は、両方の意味で重要な施策と認識され、多くのグループが提案23号反対の運動に立ち上がったのである。(P106)

●必要な場合には、国に先んじて革新的な環境施策を導入するという姿勢は、いわば東京の環境行政のDNAとして今日に継承されている。条例制定権の最大限の活用、議論の公開による世論形成という取組み方も引き継がれてきた。また、具体的な施策形成のノウハウという点でも、過去の取組みは次の世代の仕事に活かされている。(P128)

●エネルギー施策は、経済や社会の根幹に影響を与えるものであるが故に、その転換には多くの既得権益は関わってくる。・・・東京でもニューヨークでもカリフォルニアでも、革新的なエネルギー政策の導入は、激烈な議論のうえに初めて可能となったものだ。(P230)

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2013年8月15日 (木)

里山資本主義

 著者に「デフレの正体」の藻谷浩介氏の名前が挙がっている。「あとがき」でも藻谷氏自身が「デフレの正体」以来の執筆と書いているが、実は藻谷氏が書いているのは「中間総括」と「最終総括」の2章に「おわりに」だけで、いわば本論に当たる第1章から第5章までの各章と「はじめに」はNHK広島取材班の井上恭介氏と夜久恭裕氏が執筆している。2011年夏からNHK広島放送局で制作し、中国地方限定で放送されたドキュメンタリーを書籍化したもの。藻谷氏はコメンテーターとしてこれらの放送シリーズに参加していたらしい。
 「里山資本主義」というネーミングに惹き付けられたが、足助町で2年間過疎対策に関わった経験からすると「何を大げさな」という印象も持ちつつ読み始めた。最初はバイオマス発電の話。先日訪れた岐阜県白川町の取組の見学内容からしても「バイオマス発電だけでは成立しないだろ」と眉唾で読み進めた。だが話はそれだけにとどまらない。ペレット燃料の徹底的な活用。雑木数本で燃焼するエコストーブの高性能ぶり。「里山を食い物にしよう」というアピール。
 「お試しで里山利用を進めます」というレベルをはるかに超えて、本気で地域内エネルギー自給をめざす取組がそこにはあった。過疎を逆手にとって豊かな暮らしを見せびらかす取組。ここまで本人たちが真剣に楽しめば行政も変わる。地域も変わる。「世界経済の最先端」という第1章のタイトルがけっして大げさではないと感じた。
 そして第2章はオーストリアの話。日本と同じ急峻な山岳地帯を抱える国ながら、機械化された最先端の林業とペレット燃料を徹底利用したエネルギー政策に取り組む。中でも国境の町・ギュッシング市では1990年にエネルギーの脱化石化を宣言。木質バイオマスによる地域冷暖房やコジェネレーション発電によりエネルギー自立を実現させている。
 しかしバイオマス発電にしろ、ペレットにしろ、本体の木材利用があってこそ成り立つ。そこで紹介されるのがCLT(クロス・ラミネイティッド・ティンバー)だ。直角方向に張り合わせた集成材が無類の強度を発揮。オーストリアやイギリスではCLTを利用した9階建ての木造高層建築物まで登場しているという。本書では冷静に、セメントが唯一100%国産で入手できる日本の状況を踏まえ、既得権益との関係から木材の高層建築物への利用解禁が一気には進まない可能性も示唆しつつ、里山資本主義の実力を紹介している。
 第3章では地域循環型経済の取組をいくつか紹介する。山口県周防大島の地場産業の果樹農業を活かしたジャム園の経営。高知県大豊町の真庭モデル導入の試み。島根県の耕作放棄地を活用した放牧の取組。島根県邑南町の移住女性による「耕すシェフ」レストラン。そして鳥取県八頭町のホンモロコの養殖も耕作放棄地を活用した取組だ。
 第4章「”無縁社会”の克服」は、広島県庄原市の空家と高齢者と社会福祉施設をつなぐ取組の紹介。そして第5章では、「スマートシティ」のシステム構築を検討する最先端プロジェクトの取材と比較し、次世代産業の最先端と里山資本主義が目指すものは「驚くほど一致」していると紹介する。「マネー資本主義」から離れれば、我々が追い求めている新しい時代のあり方は、人間性をベースにした「人にやさしい」世界を求めている。真の幸福は人間性の回復の上にあり、「里山資本主義」はその有力な手段の一つだ。
 藻谷氏が書く「中間総括」では、「里山資本主義」をマネーが止まった時の安心安全を補填する「マネー資本主義」のサブシステムとして位置付けながら、マネー資本主義への3つのアンチテーゼ、「貨幣換算できない物々交換の復権」「規模の利益への抵抗」「分業の原理への異議申し立て」を示し、里山資本主義の可能性を示す。
 「最終総括」では「日本経済ダメダメ論」の否定を行っているが、これは本書を借りて最近の持論を披露したという感じだ。その後、「里山資本主義」について、安心を担保するサブシステム、また少子化・高齢化に対しても有効に働くと持ち上げる。そこまで楽観していいだろうか。たぶん藻谷氏こそNHKの取材に声をかけてもらい、大いに勉強し開眼したのだろう。
 本書を読んで私も、「里山資本主義」に対して約10年前 に足助で経験した以上の可能性を感じた。だが同時に、まだ多くの現代人には遠い世界の話でもある。一方で(これは藻谷氏の指摘だが)、里山資本主義は補助金等の後押しを得ずしても前進をする力強さがある。たぶん補助金制度では追いつかない先進性がある。その可能性と成果を追っていくのは楽しいし、正しい方向だろう。「里山資本主義」が当たり前となるはずの50年後が楽しみだ。いや、それを見られないのが残念だと言うべきか。

●真庭市では、銘建工業の木くずによる発電に加え、ペレットの熱利用に目を向けたことがエネルギー自給の割合を大きく高めることに貢献した。市の調査によると、全市で消費するエネルギーのうち実に11%を木のエネルギーでまかなっているという。・・・山の木を丸ごと使って、電気や石油など地域の外からのエネルギー供給に頼らなくても済む地域を目指す真庭市。しかしそれはつい最近まで日本人の誰もがやっていた営みを現代の技術で蘇らせようとしているにすぎない。(P38)

●CLTで壁を作り、ビルにしたところ、鉄筋コンクリートに匹敵する強度を出せることがわかったのである。それは、高層ビルは鉄とコンクリートで造らねばならない、という常識を覆した。そこからオーストリア政府の動きは早かった。木造では二階までしか建てられないとしていたオーストリアの法律が、2000年、改正されたのだ。今は9階建てまで、CLTで建設することが認められている。(P108)

●「里山資本主義」とは、お金の循環がすべてを決するという前提で構築された「マネー資本主義」の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方だ。お金が乏しくなっても水と食料と燃料が手に入り続ける仕組み、いわば安心安全のネットワークを、予め用意しておこうという実践だ。(P121)

●インターネット・・・は、補助金を配ったから利用者が増えたのではない。参加することが面白いから、何かの満足を与えるから、多くの人が時間と労力を割くようになったのだ。・・・里山資本主義の普及も、ネット初期のような段階にまで達してきているのではないかと感じている。面白そうだから、実際にやってみて満足を感じるから。そうした実感を持つ個人が一定の数まで増えることで、社会の底の方から、静かに変革のうねりが上がってくると思っている。(P152)

●そもそも人口減少社会は、一人一人の価値が相対的に高くなる社会だ。・・・機械化・自動化が進み、生産力が維持される中での人口減少は、人間一人一人の生存と自己実現をより容易に、当たり前にしていく。増えすぎた人口をいったん減らした後に一定水準で安定させていくことこそ、地球という限られた入れ物から出られない人類が、自然と共生しつつ生き延びていくための、最も合理的で明るい道筋なのだ。(P301)

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2013年7月 6日 (土)

風景という知

 久し振りにオギュスタン・ベルクの名前を見て思わず注文してしまった。一昨年に発行された本。わずか119ページと短いながら、中身は難解。かなり苦戦してしまった。オギュスタン・ベルクってこんなに難解だったっけ。それでも父親の紹介や母親のスケッチ、妻の写真が使われるなどアットホームで回顧的な論文でもある。
 合理的・二元論的な近代的パラダイムにより「風景についての知」は膨大に溢れかえっているが、「風景の知」はかえって衰弱し、その結果、多くの風景が無残に壊されていっていると嘆く。中国の「山水」を巡る漢詩を引き、和辻哲郎の「風土論」に依って、風景の本質に迫る。さらに、光の物理的性質と文化的認識の差異や中国の風水思想などを示して、風景がいかに立ち現われるか、例示として語る。風景とは物質的で、かつ精神的である。両者に通態化していることを説明する。確かに、我々は風景を感じ、しかし同時に物質的にある。そのことは理解できる。
 1942年生まれ、71歳とまだまだ若い。本書の至るところに日本への愛情や親しみの念がにじみ出ている。80年代末から90年代にかけてオギュスタン・ベルクの風景論を次々と読んだ。もう一度振り返ってみようか。読み直すにはやや辛い気もするが。

●私たちの祖先は、風景に心を向けたわけではないのに、驚くべき風景知を演じている。いっぽう私たちは、風景についての知で溢れかえりながら、風景知があからさまに欠如している。どうしてそういうことが生じるのだろうか。(P8)

●風景は人間の視線のうちにあるものではない、それは事物の現実のうちに、つまり私たちと環境との関係のうちにある。(P49)

●風景は見えるものに従い、しかも見えないものに従う。物質的なもの、しかも精神的なものに、である。風景の本質、風景の現実とは、このような両義性なのだ。(P76)

●<近パラ(西洋近代の古典的パラダイム)>が根本的にその原理において客体としての宇宙=普遍、幾何学的で機械的、純粋に量的で完全に中立的な宇宙、しか認識しないからである。・・・逆に風景は、私たちの感覚に、つねに特殊で中心的・異質的・方位的な空間、地平・・・によって限定された空間を差し出す。(P83)

●風景・・・の実体は、必然的に二つの段階における通態化に従う。その一つは、生命圏という存在論的水準で行われる通態化であり、もう一つは、風土という存在論的水準における通態化である。私たちのこの二つの存在次元の具体的関係こそ、まさしく通態化の本質である。私たちの動物身体と風土身体、私たちの精神と私たちを取り巻く事物……のこうした行き来―そこから現実が生まれる。そこから風景が生まれる。なぜなら、私たちにとっては、今日それが現実だからだ。(P114)

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2013年6月27日 (木)

3.11後の建築と社会デザイン

 東日本大震災が発生して概ね4ヶ月後の2011年7月16日に行われたシンポジウムの記録である。消費社会研究家の三浦展氏と建築家の藤村龍至氏が司会をして、多くの豪華なメンバーがパネラーとして参加し、2部に亘って開催された。第1部では、建築家の山本理顕氏、リクルートの島原万丈氏、建築家の大月敏雄氏、NPO論の中村陽一氏、福祉社会学の藤村正之氏、経済学者の松原隆一郎氏が参加。また第2部では、建築家の家成俊勝氏、松隈章氏、永山祐子氏、大野秀敏氏、福祉社会学の広井良典氏、コミュニティデザイナーの山崎亮氏、それに第1部から山本理顕氏も参加している。
 一般的にシンポジウムでは、パネラーの方がそれぞれ独自の意見を披露し、意見交換で多少噛み合ったり、合意し合ったりしてお茶を濁して終了するというパターンが多い。本書でもそうした傾向があるが、登場するメンバーが豪華なだけに視点が多様で面白い。
 とは言っても、山本氏の「一家族」=「一住宅」という前提を改めなければならないとか、これからの時代、コミュニティが大事だよねとか、シェア社会の到来とか、最近よく言われる事柄から大きく違う視点が示されているわけではない。それはある意味、建築家も社会の中で活動をしているということに他ならない。
 興味を引いたのは、大月氏、大野氏の言動と三浦展の終わりの論文。逆に中村陽一氏のNPO論は抽象論の域を出ず、つまらなかった。たぶん東日本大震災後のボランティア論を語るには、まだ早すぎたのだろう。今となっては当たり前の言葉だが、遡って読み返すのも悪くはない。忘れていた思いや議論を思い出す。


●「消費者」という言葉を誰が発明したか知りませんが、その言葉が生産と消費の関係をよく表しているようにも思います。つまり、私たちが「消費者」として扱われてきたという点です。・・・でもはたして「消費者」と呼んでいいのか。私たちの日常が消費者としてあるかというと、私はちょっと違うような気がしています。「消費者」ではなくて「生活者」だと思うんです。必ずしも常に消費と結びついていない、そういう視点が欠けていたような気がするんですね。(P82)

●はたして、われわれの身の周りに肉体的にも経済的にも自立した人がそんなにもいるのかというと、疑問ですよね。多くの人は、子供がいたり爺ちゃん婆ちゃんがいたりと、自立できない人とともに暮らしている。むしろ自立できない人ばかりが社会を構成するようになっている。つまり地域で地縁にもとづいて暮らしていかざるをえない人がたくさんいるわけです。そうなると、コミュニティベースの建築を提案しはじめなくてはならない。新たなフェイズが訪れているのではないかと思うんです。(P121)

●日常的な空間とは、生活している人があらかじめ用意された図式を乗り越えて違った使い方を実践し、より自分やまわりの人にとって使いやすく改変していく空間だと思います。関係性を構築しながら他者と協働していく行為は、常に予見不可能性や不確実性につながっています。それは、その改変行為自体が開かれていることを意味しています。風景に関してもスクラップ・アンド・ビルドはダメだと思いますが、すべてがずっと固定されて止まっている状態もよいとは思いません。工夫しながら守るものと、生活に寄り添うように使用者自身が改変していくものが共存する状況が風景やコンテクストをつくっていくのではないかと思います。(P163)

●アイデンティティというのは自立した自己ということと絡んでくる話で、自分自身のなかに固有性があると考えられていたわけですね。でも、アイデンティティというのは他者との関係のなかにあると思うんです。・・・それは地域に関しても同じで、ある地域の固有性というのは他の地域との関係のなかから出てくるものだと思うんです。・・・人がたったひとりで生きていくことができないように、地域もその内側だけで生きられるはずがない。そのような関係としてアイデンティティを考えていくとわかりやすいのではないかなと思います。(P212)

●若い世代が一人で高齢者を三人支えなければならないと言われる。しかし発想を逆転して、高齢者が三人で若者一人を支える社会と考えることはできないだろうか。高齢者が自分の資産を活用して若者を支援する、たとえば空いた家や部屋を非常に安く貸すとか、自分の知識や経験や人脈を若い世代に提供していくということも今後は望まれるだろう。(P243)

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2013年6月12日 (水)

住宅の歴史社会学

●住居が固定された物質ではなく社会的な過程であるならば、その再編成もまた、社会的なものとして構想されねばならない。性急な解決を求める前に必要なのは、近代住居空間の社会的な構成を読みとき、分析することだ。歴史社会学は、そのための距離と自由を確保する方法に他ならない。(P262)
 歴史社会学という学問はどういう手法で何を読み解く学問か? それを<住宅>の適用した時に何がわかるのか? 正直、本書を読み終えた何がわかったと言えるだけの読解力も知識もない。それでも、建築学側からアプローチする<住宅>と、社会学側からアプローチする<住宅>では重なりつつも若干のずれが見える。  <住宅>を物質的に捉えざるを得ない建築学の視線に対して、社会学では社会の中に<住宅>(時に住居、または居住)をおいてその総体を捉えようとする。本書の立場である歴史社会学では、さらにそれを歴史の中に置いて、政府・建築家・居住者それぞれの側からの住居(文化・経済・形態)の成り立ちを追っていく。<住宅>は人間にとって外界から身体と精神、家族を守る基盤であると同時に、国や国民を作っていく装置であり、仕組みでもある。  第1章で住居を社会学的にどう捉えるかについて言及した後に、第2章「啓蒙」、第3章「動員」、第4章「産業化」で、明治以降から概ね戦前にかけて、住宅がいかに捉えられ、作られていったかを豊富な歴史資料によって確認する。  終章「日常生活批判に向けて」では改めて日本社会が住宅をどう捉えているか、いかに捉えるべきかの持論が述べられる。そこでは「複製技術」「交通・コミュニケーション」「時間・空間の商品化」の視点から住宅を見通す。このうち最も要となるのは「交通・コミュニケーション」だと言う。住居は社会学の立場からは物的な空間であると同時に、あくまでも身振りや制度が作りだす空間である。そのことに異議はない。小難しい資料や論が続くが、建築の側から見るとそれもまた面白い。

●幼児にとってみれば、住宅とはルールでがんじがらめの空間である。社会の側から見れば、さまざまな行動の規範が埋めこまれた場所である。しつけは、幼児という他者を文字通り「飼いならす」実践のことである。・・・飼いならされる側はさまざまな抵抗を示すことであろう。場所によってはそれが住居の解体をもたらすかもしれない。しかしたいていの場合、ルールとしての住居のなかで時を過ごすことを通じて、人々は身体に内在する快―不快の感覚を自ら調整するようになる。(P21)

●住居をめぐって交渉するのは・・・国家と家族だけではない。階層と階層、資本と消費者、男性と女性といったさまざまな集団や身体の関係が、ときには闘争や妥協、あるいは統制や支配といったかたちをとりながら展開する。住居とは、そうした目に見えない闘争の現場でもある。(P42)

●「啓蒙」「動員」「産業化」は住宅の開発に向かう社会的な力である。それらは・・・互いに重複し、相互浸透しながら展開している。住宅は、家庭という聖化された場所を基盤とするデモクラシー思想の浸透、労働力の再生産を有力な根拠とする公的な介入と計画化、ディスプレイやデザインといった消費に関わる技術の開発、という三つどもえの社会変動のなかで形成されてきた。(P52)

●近代家族には、形態的・機能的・心理的な特徴だけでなく、技術的な特徴―貨幣を媒介とした生活の把握と計画化―がある。長期にわたる家庭の再帰的運営とコスト感覚を練磨するうえで、重要な戦略目標となるのは養育費と住居費である。そう考えると、1950年代以降、出生率が急激に低下し、持ち家取得に関わる設備投資が活発に行われたのは偶然の符号ではない。住宅と近代家族は、たがいにもう一方を前提とする関係にある。(P250)

●住居が固定された物質ではなく社会的な過程であるならば、その再編成もまた、社会的なものとして構想されねばならない。性急な解決を求める前に必要なのは、近代住居空間の社会的な構成を読みとき、分析することだ。歴史社会学は、そのための距離と自由を確保する方法に他ならない。(P262)

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2013年6月 1日 (土)

東北発の震災論

 「限界集落の真実」で一躍注目を浴びた山下祐介氏だが、東日本大震災の直後、2011年4月から弘前大学を出て、首都大学東京に異動した。しかしけっして東北を捨てたわけではない。以前のようにどっぷり浸かることは難しくなったかもしれないが、これまでの関係を足懸かりに独自のルートで何度も東北を訪ね、また社会学調査に参加し、被災者、避難者、支援者、その他関係者に取材し、調査を行ってきている。震災以降、開沼博や古市憲寿など20代の社会学者が多く現われ活躍をしている。山下祐介氏は彼らよりも一世代高い40代前半の年代だが、それ故にこそ、より広い視野と経験から日本社会を見つめている。
 山下祐介氏が本書で展開するのは、日本の社会システム論だ。日本社会は90年代以降、巨大で広域なシステムに覆われ、我々はそれを当たり前のものとして生きている。東日本大震災、中でも原発事故は、この広域システムが一部崩壊する経験であり、かつ誰もが信頼を寄せていたそのシステムの中心には、システム全体を見通す主体はおらず、たまたま中心に位置する者もその一部の専門、一部の分野のみを見て判断をしているという実態を明らかにした。
 しかも周辺からは中心がある程度見えるにもかかわらず、中心からは周辺が見えていないかのようだ。多分、遠すぎるのだろう。だが、周辺にはシステムを動かす術がない。こうして広域システムの持つ「中心/周辺」の問題、さらに主体性がどこにもないという問題が明らかになる。
 ところが機能不全に陥ったシステムは新しいシステムに置き換えられようとしているかと言えば、どうやら元のシステムに戻ろうとしているのだ。しかも事故や震災などなかったかのように、忘れることでまた元のシステムを動かそうとしている、かのように見える。
 こうした「システム/主体」論を形而上的な社会学的問題として解こうとしているのではない。これらの考察が導かれるのは最終章「システム、くに、ひと」に至ってだ。第1章「広域システム災害」で問題意識を掲げた後は、次章から震災と事故がもたらした現実を冷静に検証していく。第2章「平成三陸大津波」では津波がもたらした被害を、「物理的被害」「心理的被害」「社会的被害」に分け、中でも「社会的被害」について、(1)家と親族の破壊、(2)コミュニティの崩壊、(3)地域産業・経済の損失、(4)地方自治体のダメージ、の4つに分けて分析する。こうすることで、逆にそれぞれの回復があって初めて社会全体が回復することが理解できる。かつこれらがいずれも大きなシステムに寄りかかって存在していたことも。
 第3章「東北という場」では、「東北」という名称からして他者が指して付けられた呼称であることを指摘し、その周辺性を説く。それは古代に留まらず、現代にも続き、かつ広域システムに包摂される中でさらに主体性を失っていく。
 第4章「原発避難」は、原発事故による被害の実態。しかもまだ確定せず、当分確定しないまま、広がり、継続し続けていくことを指摘するとともに、避難指示がそもそも中央でしか対応できなかったことを指摘する。事故収束への対応も中央でしかできない性格のものであり、しかもそれが従前のシステムを稼働することで対応されている実態を示す。システムはさらに強化されようとしているし、それしか解決の方法が見出せないのが現実だ。同時に、社会的に分断される避難者たちの実態も描いていく。
 第5章「復興と支援」では、原発避難地の大熊町や富岡町での「仮の町」を巡る取材、広域合併した石巻市での高台移転を巡る行政と被災者との相克を取材し、真の復興とは何かを問う。被災地の主体性は復興を急ぐ中央の意向の前で、うまく機能していない。そしてボランティア活動でさえ広域システムの一つとして機能している実態。
 こうして広範囲に目を向けて分析する丁寧な取材と調査の末に、最初の問いに戻る。果たして我々はこの毀損した広域システムを前にいかに生きていけばいいのか。その答えは明確には示されていない。西欧のキリスト教を母体とした個人を主体とした社会ではなく、日本では「関係」「共同体」を主体とした社会づくりがあるのではないか。それはまだ山下氏の仮説に過ぎないし、あとがきにもそのように書かれている。
 震災直後、東日本大震災は時代を変える大きなエポックになる、という言葉をよく聞いたし、私自身もそう話したことがある。だが、安倍内閣の登場は逆に時代を大きく元の場所、震災も原発もなかった時代に戻そうとしているようだ。しかしきっと違う。本書の中で「この震災を『第二の戦後』と評した人もいた。しかしむしろこれは、太平洋戦争の開戦直前の日本により近いようだ。」(P219)という一節がある。筆者は、このまま従前のシステムが元に戻ろうとする動きを見放していると、時代は太平洋戦争に突入してしまうと警告しているようだ。政治的に動けということではないが、新しい仕組みは自分たちで主体性を持って作らねばならない。被災地を見続けることがその一つの力となる。

●日本社会はいまや、広域にわたって形成された一つの巨大システムをなしている。今回の震災では、この「広域システム」の存続を脅かす事態が生じた。/広域システムには「中心と周辺」がある。震災は、東北という日本の周辺に生じ、そして被災地という新しい周辺が東北のうちに広く現われて、多くの人が周辺の中の周辺へと押し込められていった。/周辺の中の周辺が今後とも存続し続けるためには、どんなに周辺化してもなお、その「主体性」を確保する必要がある。しかしこの震災では、主体性の危機は被災地=周辺だけの問題ではなかった。周辺どころか、中心にすら主体が見えない状態が生まれていた。・・・あらゆるものが周辺化する広域システムの中で、当のシステムだけがその存続を果たしていく。そしてその存続も、何かが主体的に目指されているのではなく、ただ結果としてそうなっているだけであって、ここでは人間は客体として存在するのみだ。(P10)

●原発事故をめぐる情報の流れを見ても、あるいは避難誘導をめぐる責任のあり方においても、それ以前の<中心―周辺>の枠組みは、依然として生きつづけてきた。・・・システム崩壊後に観察されるのは、失敗したシステムのあり方を変えようとする力であるよりはむしろ、元の状態へと戻ろうとする強い回復力である。・・・ここで筆者は「脱原発すべきだ」といっているのではない。・・・脱原発の運動もまた大きなシステムに関わる過程の中にあり、システムの中心側で動いているものに他ならないからだ。・・・もし根源からこの問題を解決するならば、それは脱原発ではなく、脱システムでなければならない。(P163)

●支援者も、被支援者も、すでのシステムの中にある。この中にいる限りは、このシステムがもたらす問題は解けない。・・・システムの中にとどまりつづけながらも、ただ一つ可能性があるとすれば、それは、システム自身が、システムの抱える問題点に気づき、これをあきらめずにたえず疑問視し、これを解いていくことができる、そんな仕掛けができるかどうかだろう。・・・問う力、問題を設定していく力がまずは必要だ。そしてその問いを、さらにしつこく、しつこく追い回して、いったい何がどうなっているのか、主体的に解きつづけることが大切だ。(P246)

●システムが大きすぎるのだ。大きすぎる中で、中間項がなく、政治がすべての国民を大事にし、そのための決定を行おうとすることに問題があるのだ。そして政治のみでは無理だから、科学が、マスコミが、大きな経済が介入する。だがこうした大きなものによる作用の中では、一人一人の声は断片でしかなくなる。しばしば人は数字となり、モノとなる。人間の生きることの意味は逆立ちしてしまい、人が人でなくなる。生きることは、真の生ではなくなる。復興も同様に、真の復興ではなくなる。/こうした状態がもつ問題性こそ、今回の震災を通じて問われねばならないものだ。だが誰がそれを問うのか。このシステムにどっぷりとつかりながら。(P270)

●どんな社会においても、その社会を認識し、社会を実践し、また変える主体が存在する。では、日本社会の中の主体性とは何か。・・・それはやはり小さな共同体の意志であり、身近で、無自覚で、当たり前の日常のつながりのようだ。日本社会の歴史を顧みれば、こうした小さな共同体が重なり合い、つながりあって全体が作り上げられており、また全体に変化が起きる時は必ず、どこかの共同体から始まるものであったということができる。(P273)

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2013年5月21日 (火)

まちなか戸建

 先日、森本先生の講演をお聞きし、やはり読まずばなるまいとさっそく本書を手に取った。基本的には先日の講演会と同じ流れである。講演の中でも話しておられたが、「2部 まちなか戸建の性能」と「3部 まちなか戸建を支える地域ビルダー」が先日の話にはなかった部分。そして「4部 まちなか戸建とまちなか形成」についても「持続可能な住宅地」に関する考察が本書の後の研究成果として講演会で語られていた。
 内容的には、先日の記事でほとんど書いてしまった感があるが、本書で読んで改めて認識したことの一つが、本書で規定する「ミニ開発」や「まちなか戸建」とは敷地面積100m2未満の狭小敷地に立地する、多くは3階建ての戸建住宅だということ。正直、名古屋の感覚ではありえない規模で、これを良好な住宅地と評価するのはさすがに憚られるという思いがする。4部も東大阪市や八尾市など大阪近郊市を対象に実証的研究成果を報告しており、即、全国に敷衍できるわけではない。
 しかし先生が主張されているのは、地域によって許容される住宅の状況は異なるということで、だからこそ地域ビルダーの成長と可能性に期待している。逆に言えば、敷地の共同化等による再開発マンションが常に善とは限らないということで、敷地の共同化が容易でない現状からすれば、所有と利用が個人の自由に任せられる戸建住宅のメリットを生かした住宅地づくりは当然、専門家も積極的に取り組んでいく必要がある課題だということだ。
 2部では高密低層住宅地にふさわしい戸建住宅とは何かを実験的に建設し検証していく。材料や工法、設計の検討も楽しいが、「解体(分解)性能」がこれからの時代に強く求められることを強調している点が目を惹いた。単に耐久性の高い建材を使用するだけではなく、解体時のリサイクル性等を考慮することが、リフォームの容易さにつながり、環境負荷の低減につながっていく。石膏ボードの分離・リサイクルなど問題は大きいが、今後真剣に検討していくべき課題である。
 本書を通じて、具体的で実証的な研究姿勢が非常に参考になる。理想や定論に固まらず、現場を見て研究し発想することの重要さを改めて感じた。

●専門家の立場からすれば、あまりに許容度が大きすぎて、「悪化」としてしか評価できないような動向も、地域の事情によっては許容される。例えば「まちなか」における「ミニ戸建」に対する受容の度合いは、同じ容積率で開発される「高層マンション」よりも高いという傾向は一般的に観察される。高密度化=居住環境悪化としてしまい、どっちもどっちであると評価してしまうと、この地域ごとに育まれたコントロール機能の過小評価につながる。/居住地ごとに働いているこの機能を読み取り、実際に空間の更新を担当する専門家の役割は大きい。単に法律に則っているかどうかで判断するのではなく、相隣・近隣レベルでの「受容と抑制」の機能に対して十分な配慮を行い、仕事をすることが求められている。(P13)

●戦後わが国における零細戸建持家の発展過程には、いくつかの特徴が見られる。/第1は、住宅の延床面積が着実に増えてきている点である。/第2に住宅の性能(構造・防火・断熱・設備)が着実に向上してきている。/第3は、零細戸建持家が大都市における戸建住宅の容積率増大を主導してきたことである。/第4は空間更新の柔軟性である。/第5に・・・地域ビルダーの成長である。・・・以上のような点を考えると、これら零細戸建持家を「市場の失敗」や「都市計画の失敗」によるあだ花としてとらえるのではなく、都市型住宅の確立に向けた発展途上にあるものと位置づけ、その供給・更新メカニズムを十分に活用して、新しい都市型住宅地像を構築することが急務であると思われる。(P66)

●住宅分野でなにより大切なことは「解体(分解)性能」を高めることである。解体(分解)性能を高めることは、建替時におけるリサイクル性能が高まることにつながるだけではなく、住宅のリフォームを容易にすることにつながる。リフォームの容易さは結果的には住宅の長寿命化につながるのである。/このように考えると、住宅の長寿命化を主張することとあわせて、いたずらに建築物や住宅の堅固さ追求し、解体性能を等閑視することは誤りであるということになる。それは結果的には長寿命化にとってもマイナスとなるからである。(P108)

●筆者等は、このように居住が継続されていく中で違法状態になっているものの、地域的にはそのような住み方が許容されている住宅地の状態を「違法・地域許容建築物群」としてとらえている。(P212)・・・これに対して多くの地域で発生している高層マンション反対運動等では、合法であるにもかかわらず、地域的には受け入れられない状況もみられる。これを「合法・地域不適合建築物群」と呼んでいる。(P225)

●上から規制の網をかぶせたまちづくりではなく、個別の更新主体の申請を原則として、それを誘発し、上手にくみ上げていくという仕組みづくりが、まちなか戸建を核とする住宅地形成に向けての自治体の大きな役割となるであろう。(P239)

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2013年4月20日 (土)

あなたならどうする孤立死

 1~2ヶ月程前に愛知県内の県営住宅で死後1年近く経った夫婦の白骨死体が発見されるという事件があった。孤立死は死亡者本人や周辺地域住民以上に、住宅所有者にとってこそ経済的な損失が大きいと考えるし、行政よ何とかしろ、と言っていればいい問題ではないと思っている。ではどう捉えればいいのか。
 筆者は、ホスピスで数百人の看取りに従事し、その後は「寺ネット・サンガ」の代表として、生活困窮者の葬送支援や孤立死防止のための見回り活動などを行っている僧侶である。こうした実践家は孤立死をどう捉えているのか、興味を持って本書を手に取った。
 第1章は孤立死の現場に立ち会った経験から筆者の孤立死観が披露される。第2章は湯浅誠氏との対談。そして第3章は新宿区議の鈴木氏、法医学者の反町氏との鼎談という3部構成となっている。同時に関連資料やデータも適宜掲載され、ページ数は少ないが、内容は豊富で充実している。
 何より「孤立死」を、感情的に流されず、明確かつ客観的に扱っている点が好感を持てる。「孤立死」は本人にとっては必ずしも「哀れ」ではない。例え一人でも充足した死もあれば、家族に囲まれていても孤独な死もある。だが、やはり長期間発見されない死は周囲の者や処理をする者、住宅の所有者等に大きな迷惑をかけてしまう。
 葛飾区の調査によれば、年齢が比較的低い高齢者で、健康に不安を感じ、経済的にも厳しい者ほど、近隣住民による支援に対して抵抗感を感じる傾向があると言う。これはかなりショックな結果だ。手を差し伸べなければならない人ほど、その手を拒否する割合が高いと言うのだから。
 孤立死問題を地域のコミュニティや見守り活動により解決しようというアプローチは各地で試みられているし、筆者自身も実践している。しかし一方で孤立死しがちな人々はそうした活動を拒否し、目を逸らすことが多い。
 そうした状況を踏まえ、筆者は日本人の死生観を問う。人間は必ず死ぬ存在だからこそ、いかに死ぬかということをもっと社会的にも個人的にも考えておくことが必要である。「人は生きてきたように死んでいく」「逝き方=生き方」(P24)である。
 孤立死という問題を地域活動や行政課題として対応すべき問題としてのみ捉えるのではなく、日本人の人生観に根ざす問題であり、日本人が作ってきた社会観の問題と思う時、問題の根本と対策が見えてくるような気がする。孤立死問題の根はそれほど深いのであり、日本人万人が考えるべき問題である。

●あなたが人生最期の時、家族に囲まれて穏やかな最期を迎えたいと望むのであれば、今というこの瞬間、家族との関係が良好でなければならない。・・・人は生きてきたようにしか死ねないのだ。(P34)

●人間は自分の死後、自分で歩いて棺桶の中に入ることはできない。誰かの手を煩わせてしまうのである。・・・一般的に、日本人の親の多くは子供に「人に迷惑をかけちゃダメですよ」と教える。一方、インドでは「おまえは人に迷惑をかけて生きるのだから、人のことも許してあげなさい」と子供に教えるらしい。(P41)

●年を取りたくない、死にたくないと思っても、それらから誰も逃れることはできない。私たちの社会で今、必要なことは、その「無力感を共有すること」ではなかろうか? 涙を流し、痛みを共有し、弱さを認め合うこと。それこそが今、最も必要なのではないか。(P63)

●大切なのは、やっぱり普段からの程良い程度の顔の見れる繋がり。無関心と束縛の間にある、ゆるやかな繋がり。(P78)

●たとえば60歳の男性が孤立死したとすると、その人は55歳のときに仕事をクビになり、56歳で奥さん、子どもに逃げられ、57歳で多重債務になり・・・。孤立死が起こってから騒ぐのではなく、例えば、孤立死が起こるリスクがある方に対して、孤立死する前から関わることで・・・その人は死なずにすんだかもしれないということも分かります。それには、死から生を見る視点が社会には欠けているのではないか?(P115)

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2013年3月29日 (金)

小さな建築

 隈研吾といえば竹や木など、自然素材を使った建築物を多く作ってきている印象がある。それはたぶん、人間の身体性に近いところで設計をしていきたいという意図があったのだろうと思うが、「小さな建築」というのは「身体性」に近い位置にある。
 「はじめに」では東日本大震災を経験して、「強く合理的で大きな」建築の無力さを実感した。電気やガスなどの「インフラに・・・頼らず、直接的に自然とやりとりをして、自然エネルギーに直接依存する、自立的な『小さな建築』に興味が移っていった」(P19)と書いている。
 そこでまず思い付いたのが「水のレンガ」である。ウォーターブロックを積み上げて作られた建築物は、いつでも容易に構築でき、解体でき、修正ができる。そしてその発展形としてのウォーターブランチ。ここではブロックのなかを水などが流れ環境を守り、変化を及ぼす。細胞のイメージだ。
 「積む」ブロックの次は、「もたれかかる」である。木の板やアルミの板を使って、カードキャッスルの要領でもたれかかり、積み重ねたインスタレーションなどが紹介される。
 次に、「千鳥」組みした木のフレームで作り上げたGCミュージアム。タイルを織り上げたセラミック・クラウド。三軸織りの布を用いた店舗。そして傘を組み合わせたカサ・アンブレラ。「織る」だ。最後の「ふくらます」では、二重の膜構造で作った茶室が紹介されている。
 それぞれはそれなりに面白い。身体性と自立性をキーワードに、様々な素材と工法で「小さな建築」を作り上げていく。それは理解できるが、同時に建築家特有のこねくり回した理論と作品紹介にとどまっているような気がしなくもない。面白い。けど現実的ではない。
 それで結局「小さな建築」は一般に受け入れられるのか。先日読んだ伊東豊雄の「あの日からの建築」の方が東日本大震災を受けて素直に自らの建築活動を振り返り、反省し、次の一歩に歩みだしている。それに比べれば本書は結局、いつもの建築論にすぎないように思われる。

●労働者階級に住宅を私有させる政策は、彼らをかつての農奴以下の地位に転落させ、固定させるためのまやかしでしかないと、エンゲルスは指摘した。なぜなら労働者が住宅を私有したとしても、その住宅は資本としてお金を生み出すことはなく、やがて老朽化してゴミくずとなる。そのゴミくずとなる住宅のために、重いローンを払い続けなければならない労働者は、土地に縛りつけられていた農奴以上に悲劇的な存在だというわけである。(P46)

●人間の実際の生活というものが、このような機械論的理解をはるかに超えた、複雑に絡み合った流動的なものであることを誰もが知っている。しかし建築論はいまだにモダニズム建築の機械論、臓器論から抜け出せない。伝統的な日本建築の方がモダニズムよりはるかに、生き物としての人間の現実に対する深い理解に根ざしていて、現代的である。・・・日本建築は、20世紀のモダニズム建築とは比較にならないほど生物に近く、やさしく、しなやかだったのである。(P58)

●単に小さいだけでは「小さな建築」とはいえない。「小さな建築」の理想型は、自立した建築である。生物の個体が、自然の恵みを巧みに利用して、オカミに頼ることなく、自立しているように、小さな建築も、小さいからこそ自立できる。小さいからこそ、オカミに依存せずに勝手に生きていける。そこで蓄積された「小さな」知恵を、少しずつ大きな建築にも応用していけばいいのである。(P64)

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